第87話 緊急の依頼とドラゴンブレス
商業ギルドからの指名依頼である指定物の運搬は特に何かを言う事が無いくらいには順調だった。
強いていう事があるとすれば、魔導車両に自然な流れでタニアも乗り込んできた事ぐらいだろう。
当然のように車両に入って来たからダンダードがとても驚いて動揺していた。
勿論、ダンダードが座ったのはタニアの隣だとも。あんな話を聞かされた後でタニアがいるのだから、ダンダードを私の隣に座らせるつもりは無かった。是非、愛する妻を自分の隣に座らせると良い。
全ての商品を回収し終えて商業ギルド裏の倉庫に戻ってきたのは、午後2時45分といったところだ。
倉庫に品物を卸して依頼完了の手続きを終わらせれば、丁度午後3時になるといったところかな?
「いやぁ、本当に助かったよ!紙の山を片付けてくれただけでなく、空いたスペースに必要な品を移動してくれたんだ!本来ならば一週間は掛かっていたかもしれなかったからね!本当にありがとう!」
「どういたしまして。此方としては食事を御馳走してもらったうえで、街中を滅多に乗る事が無いであろう乗り物に乗りながら移動していただけだからね。これで報酬がもらえるのが悪い気がするぐらいさ。」
「はははっ!お互いに益があったようでなにより!それではこれで依頼の完了だね!王都へ向けてこの街を発つまでの間、存分にこの街を楽しむと良い!」
倉庫へ回収した品物を移し終えた後、ダンダードから感謝を述べられた。
食事中に聞いた話を考えれば、今のイスティエスタの治安が非常に良く、健全に栄えているのは少なからず、彼が尽力したからでもあるのだろう。
ダンダードからしたら、例え生まれた国とは関係ない場所であっても、この街は彼にとって誇るべき街だろうし、自慢の街でもあるのだろうな。
今のこの街を語る彼の表情はとても晴れやかで誇らしげだった。
ナフカに依頼完了の手続きをしてもらった後、冒険者ギルドに戻って来てみれば、何やらギルド内が騒がしい。
何かあったのだろうか?とりあえず、中に入ってみようか。
「ノ、ノアさんっ!お願いしますっ!力を貸してくださいっ!」
「緊急事態、というやつかい?何があったのか、事情を教えてくれるかな?」
ギルドに入った直後、エリィが駆けつけてきて助力を懇願されてしまった。
エリィの表情は見た事も無い程に焦燥感がある。これは、人命が掛かっていそうな事態だな。
「帰還中の冒険者の
「一行というのは大体4~6人の集まりだった筈だけど、それだけで魔物の大群を足止めするのは、あまりにも無謀過ぎないかい?」
「流石に真正面から足止めするほど馬鹿じゃないさ。隠れながら嫌がらせを仕掛ける程度だぜ。」
「貴方は、報告しに来てくれたという斥候?」
「ああ、俺達はこの街で二年は活動してるが、あんな数は今まで見た事無ぇ。どう考えてもヤベェ事態だ。姐さん!頼む!あいつらを助けてやってくれ!アイツ等は馬鹿なヤツ等かもしれねぇけど、悪いヤツらじゃないんだ!この街のために命を懸けてるアイツ等を見殺しになんてしたくねぇ!」
斥候が必死になって頭を下げて私に懇願する。目の前にいる斥候は、今朝私が叱った不衛生にしていた連中の内の一人だ。つまりその仲間達も同じく私が叱った不衛生にしていた連中だろう。この連中は全員本の代金を問題無く支払っていた事だし、"
"楽園"へ向かえない者達の中では優秀な部類に入るのだろう。
まったく、見損なわないでもらいたいものだな。彼等が悪人でない事など最初から承知しているとも。そして、街を守るためとはいえ、今命を失うにはまだ若すぎるという事も。
「それなら一緒に来てもらうぞ。その連中、間違いなく負傷もしているだろうからな。介抱する者が必要だ。」
「あ、ありがてぇ!!も、勿論行くぜ!ついて来るなって言われても、しがみ付いてでもついて行くつもりだったさ!」
「ギルド側から緊急で依頼を発注しています!ランクは"
エリィが依頼書を用意してきた。"中級"という事ならば"
私は今朝質問をしてきた"初級"に成りたてと言っていた冒険者を見つけると彼をつかまえてエリィの元まで連れて行った。私に連れてこられた冒険者はかなり困惑しているようだな。
「この依頼、貴方が受けてくれ。依頼のランクが"中級"ならば"初級"の貴方でも受けられるはずだ。そうだね?エリィ。」
「えぇっ!?い、いや、受けられますけど、この依頼はあくまでノアさん用に発注した依頼ですから、実際には・・・。」
「心配しなくとも、実際に動くのは私だ。だが、この調子で活動を続けてしまえばあっという間に注目を浴びてしまうからね。まぁ、目立たないための悪あがきというやつさ。ああ、貴方の仲間がいるのなら今のうちに呼んでおいてくれ。依頼を受けてもらう以上、貴方達にも同行してもらう。それとも、受注を拒否するかい?私が勝手に決めている事だしね。」
"初級"の冒険者に確認を取らずに話を進めてしまったので、今更だが確認を取る事にする。
彼の仲間も話を聞いていたようだ。少女らしさを残したよく似た容姿の二人の女性が此方に駆け寄ってくる。
「やろうよ、トト!僕達も先輩達を助けに行こう!」
「私達、あの人達のおかげでこの街まで来れたんだよ!?今度は私達があの人達を助ける番だよ!」
彼の仲間はやる気のようだ。やはり、不衛生なだけであの冒険者連中は周りに慕われるだけの善良さがあるようだな。トトと呼ばれた若者はどうだ?
「言われるまでもねぇっスよ!エリィさん!その依頼、俺達が受けるっス!受注、お願いします!」
「・・・分かりました。ノアさん、この子達とあの人達をお願いします。」
「ああ、可能な限り、全員の命を助けよう。」
救出に向かう者達は全員やる気十分という事だ。受注手続きが完了次第、現場に向かうとしよう。
ああ、それと一応、エリィに確認を取っておこうか。
「ところでエリィ、魔物の大群なんだけれど、迎撃の準備をしていると言っていたね?折角準備してくれている所悪いけれど、その魔物達、別に私が現場で全滅させてしまっても構わないね?」
「そ、それは勿論、その方がありがたいですけど・・・ノアさん、知っていますか?そのセリフって勝てない相手にあえて挑む時に使われるセリフですよ?」
何がどうしてそうなったのかは興味深い話だが、まぁまず問題無いだろうな。
エリィもああ言ってはいるが、私が敗北する事など微塵も思っていないようだ。
「知らないな。何だったら、私がそのジンクスを打ち破ってやろうじゃないか。」
「ですよねぇ。トト君、受注が完了しました。頑張ってくださいね!」
「ハ、ハイッ!行って来るっス!姐さん、先輩、二人も、行きましょう!向かう先は南門っス!」
エリィに応援されて少し顔を赤くしたトトが私達に呼びかける。私も含めその呼びかけに頷いて答えた。士気は十分だな。
現場まで急行するから、移動の際に士気が落ちなければ良いのだが・・・。
「悪いけれど、三人共、急ぐ以上は通常の移動をするつもりは無い。此方で運ばせてもらうよ。」
「へっ?うわぁっ!?」
「きゃぁっ!?」
「っ!?」
そう言ってトトを尻尾で掴み、彼の仲間をそれぞれ両脇に抱える。何も告げずに急に抱えてしまったから三人共驚いてしまったようだ。
とは言え、これで運べるのは三人までだ。残った斥候が困惑してしまっている。
「えっ?あ、あの・・・姐さん?お、俺はどうすりゃいいんだ・・・?」
「自分で言っていたじゃないか。しがみ付いてでもついて行くと。生憎と定員オーバー何だ。有言実行してもらう。」
「マ、マジっすか・・・。」
というわけで尻尾の先端部を斥候に向ける。驚愕しているようだ。なるべくなら急ぎたいのだ。掴まる気が無いのならこの場で置いて行く事になるな。
だが、私の懸念は杞憂に終わった。意を決した斥候が私の尻尾にしがみついた。
準備は整った。現場へと急行するとしよう。
「かなりの速度で移動する事になる。四人共、舌をかまないようにしっかり歯を食いしばっておくように。」
「マ、マジか・・・一日でなん十件もの依頼を片付ける姐さんの足の速さって、一体どん「行くぞ!」っだぁああああっ!?!?」
「おあああああっ!?!?」
「「きゃあああああああっ!?!?」」
悪いが彼等が歯を食いしばるのを待ってはやれない。仮に舌を噛んでしまった場合はどさくさに紛れて魔法で治療しておくとしよう。
それはそれとして、いくら大通りが広いとはいえ私が走る速度で誰かにぶつかってしまった場合、ほぼ確実に大怪我を負う事になる。地面を走るのは非常に危険だ。
よって、人がいない場所、住居の壁を走る事にした。少々体が傾く事になるが、まぁ問題は無い。
ものの数秒で南門まで到着した。
「うぇえっ!?ノ、ノアさんっ!?い、一体どうしたっていうんですかっ!?」
「見ればわかるだろう、人助けだ。四人共、へばっている場合じゃないぞ。街の住民に気を遣ってここまではゆっくり来たんだ。ここから少し本気で現場まで向かうぞ。」
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
門番が驚いて問いかけて来るが、生憎と事情を説明している時間が無い。同行してくれている四人に呼びかけてみたが、返事は無い。
へばっているか気絶しているようだが、彼等の回復を待っている間に現場で命がけで魔物の進行を止めている連中が力尽きては元も子もないだろう。
このまま急いで現場まで駆けていく。
走りながら『
幸いな事に今の所全員無事だ。かなり上手く立ち回っているらしい。巧みに魔物達を翻弄させている。
だが、安心はできない。確認できたのは彼等の反応だけでは無いのだ。様々な魔物の反応が、尋常じゃない数で確認できたのだ。その数、どれだけ低く見積もっても一万を超えている。
いくら"上級"冒険者だとしても、とてもでは無いが一つの一行だけでどうにかできる相手では無い。
魔物達の大群よりも少し離れた所で一度抱えていた冒険者達を下ろす。
勿論そのまま下ろしてしまえば、ここまで走ってきた慣性が働いて怪我を負ってしまう。彼等を放すと同時に前方に放り出された彼等を威力を抑えた『風爆』で受け止め、ゆっくりと地面に下ろしてやる。
「あの連中を此処に連れて来る!怪我をしているようなら診てやってくれ!」
そう言葉を残して冒険者達の元まで駆け寄っていく。上手く立ち回れていたとはいえ、彼等も無傷というわけでは無い。
徐々に追い詰められているのだ。魔物達が彼等に到達する前に私が彼等と魔物達の間に入る。
「そ、その尻尾は、の、ノアの姐さんか!?」
「全員、生きているな?後方にお前達の仲間を連れてきている。介抱してもらうと良い。飛ばすぞっ。」
「えっ?と、飛ばすって、どういああああああっ!?!?」
説明している余裕が無いので少々乱暴になってい舞うが彼等を『
勿論、彼等も威力を抑えた『風爆』で怪我の無いように地面に下ろす。
ここで周囲にいる魔物達を確認してみる。
そのほとんどが二足歩行型であり、ある程度の知性が確認できる者達だ。『広域探知』では、魔物の大群の最後尾にはとりわけ強い反応が一つ、確認できる。おそらくはこの襲撃の首魁であり、扇動者でもあるようだ。
あの魔物を屠れば、魔物達の勢いも失うだろう。まぁ、まとめて斃すつもりだが。
魔物達の様子を見れば、私が彼等との間に入った事による変化は特に無い。私などどうとでもなると思っているのだろうか?
思っているのだろうな。押し寄せてきている二足歩行型の魔物達は知性が確認されているとは言え、人間達ほどでは無い。こういう言い方はあまり好きでは無いが、あの連中はつまるところ、馬鹿なのだ。
尻尾の先端に『
ただその場に立って、では無い。前進しながら魔物の群れをかき分けるようにだ。一回尻尾が振るわれるたびに数十という魔物が上下に両断されて行く。魔物達の勢いが止まるまでこの行為を続けていく事としよう。
時間にして一分足らずで魔物の勢いは止まった。だが、あくまで文字通り止まっただけだ。引き返すような気配はない。
後方の安全を確認したら飛び跳ねて同行した冒険者達の元まで下がる事にした。
「ただいま。そっちの状況はどう?」
「負傷した人達に回復薬を飲んでもらっています!」
「姐さん!魔物達の動きが止まった見たいっスけど、先輩方の回復が終わり次第、こっちから攻めるんスか!?俺達はいつでもいけるっスよ!!」
トトを始めとした"初級"の冒険者達はかなり意気込んでいる。斥候の方は仲間の無事を素直に喜んでいるようだ。彼等は戦闘に参加する気は無いようだな。
トト達には悪いのだが、この魔物達には早々に退場してもらう事にする。
私がこれまで読んだ本によれば、
だったら私も使わせてもらおう。この魔物の数では、流石に現状の"成形"では効果範囲が足りていない。
「悪いけれど、ブレスで一気に一掃させる。貴方達は下がってくれ。多分かなりの熱量になる。」
「ブ、ブレスっスかっ!?!?わ、分かったっス!二人も、下がろう!」
トトの目から読み取れる感情には驚愕と歓喜、羨望が感じられる。
私が読んだ有名な冒険者の冒険譚というものはドラゴンに関係するものが定番だ。その定番の力を間近で見る事が出来るために目を輝かせているのだろう。その表情はマイクを彷彿とさせるな。
早くあの子達に構ってやれるように、この魔物共をさっさと片付けるとしよう。
地面を踏みしめて以前雨雲を消し飛ばした時のように自身の肺に魔力をため込む。が、前回の時のように目一杯ため込んでしまえば尋常ではない破壊を生み出してしまう事は目に見えているので、ため込む魔力は以前の十分の一にも満たない少量に留めておく。
『広域探知』で魔物の位置を把握したら、『燃やす』意思を魔力に乗せて大きく息を吸い込む。頭を大きくのけぞらせてから、頭突きをするように勢いよく顔を突き出しながら魔力を口から放出させる。
私の口、もとい喉から魔力が出た瞬間、魔力は灼熱の炎となって前方に勢いよく放出されて行く。ただ真正面にだけ放つのでは魔物の群れを全て巻き込む事は出来ないので、このまま首を左右に振る事にした。今回は先程の尻尾とは違いゆっくりとだ。
私が炎を吐き出し終わったのは以前の時と同様、100回分の呼吸、即ち6分ほどの時間がたってからだ。
どうもブレスの放射時間は吸い込んだ空気の量で決まるらしい。
とにかく、ブレスを吐き終わった後に魔物の大群を見てみれば、ほとんどの魔物達は黒焦げとなって死に絶えていた。生き残っている魔物も、最後尾にいた首魁も含めてほとんどが虫の息だ。
「す、すげぇ・・・。まさにドラゴンブレスじゃねえか・・・。」
「てか、あの威力は下手なドラゴンよりも段違いで上だろ・・・。」
「カッコイイ・・・。お姉様って呼びたくなる・・・。」
「こ、これが"
行く何でも失礼すぎやしないか?例え横暴な者だろうと、こんな威力のものを街中で理由も無く使用するものなどいないだろうに。
「お前達、私の事を何だと思っているんだ?こんなものを街中で使用してしまえば私の扱いは完全に人類の敵にされてしまうぞ。そんな事をする奴など、後先の事をまるで考えないような直情馬鹿か、傲慢が服を着て歩くような愚か者ぐらいだろう・・・。え?おい、まさか、いたのか?そんな大馬鹿者な竜人が。」
「ええ、そのまさかです。姐さんからすりゃあ、同族の事だから信じたくねぇかもしれませんが、昔はいたんですよ。その大馬鹿野郎どもが。」
「うわぁ・・・。流石にその事実は知りたくなかったな・・・。」
いたんだなぁ・・・そんな自分の力に物を言わせて他者を従わせようとする者が。やはりドラゴンと言う生き物は傲慢な性格が普通なのだろうか。
っと、まだ生きている魔物がいるんだったな。
万が一再生でもされては面白くないから、止めを刺していくとしよう。これぐらいなら私以外の者達も対処が可能だろう。
「良し、魔物達にトドメを刺すとしよう!トト、貴方達にも十分可能な筈だ。近い魔物達から仕留めていくと良い。」
「分かったっス!みんな、行くぞっ!」
「俺達も続くぞ!一番近いのは"初級"のヤツ等に残して、俺達はちっと遠めのヤツ等を仕留めていくぞ!」
判断が速いじゃないか。この様子なら近場の魔物の生き残りは任せて良いな。
私は魔物の首魁の裏に回って、冒険者達と挟み撃ちをするように止めを刺していく事にしよう。
魔物の群れの裏側に回ってみれば、やはり魔物の首魁も重傷といえるダメージを受けていた。背後に回った私を見る目はとても恨めしい表情をしていた。
だが、容赦も慈悲もしない。尻尾から発生させた『成形』で成形した魔力の剣で残りの魔物達を切り裂いて行った。
それから10分足らずでエリィに宣言した通り、魔物の大群を全滅させた。
さあ、後は街へと変えるだけだ!といっても、人数が人数だ。ゆっくりと帰るとしようか。
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