第355話 平和な観光の裏で起きた惨事

 千尋の研究資料をすべて解読し終え、ヒローに渡すべき知識を纏め終えた翌日。

 朝食後に執務室へと顔を出してヒローに纏めた資料を渡すことにした。資料を作成した際に用いた紙は私からのサービスだ。それだけ大量の知識を得られたからな。

 しかも、良質な紙の製法まで資料にはあったのだから、これぐらいは気前よく渡してやっても構わないだろう。

 まだまだ紙の在庫は潤沢ではあるが、これで私は紙に困ることも無くなったのだ。


 千尋が戦争で使用した力を始め、結構な量を抜き取ることとなってしまったが、それでも一般的な紙のサイズの本で換算して三千ページを超える情報量だ。

 種類を分別して10冊の本にしてヒローに渡す事にした。


 「これが初代様の研究の全て…」

 「うん。要望通りに纏めておいたよ。領地の発展に役立てるといい」

 「重ね重ね、誠にありがとうございました」


 ヒローの要望。それはつまり、今渡したので資料は全てであり、私が抜き取った情報は始めから無かったものとして扱うと言うことだ。

 解読前から決めていたことなので、この場では口に出さないことにした。その考えはヒローも同じようだ。


 「これでようやくチヒロードを見て回れるよ。流石に1日で見て回れるとは思えないから、まだしばらくこの家の世話になってもいいかな?」

 「勿論です。子供達も喜びます。ご自分の家だと思っておくつろぎください」


 それは助かる。

 正直、センドー邸の施設は快適そのものだったのだ。

 食事は美味く、風呂もある。しかも風呂上がりの冷たい飲み物まである。定期的に間食として紅茶とスイーツが振る舞われるし、何よりベッドの質が非常に良かった。流石は千尋が快適に過ごすために建てられた家だと言える。


 折角この家に泊まっていて良いと言っているのだから、世話にならない理由がなかった。

 それに、センドー邸からチヒロードへ向かう際にはリガロウに乗って移動するから、あの子と触れ合う時間も得られるのだ。良い事尽くしである。


 「それじゃあ、早速チヒロードへ向かうとするよ。"ダイバーシティ"達を案内役として連れて行かせてもらうよ?」

 「ははは、むしろ私が今までノア様から彼等を借り受けていたと言った方が良いでしょうな。ここ最近は騎士達も楽をしていたようですし、気持ちが弛む前に彼等を連れて行ってやってください」


 と言うことなので、"ダイバーシティ"達がセンドー邸に来る前に私の方から合流してしまおう。

 彼等の現在地は『広域ウィディア探知サーチェクション』で問題無く把握できる。現在はちょうど訓練を終えて朝食をとるところのようだ。今から移動を開始すれば、余裕をもって出発前に合流できるだろう。


 早速移動しようかと部屋を出ようと思ったのだが、ヒローに呼び止められてしまった。何か用があるのだろうか?


 「無理を承知でお願いするのですが、可能であれば子供達も一緒にチヒロードまで連れて行ってやることはできますか?」

 「ああ、大丈夫だよ。尤も、リガロウは私以外を背中に乗せる気がないから、私があの子達を抱えることになるけどね。それでも良ければ連れて行こう。まだしばらく世話になるのだから、帰りも私が連れて帰るとしようじゃないか」

 「おお!ありがとうございます!いやぁ、実を言いますと、子供達からノア様と共に街へ行きたいとねだられてしまいましてな」


 随分と好かれたものである。まぁ、研究資料の解読をしている間は息抜きに一緒に遊んでいたこともあったから、それで懐かれたのだろうな。

 リガロウもあの子達のことを嫌っているわけではないし、問題無いだろう。



 移動も問題無く、無事にチヒロードに到着した。

 以前遊んでいた時と同様、両脇に姉妹を抱えて尻尾で長男を掴み上げて移動していたのだが、この子達はコレがお気に入りらしい。なんでも、空を飛んでいる気分になれるのだとか。

 実際に噴射飛行で空を飛んであげたら、どんな反応をするのだろうな?


 速度を出すと怖がられるかと思ったのだが、それも全く問題無かったのだ。流石に全力での移動はしなかったが。

 騎士舎で騎士達に混じって訓練をしている長男はともかく、姉妹達まで喜んでいた辺り、この子達は将来大物になるような気がしてきた。


 チヒロードに到着して騎獣の預り所へ向かうと、そこで"ダイバーシティ"達と合流した。朝食を終え、丁度センドー邸へと向かおうとしていたところなのだろう。

 子供達に声を掛けられ、私達に気付いたらとても驚いていた。


 「ノア姫様!?ここにいるってことは…」

 「子爵様からの依頼は無事完了した、と言うことでしょうか?」

 「うん。これからチヒロードを見て回ろうと思うよ。また案内を頼めるかな?ああ、センドー家の騎士達には既に通達済みだよ」


 "ダイバーシティ"達に案内を再開して欲しいと伝えると、彼等は皆いい笑顔をして快諾してくれた。もしかしたら、退屈していたのかもしれないな。


 「勿論です!この街の魅力、余すところなくお伝えさせていただきますね!まずは何処から行きましょうか!?なんて言ったって地元ですからね!知らない所はありませんよ!?オシャレな服も綺麗なアクセサリも、なんだって紹介しちゃいますよ!最近ティゼム王国からの輸入品も入りましたから、今ならガラス細工なんかもより取り見取りでしょうし!…う~ん、何処を案内しようか、迷っちゃいますねぇ~…」


 ティシアが体をくねらせながら案内先について語っている。

 かなり早口で説明している辺り、この手の話をしたくて仕方がなかったのだろう。以前もおしゃれが好きだと語っていたしな。


 ただ、この光景は他のメンバーにとっては飽きるほどに見た光景なのか、辟易とした様子が見て取れる。

 特にエンカフは白けた表情を隠してすらいない。


 「それはティシアが見たいだけだろ…」

 「良いじゃないのよ!事実この街は豊富なファッションが盛んで、それ目当てに他の街どころか国からも人が来ることもあるんですからね!?」


 ほう?それは十分誇っていいことじゃないか?チヒロードは洗料だけの都市ではなかったのだ。

 やはり千尋の名前が都市に入っているだけあり、彼女がこの街に齎したものは数多くあるのだろうな。

 それが今も色あせずにこうして人間達の心を掴んで離さないのだろう。


 「良いんじゃないかな?私もファッションに興味が無いわけじゃないんだ。とは言え、まずはこの子達を送らないとね」

 

 ヒローの子供達は私達と同行するわけではない。この子達にはいくべき場所があるのだ。送迎をすると言った手前、まずはこの子達の目的地に連れて行く必要がある。観光はその後だ。


 相変わらず子供達は非常に礼儀正しい。"ダイバーシティ"達に声を掛けた時も、丁寧な言葉づかいで挨拶をしていたしな。

 これから一緒に錬金術ギルドや騎士舎へと向かう際には、改めて頭を下げて願い出たりもしている。

 貴族の子供としてはやや低姿勢な気もするが、こんなものなのだろうか?


 「いやいや、この子達かなり礼儀正しい部類ですよ。普通はこのくらいの貴族の子供はもっと偉そうな態度取ってきます」

 「まぁ、だからこそ可愛いんですけどねぇ~。フーテン撫でる?ふわふわで暖っかいわよ~?」

 〈主!?ワタクシは愛玩人形ではないですよ!?〉


 移動中にティシアからフーテンを差し出され、子供達は嬉しそうにしている。

 大人しく撫でさせてくれる大きな鳥など滅多にいないだろうからな。喜ぶのも無理はないだろう。この子達も動物が好きなようだし。


 フーテンがティシアに抗議しているが、悲しいことに彼の声はティシアと私、そしてリガロウにしか届いていない。そしてなまじ気を遣える性格のせいで、子供達を悲しませないように大人しくしてしまっているのがフーテンである。


 私が捕まえた時と大違いである。まぁ、アレはあの子を食べようとしていたからなのかもしれないが。


 さて、移動している最中に不埒な輩は片付けておくとしよう。

 何処へ行っても良からぬことを考える者というのは後を絶たないようで、移動を開始する前に『広域探知』で街全体を確認すれば、ヒローの子供達に邪な視線を向けている人間が複数確認できたのだ。

 誘拐して身代金でも要求するつもりなのだろうか?もしくは、それ以上に下劣なことを企んでいるとでも?


 いずれにせよ、まったくもって迷惑極まりないものである。

 もしもこの子達に何かあれば、観光どころではなくなってしまうからな。さっさと捕まえて事情を教えてもらうのだ。


 該当する者達の背後に『幻実影』の幻を出現させ、後頭部に衝撃を与えて一旦気絶させておく。後は人目につかない場所に一ヶ所に纏めて、魔力のロープで縛り付けておく。


 今すぐ始末してしまってもいい気もするが、一応この連中の動機も知っておきたいからな。『真理の眼』で事情を確認するまでは保留である。


 拘束した者達が目を覚ましたな。全員こちらに恨みがましい視線を送っている。

 連中が見ている幻は私の姿形をしていない。性別も顔も分からない外見だ。万が一にでも一般人に私の幻の姿を見られでもしたら、面倒なことになるからな。


 私を睨みつけている者の一人が口を開く。恨み言を語るらしい。


 「テ、テメェ…こんなことしてタダで済むと思うなよ…?親兄弟友人恋人全部調べ上げて、全員破滅させてやる…!」


 これは負け惜しみか何かだろうか?それとも脅しか?この連中は自分達が無事に解放されると信じて疑っていないようだ。


 『真理の眼』で確認を取ってみれば、その理由は簡単に理解できた。

 この連中はヒローを快く思っていない貴族達の私兵だったのだ。


 センドー領はニスマ王国の領土を考えればそれほど広い領土ではない。むしろ狭い部類である。

 だが、この領地で生み出される化粧品や洗料は非常に人気があり、国の財政を支えの一部になるほどだ。下手な高位貴族よりも裕福だったりするのである。


 貴族の中にはセンドー家と同じく洗料や化粧品を取り扱っている家がある。だが、そういった家が販売する製品は決まって高額だ。

 中には同じ貴族用の製品、品質でありながら、センドー家で販売している製品の10倍以上の価格がする商品もある。


 当然、そういった商品の売れ行きはあまりよろしくない。そんな情勢が200年近くも続いていれば、衰退していてもおかしくは無いのだが、何も洗料や化粧品だけが貴族の財源ではないからな。今も衰退した様子もなく販売をしているのだ。


 要するに、客を奪われている今の状況が気に入らないのだ。

 子供に危害を齎し、ヒローに対して脅迫やら自分に有利な交渉をするのが連中の目的のようだ。禄でもない連中である。


 そしてこの連中自体も汚れ仕事をするための私兵らしく、以前から悪事とされることを行ってきたようだ。情状酌量の余地なし、と言ったところか。


 〈『始末するよ?』〉

 『了承しよう。それで、貴方は彼等の背後にいる貴族達も始末する気かな?』

 〈『その方が手っ取り早い気もするけど、領土を持つ貴族を始末したら、その後が面倒臭いことになるのは目に見えているからね。デヴィッケンの時と同じように、この連中の死体を送りつけて黙らせておくに留めておくよ』〉


 了承は得た。それでは始末するとしよう。


 「さっきから何を黙ってやがる!オレ達は」

 「お前達に、次は無い」

 「「「っ!??」」」


 幻の右眼だけを本来の私のものに変更する。『瞳膜』も使用していない、虹色の瞳の私の右眼だ。

 その眼を見た瞬間、全員がすくみ上って言葉を詰まらせる。自分達を見ている者が、異様な存在だと認めたのだろう。


 この星に住まう生物は命を終わらせるとその魂を形成するエネルギーが星に還る。人間達に伝わっているように死後の世界、冥府や地獄と呼ばれる場所で罪を清算するという事実はない。

 だから、せめて死ぬ間際に自分達の行為を後悔させたかった為に、恐怖を与えることにした。

 これも、デヴィッケンの子飼いの裏稼業の人間達を始末した時と同じである。


 より恐怖を与えるために、少し演出を加えることにした。

 捕えた者達の周囲を影で覆い、そこから『収納』を用いて適当な魔物の骨を出現させ、連中に絡ませたのである。


 「自分達の行ってきたこと、後悔しながら冥府へと行くといい」

 「「「ひ、ひぃいいいっ!!」」」

 「ま、待ってくれ!頼む!た、助けてくれ!お、俺達は命令されただけなんだ!ア、アンタのこともあの方に紹介する!センドーよりも報酬が良い筈だ!」


 この状況でまだ助かると思っているのだろうか?

 そもそも、脅された相手が許すと思うのだろうか?すぐさま態度を豹変させて命乞いをする様から必死さが伝わって来るわけだが、当然その要望を応えてやるつもりは無い。


 「1482年犬の月、22日。ラウデン=トラデイル伯爵を侮辱した罪で見せしめのために、行商人のアートンを殺害」

 「っ!?」

 「1482年兎の月、2日。ラウデン=トライデル伯爵の依頼により鉄鉱石の採掘権を持つドニー=ファン男爵の嫡男の護衛3人を殺害したうえで誘拐。1481年猪の月、11日。ミスリルの鉱石を強奪するために、所有者である鍛冶師のギョブジーを殺害」


 その後もこの連中の犯した行為を感情を込めずにつらつらと伝えていく。何故自分達しか知らないような事を知っているのか、この連中には知る由もないため、只々恐怖なのだろう。


 「な、何で…っ!?」

 「1481年亀の月、26日。ミシュガ=ブルーガス子爵とデヴィッケン=オシャントンの子飼いが取引をしている現場を目撃した飲食店の娘、ネネカを複数で暴行を加えた後殺害」

 「も、もうやめてくれぇっ!!」


 遂には私に口を閉じるように懇願してきた。が、勿論止めない。この連中が行って来た人間達の間で悪事と呼ばれる行為を伝えたうえで始末する。


 全ての罪状を伝え終る少し前から、この連中に『重力操作グラヴィレーション』を使用して重力負荷を掛けていく。

 勿論、修業の際に施したような生易しいものではない。自身の自重で肉体が崩壊するレベルの重力負荷だ。


 「あ、があああああっ!」


 苦痛は感じるが、決して命を奪うほどの負荷ではない。まだ通達は終わっていないしな。

 この連中の死体は雇い主に届けて忠告する際に使用させてもらうので、最終的な始末は今回も魔力刃による切断だ。


 「1461年蛇の月、19日。通行の邪魔だからと目の前にを歩いていたその年5才になったばかりの冒険者セクナの弟、セックを蹴り飛ばし殺害。3年後、復讐に来た姉のセクナを暴行したうえで殺害。………こんなお前達が、命令されただけだという理由で、許されるとでも?」

 「ぎ―――っ!」


 質問の答えは聞かない。意味がないからだ。

 全員を始末して死体を『収納』へと仕舞う。


 これでこの街で良からぬことを考える者はいなくなった。観光を再開しよう。


 しかし、センドー家を快く思わない貴族達、か。またしても面倒臭いことになりそうだ。


 だが、私が気に入った者に手を出しているのだ。


 覚悟してもらうとしよう。

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