第94話 誓約を立てよう

  さて、トーマスが作ってくれた絶品な夕食をたっぷりと堪能して現在は残った本を複製するために図書館に訪れている。エレノアも受付の席に腰かけている。此方で食事会の予定を決めてしまったが、彼女は了承してくれるだろうか。


 「こんばんは、エレノア。今日も図書館を利用させてもらうよ。」

 「あらいらっしゃい、ノアさん。今日も本の複製かしら?」


 エレノアにギルド証を渡しながら挨拶をする。今朝も複製を行っていたため、私の目的は既に把握されている。


 「御明察。残りの本はあと一割程度だからね。直ぐに複製し終わると思うよ。」

 「もうそんなに・・・。ああ、でもノアさんのあの複製速度を考えれば出来ちゃってもおかしくないのよねぇ・・・。」

 「それとエレノア、食事会は明日の正午に行おうと思うのだけど、いいかな?」

 「ええ、大丈夫よ。エリィにも伝えておきますね。一度噴水前に集合しておきましょうか。」

 「そうだね。皆で一緒に店に行くとしよう。」


 食事会の時間は此方で予定した者で問題無いようだ。エレノア達の住まいは分からなかったが、噴水広場に集合にする事で五人一緒に店に向かう事だ出来そうだ。。


 「ノアさん、凄い服を仕立ててもらったそうじゃないですか。明日を楽しみにしていますね。」

 「耳が早いね。うん。資金には余裕があるからね。気に入った生地を見つけた時にその生地の服を着てみたいと思ったんだ。」

 「いいですねぇ。それじゃあ、私達もしっかりとおめかしして行かないとですね。」

 「二人の私服姿も期待しているよ。それじゃあ、そろそろ本を複製してくるよ。」


 お喋りもほどほどに本を複製するために受付を離れる。エレノアやエリィのおめかしか・・・。二人とも、人間の美醜で言えば文句なしに美しい部類に入るだろうからな。明日は器量の整った女性が五人並んで移動する事になるのか。

 発案者の私が今更御懸念する事では無いかもしれないが、相当に注目を浴びる事になるのだろうな。

 まぁ、いいか。エレノアはともかくエリィは自己評価が低そうだったからな。この機会に自信を持ってもらうとしよう。



 本を全て複製し終えて、今の時間は午後の鐘が八回鳴って少ししたところだ。

 昨日ユージェンの時間が取れたのは午後九時だったが、今から魔術師ギルドに赴いても大丈夫だろうか。


 本人に聞いてみるのが一番だな。

 『広域ウィディア探知サーチェクション』を『隠蔽』を施した状態で発動してユージェンとエネミネアの現在地を探る。

 この『広域探知』の優れたところに一つは、例え遮蔽物によって密閉された空間があったとしても内部を正確に把握する事が出来る点だ。

 家を完全に密封した状態で外で『広域探知』を使用しても、問題無く家の内部を正確に把握する事が出来たのだ。反対に家の中で使用しても結果は変わらなかった。

 つまり、隠れた物を探すのにも非常に適した魔術という事だな。

 ユージェンもエネミネアも隠れているわけでは無いのだが、屋内にいるのはほぼ間違いないからな。二人を探すのにはやはりこの魔術に限るだろう。


 ・・・二人とも既に魔術師ギルドにいるな。それもギルドマスターの執務室だ。警備用魔術はともかく、誓約に関しては魔術師ギルドで行うつもりのようだな。

 二人に対して『通話コール』を使用する。エネミネアの魔力反応は指名依頼の時に把握しているし、ユージェンとは一度回線を繋げている。問題無く連絡が取れる。


 〈ユージェン、エネミネア、今いいかな?〉

 〈あら?あらあら、あらら、凄いわねぇ~。ダーリンから聞いていたけれど、魔術だけでこんな事が出来るだなんてぇ~。ビックリしちゃたわぁ~。〉

 〈何というか、貴女のような存在からいきなり声を掛けられるのは心臓に悪いのだが・・・。それで、どういった要件だろうか?〉


 二人をかなり驚かせてしまったようだな。だが、エネミネアが驚いたのは不意に声を掛けられたことよりも魔術だけで遠距離通信が出来た事に対して割合が大きいな。

 それにしても、魔術だけで、か。それはつまり、何らかの媒体を用いるなどの条件がそろえば遠距離通信が可能だという事だろうか。

 そして通信している最中にユージェンの声を聞き取り、更にエネミネアが驚いた。


 〈あらぁ?あらあらあらぁ!?ノアちゃん、この魔術ってひょっとしてぇ~、ダーリンと一緒に使ってるぅ~?しかもぉ~、皆に声が聞こえるのねぇ~?〉

 〈うん。そういう魔術だよ。エネミネアは先程魔術だけで、と言っていたけれど、条件付きならば離れた相手と連絡を取れる手段があるという事かな?〉

 〈ええ、そうなのよぉ~。特殊な魔術具が必要になるのよぉ~。だけどぉ~、基本的におっきいわよぉ~。携帯できる物となるとぉ~、騎士団ぐらいしか持ってないんじゃないかしらぁ~。とっても貴重なものなのよぉ~。鎧の胸の辺りに取り付けているのよぉ~。〉


 『通話』と言う名称の魔術ではあるが、実際の感覚としては会話が可能な部屋に『通話』を掛けた相手を招待してそこで会話をしているようなものだ。それ故に『通話』は複数人で会話が可能な魔術である。

 騎士団にも携帯できる通信用の魔術具があるそうなのだが、鎧の胸の部分に通信用の媒体か・・・。

 それでは所持品を確認した際に見つけられるわけが無いな。何せ皆等しくラビックによって鎧ごと旨の部分に穴を開けられてしまったのだから。

 だが、その情報は流石に機密に関わる事だったらしく、ユージェンが気まずそうにエネミネアを咎めだした。


 〈ミネア・・・流石にそれは機密情報だからね・・・?〉

 〈あ、あらぁ~?ごめんなさぁ~い。聞かなかった事に出来ないかしらぁ~?〉

 〈まぁ、これから誓約に行くのだし、今聞いた事も含めて他所に吹聴しない、という内容にすればいいんじゃないかな?それで、今から魔術師ギルドに顔を出しても良いのかな?〉

 〈助かるよ。ああ、構わない。私も既にミネアの所にいるからね。来てくれれば直ぐにでも誓約書を記入する事が出来るよ。〉

 〈分かった。それじゃぁ、早速そちらに顔を出す事にするよ。〉


 まぁ、どのみちこれから誓約を行いに行くのだ。機密情報を口外しないという内容で誓約をすれば問題無いだろう。


 『通話』を切って席を立つ。魔術師ギルドへ向かうとしようか。



 魔術師ギルドへ訪れると、意外な事にユージェンとエネミネアが二人そろって出迎えてくれたのだ。

 誓約が待ちきれなかったのか、それとも魔術談義がしたかったのか。とにかく、すぐさま最上階の執務室まで案内された。


 「一応、誓約書の内容は貴女に記入してもらおうと思っているよ。此方でやる事は全て終わっているから、後は貴女が記入すべき事を記入してくれればほぼ誓約は完了したと言えるだろう。」

 「つまり、私が記入欄に誓約内容と代償を記入するだけでは誓約完了にはならないという事で良いかな?」

 「そうよぉ~。誓約書に関わる全員が誓約内容を確認して、全員が了承したうえで誓約用の台座に誓約書を置いて関係者全員の魔力を込めるのよぉ~。これは後から誓約内容を勝手に変更させないための手段でもあるのよぉ~。」


 なかなか手間のかかる事なんだな。だが、誓約の内容を勝手に変更することが出来るとなれば悪用し放題だからな。

 記入すべき内容に渡されたペンで誓約内容を記入していく。そういえば、『転写』や『複写』を使用せずに文字を記入するのはこれが初めてか。『我地也ガジヤ』の魔術書を作った時も頭に思い浮かべた内容を紙に転写しただけだったからな。


 良し、誓約、代償、共に書き終わった。エネミネア達に渡して内容を確認してもらおう。


 「ノアちゃんってぇ~、とぉっても綺麗に文字が書けるのねぇ~。」

 「それはつまり、一般的には本に書かれているような文字が綺麗な文字、という事で良いのかな?」

 「そうよぉ~。綺麗な文字で書かないと文字も読みづらいからぁ~いい加減な文字で本を作ってもぉ~、本として認められてないのよねぇ~。」

 「となると、本の製作者は余程達筆な者が書いているという事か。」

 「それもあるけれどぉ~、最近は『転写』で文字を記入する事が多いわねぇ~。ノアちゃんと比べたらぁ~、とぉっても遅いけどぉ~、アレでも普通に書くよりは速いのよねぇ~。」


 本が高級品になるのも当然だな。労せずして誰でも紙に綺麗な文字を記入できる手段があればもっと本の価格も下がり需要も高まるのだろうけどな。私が関わることでは無いだろう。


 「誓約の内容はぁ~【これまで耳にしたティゼム王国の機密を他者に口外しない】でぇ、代償は【一年間ティゼム王国に味方する】。これで間違いないかしらぁ~?」

 「ああ、そちらもその内容で問題無いのなら誓約を立てよう。」

 「私は問題無いわぁ~。ノアちゃんが一年間も味方してくれるなら、まずこの国は安泰よねぇ~。」

 「私も問題無い。そうだな。ただひたすらに、貴女の不興買わなかった事が私にとっては一番の喜びだよ。」


 全員が了承した事で誓約書を誓約用の台座に置く。そういえば、込める魔力はどれぐらいだろうか。


 「今更なのだけれど、誓約書に込める魔力はどれぐらい込めればいいのかな?」

 「ちょっとでいいわよぉ~、具体的にはぁ~、ギルド証に流した魔力とおんなじぐらいで十分よぉ~。」


 うっ。つまりは極少量か・・・。私の感覚で魔力を扱おうとすると、どれだけ小さくしようとしてもどうしても結構な量が動いてしまう。誓約書が壊れたりしないだろうか。


 「あまり少量過ぎる魔力を扱うのは苦手なのだけど・・・。」

 「ははっ、貴女にも苦手なものがあるとはな。まあ、心配する必要は無いよ。誓約書は頑丈だ。貴女が見せてくれた魔術を使用するぐらいの魔力であるならば問題無いとも。」


 良かった。私の懸念は杞憂に終わったようだ。それならば、さっさと誓約を立てるとしよう。



 誓約が完了し、私達は現在魔術師ギルドの入り口に来ている。冒険者ギルドの入り口に使用した警備用魔術を実施するためだ。


 「ノアちゃん、依頼も出していないのにごめんねぇ~。それとありがとぅねぇ~。しっかりと勉強させてもらうわねぇ~?」

 「構わないさ。物のついでだからね。私としても、この魔術が広まってくれれば臭い思いをしなくても済むからね。」

 「あの魔術は本当に便利だな。おかげでギルド内が非常に清潔に保たれるようになったよ。この魔術、他の国やギルドにも広めてしまって良いのかな?」

 「勿論、むしろお願いしたいぐらいさ。さて、それじゃあ実施しようか。」


 入口の前に立って警備用魔術を使用する。ただし魔術構築陣が分かり易いようにゆっくりとだ。

 エネミネアがまじまじと構築陣を見つめている。彼女なりにこの魔術を解析しているのだろう。

 ゆっくりと構築陣を作っても、私が"楽園"の皆に教えてもらったり一緒に作った魔術に比べればとても簡素な構築陣だ。

 大して時間も掛けずに構築陣が完成して、魔術が発動する。


 「ちょ~っと複雑ではあるけれどぉ~、この前ノアちゃんが見せてくれたぁ~、『我地也』よりもずっと分かり易いわぁ~。これなら頑張れば皆も使えそうねぇ~。それにぃ~、魔術具にして携帯できるようにしても良いかもぉ~。」

 「私は拡張性や発展性も十分にあってとても面白い魔術だと思うな。警備は勿論、改良次第では防御や攻撃にも転用できそうな気がしてならない。」


 二人とも夢中になって魔術の解析と考察を行っている。この様子なら用途に合わせて自分達が使いやすいように改良していく事だろう。


 やる事も済んだことだし、宿に戻るとしようか。

 ああ、一応、テッドの事をエネミネアに伝えておこうか。


 「そうだ。エネミネア、将来テッドと言う名前の少年が魔術師ギルドに所属する事になると思うよ。その時には目を掛けてやって欲しい。」

 「あらぁ~、ノアちゃんがそんな風に言うだなんてぇ~、よっぽどの逸材なのかしらぁ~?」

 「間違いなくね。何せ七、八才の年齢で魔力を知覚したその瞬間に自分の魔力の色を認識して、三日の内に自分の意思で魔力を動かす事が出来た少年だ。出来ればその才能は腐らせたくない。」

 「えっ?ちょっと、ノアちゃん、えっ?その年齢で知覚と同時に色の認識?三日で魔力操作が出来る?えっ?ねぇ、ノアちゃん、その子の事、もう少し詳しく教えてもらえる?」


 相当に動揺してしまっているな。やはり異常な事なのだな。ユージェンなんかは目を見開いて絶句しているし、エネミネアなど普段のしゃべり方を忘れてしまっているほどだ。


 「詳しくと言っても、私も会ったのは三回だけだけどね。この街の子供で、年齢はさっき言った通り、種族は庸人ヒュムスで魔力色は緑の単色。魔力量と密度は平均よりやや多いぐらい。と言ったところかな。ああ、それと、魔力の知覚に関しては私が行ったよ。」

 「凄い、凄いわその子・・・ギルドに所属できる年齢になったら是非とも魔術師ギルドに所属してもらいたいわっ!」

 「あの子自身も魔術師になる事に意欲的だったし、健全に成長していけば間違いなく歴史に名を残せるほどの才覚を見せると思う。ただ、その才能故に周囲から害意をぶつけられかねない。」

 「そういった害意から守ってあげるのが私の役目って事ね!ええ、分かったわ。きっと立派な魔術師にして見せるわ!その子に手を出すようなボケナス共がいたら真っ先にブッ飛ばしてやるんだからっ!」


 エネミネアの瞳にやる気が満ちる。テッドが魔術師ギルドに訪れるのはまだ数年先の話ではあるが、長い寿命を持つ妖精人エルブにとっては直ぐの事だろう。それでも、その時が来るのが今から待ちきれないようだ。

 で、エネミネア、貴女にとってテッドほどの才能はとても興奮する要素だったようだね。大分しゃべり方が変わっているよ?貴方を見るユージェンもどこか暖かい眼差しを送っている事に気付いているかな?


 「ところでエネミネア。しゃべり方がいつもと違うけれど、そっちが本来のしゃべり方なのかな?」

 「へっ?しゃべり方が違うって・・・ああっ!?えっと、ほ、ほほほ~。あらあらぁ~、ちょおぉ~っと興奮しちゃったかしらぁ~、いやだわぁ~、恥ずかしぃ~。」


 しゃべり方が変わった事に気付いた途端、顔を真っ赤にして取り繕いだしたな。

 どちらかと言うと私としては先程のしゃべり方の方が話しやすいのだが、彼女には彼女なりのこだわりがあるのだろう。

 とは言え、気にはなるのでユージェンに確認は取ってみるか。


 「ユージェン?」

 「ああ、冒険者時代のミネアは大体あんな感じのしゃべり方だったよ。懐かしいなぁ。若い頃を思い出すよ。」

 「も、もぉ~っ!ダーリンったらヒドイわぁ~っ!教えなくても良いじゃなぁ~いっ!昔の自分を知られるのってぇ~、恥ずかしいのよぉ~っ!」

 「まぁまぁ、良いじゃないか。私としてはどちらのミネアもとても素敵だと思っているよ。無理に言葉遣いを変える必要なんてないのさ。そもそも、私はミネアが冒険者の頃から好きだったし、今でも君を愛しているんだ。それでは不服かい?」


 以前も思っていたのだが、ユージェンはエネミネアのスキンシップを涼しく受け流しているように見えて全力で受け止めているな、これ。

 エネミネアのように愛情表現の激しい行動は取らないが、エネミネアに対する愛情はエネミネアからユージェンに向ける愛情の強さに決して劣っていない。つまるところ、相思相愛というやつだな。


 「ダ、ダァ~リィーンッ!!もう好きぃっ!好き好きぃっ!!だぁ~い好きぃ~っ!!愛してるのぉ~っ!!」


 この光景、昨日も見たぞ。他のギルド職員が白けたような視線を向けて"バカップル"と言う言葉を放っているが、うん、言い得て妙な表現じゃないかな。

 もしかしなくても、ユージェンが昨日エネミネアに言っていた[私以外の何かに君が夢中になってしまう事に、私は耐えられそうにない]、と言っていたのは嘘偽りのない本心だったのだろう。本当に仲睦まじい事だ。

 さて、私のここでの用事も済んだし、そろそろ宿に戻るとしようか。時間としては午後の鐘が十回鳴ってしばらくしたころだ。部屋で果実を食べて数冊本を読んだら就寝するとしよう。




 日が変わって早朝。シンシアに起こされた私は、以前フウカが選んでくれた服を着てフウカの店の前に来ている。時間は鐘が七回鳴る前だ。

 本来ならば迷惑な行為である事は承知しているのだが、彼女は早朝には全ての服が仕立て終わっていると言っていたので、淡い期待を持ちながら訊ねてみたのだ。

 ただ、私は自分から扉には手を掛けない。彼女が起床している場合、間違いなく昨日と同じように自分から扉を開いて出迎えてくれるという確信があるからだ。


 案の定、凄まじい速度で奥から扉の前まで音も無く何者かが移動する気配を感じる。この気配は昨日と全く変わらない。それはすなわち―――


 「おはようございます、ノア様。ご注文の品。既に仕立て終えています。ご試着なさいますか?」

 「おはよう、フウカ。朝早くからで悪いけれど、早速袖を通させてもらうよ。」


 フウカはやはり既に起きていた。そして昨日とまるで変わらない様子で出迎えてくれたのだ。おそらく昨日の遅い時間まで、下手をすれば日が変わってからも服を仕立てていたと思うのだが、彼女の様子に変化が無いところを見ると、やはり彼女は只者では無いという事が改めて分かる。


 それはそうと、早速出来上がった衣服を試着できるらしい。試着室に向かい、袖を通させてもらうとしよう。


一つはワンピースタイプの服だな。青をベースに水色と紫色をアクセントに使用している。この服も昨日受け取ったロングパンツほどでは無いが、ボディラインが分かり易い服だな。服の美しさは勿論、この服を着た人物の美しさを相手に伝えるのが目的の服だと言える。

 大変見事ではあるのだが、この服、しばらくは人前で着れそうにないな。試着した様をフウカに見てもらったのだが、昨日以上に興奮しすぎて鼻血を噴き出していた。

 この服を着て人前に出る時は、私の正体が人間達に知られてからにするべきだな。その時にはゴドファンスが言っていたような威を示すための衣装として、存分に使用させてもらうとしよう。


 もう一つは他二つとは打って変わって随分とゆとりのある赤色の長袖のシャツと、シンシアが選んでくれたような同じく赤色ロングスカートだった。シャツはとてもゆったりとしているので着脱が非常に容易だ。どちらも橙と黄色の生地をアクセントに使われていて、ゆったりとした外見に反してさながら炎を連想させるような色調となっている。要するにとても目立つ。

 しかし、不思議と苛烈さは感じられない。炎と入っても暖炉の火のような、人を安心させるような温かさを感じさせる色調だ。


 試着を終えて、店に訪れた時の服装に着替えて服を受け取った。フウカはとてもやり切った表情をしている。

 そんなフウカが深々と頭を下げだした。


 「ノア様。このフウカ。ノア様のためだけの衣装を仕立てさせていただいた事、そしてそれを着て頂けき、この目に収めさせていただいた事、生涯の誇りとさせていただきます。素晴らしい仕事を与えて頂き、本当にありがとうございました。」

 「此方こそだよ。やはり、あの生地で貴方に仕立てを頼んだ私の判断は間違っていなかった。本当に良い物を仕立ててくれたね。ありがとう。これからもよろしく頼むよ。」

 「これからも、で御座いますか?」


 恭しく礼を述べるフウカに対して、私も礼を告げる。そして、今後も良い関係でいられるよう挨拶をしたら、きょとんとした表情をされてしまった。


 「私は貴女の仕立てた服を気に入ったからね、今後も良い生地を見つけたら貴女の所に持って来て服を仕立ててもらうつもりだよ。」

 「ノア様・・・。あ、ありがとうございますっ!!」

 「フウカ、残った生地だけれど、貴女が使うと良いよ。私は欲しくなればまた買えばいいだけだしね。」

 「そ、そんなっ!いただけませんっ!ただでさえ良くして頂いたのですっ!これ以上の御厚意に甘えてしまっては、私自身がノア様に甘え切ってしまいますっ!」


 言われてハッとしてしまう。私はどうも一定以上気に入った相手を必要以上に甘やかす癖があるようだ。

 レイブラン達が仕えてくれて間もない頃にも甘やかしすぎるのは良くないと言われていたのを思い出す。甘やかす事で堕落してしまうのは動物達だけでなく、人間達も同じという事だな。


 「余計なお世話だったようだね。分かった。それなら残った生地は回収させてもらうよ?」

 「はい。此方へどうぞ。」


 裁縫室へ案内されて綺麗に整頓されていた残った生地を『収納』へ回収していく。結構な量残っている事だし、当初の予定通りフレミーにプレゼントするとしよう。


 さて、衣服も受け取った事だし、後は食事会の時間になるまで待つだけだ。



 自分の部屋に戻って昨日フウカに仕立ててもらった服に着替える。約束の時間まで一階で読書をしながら待つとしよう!

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