第389話 遊びの招待
『真理の眼』と『モスダンの魔法』を解除して、リガロウの隣に座る。
この子は現在、ランドランの全長に近い直径がある、巨大なクッションの上で体を丸めて寝そべっている。この子のために用意してくれた物らしい。
寝心地が良いらしく、とても気持ちよさそうに目を瞑っている。可愛いらしいので頭を撫でておこう。
「グゥ…グゥ……ハッ!?ひ、姫様!?あの…!これは…!」
「随分と気持ちよさそうだったね?夕食までにはまだ1時間以上あるし、眠ければこのまま寝ていても良いよ?」
「グルゥ~~~…」
リガロウは私の前ではなるべく気の抜けた姿を見せたくないらしい。とても恥ずかしそうにしている。
その仕草自体が非常に可愛らしいのだが、この子をイジメるつもりもないので、机に移動して夕食の時間まで読書でもしていよう。
…この国の暗部とフィリップの使用人であったジャックを始末し、それらの存在をなかったことにしたのは、やはり"女神の剣"の仕業だった。
連中は
"泡沫の追憶"などと連中は呼んでいたようだが、そんなことはどうでもいい。既にリナーシェによって破壊されているからな。
連中は、リナーシェがこの国に来た時点で彼女に干渉しようとしたらしい。
自分達の存在を認識される可能性があるのだから当然なのだが、行動はリナーシェの方が早かった。
連中にとって不幸なことは、リナーシェのことを一般人の認識と同じように、非力な箱入りの姫だと思っていたことだ。
不審な気配を察知して自分達の前に姿を現したリナーシェを、すぐさま始末しようとしたのだ。
当然、黙って始末されるリナーシェではない。むしろ、瞬く間に返り討ちにして始末してしまったのだ。
彼女にとっては、ただの賊だったからな。事情聴取も何もなかったのである。
連中が始末されたことはフィリップも確認していたみたいだし、ここまで彼に伝える必要は無さそうだな。
彼に伝えるのは、暗部とジャックの最期を伝えておけばいいだろう。
後は、連中が連絡を取っていた外部の者達か。
煩わしいことに連中は"魔獣の牙"とは別組織のため、また連中の拠点を探し出して潰す必要がある。手早く把握するためにも、ダンタラには早く目覚めてもらいたいものだ。
リナーシェが連中を始末した後に増員が送られてこなかったのは、なんと私が原因だった。
別組織ではあったが、連中は"魔獣の牙"とも交流があったらしい。
私があの組織を完膚なきまでに潰したことで、一切の音信が不通となってしまったため、増員を送るどころではなくなってしまっていたのである。
後は、連中の拠点を『真理の眼』で見つけ出し、一ヶ所に集まったところを排除すればいいだけだ。既にこの国から組織ごと去っているようなので少し時間は掛かるが、そこまで時間をかけるつもりは無い。
それに、国を出たというのならある意味では都合がいい。
連中が新たな拠点にした国を、次の旅行先とさせてもらおう。
夕食の時間。
一緒に食事をしたのは、リナーシェを含めた王族とリガロウだけだった。"ダイバーシティ"達は未だに医務室で養生中である。
まぁ、明日の朝には回復するらしいので、このまま大人しくさせておけばいいだろう。今日は一緒に風呂に入れないのが少し残念だ。
一緒に風呂に入れないので、後で私も医務室に顔を出して今日の健闘を称えておくとしよう。
なお、夕食までの時間、フーテンはリナーシェと一緒だった。ケーキを用意するまでの間、彼女はフーテンを抱きしめていたわけだが、抱き心地や羽毛の肌触りが心地よかったのだろうな。
ケーキを食べ終えたら素早くあの子を捕まえて抱きしめてしまったのだ。
フーテンにとって幸いだったのは、普段からティシアに抱きしめられていたことで突然抱きしめられてもあまり驚かなかったことだな。
不幸なのは、リナーシェの膂力がティシアよりも遥かに強く、あの子の耐久力を上回っていたことだ。思いっきり抱きしめられて苦しそうにしていた。
なお、リナーシェの私室を退室する時に彼女はフーテンを抱きしめてはいたのだが、同時にフィリップとも腕を組んでいた。
食卓で合流してフーテンが私の姿を見つけると、あの子は一瞬の隙を突いて影に変化し、リナーシェの腕から抜け出した。彼女の意識が私に向いた瞬間である。
そして私の影に移動して私の肩に飛び乗った。
〈姫様ぁ~!主が回復するまで、姫様の傍に居させてください~!〉
「構わないよ。だけど、寝る時は私も君を抱きしめさせてもらうよ?」
〈姫様は優しく抱きしめてくれるので構いませんよ~!〉
そう。私はフーテンを抱きしめる時は必ず優しく抱きかかえるだけに留めて、力を入れていないのだ。それだけでも十分にこの子の羽毛の触り心地は伝わるからな。
ルイーゼを思いっきり抱きしめて彼女を負傷させてしまった時の失態を、私は忘れていないのだ。彼女から貰ったぬいぐるみを抱きしめる時だって、生地が傷まない程度の力加減に留めている。
フーテンを抱きかかえる際の力加減だって、完璧なのである。
だからこそ、この子は私が抱きかかえた時にすぐに眠ってしまったし、今ではこうしてとても心を開いてくれているのだ。
今は主であるティシアはこの場にいない。つまり、私がフーテンに食事を与えたりして可愛がってあげられるのだ!正直、この時をずっと楽しみにしていた!風呂だって今日は一緒だ!優しく手製の洗料で洗ってあげよう!
そうしてフワフワツヤツヤになったこの子の羽毛を堪能しながら、ベッドで眠り一日を終えるのだ!
「むぅ…。フーテンったら、随分とノアには懐いてるじゃない。あれじゃあ、今晩はノアと一緒に居そうね。私も一緒に寝たかったのに…」
「流石に強く抱きしめすぎだよ、リナーシェ。横から見てたけど、ずっと苦しそうにしていたよ?」
「あら、そうだったの?まぁ、いいわ!私にはフィリップがいるもの!」
フーテンが私の肩に急いで止まったことで若干嫉妬の感情を向けられたが、フィリップのおかげですぐにその感情は収まった。
彼女はもしかしたら、彼の本質を本能的に理解しているのかもしれないな。
リナーシェとフィリップが結婚してからというもの、彼は暗愚のフリを行える暇が無くなったためか、兄弟や城に勤める者達からもあまり悪く言われることはなくなってきたようだ。
尤も、兄弟達からは相変わらず下に見られているようではあるが。
だが、フィリップを王太子の座から降ろすつもりがあるわけでもないようだ。その辺りは、リナーシェのおかげだろうな。
彼女がいれば、問題はないと思っているようだった。
というか、この国の誰もがリナーシェに逆らえないと言った方が良いのかもしれないな。
今回"ダイバーシティ"達は見事リナーシェに勝利して見せたが、おそらく何度も同じ結果にはならないと思う。それどころか、次に戦ったらリナーシェが勝つ可能性が高いのだ。
それだけ、リナーシェは身体能力や技術だけでなく、戦いのセンスを持ち合わせていると言うことだ。
さて、今のうちにフィリップに『
彼に暗部やジャックの顛末を教えておくとしよう。
フィリップはなかなか肝の据わった男のようだ。
まだ2度目だというのに、突然『通話』の鈴の音が頭に鳴り響いても、一切動じることなく私の呼びかけに応えてくれた。
ジャックはフィリップにとって、本当にかけがえのない友だったのだろうな。
私が『真理の眼』で確認した内容を彼に伝え終えた時、彼は堪えることなく涙を流し嗚咽を漏らしていた。
このまま泣きはらしてしまっていたら、流石に周囲から不審に思われてしまうので、少しだけフィリップ周辺の『時間圧縮』の効果範囲を広げて涙をぬぐうように伝えておいた。
彼が落ち着くまで『時間圧縮』の解除は待っておこう。流石に何時間も落ち込んだりするわけではないだろうしな。
思った通り、フィリップはそれほど時間を掛けず、30分ほどで立ち直った。
後は、彼に危機感を伝え続ける元凶である"女神の剣"を潰すだけだ。今は夕食を楽しむとしよう。
夕食での会話は、明日私とリナーシェが行う試合についての話で持ちきりになっていた。王族達は明日も試合を観戦するようだ。
職務などは大丈夫なのかと問おうかと思ったが、試合の時間はそこまで長くはならないだろうからな。気にしないことにした。
職務が滞ってしまったとしても、それはフロド達の責任であり、私は関係が無いのだ。
夕食を終えて、私は風呂に入らずにフロドの部屋の前に来ている。リガロウとフーテンはいない。私が宿泊する部屋で適当に寛いでもらっている。
まぁ、あの子達と一緒に風呂に入りたいから、私が戻るまで風呂に入らないでほしいとは伝えているが。
謁見の際にフロドと一対一で話をすると約束していたからな。はてさて、一体どんなことを話したいのやら。
ヒローの子供達に手を出そうとしていた貴族達に、私が制裁を加えていたことをフロドが知って血相を変えていたとフィリップが言っていたし、やはりあのことで話をしておきたいのだろうか?
私としては特に話すことなどないのだが…。まぁ、それはこれから分かることか。
フロドは私の姿を確認すると、ソファーから立ち上がって、自分の向かい側にあるソファーを進めてきた。横幅が広く、尻尾を置くのにも困らなそうなソファーだ。遠慮なく座らせてもらおう。
彼は既に風呂を出た後であり、非常にくだけた格好をしている。
これから酒でも飲みそうな勢いだが、彼の手前にある机には酒ではなく何かが入った箱が置かれている。
「よく来てくれた。私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「良いよ。それで、話というのは何かな?そこに置いてある箱の中身についてだったりする?」
私の感覚が、あの箱は何らかの玩具ではないかと告げているのだ。
フロドはエンカフと何らかの形で遊んでいたらしいし、あの箱を使って遊んでいたのではないかと思われる。
そして、やはり玩具、というよりも遊ぶための道具で合っているようだ。
「ははは。流石の慧眼だ。『姫君』は、ボードゲームという遊びをご存知かな?」
「文字でその名前を目にしたぐらいだね」
本でその単語を目にしたことだけはあるのだ。どのような遊びをするのかまでは分からない。
フロドが箱を開くと、中には折りたたまれた紙が一枚と、小さな白と黒の模型が大量に入っていた。紙も模型も魔術具の様で、何らかの仕掛けがあるようだ。
「これは、チャトゥーガと呼ばれる遊びでね」
そう言って折りたたまれた紙を机に広げてフロドが微量の魔力を送ると、箱に入っていた小さな模型がひとりでに動き出し、紙の上に白と黒の色に分かれて移動し始めた。
不思議なことに、綺麗に折りたたまれていたというのに、広げられた紙には一切の折り目が付いていなかった。魔術か何かで補強、もしくは随時修復されているのだろうか?
それはそうと、紙には複数の直線が引かれていて、縦横8マスの四角が出来上がっている。
模型は私とフロドの手前で綺麗に整列して沈黙している。形は複数種類あり、それらが形状ごとに決められた役割を持っていると予測させてくれた。
どうやらこの模型、駒と呼ばれる物を順番に一つづつ動かして、相手の王の役割を持つ駒を排除するのが目的の遊びのようだ。
互いに一つの駒を一回ずつしか動かせないから、効率的な攻め方は勿論、相手の動向をかなり先まで予測する必要がある遊びのようだ。
フロドはエンカフと、この遊びを定期的に行っているようだ。戦績は13勝17敗4引き分けらしい。
今からこの遊びを私とやろう、と言うことなのだろう。
面白い。頭を使う遊びというのも、悪くない。
フロドがどの程度私の思考を読めるのか、確かめさせてもらうとしよう。
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