第386話 フィリップの理由

 随分と態度がコロコロと変わる男だな。先程までの不信感や恐れが嘘のように消えてしまっている。

 色々と問いただしたいこともできたことだし、そろそろ話を進めさせてもらおう。


 〈フィリップ、貴方は随分と五大神に対して信心深いようだね。そろそろ話を進めていも良いかな?〉

 〈はっ!?も、申し訳ございません!それと、先程までの非礼をお詫びさせていただきます…〉

 〈うん。それで、貴方が"女神の剣"を知った経緯を教えてもらう以外に、聞きたいことができたから聞かせてもらえるかな?〉

 〈はい!何なりとお尋ねください!〉


 調子の良いことを言う。微妙に調子が狂うな。

 まぁいい。まずは、フィリップについて聞きたくなったことを先に聞かせてもらうとしよう。


 〈私は人外とは言え、ルグナツァリオやキュピレキュピヌから寵愛を受け取っている身だよ?どうしてああまで私に対して恐れを抱いていたの?〉

 〈う゛っ!そ、それについては、本当に申し訳ありませんでした…〉

 〈謝罪の言葉はさっき聞いたから、理由を説明してもらえる?〉


 フィリップが私に向ける謝罪の念に偽りはない。だからこそ、先程までの態度が余計に解せなくなってくる。

 五大神に対して強い信仰心を持っているのなら、神々から寵愛を受けている私を恐れる理由はないと思うのだが…。


 〈これ以上ないほどの寵愛を受け取っているからですよ。貴女が人間であったのなら、心の底からこの国への訪問を歓迎していましたよ。実際、貴女をこの目で見るまではそのつもりでしたし…〉

 〈つまり?〉

 〈貴女がもしも人類に敵対した場合でも、きっと神々は貴女の行動を認めるでしょうから…。それは即ち、我々は神々から見放されたと、人類の終わりを意味するのです。五大神は、人間だけの味方というわけではありませんから…〉

 〈流石に大袈裟じゃない?〉


 と言っては見たものの、実際に私が人間と敵対した場合、文字通り人間を滅ぼせてしまうんだよなぁ…。だから、フィリップの言葉も間違いでは無かったりする。

 まぁ、人間達を滅ぼす前に五大神達から止められるだろうし、彼等とじっくり話をすることになるとは思うが。彼等と話をしたうえで滅ぼすことになるだろうから、その場合、実際に人間達は神々から見放されることになるのだ。

 彼等の静止を振り切ってまで行動に出るなど、それこそ私を激怒させでもしない限りありえない話だ。


 うん。フィリップの言葉は大袈裟でも何でもないな。紛れもない事実だ。


 〈大袈裟じゃないかと聞いたのは間違いだったね。貴方の言う通りだ。だけど、私は今のところ人間達と敵対するつもりは無いよ。そのことは理解してもらいたいし、信用してもらいたいな〉

 〈はい…。今は貴女が人類の敵ではないと理解できます…〉

 〈信じてくれる理由は、やっぱり"女神の剣"の組織を潰したから?〉

 〈勿論それが大きな理由ではあります。ですが、それ以前に貴女は多くの人々から強い信頼を勝ち得ています。いざ冷静になってみれば、私の考えや反応は、恥ずべき行為だったと自覚しています〉


 段々と落ち着いてきたようだな。先程のような興奮した様子も見られない。本来の調子に戻ってきたと考えて良いだろう。

 では、尋ねたいことも納得のいく形で答えてもらえたし、今度こそ"女神の剣"を知っている理由を聞かせてもらおう。


 〈そうですね。貴女にすべてお話しします。そして、それが"女神の剣"を潰す一助となれば幸いです〉


 フィリップは相当"女神の剣"に頭を悩まされていたようだな。あの連中を滅ぼせる助けになれると分かったのか、非常に協力的になっている。


 〈あれは今から20年ほど前…。私が5才になったばかりのことでした…〉



 当時のフィリップは、周りから物覚えの良い非常に利発的な子供だという評価を受けていたようだ。5才という幼さで既に文字の読み書きを覚え、自分から進んで城の書庫へ足を運んで本を読み漁っていたのだそうだ。

 彼曰く、様々な知識がどんどん頭の中に入っていくのが面白くて仕方がなかったそうなのだ。


 正直、その気持ちはとてもよく分かる。知らないことを理解していく時の喜びは、なかなか自主的に得られるものではないからな。それを容易に与えてくれる書物という存在と読書という行為は、やはり素晴らしいとしか言いようがない。


 このままフィリップと読書談義でも始めたいところだが、今はそれよりも重要な話がある。

 フィリップが読み漁っていた書物の中に、この国の歴史に関することが、千尋が使用し伝えるべきではない力について記された書物があったのだ。


 当時のフィリップからすればそれもただの昔話の一つだったのかもしれないが、その情報を血眼になって探っていた者達がいた。それが"女神の剣"だ。


 あの連中はそれなり以上に歴史のある組織だ。ニスマ王国が過去に侵略戦争を仕掛けられ、その時に何が起きたのかを把握していてもおかしくない。

 その力があれば。その力を解析し、自分達が利用すれば、世界を滅ぼすことなど造作もない。連中の考えそうなことだ。


 だが、フィリップがあの力について知ったからと言って、それで"女神の剣"に目を付けられたとでも言うのか?


 〈貴女を魔物と判断した私の直感。コレは、私が産まれた時から備わっていました。とは言え、今ほどのものではなかったのですが…〉

 〈自分にとって有益か有害か、はたまた無益なのか無害なのか。それぐらいは分かりそうだね?〉

 〈はい。朧気ながらに、自分と対峙した者が危険かそうでないかぐらいの判断は、容易にできました〉


 つまり、当時は城内に"女神の剣"の手の者が潜伏していて、フィリップは持ち前の直感によって"女神の剣"とは言わずとも極めて危険な人物を断定できたと言うことか。彼ならば可能だろうな。


 〈ご想像の通りです。城内で働く者の中に、近づくことすら躊躇ってしまうほど危険な何かを感じ取れた者が、複数人いたのです〉

 〈当時の貴方は今みたいな評価をされていなかったんだろう?だったら、そういった者達の身辺調査ぐらいは要求で来たんじゃない?〉

 〈勿論、父上に相談して徹底的に調べ上げてもらいました。ですがそれで分かったのは、彼等の経歴や積み重ねてきた他者からの信頼は、間違いなく本物だった。その事実だけだったのです〉

 〈まさか、自分の人生を一つの目的のためだけに費やしていたと?〉


 城内にあると推定される、千尋が使用した力の情報を探るためだけに、自分の人生を費やしたとでも言うのか?黙って首を縦に振って、私の考えを肯定する。

 …フィリップが"女神の剣"を恐れている理由が分かってきたな。


 連中の目的達成のための執念や覚悟は、尋常ではないようだ。そして、自分達の目的を一代だけでするつもりがない。

 何世代にも亘り、ゆっくりと、そして確実にこの世界を滅ぼすために行動させているのだ。


 待てよ?この城で活動していた者がいたというのなら、流石にルグナツァリオは連中に与する者を把握できていたんじゃないのか?


 今すぐ問い詰めたいところだが、流石にルグナツァリオにまで『時間圧縮タイムプレッション』を使用しているわけではないから、返答はもらえないな。

 尤も、仮に返答をもらえたとしても大騒ぎになってしまうから返答してもらわなくて良いが。


 一応、フィリップには確認を取っておくか。


 〈貴方は五大神に祈るなりして、連中の存在を伝えなかったの?〉

 〈伝えました。毎晩のように神々に祈りをささげ、恐ろしく危険な者が自分の城にいることを伝え続けました。ですが、巫覡でもない私に、神々の声が聞けるわけもなく…〉


 自分の祈りが届いているかまでは分からない、か…。

 人間をこよなく愛するルグナツァリオならば、それほどまでに祈りをささげるフィリップに何らかの加護を与えたりしていそうなものなのだが…。


 私が何も変化が起きなかったのかを聞く前に、話を続けてしまったので、まずは聞くことにする。


 〈恐ろしいのは、その後なのです。私が危険と感じた者達は、私がチヒロ=センドーの力についての書物に目を通した翌日から、常に私を監視し続けるようになったのです〉

 〈監視だけ?書物について尋ねられたりはしなかったの?〉

 〈はい。身辺調査を要求したのが原因か、連中も私を警戒しだしたのです。誰か1人は必ず私を視界に入れ、それでいながら一切声を掛けてくることはありませんでした。まぁ、そのおかげで、私のこの直感も大分鍛え上げられたのですが〉


 フィリップの口ぶりからすると、連中の監視は、フィリップのような直感や強力な察知能力でもなければ気付けないのだろうな。


 連中はフィリップに気付かれまいと必死に隠れながら彼を監視し、フィリップはそんな連中を直観によって察知する。それが長い年月続いたことで、フィリップの直感は魔法とも言えるほどの性能に至ったのだろう。


 〈連中は、即座に例の力についての情報を私から得るつもりは無かったのです。時間を掛けて私からの信頼を得て、将来私が王位を継承した後に情報を聞きだすつもりだったようです〉

 〈大人になったのなら余計に警戒されるとはあの連中は思わなかったの?〉

 〈人間は、大人になれば知識も知恵も身に付けますが、その分隙も大きくなる生き物なのです〉

 〈連中はその隙を狙っていたと?〉


 肯定するとともに、フィリップは簡単な一例をあげてくれた。

 王としての職務をこなして疲弊したところに酒を飲ませ、判断力を鈍らせてから口を割らせる。

 将来産まれた子供を拉致して子供の命と引き換えに要求を出したり、果ては彼の死後に死霊術を用いて死体から情報を抜き取る可能性まで上げられた。


 最初一例以外は随分と非人道的な手段を用いるようだが、それでも考え得る手段の内のほんの一部らしい。

 目的のためには手段を択ばないのが連中の本質だ。その気になれば、周辺国すら巻き込んで情報を得ようとするとフィリップは語っていた。


 〈連中が例の力を探っていると気付いたのは、いつ頃?〉

 〈私が例の力を知って、数ヶ月ほどです。その時、連中がなぜ危険だと感じたのかも理解しました〉

 〈それは、世界を滅ぼすという連中の目的が分かったと言うこと?〉

 〈流石にそこまでは。あくまでも、連中が例の力を本気で求めていたと言うことだけです。私の直感は、人以外にも有効なようで、例の力についても、それが極めて危険なものであることは理解出来ました。だから、連中には絶対に知られてはならない。そう、私は判断したのです〉


 5才程度の子供ならば、侵略して来た敵を撃退した力と説明されれば憧れを抱くかもしれないからな。いや、大人でも欲しがる者はいるかもしれないが、普通の子供はフィリップ程の危機感を抱くことはないだろう。


 もしもフィリップに魔法じみた直感がなかったら、誰彼構わず例の力について話していただろうし、連中の危険性も感じ取れなかっただろう。


 〈私は、連中が誰からも信頼されているという事実に、直感があるにも関わらず他人を信頼できなくなっていました。そんな私の様子を嘆いた父上は、私に専属の使用人を付けてくださったのです〉

 〈その使用人は…〉

 〈私の直感が告げていました。この人物は信頼して良い、と。彼は王家のために秘密裏に厳しい訓練と教育を受けた、王家の影とも言える存在だったのです〉


 所謂、暗部というヤツか。王太子とは言え、5才の子供に付けるような人材ではないだろうに、フロドは随分とフィリップのことを買っていたし、今も愛しているのだろうな。

 そうでなければ、リナーシェを結婚相手に宛てがい性根を叩き直したいとは思わないだろう。


 〈使用人は私に対して極めて忠実でした。人間不信に陥っていた私の我儘を、嫌な顔一つせずに従ってくれました。まぁ、今にして思えば子供の我儘や癇癪に付き合うことぐらい、彼等からしたら可愛いものだったのかもしれませんが〉

 〈その間もずっと、貴方の直感はその使用人は信用できると伝えていたんだね?〉

 〈はい。そして、私が使用人を信用し、連中について打ち明けた時、悍ましさすら感じる悲劇が起こったのです〉


 ふむ。悍ましさ、か。

 過去形の話し方をしていることと現在はその使用人らしき人物を知覚できないことから、その使用人とやらは既にこの世にいないと考えて良いだろう。


 何が起きた?

 "女神の剣"達は、その使用人とやらに何をしたのだ?


 ただ始末しただけではなさそうだぞ?

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