第366話 熟練の鍛冶師


 リガロウを預ける場所で車両も預けられるそうなのだが、場所を取る上に管理も大変そうなので『収納』に仕舞ったら、管理者から礼を言われてしまった。管理側としても、あまり車両の管理はやりたくないのかもしれない。

 彼は昨日私が車両を製作してリガロウに繋げていたところを見ていたから、車両に関してはあまり驚いてはいなかったな。


 勿論、"ダイバーシティ"達はそんなことなど知る由もなかったので、リガロウが車両を引いていたことに驚いていた。


 「ノア様は車両には乗らないんですか?」

 「私にとってはリガロウの背中の方が快適だからね。乗る必要がないんだ」


 車両を作ったのは、あくまで運ぶ人間が私の体だけでは持ちきれない時のため、というのが理由なのだ。一人で移動する場合、車両を使用するは必要ない。

 背中に乗らないと言い出したら、リガロウがとても悲しむだろうしな。


 私がリガロウの背中の方が良いと語った時のこの子の喜びようときたら、言葉を発していなくてもその場にいた全員が喜んでいると分かったほどだ。本当に可愛い子だ。

 このままこの子を構っていたくなるが、そんなことをしていたら今日一日の予定があっという間に潰れてしまう。

 後ろ髪が引かれる思いで、子供達を錬金術ギルドと騎士舎へと送り届けた。


 さて、子供達を送り届けた後なのだが、今日はまず最初に冒険者ギルドへと向かうことにした。


 思い返してみると、私はこの街の冒険者ギルドに訪れたことがなかっのだ。

 私がこの街を訪れてからかなり経つ。私への指名依頼が発注されていると考えるのが普通なのだ。

 加えて、ヒローに集めた資金と署名用紙を渡したことが昨晩の時点で街中に伝わっていただろうからな。もしかしたら依頼が発注されているかもしれなかった。


 冒険者ギルドに顔を出してみると、施設に足を踏み入れた瞬間、一斉に視線が私に集中した。久しぶりの感覚のような気がする。


 しかし、気になることがある。視線に込められた思いだ。

 私に向けられる視線に込められた思いの内容は、大半が興味や驚愕、そして私の外見に対する称賛である。今の私ならば、どの感情も理解できる内容だ。


 しかし、今回向けられている視線はどうだろうか?

 視線に込められているのは、称賛や尊敬、そして感謝が込められているのだ。

 称賛は分かるとして、尊敬と感謝はどういうことなのだろうか?


 理由を考えてみよう。

 と思ったが、考える間でもなかった。


 十中八九、昨日の帰宅前の出来事。野盗連中からこの街全体で集めた資金と署名用紙を無償で奪還したのが原因と考えて良いだろう。

 多分、今朝の新聞にも載っているのだろう。実際、それで合っていたようだ。


 「おはようございます!昨日は本当にありがとうございました!」

 「おはよう。その様子だと、昨日のことはもう伝わっているようだね?」

 「はい!おかげさまで、こうしてノア様にご依頼を発注させていただけます!」


 言われて私に個人に発注されている依頼を確認してみれば、恒例となった図書館からの本の複製依頼と、絵画の制作依頼が発注されていた。


 図書館の依頼に関しては断る理由がないし、絵画の依頼は募金と署名が集まったら引き受ける約束をしたのだ。両方とも迷うことなく引き受けることにした。


 「受注ありがとうございます!昨晩は本当に凄いことになってたんですよ!」

 「子爵様のところから帰ってきた人達、ずっと泣いてたもんね」

 「この街でノア姫様を悪く言うヤツは、一人もいなくなるんじゃねぇかなぁ?」


 昨晩、ヒローに資金と署名用紙を渡した男女は、帰ってくるなり街中に私がしたことを伝え回ったようだ。時間が時間だけに、さぞ話題のネタになって食事や酒が進んだことだろう。


 この街全員の思いが込められた物品を奪還したのだ。アジーが言う通り、私に対して無条件で悪感情を向ける者は、この街にはいなくなると言っていいのかもしれない。


 ただ、絵画を描く依頼は約束もあるから勿論引き受ける。それ自体はいいのだが、一つ懸念がある。悩みと言っても良いな。


 絵画の内容、昨日ティシアから考えておいた方が良いと言われたのだが、まだ決まっていないのである。

 一昨日私が描いたものとまったく同じ内容でも、街の者達は十分納得してくれるとは思う。だが、私自身が納得いかないのだ。


 どうせ描くのなら、いいものを描きたい。

 それが、私に対して真剣に願った者達への礼儀だと思うのだ。生半可な作品を作るつもりは無い。

 かと言って、街の者達一人一人に希望する絵画の内容を聞いていては時間も掛かるしキリがないだろう。そもそも、彼等は私の描きたいように描いてほしいと言ってくる気がする。


 すぐに決められるようなものでは無いな。何も今すぐに絵画を描くわけでもないのだ。私にも予定があるからな。

 まだこの街の全てを観て回ったわけではないし、午後からは引き続き写真集の撮影があるのだ。

 絵画を描くのは、少なくとも写真集の撮影が終わった、明日以降となるだろう。


 「絵画を描く日時はまた改めて伝えるとしよう。実際に描くところを見たいと言い出す者達もいるだろうからね」

 「ありがとうございます!ご推察の通り、多分この街の皆が見てみたいと言い出しますよ!」


 やはり、そうなるのか。この街の人々の私に対する感情を考えれば、普通のことなのだろうな。

 絵画を描く日時と場所、よく考えて決めるとしよう。



 依頼も受注したので、次の目的地は当然図書館だ。とは言え、それほど時間が掛かるわけではない。本の複製をするだけだからな。

 この街の図書館の書物を読み漁るのは、また後日にしておこう。


 複製依頼を追えたら、チヒロードの観光再会だ。今日はアジーとスーヤが案内してくれるらしい。


 「ボク等が案内できるところって実を言うとそんなにないんですよ~」

 「ってなわけで、今日はアタシ達2人で案内させてもらうッス」


 とのことだ。この2人は交際関係であるためか、普段から2人で行動していることが多いのだとか。

 そのため、自ずと案内する場所は被ってしまうのだろう。


 別に問題はない。一人一人別々に案内を求めているわけでもないのだし、彼等はパーティで活動しているのだから、自分が知っている場所は他のメンバーも知っているという場合の方が多いのだ。


 そんなわけで案内されたのは、アジーがよく顔を出す鍛冶師の工房だ。

 彼女のハルバートは魔術具ではない。熟練の鍛冶師によって鍛え上げられた、アジーの本質と同じくシンプルであるが故に頑丈で強力な、純粋な武器だ。


 "中級インター"のころから使い続け、摩耗や破損するたびに今回紹介してもらう鍛冶師の元へ手に入れた素材とハルバートを持ち込んでは修復と補強し、そして改良を続けてきたそうだ。

 今では元となった金属は4%ほどしか残っていない。


 それだけ使い続けているのだから、当然愛着もあるだろう。私が作りアジーに渡したテュフォーンのグレイブは、やはり彼女にとって予備の武器になりそうだな。


 スーヤから聞いたことがあるのだが、アジーは一度気に入った何かがあると、それにばかり執着するらしい。

 気に入った武器があればそればかり使用するし、気に入った料理があればソレばかり口にする。そして、気に入った仲間がいればずっと共に活動する。


 流石に戦闘中に使用する技までは一つに絞るような事はしないようだが、何ともシンプルな考えである。潔いとすら言えるな。


 工房に入ると、良く響く金属の衝突音が大音量で耳に入ってくる。

 音は工房の奥から響いて来ているな。工房に入るまでまるで聞こえてこなかったことを考えると、工房の防音処置はかなり優れているのだろう。

 なお、この工房を案内をするのはアジーとスーヤのみだ。他のメンバーは別の場所で時間を潰すと言って、一時的に別行動を取っている。


 アジーが声を張り上げて奥で作業をしているであろう工房の主に声をかける。金属を叩きつける音にも負けない、力強い声だ。


 「親方ぁ!!お客さんだぜぇ!!」


 しかし、金属の衝突音は鳴り止まない。作業をしている工房主は、もっと間近で衝突音を聞いているだろうし、聞こえていないのかもしれない。

 金属の衝突音に、槌を振るうタイミングに、まるでズレが無いのだ。工房主がそれだけ集中して作業に当たっているのだろう。


 が、アジーにはそんなことは関係ないようだ。声を掛けても返事のない状況に少しの不快感を見せ、先程よりも声を大きくして奥で槌を振るう工房主に声をかける。


 「おーやーかーたー!!」

 「聞こえとるわ!!!だぁっとれいっ!!!」


 そんなアジーの声をさらに上回る、金属の衝突音すらもかき消してしまうほどの中年男性の大音量の怒号が、私達の耳に入ってくる。

 アジーはその音量にすくみ上っているようだが、スーヤはちゃっかりと耳を塞いでいた。こうなることは予め分かっていたようだ。


 「スンマセン、ノア姫様。ココの親方、腕は良いんスけど、頑固オヤジなうえに石頭で…」

 「毎度のことだけどさ、作業中にしつこく声をかけるアジーもどうかと思うよ?」

 「ああ、やっぱりいつものことなんだね」


 何となくそうではないかと思っていた。スーヤの耳を塞ぐ動作が、あまりにも自然な流れだったからだ。日頃からこのようなやり取りを見ていなければできる動きではない。


 個人差はあるだろうが、ゴルゴラドで見学した際の鍛冶師の作業内容から考えて、それほど時間が掛かるわけでもないだろう。

 金属を叩きつける音を聞きながら、読書をしてゆっくり待つとしよう。


 1時間もすると金属の衝突音も聞こえなくなり、窟人ドヴァークの中年男性が工房の奥から姿を現してきた。彼がアジーの言う親方という人物、この工房の主だろう。


 「おっ、やぁっと出て来やがったな、頑固オヤジ!今日は特大のお客さん連れてきたってのによぉ!」

 「作業中に声かけんなって何度も言ってんだろうが、このじゃじゃ馬娘が!!んで、誰を連れ…て…来…」


 紹介されているようなので、本を『収納』に仕舞い、挨拶をしておこう。


 「初めまして。私はノア。皆からは『黒龍の姫君』と呼ばれているよ」

 「は、ははぁーーーっ!こ、このような汚ぇ場所に、ようこそおいでくださいましたぁーーー!」


 平伏されてしまった。彼はこの国の王族を前にしても同じような態度を取るのだろうか?

 それはそうと、工房の主は自分の工房を汚い場所だと言っているが、清掃はしっかりと行き届いているため、少なくともこの部屋は綺麗な状態だ。奥がどうなっているかは分からないが。


 そしてアジー。まるでイタズラが成功した時の子供のような顔で笑っている。彼女は工房の主が平伏するような、他者に対して下手に出るような態度が見たかったのかもしれないな。

 そういえば、彼女はリガロウと初めて会った時も、あの子に似たような反応を期待していたのを思い出す。


 「んで、今日はどんな用事だよ、まさか『姫君』様を連れてきただけってわけじゃあねぇんだろ?」

 「勿論だ。コイツのメンテを頼むぜ!」

 「僕のもお願いします」


 普段の調子を取り戻した工房主がぶっきらぼうな口調でアジーに訊ねる。

 元々アジーとスーヤはこの工房に用事があったのだ。アジーはハルバートを、スーヤは短刀のメンテナンスを頼みに来たのである。


 「ったく、オメェ等んところにゃあ腕の良い嬢ちゃんがいんだろうが…。ソッチに頼めよ…!」

 「や、ココナナはダメだろ…」

 「冒険の途中とかならやってくれるけど、街にいる時は基本的に魔術具弄ってるからねー。メンテ頼むと魔術具弄る時間が減るから、すっごい嫌な顔するんだよねー」


 了承して受け取りながらも工房主は悪態をつく。工房主はココナナのことを知っているようだし、彼女の鍛冶師としての腕を認めているようだ。


 魔術具ばかりに目が行くが、ココナナは熟練の鍛冶師が認めるほど、鍛冶師としても優秀ということだな。

 だが、それでもやはり彼女の好みは魔術具なのだろう。自分の楽しみが減る行為は歓迎したくないようだ。


 「ま!そんだけ親方の腕を見込んでるってことさ!今回もよろしく頼むぜ!」

 「しゃあねぇなぁ…」


 工房主としても、アジーとスーヤが長くに渡って自身の鍛冶師としての腕を信頼していると分かっているのだろう。口では渋々と言った様子だが、その内面は嬉しそうである。


 腕の良い鍛冶師には間違いないようだな。それなら、一つ私からも仕事を頼むとしよう。


 「私からも、一つ仕事を依頼しても良いかな?」

 「ははぁーーーっ!なんなりと!何なりとお申し付けくださいっ!」


 いちいち平伏しないでもらえると助かるんだが?だが、それを言うと、余計に畏まった態度を取りそうなので、黙っておくことにした。

 それはそうと、先程とはあまりにも態度が違うから、アジーもスーヤも白い目で工房主を見つめているじゃないか。


 「………おい…」

 「…露骨に変わり過ぎじゃない?」

 「やっかましいわっ!!この御方がどんっっっだけ尊い御方か、オメェ等こんだけ近くにいるってのにまるで分らねぇのか!?」

 「「ええぇ……」」


 私と自分達とでまるで態度が違うことを呆れた様子で工房主に指摘するアジーとスーヤだが、彼は物凄い勢いでその意見に反論しだした。

 彼が言うには、私はとても尊いらしい。


 竜人ドラグナムでも無いというのに、グリューナやマーグが感じ取った高貴な気配とやらでも感じ取ったのだろうか?


 まぁ、それを説明してもらっても良いのだが、長くなりそうだ。機会があれば、その時にでも聞かせてもらうとしよう。


 「そろそろ内容を説明させてもらっていいかな?」

 「ははぁーーーっ!話を遮ってしまい、誠に申し訳ございませんっ!」

 「…私は自分で料理をする時もあるから、調理器具もそれなり以上の品質の物を一式揃えているのだけれど、所詮はそれなり以上止まりだ」


 私が料理ができることは、新聞によって既に結構な範囲で知れ渡っている筈だ。

 工房主も当然のように私が料理ができることを知っていたようで、静かに、そして大きく頷いている。

 この時点で私が何を頼むのか大体察しは付いたようだ。


 「そこで、だ。熟練の冒険者がその腕を信頼している鍛冶師に、これさえあれば大丈夫、と言える万能包丁を1本、打ってもらいたい。それと、決して邪魔はしないから、貴方の作業風景を見学させてもらっていいかな?」

 「ははぁーーーっ!包丁の制作依頼と作業の見学、どちらも謹んで引き受けさせていただきますっ!お時間がよろしければ、早速始めようかと思いますが、いかがなさいますか!?」


 おお、早速包丁を打ってくれるらしい。是非もない。早速始めてもらおう。

 黙って頷けば、工房主も静かに立ち上がり、私を工房の奥へと案内してくれる。


 工房の奥は、金属を溶かすための炉があるため、凄まじい熱気で満ちていた。熱に耐性のある窟人だから耐えられるだろうが、庸人ヒュムスでは30分もいたら倒れてしまいそうだ。

 先程の場所ではまるでこの熱を感じなかったので、熱を遮断する仕掛けがあるのかもしれないな。


 「それでは『姫君』様。この鍛冶師ドルコ、これより全身全霊を込めて貴女様のための包丁を打たせていただきますっ!どうぞ、ご照覧くださいっ!」

 「え…アタシらの武器のメンテは…?」

 「どう考えてもお預けだねぇ…。ノア様専用の包丁かぁ…。こりゃあ午前中はこれだけで終わっちゃうかな?」


 私の見立てでは、ゴルゴラドで話をした女性鍛冶師よりも、ドルコの方が遥かに腕が良い。


 一つの品が出来上がるまでの一部始終、しっかりと見届けさせてもらおうか。

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