第364話 不興 その結果

 やはり楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうな。

 念のため音の鳴る時計を昼食の時間に鳴るように設定しておいて正解だった。


 「ああ、もう昼食の時間のようだね。名残惜しいけれど、ここまでとしておこう」

 「あ、ああ!そ、そんなぁ…!」


 ココナナがとても残念そうな悲鳴を上げている。私が容赦なくマギモデルを仕舞い始めたからだな。

 マギバトルを終了し、マギモデルを『収納』に仕舞いながらバトルスタジアムも『我地也ガジヤ』を用いて消去していく。その光景に何人かは驚愕しているな。


 バトルスタジアムを作成している時もそうだったが、驚くのも無理はない。『我地也』は人間にとっては規格外の魔術なのだ。

 安易に見せて良い魔術では無いのだろうが、この場には私と"ダイバーシティ"達しかいないからな。彼等を信用することにした。念のために工房を出る際に一言言っておけば問題無いだろう。


 それはそうと、ココナナ以外のメンバーもとても名残惜しそうにしている。私と同様、皆マギバトルをとても楽しんでいたからな。


 結局のところ、あれから1時間もしない内に全員がマギバトルを体験したいと申し出てくれたので、代わるがわる遊ぶことにしたのだ。


 マギモデルを動かすのに最も重要な要素は魔力操作能力だ。そのため、魔力操作能力が特に高いエンカフとスーヤが好成績を残した。

 思い通りに動かす事ができたからか、2人共とても楽しそうにしていたな。

 反対に、魔力操作能力が最も乏しいアジーが最下位の成績となってしまった。


 勿論、アジーを含め他のメンバーも修業の成果もあってそれなり以上の操作が可能だ。どの程度かと問われれば、全員リアスエクに勝利できるぐらいには問題無くマギモデルを扱えると言っていい。

 トレーニングに付き合った身だから分かるのだが、リアスエクがこのことを知ったらいじけてしまいそうだな。


 「クッソ…。アタシがドベかよぉ…」

 「格闘戦でアジーに勝てるとは思ってなかったなぁ…」

 「魔力操作能力が物を言うからね。マギモデルに何をさせればいいか分かっていても、それをスムーズに行う必要があるんだ」

 「マギバトル…。実に面白い遊びでした。それにしても、アレは魔力操作の鍛錬に非常に役立ちますね。金持ちの貴族が子供に買い与える理由が分かった気がします」


 エンカフの言う通り、マギモデルは魔力操作能力を鍛えるのに適している。

 マギモデルを操作するには、必ず自身の魔力を操作する必要があるからな。遊んでいるうちに自ずと魔力操作能力が上達していくのである。


 玩具としても非常に優秀でありながら魔力操作能力の鍛錬にもなるのだ。多少高額だろうと、子供の将来のために買い与えようとする貴族は後を絶たないのである。

 まぁ、そういった事情抜きで大人も楽しんでいるのが、マギモデルでありマギバトルなのだが。



 私も含めて皆が皆名残惜しさを感じつつも、場所を移動して昼食である。


 今日の昼食も、昨日とも初めてチヒロードに訪れた店とも別の料理店だ。昨日もそうなのだが、お気に入りのクリームシチューを食べられないアジーだけがやや不満気な様子だった。


 それと、街の至る場所から今朝耳にした、署名と募金を募る声が聞こえてきた。至る所からである。

 街の全域をカバーしていると言っていい。まさか本当に今日で署名も募金も集まってしまうんじゃないだろうな?


 昼食の最中もマギモデルやマギバトルの内容で話は持ちきりだった。


 「なんっかこう…動かす時にモヤみてぇなモンがまとわりついてる感じが済んだよなぁ…。何つーの?全身水に浸かってる感じっつーかさぁ…」

 「それは魔力を送り過ぎだ。マギモデルに過負荷が掛かっているんだ」

 「思った通りに動かない時とか、あるわよね?」

 「魔力操作能力が足りていない時に起きる現象だな。自分の理想的な動きをさせたい場合、的確な量の魔力を送り、その上で精密な魔力操作をしなければならない」

 「遠距離攻撃手段が欲しい…」

 「現状では難しいな。魔術にせよ武器による投擲や射撃では使用者に危険も出てくるからな。そもそも、要求される技術が高すぎる」


 魔術具に詳しいココナナと魔術に精通しているエンカフが、それぞれの質問や疑問に答えている。その間好成績を残していたスーヤはというと、1人注文していた料理をむさぼっていた。質問されても答える気がないらしい。


 「説明したって伝わんないですからね。得意な人がいるんですから、そういうのは適任者に任せます」


 修業の時から分かっていたことだが、スーヤはとことん感覚派だな。自分が経験したことや自身の技術を他者に教えるのは、まるで向いていないのだろう。


 そしてココナナが指摘していた遠距離攻撃だ。

 現状、マギモデルに遠距離攻撃手段は殆どないと言っていい。あったとしても小石やスタジアムの備品を手で掴んで投擲する程度だ。


 マギモデル政策の第一人者でもあるピリカですら実現は非常に難しいらしい。

 彼女としてもマギモデルに魔術を使わせてみたいと思ったりしているらしいのだが、流石に人間達が使用する魔術をそのまま使用できてしまったら危険なんてものではないからな。実現できずにいるのだ。


 流石に人間が使用できる魔術をそのままマギモデルに向けて放ったら、流石にピリカの作ったマギモデルだろうと壊れてしまう。何か工夫が必要になるだろう。

 私としても遊びの幅がかなり広がるので、何とかできないかと考えてはいるのだが、これがなかなか思いつかないのだ。


 それに、できることならある程度の平等性が欲しい。

 例えば、私ならば『投影プロジェクション』をしようすることで遠距離攻撃っぽく見せることは可能である。だが、あくまでも映像だけなので攻撃にはならないのだ。そもそも、私にしかできない時点で平等性も何もないのだが。


 少しの魔力を特定の部位に流すことで、人間から見たら極めて微弱な魔術を使用しているような機能を持たせるのが、私の考える理想的である。


 当然、それができれば苦労はしない。ただでさえマギモデルには限界近くまで機能を盛り込んでいるのだ。このうえ更に機能を盛り込むには、ピリカが買いそろえたという機材の数倍以上の性能が求められるのだ。

 完成した場合、どれほどの価格になってしまうのか、見当もつかないな。


 なんにせよ、"ダイバーシティ"達がマギモデルをいたく気に入ってくれたことを嬉しく思う。

 彼等にはマギモデルやマギバトルを楽しむ余裕が今のところないかもしれないが、いつか彼等が冒険者を引退した時、一緒に遊べるかもしれないのだ。私にはそれが嬉しかった。



 昼食が終わり、リガロウに満足のいくまで食事を与えたら、次は写真の撮影だ。

 店は変わるが担当する記者や撮影者は変わらないが、店が違うため当然店の人間は昨日と同じ人物である。


 まぁ、やること自体は変わらないし、相手が私と言うこともあって店側の人間の態度は昨日の店員んと殆ど同じだった。


 それはそうと、昨晩はどの写真を使用するかでかなりの激戦を繰り広げていたらしい。記者も撮影者も、目の下に隈ができてしまっている。


 「貴方達、休まなくて大丈夫?」

 「何のこれしき…。最高の作品を手掛けるためにも、途中で止まる何てことしませんよ…ふへへ…」


 見ていて非常に不安を感じさせられる容態だ。記者はともかく、撮影者はこの状態でまともに写真が撮影できるかどうかおアヤシイ面がある


 しかもこの2人は撮影終了後には昨日と同じく、どの写真を写真集に使用するかで相当に揉めると思うのだ。

 このままでは明日か明後日には倒れてしまいそうだな。


 仕方がない。少しだけ手を貸してあげるとしよう。


 「ん!?アレェ!?さっきまでの目の疲れが、まったくなくなってる!?」

 「体のだるさも無い!疲れが取れてる!キャメラが重くない!」


 物凄いはしゃぎっぷりだ。

 何が起きたのかと言えば、2人の体を回復させるのではなく、疲れや寝不足を魔法によって解消させたのだ。


 2人とも、誰がそれをもたらしたのか、すぐに理解したようだ。ひとしきりはしゃいだ後、2人揃って私の前に跪き、やや大げさに礼を述べ始めた。


 「我等のために力を振るなんだにっていただき、誠にありがとうございます!」

 「ただでさえ我等の我儘に付き合っていただいているというのに、これほどの寛大な処置まで…。何かお望みがある様でしたら、すぐにでも言ってください!可能な限り用意させていただきます…!」


 それだけのことを私は2人にしたのだろうな。

 元から丁寧な言葉遣いをしてはいたが、今では明らかに態度が恭しいものになっているのだ。


 「それなら、早速撮影を始めようか。彼女も私に自分の服を着てもらいたくて仕方がないようだからね」


 店の店長と思わしき女性が、にこやかな表情で両手に大量の服を抱えているのだ。今日はアレを全て着用することになるだろう。

 上等である。今回も衣服に込められた思いを読み取り、その思いに応えるように感情を込めたポーズを取らせてもらおうじゃないか。



 撮影も終了し、時刻は午後5時30分。

 店の外に出てみれば意外なことに、署名と募金を募る声は聞こえなくなっていた。


 昼食時はもしかしたら彼等は何も口にせずに署名と募金を募っていたのかもしれない。早めの夕食を取りに行ったのかもしれないな。

 などと、楽観的に考えるつもりは無い。おそらく、声が聞こえないのは、募る必要が無くなったから。既に署名と募金が集まってしまったのだろう。


 今頃は、ヒローの元へ署名用紙と集まった資金が送られている最中と考えてよさそうだ。『広域ウィディア探知サーチェクション』を使うまでもない。

 何故ならば、そこかしこに満足気な、やり切った表情をした人物の姿を確認できたからだ。


 彼等の顔には見覚えがある。そう、署名と募金を募っていた者達だ。達成感と期待に満ち溢れた、幸せを感じさせる実にいい表情をしている。


 彼等と同じ顔をしている者達は、大勢いるのだろうな。

 そんな表情をされては、その思いに応えないわけにはいかなくなる。彼等の思いも汲み取った、彼等の、この街のための絵画を描くとしよう。


 子供達を迎え、"ダイバーシティ"達と別れてセンドー邸へと戻ろうとリガロウの元へと向かっている時だ。


 今にも死にそうな表情をしている男女の2人組を見かけた。

 間違いなく何かがあったのだろう。先程まるで正反対に幸せそうな顔を何度も見せられたので、気になって仕方がなかった。


 子供達もあの2人組が気になったのだろう。私に視線を向けている。

 頼まれるまでもない。詳細を聞かせてもらおうか。


 事情を伺ったら、その時点で女性の方が堪え切れなくなって大声で泣き出してしまった。余程のことがあったのだろう。詳しく聞いてみることにした。


 「油断していたのです。皆で集めたお金と署名を、私達で領主様の元へ移送する際、野盗に襲われてしまったのです…」

 「護衛は付けなかったの?」

 「勿論付けました。ですが…騎士様方や"ダイバーシティ"の皆さんがいてくれたこともあって、安心しきっていたんだと思います…」

 「不意を突かれて、あっという間に護衛の方々は負傷してしまって…」


 不幸中の幸いか、護衛として雇った者達は全滅を免れはしたようだ。尤も、全員が無事というわけでも無かったようだが。


 それにしても、センドー家に仕えている騎士達が察知できないような野盗か…。そんな者達もいるのだな。それだけ実力があるのなら真っ当に生きれば良いものを。

 まぁ、世の中には裏稼業を生業とする連中もいるのだから、そういった者達がいてもおかしくは無いのだろう。


 しかし、随分と巫山戯たことをしてくれる。よりにもよってあの街の人々の思いが詰まった物を奪うだなどと…。

 今日1日のいい気分が台無しである。


 『先に告げておくよ。了承しよう』

 〈『まだ何も言ってないんだけど?』〉


 いや、始末するつもりではいたのだが、聞く前に先に了承されるとは。まさか、私は自分で思っている以上に怒っているのか?


 『人間達には上手く隠せてはいるけれど、私達にはすぐに分かるよ。その怒気はこちらとしても平静ではいられなくなってしまうね』


 とのことだ。私は相当怒っているらしい。まぁ、それを加味して了承してくれるのならば遠慮はいらないだろう。


 さっさと片付けてしまうとしよう。


 「野暮用を片付けてくるよ。少しの間ここで待っていて。リガロウ、この子達を頼むよ?」

 「お任せください」


 今日起きた出来事だというのなら、流石にこの国から離れていると言うことはないだろう。野党の特徴を聞き出し、最大範囲で『広域探知』を使用する。


 見つけた。国境へ向けて時速60㎞ほどの速度で馬を用いて移動中である。

 

 軽く飛び上がり、空中10mほどの高さの場所に魔力の板を作り板の上に乗り、魔力の板と私の足を固定する。

 魔力の板を操作して、時速1200㎞ほどの速度で野盗達に向かって移動する。


 絶対に逃がすものか。私の不興を買ったことを、後悔させてやる。


 ものの数秒で野盗達の姿を確認し、無用心にも奪った署名用紙と金が入った箱をそのまま持って移動している。

 『収納』や『格納』に入れようとは思わなかったのか、それとも使用できないのか、どちらでもいい。


 走っている馬に思念を送り、野盗達を振り落とさせる。


 馬達に邪念は感じなかったので、ただ野盗達の操作に従っていただけだろう。野生で生きられるのならその儘でもいいし、元々人間に飼いならされていて奪われた馬だというのなら、何処かの牧場に向かわせるとしよう。


 その辺りは『真理の眼』で判断が可能だ。

 …うん。この子達は元々別の国で育てられていた馬のようだ。優秀な子達だったようだが、それ故にこの連中に目を付けられたようだな。


 場所も把握できたから、連れて行ってあげよう。幻を一番体格の良い馬の背に出現させて、故郷まで移動させてあげよう。『幻実影ファンタマイマス』は本当に便利な魔術だ。


 馬達が故郷まで移動し始めたのを確認して、野盗達の前に降り立つ。


 「は?え?な、何でココに!?」

 「お前達が知る必要はない」


 言い訳を聞く必要もない。この連中の事情は既に馬達の事情を『真理の眼』で見るついでに確認しているのだ。


 尻尾を振るい、全員を魔力刃で始末する。この連中の首は回収して、残りは『真・黒雷炎』で消滅させておく。下手に死体を利用されても面白くないからな。


 さて、これで署名用紙と集めた資金は回収できたな。軽貨の1枚も使用されていないようだ。


 では、リガロウの元へ戻り、子供達と共にセンドー邸へ帰るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る