第385話 昼行燈
今のこの状況、フィリップには碌に身動きが取れない状態でかつ私と一対一で会話をしなければならない状態なので、非常に精神的負荷が強いと思う。
だが、彼には悪いが私の都合、興味を優先させてもらおう。
〈さてフィリップ。私の用件は済んだようなものだけど、この際だから聞かせてもらいたいことがある〉
〈あの、拒否権ってありますか?〉
〈貴方には悪いけれど、可能であるなら答えてもらいたい。私には、どうにも貴方が国民が言うようなどうしようもない人間には見えなくてね〉
〈………〉
黙ってしまった。答えたくないのだろうか?仮にそうだとした場合、その理由は何なのだろうか?ますます興味が湧いて来る。
『真理の眼』を使用すればフィリップの過去を知ることぐらいは造作もないのだが、彼の心境までは分からないのだ。
〈私は既に貴方を暗愚として見ていない。だから、そう判断されるように振る舞い続けてきた理由を知りたいんだ〉
〈貴女ならば、私にいちいち聞かなくても分かるのでは?〉
〈そう思った根拠は?〉
〈貴女は、我々人類の想像を遥かに超えた力を持っているではないですか。ティゼム王国然り、ファングダム然り、アクレインでもそうですよね?それに、我が国でも、既に不埒な輩に制裁を加えましたよね?父上が血相を変えていました〉
まさか、フィリップはヒローの子供達に手を出そうとしていたあの貴族達のことを言っているのか?大した情報網と推察力だとは思うが、その前にリナーシェだ。
常に彼の傍にいるリナーシェも、そのことを知っているのか?
〈いえ。リナーシェは知りません。そもそも、父上も私がそのことを把握していると知りませんから〉
なんだって?フロドがフィリップに教えたというわけでもないのか?つまり、フィリップはフロドとは別の経緯で私があの貴族達に制裁を加えたことを把握したと?
〈…フィリップ。それを話してくれると言うことは、少なくとも今この状況で私に対して暗愚のふりをするつもりは無い、と言うことで良いのかな?〉
〈…貴女が私を暗愚ではないと断定している以上、もはや隠しきれることではないでしょうからね〉
フィリップから、やや開き直りにも近い感情を読み取れる。
やはり彼は国民達が言うような禄でもない人間というわけではなかったようだ。
だが、それ故にますます解せなくなる。
この比較的平和なニスマ王国で、何故フィリップは自らを低く見られるような行動をとり続けていたのだろうか?
〈改めて聞かせてもらえないかな?貴方が暗愚のふりをしていた理由を。ちなみに、貴方の先程の自分に聞かなくても分かるのではないか、という問いに対する答えだけど、不可能だよ〉
〈………〉
〈確かにね、私は人類から見たら理不尽としか言いようがない力を持っている。人知れず数日間で大国に蔓延る多数の悪徳貴族達の不正を証拠を集めたり、国を飲み込みかねないほどの大量の魔物を一時間足らずで殲滅したり、街ひとつ丸ごと飲み込んでしまうような津波を押し返したりだ。ついでに言うのなら、私は過去に起きた出来事を観測する魔法を使えたりもする。まぁ、この魔法に関してはあまり言いふらさないでもらいたいのだけど〉
こうして改めて羅列してみると、本当にとんでもないことをしているな、私は。
目的達成のためとはいえ、良くこれだけのことをして人間達から危険視されないものだ。
言うまでもなく、それはルグナツァリオやキュピレキュピヌのおかげだな。
彼等五大神が人間達から深く信仰されているからこそ、その寵愛を受け取っている私も、人類の味方として判断されているのだ。
彼等のこれまで築いてきた信用に感謝だ。
〈そ、それだけの力を持っていて…それでも私の行動理由は理解できないと、そう仰るのですか?〉
〈仰るのだよ。フィリップ、それだけのことができても、私は他者の心の奥底を覗くようなことはできない。精々、魔力の波長や体臭なんかで相手の感情を読み取れるぐらいさ〉
〈それだけでも十分すぎると思うのですが…〉
十分ではないからこうして話をしているのだけどな。
現に、こうして思念で会話をしていながらも私はフィリップの心境を理解できないでいる。相変わらず彼から伝わってくる感情は、私に対する恐れと不信感だ。
〈それだけでは考えまでは理解できないんだよ。感情と思考は別物なんだ。フィリップ。私に心境を打ち明けるのは、嫌かい?〉
〈………〉
今度は迷いと葛藤か。初対面の時よりも、少しは信用を得られたらしい。
こんな状況にして会話をしている時点で今更ではあるのだが、可能な限り脅すような手段はとりたくない。
このままフィリップの信頼を勝ち取りたいところだ。
しばらくの沈黙の後、長いため息を吐いてフィリップは私の願いに応じてくれた。レイブラン達やマコトの時もそうだったのだが、思念で会話をしているというのにため息が出るものなのだな。器用なことをするものだ。
〈はぁ~~~…。分かりました。降参です。少し長くなりますよ?〉
〈私の我儘に応えてくれてありがとう。なに、時間の心配はいらないよ。例えこの場で1年間会話をしていても、他の者達からしたら1秒にも満たない時間だからね〉
〈…一つ、お願いがあります。私の事情を知っても、そのことは口外しないでいただけますか?〉
〈約束しよう。お互い、秘密を知り合い、それを黙っている。ちょうどいいじゃないか。私はね、約束は可能な限り守ることを信条としているんだ〉
フィリップの秘密を黙っていることを対価に、などと言うつもりはない。だが、少なくとも私が彼の秘密を口外しない限りは、彼が私の秘密を口外する心配もないだろう。
〈まず、最初に言っておくのですが、私は父上の後を継ぐつもりはありませんでした。というか、叶うことならば、今でも王太子の座を弟達に譲りたいとすら思っています〉
〈国民達からの信用を失うことで、王位継承権を無くそうとしていたの?〉
〈それもあります。ですが、一番の理由ではありません〉
〈聞かせてくれる?〉
話を促すと、フィリップは少し躊躇い、周囲を確認した後に私を見据えた。どうやらこのやり取りを誰かに観測されていないか気にしているようだ。
『
〈貴方は、何者かに監視でもされているの?それも、私以上に悍ましさを感じるような何かに。安心して欲しい。貴方の思念や声を傍受したり読み取ったりするような魔術や魔術具、ついでに"
あまりにも他者の存在を気にするようだったので、今の状況をフィリップに伝えて、私達以外にこのやり取りを認識できる者はいないと伝えると、ようやくフィリップは口を開いてくれた。
〈…"女神の剣"〉
なんだって?今、"女神の剣"と言ったのか?
なぜフィリップがその名前を知っている?そもそも、フィリップの言う"女神の剣"とは、私の知るあの"女神の剣"なのか?
〈人間社会の裏に潜み、世界の破滅を目論む、"古代遺物"の製造技術を持った集団。彼等は、チヒロ=センドーの研究に目を付けています〉
なんてこった…。まさかのあの"女神の剣"だ…。
千尋の研究資料を厳重に封印しておいて正解だったな。本当ならば完全に消去してしまった方が良いのだろうが、先祖を思うヒローのことを考えると、あの処置が最善だったのだろう。
それにしても、"女神の剣"か…。どうやら私が潰した"魔獣の牙"とは別組織のようだな。だが、あのアグレイシアが関わっている以上、異世界の知識を持っている者がいないとも限らない。
万に一つでも千尋の研究資料を解析できてしまう可能性がある。
…念には念を入れておこう。封印はヒローが行ったわけだが、この後にでもヒローの元に顔を出して、封印に手を加えさせてもらおう。
まず解除しようとすればどうやっても私にそれが伝わるし、一切の制限をなくした全力の私にダメージを与えられなければ、傷一つ付けられないほどの強度を持たせておこう。
この後私がすべきことも決まったことだし、フィリップとの会話を進めるとしよう。
〈…確かに、彼女の研究成果を完全に解析できれば、この世界を滅ぼすこともできるだろうね〉
〈っ!?あ、貴女はまさか…!〉
〈センドー家の現当主からの依頼でね。彼女の研究資料を解析させてもらった〉
〈チヒロードに長期滞在していたのは、そのためだったのですか…!?センドー卿…何と言うことを…!〉
フィリップは私がチヒロードに3週間ほど滞在していた理由を詳しくは把握していなかったようだ。
ただ、そんなことよりも心外なことに、彼はヒローが私に千尋の研究資料を解析させたことを嘆いている。
〈言っておくけど、彼女の研究成果を悪用するつもりは無いからね?それと、彼女の研究資料は今は厳重に封印されているよ。〉
〈えっ…?〉
その[えっ?]は私が悪用するつもりがないことへなのか、それとも千尋の研究資料の現状に対して出た声なのだろうか?後者はともかく、前者はちょっと失礼じゃないか?私、世間では善良な存在として認識されているんだが?
どうにも、フィリップは私が魔物と言うことから人類に対して敵対しているのではないかと疑っているような気がする。
〈世に出しても構わないような危険のない研究成果は、全てヒローに託した。反対に、世に出すべきではない危険な研究成果は、ヒローにも渡していない。それが、彼の頼みだったからね。明確な内容は、私の頭の中だけに存在している〉
〈で、では、あの連中にチヒロ=センドーの知識が伝わることは…〉
〈無い。そう断言させてもらおう。封印を解除しようとすれば私に分かるようになっているし、例え強引に解除しようとした場合、私を倒せるだけの力が必要になる〉
〈ひとまずは、安心、と言うことですか…〉
人間ではない私が千尋の知識を全て網羅しているためか、心の底から安心できていないようだ。まったくもって心外である。
〈心配しなくても、人間達と敵対するつもりは今のところないよ。理由がないからね〉
〈理由ができれば人間を滅ぼすというように聞こえるのですが…〉
〈その通りではあるけれど、それは人間に原因がある場合だ。その時は悪いけど、素直に諦めて欲しい〉
〈………〉
…しまったな…。この言い方は、余計にフィリップを怯えさせる要因になってしまったか?しかし今言った言葉は紛れもない事実なのだし、どうしようもないのだが…。
ならば、話題を少し変えさせてもらおうか。
少なくとも、"女神の剣"に対しては、私達は味方であるのだから。
〈ところでフィリップ。一つ聞かせてくれる?〉
〈…何を、でしょうか?〉
〈貴方は、何故"女神の剣"を知っているの?〉
〈っ!?〉
私がその質問をすると、フィリップが目を見開いて驚愕しだした。私の口ぶりから、私も"女神の剣"を知っているのだと理解したのだ。
〈あの連中は、この世界にとって害でしかない存在だ。連中の本拠地が分かれば、全員が集まったところで一網打尽にするつもりだよ〉
〈貴女は…!貴女も"女神の剣"を知っているのですか!?〉
〈知っている。そして、既にあの連中の組織を一つ潰している〉
〈なんですって!?そ、それは本当なのですか!?〉
フィリップの眼が希望で輝いている。初めて私に対して好意的な感情を持ってくれたんじゃないか?ショートケーキを食べている時ですら怯えていたというのに。
それだけ、"女神の剣"を名乗る組織が潰れたことが彼にとって喜ばしいことだったのだろう。
〈それにしても、いったい、いつの間にそんなことを…〉
〈ことの発端は、ファングダムでの例の騒動が原因だよ〉
〈ファングダムの?まさか…まさかあの騒動は…っ!〉
察しが良いな。よくも今の今まで国民達に暗愚と思わせられていたものだ。国民達の評価とは正反対に有能じゃないか。まったく、とんだ昼行燈だよ。
"女神の剣"を知っているのならば話は早い。ファングダムの騒動が"女神の剣"として活動していた"魔獣の牙"によって引き起こされたことであり、ついでに言えばレオンハルトが重傷を負ったのも連中の仕業だったことも教えておこう。
そして、アクレイン王国を旅行中に連中を潰したことも。伝えておこう。
〈あの、"女神の剣"の組織を、一晩どころか片手間のように……!おお、神よ…!この方は、貴方様方が遣わした、使徒だとでも言うのですか…!?〉
シセラみたいなことを言わないで欲しいんだが?
フィリップにとって、"女神の剣"はそれほどまでに悩みの種だったのだろうな。
まぁ、それはいい。
こうして信頼も得られたみたいだし、今なら聞きたいことも答えてくれそうだ。
何故、フィリップが"女神の剣"を知っているのか。
その答えを聞かせてもらうとしよう。
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