第88話 依頼完了!
さて、それなりの数の止めを任せはしたが、冒険者達に怪我は無いだろうか?たとえ虫の息だったとしても、反撃が無いとは言い切れないからな。
「あっ、姐さん、お疲れ様です。こっちも終りましたよ。」
「お疲れさま。怪我人はいる?」
「いや、一人もいねぇぜ。ホントに虫の息だったからな。で、姐さん、この大量の黒焦げの死体、どうすんです?」
怪我人がいなかったのは良かったのだが、問題はそこだな。ほぼすべての魔物が全身余すところなく真っ黒焦げの灰になってしまっている。
身体能力が最も低いトトの仲間の女性達ですら黒焦げの死体に触れただけで崩れ去ってしまうほどだ。当然、魔物の素材など得られない。
それに、現在地は街と街をつなぐための街道のド真ん中である。これだけの量の黒焦げ死体があったら通行の邪魔どころでは無く、そもそも通行が出来ないのだ。
この死体の山を作り上げてしまったのは他ならない私だ。責任をもって私が回収するとしよう。
確か、灰は肥料に使用する事が出来ると本に書いてあったのだ。家に帰った時に何か作物を育てるのに使っても良いし、肥料が不足している所に卸しても良い。
「私は『格納』が使えるからな。反対意見が無ければ全て私が回収してしまおうと思う。こんな街道のど真ん中に大量の灰の山を放置しておくわけにもいかないからな。構わないか?」
「そりゃ、俺達じゃどうする事も出来ねぇし、実際この魔物の大群を倒したのはノアの姐さんだからな。反対する理由が無いぜ。」
「姐さん、こんな大量の灰、回収しきれるんですか・・・?」
「問題無い。トト達はどうだ?私が回収してしまって構わないかな?」
「俺達も問題無いっス。てか、俺達じゃ灰に使い道が思いつかないっス。」
一応トトにも灰を回収して構わないか確認を取れば、使い道を見いだせないから回収して構わないとの事。
まぁ、彼等は『格納』の類の魔術を使えないようだしな。当然か。
納得して灰を回収しようとしたところ、トトの仲間の女性が私に訊ねてきた。
「あ、あのっ!ノアお姉様!灰を回収するところ、見てても良いですか!?」
「構わないよ。といっても、直ぐに終わってしまうだろうけどね。」
お姉様て・・・。また変わった呼び名が増えてしまったな。言っても信じてもらえないが、私はおそらく産まれてから一年経っていないぞ?
それはさておき、彼女は私がこの灰の山を回収するところが見たいとの事だが、多分『格納』を使用している所が見たいのだろうな。あわよくば魔術構築陣も。
別に構いはしないけれど、自分用に色々と改良して本来の『格納』から更に複雑な構築陣になってしまっているから、私が回収している様子を見て『格納』を覚えるのは難しいと思うぞ?
『収納』を用いようとして、思いとどまる。ほんの僅かではあるが、一応私のブレスを耐えきった魔物もいるのだ。そういった魔物達は完全には灰になっていない。灰と死体を混ぜてしまうわけにはいかないな。
ここは紙の山を回収した時のように『格納・改』を使用して魔術によって灰と死体を分別してしまう事にしよう。
良し。方針は決まった。特に注意する事も無いようだし、回収を始めよう。
「す、凄い・・・。こんなに複雑な構築陣をいとも簡単に、スムーズに・・・。綺麗・・・。ノアお姉様、素敵・・・。」
「す、凄すぎて参考になんねぇ・・・。いや、マジで姐さんの魔力操作精度ってどうなってんだ?」
この女性、大丈夫だろうか?表情が恍惚としている。いや、私の魔術構築陣の構築速度は他の者から見れば尋常じゃないほど速いとユージェンや魔術師ギルドの者達から言われていたから、感嘆の声を上げるのは分かる。だが、恍惚の表情をするのはどういう事なんだ・・・?
一方で"
この反応は魔術師ギルドの職員達が見せた表情に近いな。こういう反応が普通だという事だろう。
時間にして五分足らずで灰の回収を終える事が出来た。
短いように感じるかもしれないが、私としてはむしろかなり時間が掛かってしまったと思っている。
何せ紙の山を回収した時に掛かった時間は一分も掛かっていないのだ。遅く感じてしまったのも仕方が無いだろう。
それというのも、回収した灰の山は広範囲に広がっていたからだ。『格納・改』の回収範囲に全ての肺が収まりきらなかったのだ。この辺りは要改良だな。
まぁ、あくまで私の体感で時間が掛かったというだけの話だ。勿論、他の冒険者達から見れば異常な速度で回収されていたように見えていただろう。回収が終わる頃には見学していた者達だけでなく他の冒険者達も皆驚愕の表情をしていた。私をお姉様と呼んでいる女性を除いては。
彼女だけは終始瞳を輝かせて羨望のまなざしで私を見つめていた。
「こんな短時間で綺麗サッパリ回収しちまうなて、ヤッパ姐さんはとんでもねぇな!んでよ、ここまで来るのに他の連中を抱えてきたそうだけど、帰りはどうすんだ?ひょっとして、俺らみんな引きずられながら連れてかれたりすんのか?」
肺の回収が終わり後は帰るだけなのだが、流石に来た時と同じようにはいかない。人数が多すぎるのだ。勿論、尻尾を伸ばしてしまえば全員を運ぶ事など造作も無い。
だが、人間社会で活動する際には尻尾の事は
それに、目的を達成した今、急ぐ必要も無いからな。彼等のペースに合わせて帰れば良いのだ。
「私が四人を運んできたのはあくまで急を要するからだ。目的を達成して全員無事なら急ぐ必要なんてどこにも無い。ゆっくり帰るとしよう。あまり早く帰りすぎても、街の人達を困惑させるだけだろうしな。」
「違いねぇや。間違いなくエリィちゃんとかは卒倒しちまうだろうぜ!」
「あ、あのっ!そ、それじゃあ、わ、私とお話ししながらでも、い、良いでしょうかっ・・・!?」
私をお姉様と呼ぶ女性が私に訊ねてきた。何が原因となったのかは分からないが、彼女は私に対して憧れの感情を抱く事になったらしい。
ブレスを吐いた時には確かにカッコイイと言われていたが、それだけでそこまで慕うようになるものなのだろうか?
いや、待てよ?確かエリィも同性同士で恋慕の感情を抱く事があるという話をしていたな。まさか、今のこの状況がまさにそれだというのか!?
なるほど・・・同性に対する恋慕の感情というのは、こういうものなのか。
いや、おそらくこれだけじゃないな。恋愛という感情は、本を読んだ限りでは複雑にして奇怪である。かと思えばいたってシンプルな時もある。到底一言で括られるものでは無いのだろうな。
とにかく、会話としながら街に帰るという彼女の要望を断る理由は無い。快諾して帰路に着くとしよう。
イスティエスタへと続く街道を歩きながら、街の南門に着くまでの間にいろいろな事を話したものだ。
話の内容は彼女の名前〈ミミというそうだ)から始まって、家族構成(彼女とよく似た女性はメメという名の双子の妹だった。)、出身の村、将来の夢、憧れている冒険者、と言った彼女に関する内容ばかりだった。私は聞き手に回るばかりだったな。
会話をしている時のミミの目はキラキラしていた。憧れの冒険者の話をしていた時、[今一番憧れているのは勿論、ノアお姉様ですよ!]と言われてしまった。
やはり強い感情を持って慕われるというのは、むず痒く感じてしまうな。だが、この感覚にも慣れていく必要があるだろう。
この街を離れた先でも、似たような事が確実に何度も起きるだろうからな。
ゆっくりと歩き続けてから三時間ほど経ったくらいか。イスティエスタの南門が見えてきた。
南門には複数の冒険者達が隊列を作って待機していた。きっと、魔物の大群に備えての事だろう。のんびりと談笑をしながら帰ってくる私達を見て、どう思われるだろうか?きっとまた混乱してしまうのだろうな。
少しだけ陰鬱になっていると、冒険者達に紛れてユージェンの姿を確認できた。
彼の魔力反応は覚えている。エリィも事前に連絡が欲しいと言っていたし、ユージェンだけは驚かせる事になってしまうが、ギルドマスターの務めだと思って諦めてもらうとしよう。
『
〈ユージェン、今いいかな?〉
私が思念を不意打ち気味に受け取ったユージェンが慌ててしまいその場で勢いよく転んでしまった。それを見た冒険者がユージェンに手を貸している。彼等はユージェンの事を知らないらしい。
後から知った話なのだが、ユージェンが納品物の査定を行う相手というのは、彼の正体を知っている者か、私のような規格外の冒険者が現れた時のみらしい。それ故に先程の冒険者達のユージェンに対する対応も、いつも通りの光景なのだろう。
ようやく気を取り直したユージェンから思念が送り返してきた。
〈まさか遠距離の相手に連絡を取る手段を持っているとはね。つくづく貴方には驚かされる。それで、要件は一体何かな?)
〈ああ、此方に向かってきていた魔物の大群を全滅させたから、それを事前に伝えておきたかったんだ。結果、貴方を驚かせる事になってしまったのは済まないと思っている。門に待機している冒険者達にも伝えてもらって良いかな?〉
〈・・・配慮に感謝するよ。それとだ、話は変わってしまうんだが、貴女が今朝魔術師ギルドで言っていた冒険者達の識字率と衛生観念の話だ。午後九時頃に冒険者ギルドに来てもらって構わないかな?〉
〈ああ、それで構わないよ。それじゃあ、また後で。〉
そうして私達が南門に到着する前に魔物の大群を排除出来た事が通達され、比較的混乱する事なく冒険者ギルドに帰還する事が出来た。
そして今、冒険者ギルドにて各々が依頼の報告を行っている。
私も、指名依頼の完了手続きがまだ済んでいなかったからな。順番を守って並んでいるとも。現在はトトが先程受注した救助以来の達成報告を行っている。私の番はこの次だ。
「はい。これで依頼は完了ですよ。トト君、お疲れさまでした!」
「は、ハイッ!でも、これで良かったんスカね?魔物達も、ほとんど姐さんが倒しちゃったんスけど」
「良いんですよ。依頼の内容は魔物の足止めをしてくれていた冒険者の方々の救助でしたから。問題無く、トト君は依頼を達成しています!」
困惑しているトトを納得させるようにエリィが説明をしている。
まぁ、実際、トト達は私が目立たないようにするために依頼の受注をしてもらっただけだからな。トト達からしたら何もせずに報酬をもらってしまったという感覚なのかもしれない。
「トト、遠慮する事は無い。私の我儘に付き合わされた迷惑料だとでも思っておけばいいよ。」
「そうですね。ノアさんの起こす騒動に巻き込まれてしまった事へのお詫びのようなものだと思って、遠慮なく受け取っちゃってください。」
前後から私とエリィで報酬を受け取る事を是と言われた事で、納得はまだしきれていないものの、報酬を受け取る事は決めたのだろう。エリィから報酬を受け取り、私の方へと向いて頭を下げだした。
「姐さん、今日は色々と本当にありがとうございました!おかげで俺達、冒険者としてやっていけそうっス!」
「うん、そのやる気、大切にすると良い。それと、冒険者として成功したいのなら、真面目に依頼をこなすのが一番の近道だよ。」
「ハイッ!失礼するっス!」
立ち去っていくトトの背中を私とエリィで見送っている。
律儀な子だな。彼の言う今日の事というのは、今朝の本や文字の読み書きについての件も含まれているのだろう。
「トトのような真面目で礼儀正しい人物こそ、冒険者として成功してもらいたいものだね。」
「ええ。彼等は若手の中では一番将来を期待されているんですよ?誰かさんが全然上を目指す気が無いおかげで。」
エリィの言葉にトゲがある。まぁ、冒険者登録をしてから冒険者として規格外な事をしてばかりだったからな。そんな私が上を目指さない事実は、エリィとしては不満があるのだろう。あまつさえ、この街にもあまり滞在しないどころか他の国へも訪れる事を伝えているからな。
期待していた分、失望も大きいという事だ。トゲのある言葉ぐらい、甘んじて受けるとも。
「まぁ、納得いかないかもしれないけれど、いきなりふらりと現れた正体不明の
「ノアさん、その言い方は・・・いえ、何でもありません。ええ、ギルド証を預かりますね。言っておきますけど、ノアさんにはとても感謝しているんですよ?ノアさんのおかげで冒険者ギルドどころか、この街全体がとても良い方向に向かう事になるでしょうから。・・・はい、依頼完了の手続きが終わりましたので、報酬をお持ちしますね?」
エリィがカウンターの奥へと消えていくのを確認して周囲を意識してみる。ギルド内には結構な数の冒険者達がいる。相変わらず設置されている机に座りながら仲間たちと今日こなした依頼の話をしているのだろう。
中には私の話をしている連中もいるな。今朝の事だったり、先程のブレス事だったりと、結構吹聴されてしまっている。
これではトトに依頼を受けてもらった意味があまりなくなってしまいそうだな。
まぁ、エリィにも言っていたが、所詮は悪あがきだ。遅かれ早かれこうなっていたのだろう。
エリィが報酬を持って戻って来た。
だが待って欲しい。彼女が両手で持っているトレーには、随分と綺麗な黄金色をした丸い板、つまりはどこからどう見ても金貨が積み上げられているのだが、アレが今回の報酬なのか!?
「ノアさん、お待たせしました。此方が今回の報酬になります。三件分の依頼の報酬です。」
「いや、あまりにも多くないか?特に魔術師ギルドからの依頼には、報酬額が少なくなっても良いと言っておいたはずなんだけど。」
「それなんですけど、この報酬の約八割はその魔術師ギルドからですね。」
おかしいだろう!?少なくて良いと伝えたはずの報酬額が何故、逆に激増してしまっているんだ!?
「正確には職人ギルドに所属するガラス職人の方々からなんです。」
「・・・・・・今後、多大な利益を見込めそうだからその謝礼金として、という事なのかな?」
「はい。三ヶ月後には新たなガラスの製法を習得して、それ以降は多大な利益を得られる見込みなのだそうです。その額、雑に計算してもこれまでの三倍以上は確定しているらしいです。」
三ヶ月で新しい製法を物にするのか。私の感覚だともう少しかかる気がしたのだが、相当にガラスの製造に力を入れるらしい。ガラス職人達の顔を見た事が無いというのに、彼等の顔がやる気に満ちた表情をしていると、容易に想像できてしまう。
「そういう事なら、遠慮をする必要は無さそうだね。有り難くもらっておくよ。ところでエリィ、今のところ貴女が休んでいる姿を見ていないのだけれど、休日はちゃんとあるのかい?」
「当たり前じゃないですか。ちゃんと最低週2日間、場合によっては週3日間のお休みをいただいてます。私の場合は連休を頂く事が多いので、休日までの感覚が長いんです。ちなみに、明後日、明々後日が私の次のお休みです。」
受け取った金貨は全部で150枚。その約8割が魔術師ギルド、もといガラス職人たちからとはな。
職人といのも、儲かる人達は儲かっているんだな。
とにかく、これだけの金銭があれば多少散財したところでまるで問題無いだろう。ダンダードが所有していた魔導車両のシートと同じ材質の生地を購入しておきたいし、この街の美味い料理店、ジェシカが日中働いている場所に行ってみるのも良いかもしれない。
エリィも近いうちに休みを取るそうだし、迷惑をかけたお詫びも兼ねて、その店で美味い食事を御馳走しようじゃないか。
「エリィには、初日からお世話になっていたし、よかったら休みの日には一緒に美味い食事でも食べに行かないか?宿泊先の長女が日中働いている店なんだが、とても評判が良いらしい。」
「ノアさんの宿泊先の長女さんって・・・あぁ!ジェシーが働いている店ですか!って、あそこかなりの高級店ですよっ!?私のお財布事情じゃとてもじゃないですけどご一緒できませんって!」
「金銭の事なら心配しなくていいよ。今まさに大量に手に入った事だしね。それにしても、エリィはジェシカの事を愛称で呼ぶくらいには見知った仲だったのかい?」
エリィの口からジェシーという呼び名が出て来るのは少し意外だった。彼女の勤め先も把握しているという事は、そこそこ交流もあるという事じゃないだろうか。
「ええ、まぁ、幼馴染ですから。ふふっ、あの娘、今ではしっかり者のイメージがついてますけど、小さい頃は今のシンシアちゃんと同じぐらい腕白だったんですよ?良くヤンチャをしてエレノア姉さんに二人で怒られてました。」
「エリィ、二人で、という事は貴女もジェシカと似た者同士だったという事かな?つまり、二人とも幼い頃は随分と腕白だったという事か。」
「あっ!?ちょっ、今の、今の無しですっ!忘れて下さいっ!」
慌てて私に先程の会話の内容を忘れる事を願うエリィの姿は年齢よりも幼く見えて可愛らしく感じた。
「うん、良いね。どうせならジェシカの休みも重なる様なら彼女も誘ってみよう。貴女達の子供のころの話も少し聞いてみたいからね。」
「わ、私の事は話しませんからね!?ジェシーの事だけです!」
「うん、エリィの話はジェシカから聞かせてもらうとしよう。」
「も、もうっ!意地悪なこと言わないでくださいっ!嫌いになりますよっ!!」
頬を膨らませてあからさまに機嫌を悪くさせてしまったな。少しから買い過ぎてしまったようだ。謝るのと一緒に優しく頭を撫でておくとしよう。
「悪かったよ。ごめんね。普段しっかりしたエリィの可愛らしい部分が見れたから、私もはしゃいでしまってね。どうか許して欲しい。」
「か、可愛いって・・・あっあっ、あふぅっ・・・ノアさんん・・・それぇ・・・ずるいですぅ・・・。」
うん、気持ちよさそうに瞼を閉じているエリィの表情も可愛らしい物だな。
以前の時のように周りの冒険者達がこぞって視線を集中させてきたが、別に私は気にならない。とは言え、エリィもそうとは限らないからな。連中の視線が入らないように私の体で遮っておこう。
その後エリィの休日に一緒にジェシカが働く店で食事をする約束を取り付けた後、冒険者ギルドを後にした。
少し遅くなってしまったが、宿に戻って夕食を頂く事にしよう。ついでにジェシカにも予定を聞いて休みが重なっているのなら一緒に食事に誘ってみよう!
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