第388話 提示したご褒美と条件
『
急に態度が豹変してしまったら、それこそ不審だろうからな。流石、これまで暗愚を装い続けてきただけのことはある。
問題があるとすれば、今のフィリップの態度が演技であることがリナーシェにバレてしまわないかどうかだな。
フォークで切り分けたケーキを口に運びながら、リナーシェの様子を伺ってみる。
「ん~!このクリームとスポンジケーキの調和がたまららないわね~!」
ケーキの味に夢中になっているため、今のところフィリップの変化には気付いていないようだな。
だが、リナーシェはフィリップの自分への気遣いに感激した際に、自分のケーキの大部分をフィリップの口に突っ込んでしまっている。彼女の皿に残っているケーキは残り僅かだった。
なら、ケーキの話をしてリナーシェの意識を私とケーキに向けさせておくか。
フィリップの私に対する態度の変化は時間が解決してくれたと言うことにしておこう。
「気に入ってくれたみたいだね。お代わりいる?」
「えっ!?いいのっ!?ノアだったら試合の時に尻尾を使わせないとあげないって言うと思ってたのに!?」
初めての模擬戦の時のこと、根に持っているのか?いや、あの時は確かに私も明確な意地悪をしたし、根に持っていてもおかしくはないか。それに、ケーキのお代わりは渡すけど、同じようなことはするつもりだしな。
「フフ、そっちの方が良かった?」
「くれるって言うならもらうに決まってるじゃない!でも、また前みたいにご褒美は欲しいわよねぇ?私の成長を直に感じ取ってもらいたいし?」
リナーシェが挑戦的な視線を私に送って来る。
彼女はリガロウや"ダイバーシティ"達に敗北しても、戦意を全く失っていない。
リガロウに対しては良きライバルと見ているし、"ダイバーシティ"達には次の試合で勝つ気満々だ。
だが、その前に私と戦いたくて仕方がないと言った表情をしているな。獲物を見つけた肉食獣そのもののような目をしている。
『収納』から一切れ追加のケーキを取り出し、リナーシェに問いかけよう。
「リナーシェ、気づいたかな?このケーキに使われているフルーツは、センドー領のフルーツだって」
「ありがと!流石に気づけないわよ。でも、それがどうしたの?」
ケーキを受け取り礼を言いながら私の質問に答えてくれる。ショートケーキに使用されたフルーツがどこのフルーツかまでは流石に分からなかったそうだ。
ならば、良いことを教えてあげるとしよう。
「私の格納空間にはフルルで購入した新鮮なフルーツが大量に保管してある。フルルのフルーツの味が一級品だっていうことは、貴女も知っているだろう?」
「っ!?ノア!アナタまさかっ!?」
「フルルのフルーツを使用したショートケーキ。間違いなく美味いと思うんだ。実を言うと、私もまだ作っていないし食べていない。だけど、あの街のフルーツを使用したフルーツタルトの味を知っている貴女なら、どれだけの味になるか、想像がつくんじゃないかな?」
私が伝えた情報に、リナーシェが目を見開き耳を立てる。その瞳は獰猛な獣のものから期待に満ちた少女の瞳に早変わりしていた。
「想像なんてつくわけないじゃない!ただでさえ今のままでもすっごく美味しかったのよ!?あの街のフルーツを使ったらどんなことになっちゃうかなんて、分かる訳けないじゃない!でも、絶対に美味しいのは間違いないわ!それだけは分かる!」
「そうだね。私も同意見だ」
正直に白状すると、フルル産のフルーツを使用したショートケーキがどれほどの味になるかなど、私にも想像がつかない。それだけ、あの街のフルーツは他の場所で収穫されるフルーツとは味が違うのだ。
尤も、オーカムヅミには負けるがな!帰ったら絶対にオーカムヅミを使用したショートケーキを作って、家の皆に食べさせてあげるのだ!
その味がどれほどの至福を私に与えるかなど、それこそ想像がつかない。帰った時の楽しみが増えるというものだ。
それよりも今はリナーシェだ。フルル産のフルーツを使用したショートケーキと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。私に掴み掛かる勢いで、というか実際に掴み掛かりながら私に問い詰めてきた。
「作るの!?作るのよね!?そんな話振っておいて作らないなんて言うわけないわよね!?」
「勿論だとも。だけど、勿論タダじゃあない。分かるね?」
そう告げると、言われた瞬間はきょとんとした表情をしたものの、リナーシェはすぐさま私の意向を理解し、再び獰猛な表情をしだした。
「へぇ…そういうこと…。良いわ!上等じゃない!今度は何を条件にするのかしら!?また尻尾を使わせればいいのかしら!?」
さて、どうしようか?
以前のように尻尾を私に使わせたら条件達成でも構わないが、今回の試合では、リナーシェに私が作った合体蛇腹剣を見せびらかして自慢するつもりでいるのだ。それも、『
だとするなら、どうせだからそれに関係した内容を条件にしたい。
…うん。そうだな。ちょっと勿体ないが、これを条件にしよう。
「リナーシェ。今回私と行う試合では、私は普通に尻尾と2つの『補助腕』を使用するつもりだ」
「あら…。随分と奮発するじゃない。でも…私が『補助腕』を使用できるからってわけでもなさそうね…」
やはりリナーシェは勘が良い。私が彼女に見せたことのない何かを披露しようとしていることを、既に予想しているようだ。
隠す理由もないから、軽く説明しておこう。
「実はね、貴女が使用していた蛇腹剣や合体両剣、アレ等にとても興味が惹かれてね。私も使ってみたくなったんだ」
「使ってみたくなったって…。まぁ、ノアなら『
リナーシェが扱う武器の中でも特に扱い辛い武器種だからな。流石に使ってみたいからと言って使用すると言い出した私に若干呆れているようだ。
それでも、私は『成形』によって自在に望んだ形を魔力で形作れるので、納得はしてくれている。
「『成形』では武器を使用しているという感覚がいまいちないからね。家にいる時に、実物を作ってみたんだ」
「そういえば貴女、ゴルゴラドで鍛冶も体験したんだっけ?初めてなのに、本職から太鼓判を押されたらしいじゃない」
リナーシェは私がファングダムを去った後にでも新聞でも読んで、私のことを調べたのだろうか?彼女に鍛冶を体験したことは話していなかったはずだが…。
まぁ、私が武器を作れたことに違和感を持たれなかったのは良いことだ。話がスムーズに進むからな。
「うん。実に満足のいく出来栄えでね。完成した日は楽しくなって、つい一日中振り回していたものだよ」
「あー、なんか分かるわぁ…。アレってどっちも使いこなせるようになると面白いのよねぇ…」
リナーシェも蛇腹剣や合体両剣を使用するのは楽しいらしい。
うん。分かる。武器を合体させたり変形させたりするのは、何と言うかこう、非常にカッコいいのだ。ついつい用途もないのに行ってしまいたくなる。
「それで、だ。今回はその武器を試合中に破壊出来たら条件達成にしようと思ったんだけど、どうかな?ああ、魔力で強度の補強は行うけど、魔術で補強は行わないよ」
「それって何か違いがあるの?」
勿論ある。魔力を纏わせることでも物質の強度を高めることはできるが、魔術を使用する方が効率が断然に良いのだ。
私が強度を高める魔術を使用した場合、その魔術の効果が発揮している間は人間では破壊できないほどの強度になってしまう。
その点、魔力を纏わせる量によって強度の強化度合いを調節できるのだ。
魔力色数を制限している私が極少量の魔力を纏わせる程度ならば、リナーシェならば破壊は可能な筈だ。武器の素材はただの鉄製だからな。
「でも、壊しちゃっていいのかしら?一日中振り回したくなるぐらい気に入ったんでしょ?やって見せろって言うのなら、私は遠慮なくやるわよ?」
「確かに、せっかく作ったお気に入りの玩具を壊してしまうのは少し勿体なく感じるけどね。二度と作れないわけじゃないんだ。命では無いのだから、壊れたものは、また作り直せばいいのさ」
そう。気に入っているとはいえ、私からすれば所詮は自作の玩具だ。
大切な誰かから与えられた物でも無いのだから、壊れたところで新しく作るなり補強するなりすれば、それでいい。
だから、リナーシェには遠慮なく私に挑んできてもらおう。
尤も、簡単に破壊させるつもりは無いが。
「そういうことなら遠慮なく行かせてもらうわよ!それで?試合は何時から始めるの?ケーキを食べ終わってから?夜は悪いけど無しにしてもらっていいかしら?夜はフィリップとの時間なの♪」
「夫婦仲はとても良いみたいだね。そういうことなら、試合は明日の午前中にしようか。今日は流石に打ち止めにしておいた方が良い」
リガロウと"ダイバーシティ"達との全力戦闘を経て、リナーシェには既に全力で戦闘を行えるだけの余力が残っていないのだ。
体力は多少なりとも回復しているかもしれないが、今の状態では十全に実力を発揮しきれないだろう。
そもそも、今のリナーシェは長時間奥義や『補助腕』を使用するための魔力が残っていない。彼女が身に付けていた魔力補填用の装飾品に蓄えられていた魔力も既に空になっているのだ。
リガロウとの戦闘を楽しみすぎた結果だな。2時間も3時間も魔力を大量に消費する戦闘を行っていれば、例え大量の魔力を装飾品に蓄えていたとしても枯渇してしまうのは当然だ。
勿論、私ならば"ワイルドキャニオン"でココナナの"
だが、今日はこれ以上試合を行う必要はないだろう。楽しみというものは、取っておくべきなのだ。
それに、今から試合を始めてしまったら"ダイバーシティ"達が私とリナーシェの試合を見れなくなってしまうからな。
勿論、彼等もリナーシェ同様、私が治療してしまえば試合の観戦も出来るだろう。だが、彼等はここに来るまでに働きづめだったのだ。それはチヒロードに滞在していた時も変わらない。そろそろ休息を与えるべきだろう。
そういうわけだから、今日一日ぐらい、彼等をゆっくりと休ませてやるのだ。王城の広々としているであろう風呂に一緒に入って、今日の健闘を称えるつもりだ。
約束通り、彼等はリナーシェに勝利するところを私に見せてくれたのだからな。
私がその気になれば今からでも試合を始められること、そしてそれをしない理由をリナーシェに告げて、今日はこのままのんびり過ごさせてもらうことを伝えておいた。
「ふーん。ま、それならそれで良いわ。ノアもこの城に泊まってくれるみたいだし!すぐに帰っちゃうわけでもないんでしょ?」
「勿論だとも。少なくとも3日以上は滞在するつもりだよ」
「3日はちょっと短い気もするけど…。まぁ良いわ!ノアってば、この国に随分滞在してるみたいだしね!今までで一番長い滞在期間じゃないかしら?」
その通りではあるのだが、実際に旅行を楽しんでいた時間はかなり短かったりする。滞在期間中の殆どがリガロウ達の修業と千尋の研究資料の解析だったからな。
私が純粋に旅行を楽しんだのは大体1週間程度である。
だが、修業期間はともかく千尋の研究資料については、如何にリナーシェ相手であっても話すわけにはいかない。長く滞在していることに関しては普通に肯定させてもらう。
「そうだね…。家を発ってからそろそろ2ヶ月経つから、そろそろ一度家に帰っておきたいかな?」
「ノアの家かぁ…。できることなら、一度は行ってみたいわよねぇ…」
流石にリナーシェでも、それは叶わないだろうな。人間では家の広場どころか、"楽園中部"にすら足を踏み入れることが不可能なのだ。
私が正体を公表した後にでも疑似的に体験させて、それで満足してもらうぐらいしかできないだろうな。
そういえば、あの子達は今も魔力を抑えたりホーディやゴドファンスは体のサイズを変更するために日々努力しているわけだが、進捗はどうなっているのだろうか?
もしも魔力の制御を完璧に行えるようになったのならば、一緒に人間の生活圏を歩き回りたいものなのだが…。
あの子達は誰も彼も確実に人間達から注目を多く集めるし、非常に目立つだろう。だから、私も初めて旅行へ行く時は連れて行くつもりはまったく無かった。
だが、今は情勢が違う。今の私の影響力ならば、それほど大きな問題にならない気がするのだ。それ以上に私が目立つからな。
私ならばあの子達を連れていても納得される自信がある。まぁ、あの子達がちゃんと実力を隠蔽できていることが必須条件になるが。
私が人間の国から持ち帰って来るお土産や知識に技術。それらはあの子達に人間への強い興味を抱かせた。連れて行けるものなら連れて行きたいのだ。
まぁ、皆まとめて連れて行ったら流石に目立って仕方がないから、個別に連れて行くことになるが…。
それに、いくらあの子達を連れ歩いても納得してもらえるから言って、ヨームズオームを連れて行くわけにはいかないのだ。あの子だけを広場に残して、寂しい思いをさせたくはないからな。
いや、オーカドリアは移動できないだろうし、ラフマンデーも広場に残ってくれるだろうが、ヨームズオームとオーカドリアは会話ができない。
ラフマンデーもヨームズオームに対してはホーディ達以上の格上の存在として扱っているためか、態度がよそよそしいというか、非常に恭しい態度なのだ。気軽な会話相手にはならないだろう。
そういうわけだから、今はまだ、あの子達を全員まとめて旅行に連れて行くわけにはいかないのである。
いつかリナーシェにも家の子達を自慢したいと思ってしまったため、話が思いっきり逸れてしまったな。
とりあえず、私の家に来るのは諦めてもらおう。
その後、のんびりとケーキを食べながら談笑を続け、ケーキを食べ終わったら解散となった。私とリガロウが寝泊まりする場所を案内してもらうためだ。
部屋に付いたら、早速行動を開始しよう。
過去に"女神の剣"が何をしていたのか、徹底的に調べ上げるのだ。
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