第247話 港街・モーダン

 朝食を終えたら様子を見に来たシェザンヌに別れを告げ、イダルタの町を出る。

 ティゼム中央図書館で目にした世界地図を参考にした場合、この町からモーダンまで、私ならば軽く走っても10分もあれば到着する。


 何せ私は道に従う必要が無い。アクレインには山も谷も無い。進行の障害物があるとしたら、長く、広く、緩やかな運河が海まで続いているぐらいなものだろう。


 イダルタからモーダンへ向かう場合、人間達は通行用の大きな橋を経由する必要があるが、私ならば一足飛びである。


 道を経由しない事で同じくモーダンへ向かっている者達と遭遇する事も無い。

 それはつまり、彼等にとって超高速と言える速度で移動している私と衝突する心配が無いという事でもある。


 今回はファングダムの時と違い1人で移動しているという事もあり、誰かに気を遣う必要もない。

 予定通り10分足らずで、私は港町モーダンに到着した。



 歓迎されながら街の中に入れば、街の外から出も既に見えていた、巨大な交易船がより鮮明に目に映る。


 街の入り口から港まで、真っ直ぐ道が続いているのだ。

 おかげで街に入ってすぐに海を見ることが出来るのもこの町の魅力だな。


 交易船が港に到着するまで、後30分近くありそうだ。今の内に宿泊する宿を決めて宿泊手続きを済ませておこう。


 さて、その宿泊する宿なのだが、誰に聞こうか。こういった情報は町を良く知る者に聞くべき事だろうし、適任者は…。


 良し、冒険者ギルドへ向かおう。ギルドの受付ならば私と同じような質問をされた経験もあるだろうからな。

 指名依頼の確認をするとともに聞いてみよう。



 流石に今日私がモーダンに来る事は伝わっていなかったらしく、指名依頼は発注されていなかった。

 ただし、私がこの街に来ている事が知られれば、必ず発注されるとの事。


 モーダンには1週間ほど泊まる予定なので、3日置きぐらいの感覚で依頼の確認をしておこう。


 滞在期間を1週間にしたのは、それだけ見る物が多そうだからだ。


 何せモーダンはイダルタの10倍以上の広さがあるだけでなく、オルディナン大陸以外の世界中から様々な商品が送られてくるだろうからな。

 それらを見ていたら、きっと1日2日ではとてもでは無いが時間が足りない筈だ。


 オルディナン大陸から来た者達も私の事を知っているともなれば、私がモーダンに来ていると分かれば必ず何かしらの反応もするだろうしな。


 彼等を無視するのも忍びないし、私としてもいつかオルディナン大陸に向かうのだ。その時のために彼等と会話をして情報収集に役立たせたい。

 言語の方も問題無い。ティゼミアに滞在している時に履修済みだ。


 そう考えると、やはり滞在期間は1週間は欲しいと思ったのだ。


 受付に宿の紹介もしてもらい、問題無く宿の宿泊手続きも済ませれば、後はもう自由時間と言っていいだろう。

 停泊所に足を運び、交易船が到着するのを待たせてもらう事にした。


 それにしても、ギルドが戸を開ける、最も冒険者が混雑する時間だと言うのに、ギルドの内部は随分と閑散としていた。

 宿の紹介を優先していたため聞かなかったが、どういう事なのだろうか?その理由は、すぐに分かった。


 私以外にも交易船の到着する瞬間を見てみたいと思っている者達は大勢いたのだ。

 オルディナン大陸から来る者達を歓迎するために、既に町中の人間達が停泊所に集まり、歓迎の声を上げていた。


 モーダンの停泊所はイダルタのものとはまるで違い、特徴的な形状をしている。

 上空から見ると、巨大な船を囲い込むような形状をしていて、片側の高さは非常に高い。と言うか、この町が全体的に海からかなり高い位置にある。

 そして反対側の高さは海面とほぼ変わらない位置にある。


 こちらに向かってきている船の大きさを考えると、非常に高さがあるのは、船の乗り降りのためらしい。

 高さのある停泊所の高さと、船の甲板の高さが、ほぼ同じなのだ。

 ならば反対側が非常に高度が低いのは、積み荷の荷下ろしのためか?


 多分だが、当たっていると思う。あの巨大な船に大量の積み荷があるとしたら、運び出すために甲板まで移動するのは、重労働が過ぎるだろうからな。

 積み荷の搬入口は別にあると考えていいだろう。


 彼等の意識は皆交易船へと向けられている。私が近くにいても、誰も私の事に気づかないほどだ。


 人間達からしたら、私の身長はあまり高い方ではない。と言うかむしろ低い部類だと思う。

 私が今までの人間達を見てきた限り、男性は庸人ヒュムスならば平均身長は180㎝前後はあったし、女性も170㎝近くある。


 勿論、窟人ドヴァーク矮人ペティームと言った元の身長が低い種族は私よりも身長が低いが、それは今は関係が無い。

 今私が何を言いたいかと言うと、既に集まっていた人間達によって、船着き場の様子がよく確認できないのだ。

 だが、何も心配する事は無い。高さを確保する手段など、いくらでもあるからな。


 今回は尻尾を使わせてもらおう。

 私の尻尾の長さは鰭剣を除いても2m以上あるのだ。尻尾で私の体を持ち上げて、高さを得る事など、造作も無い。


 問題無く視界を確保して交易船の姿も確認した事だし、船が港に到着するまでゆっくりと待たせてもらうとしよう。


 なお、今回は待っている間、読書はしない。

 なにせ巨大な交易船の集団は見ているだけで退屈しないからだ。

 交易船が近づくにつれて私の視界を埋めていく割合が増していく光景は、非常に迫力を感じさせてくれた。


 交易船は同じつくりをしてはいたが、細部に違いがあった。船の数は5隻。横並びで此方に向かって来ているわけだが、中央の船は他の船と比べて豪勢な装飾を施されているのだ。


 あの船が船団の中心となる人物が乗っている旗艦、という事なのだろう。

 船と同じく豪勢な衣服を身に纏った人物が歓声に応えて手を挙げれば、それに応えるように周囲の歓声は更に大きく膨れ上がった。


 やはり交易船の到着と言うのは一大イベントだったようだな。この時間帯にモーダンに到着するように移動して正解だった。


 「錨を降ろせぇー!積み荷の最終確認だぁ!破損が無いかチェックしろぉ!野郎共!久々の陸地だ!ハメを外し過ぎるんじゃねぇぞぉ!!」

 「「「「「ウィーッス!!」」」」」


 船長らしき人物が良く響く大きな声で船員達に指示を飛ばしている。交易船の乗員達は、所謂荒くれ者と呼ばれる類の者達らしい。


 交易船が停泊すると、モーダンの水夫と思われる者達がすぐさま甲板に橋がかけられ、交易船の乗員達をモーダンの陸地に歓迎する。


 「久々の魔大陸、んでもってモーダンだ。存分にバカンスを堪能させてもらうとするぜ…。んぅ…?あ!ア、アレは…!ま、まさか…!?」


 おや、どうやら最も豪勢な装飾をした交易船の船長は、私の存在に気付いたらしい。視線が明らかに此方を向いているし、驚愕もしている。


 折角だから、笑顔で手を振っておこう。あ、倒れた。

 悪い事をしてしまっただろうか?スーレーンの話も聞きいてみたいし、会う機会があったら驚かせてしまった事を謝っておこう。



 いやぁ、朝から良いものが見れた。いや、実際には今も見ていたいのだが、そうは言っていられなくなってしまったのだ。


 それと言うのも、ここに集まった町の住民達が交易船の歓迎を終えてそれぞれの生活に戻ろうとしたところで、私の存在に気付いてしまったからだ。


 振り向いたらいきなり一国、それも大国の姫と同等の存在が尻尾を用いて視線の位置を高くしていた事のだ。驚くのも当然である。


 彼等はすぐさま理解した。何故私が視線の位置を高くしていたのかを。

 自分達によって私の視線を遮っていた事を、すぐさま理解したのだ。


 そこからは全員で謝罪の嵐である。私はまるで気にしないし、先にこの場に来ていたのは彼等なのだから、謝る必要は無いと思うのだが、それでは彼等の気がすまないらしい。


 私も似たような経験があるので、ここは彼等に納得してもらうためにもちょっと姫っぽく振る舞っておこう。


 「貴方達の謝罪は受け取ったよ。それでもまだ貴方達が私に対して罪悪感を抱いているのなら、貴方達が歓迎すべきオルディナンの人々と同じように、私の事ももてなして欲しい。私も、この国に観光に着た身だからね。できるかな?」

 「勿論!勿論です!」

 「世界中の品々が集まるこのモーダンの街!是非ともご堪能ください!」

 「今、この街に在中する宝騎士様をお呼びしています!この町の案内は、是非その御方に!」


 ありがたい申し出ではあるのだが、いくら何でも観光案内に宝騎士はやり過ぎでは無いだろうか?

 ここはティゼム王国では無いのだぞ?この国に宝騎士がいったい何人いると言うのだ?


 10人、いや、下手をすれば5人もいない筈だ。そんな希少な人材の時間を、私の案内のために使わせるわけにはいかないだろう。


 呼び止めようにも、私が彼等に話をしている間に既に宝騎士を呼びに行ってしまっていたらしく、強力な魔力を持った人物が既に此方に近づいているのが分かった。


 年齢は20代前半と随分と若い。大騎士になるだけでも相当大変だと言うのに、この若さで宝騎士になれるのだとしたら、間違いなく人間の中でも最上位の実力者で間違いない筈だ。


 そんな人物に街の案内をさせると言うのは気が引ける。しっかりと話し合って、別の案内人を紹介してもらおう。してもらえればの話だが。



 連れて来られた人物は間違いなく20代前半の年齢だと言うのに、まだ幼さの残る、10代後半とすら思わされるような顔立ちをした庸人の青年だった。タスクと言う名前らしい。


 「お初にお目にかかります。こうして『姫君』様にお会いできたこと、光栄の極みでございます。」

 「はじめまして。私は"上級ベテラン"冒険者のノア。よろしくね。」


 差し出された手を取り握手をすると、その瞬間、私に嫉妬と羨望の感情が込められた、複数の視線を感じた。

 視線の主はこの街に住まう年若い女性達だ。彼女達は皆、複雑な表情で此方を見据えている。


 タスクの顔立ちは、人間基準で言えば非常に整っている顔立ちだ。

 その上人間の中でも最上位の実力者、更に騎士という事もあってとても誠実で真面目な性格なのだろう。


 多分だが、所得も多いのだと思う。本で読んだ、女性が番として選ぶ要素、顔、金、性格の全てを兼ね備えた人物なのだろうな。

 幼さが残る、童顔と呼ばれる特徴も、女性達の心を掴む要因になっていそうだ。


 女性関係で非常に苦労してそうである。


 まぁ、それはそれとして、まずはタスクと十分に話をしよう。握手をする際は笑顔をしていたが、よく見れば彼もやや複雑な心境をしているようだ。

 もしかしたら、彼も私の案内をするのは不本意かもしれない。


 それはそうだろうな。何せたった今交易船が到着したのだ。運び込まれた積み荷の確認を行いたいだろうし、積み荷を狙った賊が密かに潜んでいる可能性だって否定しきれない。

 と言うか、企んでいる物が実際にこの街に潜伏している。企んでいるだけで実際に行動は起こさないようだが。


 つまり、タスクは現在、誇張無しに多忙な身であり私の相手などしている暇が無いのである。


 「ひとまず移動しようか。早速で悪いけど、停泊所を案内してもらって良いかな?船に積み込まれたものを運び出すところを見てみたいし、貴方としても積み荷をチェックする際の指揮を執りたいのだろう?」

 「は、はい!お気遣いありがとうございます!それでは、ご案内いたします!」


 やや緊張してはいるが、そこは宝騎士、すぐに気持ちを落ち着かせて凛々しい表情で停泊所へと向かって行った。私も後に付いて行こう。


 タスクが表情を引き締めた瞬間、周囲から黄色い悲鳴が上がっている。やはり彼はこの街で非常に人気の高い人物のようだ。

 それはつまり、私が彼を拘束していたら、私に先程のような嫉妬と羨望の視線を向けられる機会が増えるという事である。


 例えそれで視線の持ち主が暴走したとしてもどうとでもできるとは思っているが、何も思わないわけでは無いのだ。

 こういう言い方はあまり好きでは無いが、非常に煩わしいのでさっさと話を進めてしまおう。


 だが、まずは自分から言った手前、交易船に積み込まれた積み荷の荷下ろし作業である。

 タスクからも、指揮を執るためにしばらく私の相手が出来ない、と謝罪をされてしまった。


 勿論私は気にしていないので、快く送り出したとも。表情を明るくさせて軽い足取りで私の元から離れて行った。

 きっと、ああいった態度が余計に女性の心をつかんで離さないんだろうな。先程のタスクの反応は、私でも少し可愛らしいと思えたほどである。


 モーダンの騎士や水夫も、スーレーンの船員達も、タスクの指揮の元、全員で協力して積み荷を降ろしている。

 所属がバラバラだと言うのに、統制の取れた動きをしている事から、普段からこうして積み荷を降ろしているのだろう。見事なものである。


 荷が卸されるまで少し時間が掛かるだろう。


 その間、私は巨大な交易船を間近から観察して待たせてもらうとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る