第52話 ラビック出陣!
もう少し、時系列を遡ってみよう。
その時期は確か、まだ私のエネルギーの奔流による影響が森全体に現れていた時期の筈だ。
つまり、森の深い部分から浅い部分へと森の住民が移動していた時期とある程度重なると考えていい。
人間達の強さがどの程度の物かは分からないけれど、普段の森の浅い場所の住民達と同程度だとした場合、それよりも深い場所から移動してきた住民達には手も足も出ないだろう。
という事は、人間達は彼等が元の住処に戻っていくまでの間、森の恵みを享受出来なくなっていたと考えるべきだな。
仮にあの時見た人間達の都市の中に、森の恵みによって生計を立てていた都市があったとしたら、その都市にとって、森の恵みを享受できないという事態は一大事だったに違いない。。
果たして、人間達はその事態に対して黙っていられるのか。
その答えが、今の状況だろう。
おそらくは、それまで森の恵みを採取できなかった分を取り戻すために、都市にいる精鋭と呼べるような存在が一斉に森に訪れたんじゃないだろうか?
だが、その人間達が森に着く頃には森の住民達も落ち着きを取り戻し、本来縄張りとしている場所へと戻っている筈だ。
つまるところ、いつも以上に採取が捗るような状態になっていた筈だ。目の前にいる蜥蜴人の種族に遭遇する前に十分な採取が出来ていたのではないだろうか。
「確認したいのだけれど、君達の集落にいる者達の鱗は、皆君の様に表面が透き通っているのかな?」
「はっ。光の屈折具合には差異がありますが、我らの鱗の表面は皆、宝石の様に光を取り込み、反射させる性質を持っています。」
なるほど。それが狙いか。
人間達は順調に森の恵みを採取出来た事で、更に欲が出たと見える。
彼らの特徴的で美しい鱗が大量に手に入ると思ったのだろう。
人間達にとっては、集落の者達の区別をつける事は難しいのかもしれない。
仮に区別がついている上で彼らを狩っているというのであれば、流石に私も不愉快な気分になる。
尤も、区別がついていようがいまいが、集落を襲っている人間達を捨て置くつもりなど、私には微塵も無いが。
「事情は分かったよ。君達を助けよう。」
「っ!?ま、誠に御座いますか!?」
「勿論だとも。襲撃を行っている人間達は、必要以上に森に干渉しすぎている。」
「あ、有難う御座います!!!」
蜥蜴人は地面に叩きつける勢いで深く頭を下げだした。・・・そこまで感極まるという事は、よほど切迫した事態なのだろう。急ぐとしようか。
蜥蜴人の集落へ向かうために椅子から立ち上がろうとした時だ。
〈お待ちください、姫様。この件、私に任せていただけないでしょうか?〉
ラビックから待ったが入り、自分に任せてほしいと申し出て来た。この子は戦う事が好きだし、自分の力を試してみたいのだろうか?
〈先のドラゴン達の狼藉は、姫様でなければ対応は難しかったでしょうが、今回は違います。それに、私ならば力を抑える事で、集落に入ってきた人間達を逃がさずに迎え撃つ事が出来ます。〉
「何か、思うところがあるのかい?」
〈今回の件、姫様が出向くまでも無い事と判断しました。私のみで事足りるでしょう。それに、今回の人間達の所業、私としても不愉快に思うところがあるのは、姫様の仰る通りです。〉
なるほど。確かに、私が聞いて判断した限りでは、人間達の強さは蜥蜴人の強さとそう変わらないか、若干劣るくらいの強さだろう。
その程度の強さならば、例え強力な道具を複数所持していたとしても、ラビック一体だけで過剰戦力になるだろう。私が現場に向かった場合、やはり森に対して過保護として扱われてしまうのか。
それに、今回の人間達の行為、ラビックとしては許せるものでは無いらしい。
力を抑える事の出来るラビックならば、人間達に援軍を悟られて逃げられる事も無いだろう。任せてしまっても問題無いか。
しかし、そうか・・・。ラビックが行ってしまうのか・・・。
・・・抱っこ・・・モフモフ・・・・・・いや、流石にここで我儘を言うべきでは無いな。快く送り出さなければ。
「・・・良いよ。行っておいで。稽古の成果を試してくると良い。分かっているとは思うけど、油断をしてはいけないよ。」
〈重々承知しております。油断も、容赦も一切しませんとも。〉
「レイブラン、ヤタール。蜥蜴人の彼とラビックを集落へ連れて行ってあげて。」
〈分かったのよ!頑張るのよラビック!〉〈任されたのよ!遠慮なんていらないのよラビック!〉
レイブランとヤタールが集落へ向かう二体をそれぞれの足で掴み、ラビックを応援している。
この娘達にとっても、人間達の行いには、良い感情を持っていないようだ。
あぁ、そうだ。折角だから、ラビック達に少し頼み事をしておこう。
「ラビック、誰でもいいけれど、人間の死体を一体、装備や所持品を含めて、持ち帰ってきてくれるかい?」
〈承知致しました。では、行ってまいります。〉
椅子から降りて、レイブランとヤタールによって蜥蜴人達の集落に運ばれて行くラビック達を見送っていると、ゴドファンスが隣に来て私に訊ねてきた。
〈おひいさま。人間に御興味がおありで?〉
「人間そのものにはあまりなかな?だけど、人間達の知識や道具、装備や技術には興味がある。」
〈知識や道具で御座いますか・・・。〉
私が、人間の死体を所持品ごと持ち帰ってもらうようにラビックに頼んだ事で、ゴドファンスは私が人間に興味を示したと思ったようだ。
全く無い。というわけではない。
だが、森の住民達ほどの関心は無い。私は人間達に対して文字通り、住む世界が違う存在として認識しているのだろう。
実際に人間というものを見た事は無いが、特別な思い入れは、今のところ無い。
しかし、人間達には森の住民達よりも優れたものがある。
ゴドファンスの横顔を撫でながら、人間達をどう思っているか、皆に訊ねる。彼の毛並みは相変わらず皆よりも硬く、だからこそ力強さを感じさせる肌触りだ。
彼の体温もあってとても温かい。触れていて、安らぎを感じる事ができる。
「皆は、人間の生物としての強さを、どう見る?」
〈何の道具も無しでは、例え森の浅い場所であろうと生きていくことは出来ないだろうな。少なくとも、生物そのものとしては先程の蜥蜴人よりも強いという事は無い筈だ。〉
〈蜥蜴人達を追い詰めている事が出来ているのは、あ奴等の持つ道具による要因が大きいかと。〉
〈人間達はボク達よりも、事象の扱いが上手いって聞いた事あるよ?〉
〈知恵のある生き物だとは思うよ?でも、この森では多少知恵がある程度じゃ生きていけないね。〉
皆の人間に対する認識は私と似たようなものらしい。人間自体の生物強度は大したものでは無いと判断する反面、人間達の知識や知恵は目を見張るものがある、といったところか。
他の皆も知らなかったようだが、ウルミラ曰く、人間達は森の住民達よりも事象の扱いに長けているらしい。
それは朗報だ。人間達が事象の扱いに長けているというのであれば、是非ともその知識や技術を学びたいものだ。
それによって仕えてくれている皆も、事象に対する理解をより深めることが出来るだろう。
「君達が思っている通り、人間達の生物としての強さはここに来た蜥蜴人よりもかなり劣ると言って良いだろうね。勿論、例外は存在するだろうけれど、今集落を襲っている者達にそういった人間がいるとは、私も思ってはいないよ。」
〈だが、人間達は道具や知恵、優れた事象によって蜥蜴人達を追い詰めている。主は、人間達のそういった生物としての強さを覆すものに、興味があるのだな?〉
「そういう事。彼らが如何にして蜥蜴人達に優位に立っているのか、それを詳しく知りたい。それはきっと、私たち全員の強さを引き上げるだけでなく、私達の生活も豊かなものにしてくれると思っているよ。」
私の一番の狙いは結局のところ、そこにある。
今も私達は恵まれた生活を送っているとは思っている。だが、人間達の知識を得る事が出来れば、私達の生活環境はより良い方向へ進んでいけるはずだ。
その為には、人間達の住まいへ向かい、情報を仕入れてくる必要がある。
その事前知識として今回襲撃を仕掛けている人間から何か情報を得られないかと考えたのだ。
ただし、生け捕りにするつもりは無い。万が一にも無い事だとは思うが、想定外の事が起きてラビックにもしもの事が起きてほしくは無い。
彼には存分に稽古で培ってきた実力を発揮してきてもらう事にしよう。
皆に説明をした後、おもむろにウルミラに近づいて抱きしめる。モフモフ、ふわふわで実に至福な触り心地だ。
〈ん?ご主人、どうかしたの?〉
「あぁ、ラビックを抱きかかえて毛並みを堪能しようと思っていたところに、蜥蜴人が来たからね。そのままラビックが彼等の集落へ行ってしまったから、少し寂しくいんだ。しばらく君の毛並みを堪能させてほしい。」
〈まぁ、いいけどさぁ・・・さっきまでカッコよかったのに・・・。これならボクが行った方が良かったかなぁ・・・。〉
私がウルミラの背中に顔を埋めて毛並みを堪能していると、ウルミラの呆れた声が聞こえてくる。
君の大きさだと、多分レイブランとヤタールが大変な思いをすると思うよ?
まぁ、私達はゆっくりとレイブラン達が帰って来るのを待つとしようじゃないか。
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