第365話 竜車
野盗連中を始末して戻ってくるまでに3分と時間は掛からなかった。
当然、私が街に戻ってきても襲われてしまった男女は、まだこの場に残っていた。
奪われた資金や署名用紙を取り戻したことを伝え、彼等に返却しておこう。
こんなことを無償で行えば、当然崇めるような勢いで感謝もされてしまう訳なのだが、今回は甘んじてその感謝も受けとめることにした。
許せなかったのだ。
多くの人々が一つの願いのために一丸となって集まった成果を、彼等の思いを何のこともないように踏みにじるような真似をした連中が、私には許せなかったのだ。
取り戻した資金や署名用紙も結局のところヒローの元へと届けられるので、私がそのまま持って行ってヒローに渡してもよかったのだろうが、それでは彼等が浮かばれない。
仕事を最後まで全うしたという実感を得てもらうためにも、取り返した資金と署名用紙は、彼等に返却することにしたのだ。
まぁ、彼等は私、と言うかリガロウがセンドー邸まで運ぶ予定ではあるのだが。
運ぶと言っても、悪いが抱えたりするわけではない。私の腕も尻尾も、既に子供達で満員なのだ。彼等は別の方法で運ばせてもらう。
世の中には、馬車や竜車という便利な乗り物が存在するのだ。しかも私は一度、『
以前よりも衝撃を吸収して、揺れの少ない車両を製造しよう。
勿論、子供達には許可をもらっている。多少とは言え、帰りが遅くなってしまうからな。
少し不機嫌にさせてしまうかと思ったのだが、むしろその逆で、私が車両を製作する光景を見てみたいと言われてしまった。好奇心旺盛な子達で助かった。
尤も、流石に今回は竜車の部品の全てを一から『我地也』で製造するつもりは無いのだが。
今の私には、様々な素材が潤沢にあるからな。多少時間が掛かってしまうだろうが、素材を加工して竜車を製造するつもりだ。
『我地也』を使用するのは、簡単に用意できない細かい部品だけだな。
主に金属製品だ。衝撃を吸収するための機能を持たせるためのスプリングなどは、私が金属を加工するよりも『我地也』を使用した方が手っ取り早いのだ。
当たり前の話ではあるが、『我地也』を使用しているところを見られたら騒ぎになってしまうので、見せていない。
少し離れた人目のつかない場所に幻を出現させ、そこで必要な部品を『我地也』で製造するのだ。
後は、その部品を『収納』に仕舞えば、本物の私が組み立ての際に『収納』から取り出せすことで、あたかも最初から部品を所持していたように見えるのだ。
20分ほどで車両が完成したので、男女に車両に乗るように促す。
最初は遠慮されてしまったのだが、彼等のために用意したことや再び野党などに襲われないとも限らないと説明すれば、彼等は渋々と言った様子で車両に乗ることを決意してくれた。
やはりというか何と言うか、私が作ったものに乗るのが恐れ多いと思っているのだろう。ただでさえ、今の彼等は私のことを崇拝する勢いで慕っているようだからな。
まぁ、彼等にそうさせたのは私の行動が原因なのだが。
なお、子供達は私に抱えられる方が好みらしい。車両にも乗ってみたかったそうなのだが、それは明日以降にするそうだ。
準備も整ったことなので、ようやくセンドー邸に出発である。車両とリガロウを魔力ロープで繋げて移動開始だ。
今回の車両は以前のようにすべてが金属製というわけではない。それどころか総重量は一般的な馬車や竜車よりも軽いまである。
それ故か、リガロウにはまったく負担になっていない様子だ。いつものペースで雪原を走り、両脇と尻尾で抱えている子供達からは相変わらず喜ばれた。
車両の内部も問題なさそうだ。以前の車両同様、念のため体を椅子に固定するシートベルトも用意していたので、車両に載せた男女にも問題は無さそうである。
そうしてセンドー邸に到着した後、男女はすぐさま集まった資金と署名用紙が入った箱を、子供達を出迎えるためにエントランスにて待機していたヒローに渡した。
ヒローもまさか1日で集まってしまうとは思っていなかったようで、私ほどではないが非常に驚いていた。
ヒローの元まで資金と用紙を届けた男女なのだが、私がヒローに今回のことを説明すると、自身に仕えている騎士に護衛させながら街まで送り返すように指示を出していた。帰りの道中にも襲われないとは限らないのだ。
センドー邸から出る際、早速扉の真上に飾られていた絵画に気付いたようだ。驚くと同時に少しの間見入っていた。
ヒローは、そんな男女を見て嬉しそうにしている。想定通りの結果となって、イタズラが成功したような気分なのだろう。
多少のトラブルもあったが、それ以降はいつも通りの夕食の時間だ。
といきたい所だったのだが、そうもいかないのだろう。食事の最中、男女や護衛を襲った者達についてヒローからいくつか質問されることとなってしまった。
「その連中は何者で、何が目的だったのでしょうねぇ…?」
どうなったのかは聞いてこない。彼ならば私が野盗連中をどうしたのか興味があるだろうし、結果も予想がついているだろうが、子供達がいる場所だからな。血なまぐさい話は避けたいのだろう。
「あの連中は外国で幅を利かせていた盗賊団だね。隣国では指名手配にされていて、賞金首になっていたよ」
「ああ、それでやり辛くなって我が国まで来ていたのですか。よりにもよって、ノア様が滞在しているこの時期に…」
どこか憐れむような声色だな。相手が悪すぎた、とでも言いたげだ。
実際のところ、連中を始末するのは一瞬だったからな。連中からすれば、逃走中にいきなり地割れが発生して全員纏めて地割れに飲み込まれたようなものである。
連中の首は、折角なので家に帰る際に指名手配している国に立ち寄って引き渡そうかと考えている。まぁ、旅行の下見のようなものだ。
次第にヒローの興味は、野盗連中から私が製作した車両へと移っていった。
「そういえば先程子供達を迎える際にチラリと目に入ったのですが、リガロウ君に繋げられていたあの車両は、私が知るどの車両とも違っていたようですが?」
そんな疑問に答えたのは、子供達だった。自慢するかのように矢次早に私が製作したのだと父親に嬉しそうに報告していた。
この様子だと、『我地也』を子供達に見せていたら、それも自慢気に語っていたに違いない。人目につかない所でこっそりと使用して正解だったな。
「なんとノア様が…。どれほどの乗り心地なのか、是非私も体験してみたいものですな…」
「とは言え、それが必要な要件は特にないだろう?依頼の発注だって、この家の騎士に任せればいいのだし」
「誠に残念ながら、仰る通りなのですよ…。残念でなりません…」
本当に残念そうだな。
ヒローには世話になったし、既に十分な対価を互いに得ているとはいえ、千尋の研究資料を私に譲ってくれた礼をしておくべきだろう。
そこで、ヒローに報いてやろうと考えていた時、センドー子爵夫妻を私の制作した車両に乗れる口実を一つ思いついた。
「私が依頼を受けて絵画を制作する時に、ナナリーと一緒に見学にでもくる?」
「なんと!よろしいのですか!?」
「どうせ絵画を描く際には、チヒロードの住民達が一目見ようと大勢集まることだるうしね。貴方達夫妻が顔を出せば、それだけ重要な催しと思ってくれるんじゃないかな?」
「おお…!確かに…!では、その時にはお願いしてもよろしいでしょうか!?」
勿論、断る理由がないので了承した。夫婦そろってとても嬉しそうである。
彼等ならば馬車にも竜車にも乗ったことがあるだろうに、それほど喜ぶ事なのだろうか?
「勿論です!リガロウ君の走る速さは、他の騎獣の比ではありませんからね!」
「それを車両の中から安全に体験できるとなれば、喜ばない筈がありませんわ。貴族では初めてでしょうし」
その言い方をしたら、今後貴族が私の制作した車両に載せて欲しいと言ってきそうだな。それはとても煩わしそうだ。
どうせ私はリガロウの背に乗って移動するのだから、ハッキリ言って、車両はいらないのだ。
「ヒロー、あの車両、欲しい?」
「ノア様!?」
「アレがあると、人を運ぶ時には便利ではあるけど、それ以上に面倒なことになりそうな気がしてね。ここで手放してしまう方が良い気がしてきたんだ。必要ならまた作ればいいだけだからね。ああ、勿論タダとはいかないよ?それなりにいい材料を使ったから、相応の金額は要求させてもらう」
というわけで、製作した車両はヒロー達に売ることにした。
勿論、ヒローが払えない金額ではない。彼も即決で購入の意思を示した。
夕食後、そのまま車両の購入手続きが終わり、私がチヒロードにいる間は私が車両を使用するが、それ以降はヒローに引き渡すことになった。
子供達がリガロウの引く車両に乗りたいからだな。ヒローが車両を購入すると言った際、私からヒローの手に車両が渡ってしまうことでリガロウに引かせる機会がなくなるかもしれないと思ったようだ。
私がヒローに車両を売ると言った時は、3人揃って不安そうな表情をしていた。
私もヒローもその顔を見逃してはいなかったのだ。子供達を落胆させないためにも、お互い合意のの上で先程の条件での取引が成立した。
翌日となり朝食を済ませた後、早速子供達は車両に乗り込んでいる。余程楽しみにしていたのだろう。スプリングを仕込んだ座席を面白がって、何度も小さく飛び跳ねている。
移動を開始したら少なからず揺れることになるので、しっかりとシートベルトを着用しておくように言い聞かせておこう。
チヒロードに到着して"ダイバーシティ"達と合流したら、子供達をそれぞれ送り届けて、観光開始だ。
今日も存分にチヒロードを案内してもらうとしよう。
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