第613話 親しい者達の様子

 図書館での調べものが終わり、私は再び旅館の部屋へと戻って来た。

 図書館には私1人で足を運んだのだ。

 図書館の中にはリガロウは入れないし、ウチの子達は畳の感触が気に入ってしまったみたいだからな。


 一度図書館に行くからついて来るかどうか聞いてみたら、皆して部屋に残ると言い出したのだ。

 ウルミラとフレミーは日の当たる場所で日光浴をしていたし、ゴドファンスは畳張りの部屋を見据えて自分の作品と重ね合わせていた。

 レイブランとヤタールは天井付近の梁を見つけてそこに止まって上から部屋を眺めていた。


 あの娘達だけでも私と一緒に来てくれるかと思ったのだが、レイブランとヤタールは読書があまり好きではない。読書をするよりも真新しい光景を満足のいくまで眺めている方が楽しいようだ。

 最近、紅茶とお菓子があれば本も読み進められると分かったのだが、生憎と図書館では飲食ができない。つまり、レイブランとヤタールは退屈になって飛び去ってしまうのである。


 そしてリガロウは着いて行きたそうにしていたのだが、この子の体では図書館の扉をくぐれないのである。

 体の縮小化を習得すればこの子も一緒に図書館に入れるようになるのだが、アレは何気にホーディやゴドファンスですら習得に苦労した高等技術だ。今すぐに習得できるような技術ではない。


 しかし、リガロウは読書が苦手でも無ければ興味がないわけでもない。

 "ワイルドキャニオン"での修業時には、小説を読み聞かせた際に夢中になっていたぐらいだしな。

 縮小化ができるようになれば、きっと一緒に図書館に同行してくれて共に読書に勤しめるようになると信じているのだ。


 だから、リガロウにはこのオルディナン大陸にいる間に縮小化を習得してもらおうと思っている。

 勿論、やり方は教える。リガロウに稽古をつけたことは今まで一度もなかったが、私と戦うわけではないのだから、問題無く受け入れてくれる筈だ。

 ヴァスターに教えを請おうにも、彼ですら知らない技術だ。そして実際に縮小化できているゴドファンスには怖くて尋ねられない。

 つまり、私からの教えを請うのが一番なのである。


 図書館から部屋に戻るなりリガロウを優しく見つめていると、不思議そうに思ったのだろう。体を起こし、首をかしげて見つめ返してきた。ああ、その首をかしげる動作が可愛くて堪らない。

 畳に寝そべりながら日光浴を楽しんでいたようだ。非常に心地よかったのだろう。力の抜けた表情をしている。


 「グキュウ?姫様、どうかしましたか?」

 「うん。リガロウ、体の縮小化を覚えようか。勿論、私が分かりやすく教えよう。難しい技術だからすぐに覚えられなくても問題無いよ。この大陸を旅行している間に覚えてもらえればそれで良い」

 〈ほぅ…。おひいさまから直接教えをいただけるとは、栄誉なことであるぞ?〉

 〈キ、キュウ!?〉


 突然ゴドファンスに声を掛けられたからか、リガロウが驚いてしまっている。寝起きでまだ意識が朧気だったのだが、驚いた拍子にハッキリと意識を覚醒できたようだ。

 声を掛けたのは、自分が習得し現在も使用している技術のためか、それとも私が直接教えると言ったからか。


 どちらにせよ、ゴドファンスはリガロウに興味を持ったようだ。彼がああして自分からあの子に声を掛けたのは、これが初めてである。


 ゴドファンスは、リガロウとどう接すればいいのか良く分かっていないのだと思う。

 無理もない。力も年齢もあまりにも大きく離れてしまっているのだ。老竜であるはずのヴァスターよりもゴドファンスは年上なのだ。曾祖父と曾孫以上に離れた関係である。


 「キ、キュウ…?それじゃあ、ご先祖様…?」

 「ふふ、そうだね。そのぐらい離れている関係だと思えばいいかもしれないね」


 ドラゴンの先祖がイノシシか…。リガロウも面白いことを考える。

 勿論、あくまでも年齢での話で合って種族の話ではないのだが。

 広場に住む子達は私にとって身内。いわば家族である。

 いずれはリガロウも広場で暮らしてもらうというのであれば、当然この子も家族となるのである。


 ならば、ゴドファンスとリガロウほどの年齢差があるならばリガロウがご先祖様と呼んでも違和感はないのかもしれない。


 まぁ、今は力の差があり過ぎるから苦手意識を持っているだけだろう。

 広場で一緒に暮らせるだけの力を身に付けるころには、会話にぎこちなさもなくなっていると思いたい。


 リガロウの委縮した様子を見て、ゴドファンスがこの子から距離を取ってしまった。やはりまだ距離感が掴めていないようだ。

 いつかはヴァスターと同じように接することができるようになると信じよう。


 さて、リガロウには体の縮小化を覚えてもらいたいので、早速稽古を始めるとしよう。

 いくらこの子が天才だとしても、流石に今日明日で覚えられるとは思っていない。じっくりと時間を掛けて少しずつ覚えていけばいいのだ。


 「小さく慣れれば姫様と一緒に本がたくさんある場所に入れるんですよね!?頑張ります!」


 おお、思っていた以上にリガロウが体の縮小化を覚えることに積極的だ。

 私と同じ場所に行きたいからなのか、それとも図書館に入りたいからなのか。

 多分だが、後者だろう。

 [本がたくさんある場所に入れる]。リガロウはそう言ってやる気を出したのだ。つまり、この子も沢山の本を読みたいのだろう。


 考えてみれば、リガロウは魔王国で旅行をしている際にヘルムピクトで大量の物語を目にしていたのだったな。この子も本を読む楽しみは既に知っていたのだ。


 これはもしかしたら、私が思っている以上に習得が早くなるかもしれないな。

 そうなれば、オルディナン大陸を渡り歩いている最中に一緒に図書館に入れるだろうし、他にも一緒に様々な体験ができるようになるだろう。教える私にも俄然やる気が湧いてくるというものだ。



 さて、思うままに旅館へと案内されその後図書館へ足を運んで場尾砲収集をし、そして畳張りの部屋を堪能したわけだが、ここでふと船に同乗した者達のことが気になりだした。


 外交官達は全員で私を案内していたからな。デンケンから見たら、それもまた憤慨すべき対応だったのだ。

 なにせ、"マグルクルム"に乗船していた客は私だけではなかったのだ。


 アイラ達もまた、オルディナン大陸が招待した重要な客人達である。そんな彼女達を蔑ろにするなど、外交手段としてはありえない対応と言って良い。いくら私の対応をする必要があったとしてもだ。

 私の案内など、1人いれば十分だったのだ。全員で案内をする必要など無い。


 そんな外交官達は、私が旅館に入ったのを確認すると大慌てで港の方へと移動し始めた。流石にアイラ達を待たせているという事実に気付いていたようだ。

 私が図書館で情報収集をしたり畳張りの部屋で待ったりしていた(主にコレが理由)間にアイラ達の案内は終わっているからな。今頃は反省会とやらが開かれていることだろう。


 案の定、デンケンが外交官達に説教を行っているな。表情を険しくして威圧感を放っている。

 あの様子ではまだしばらく説教が続くだろうし、顔を出すのは後にしておこう。先にアイラ達の所へ顔を出すのだ。


 アイラ達なのだが、彼女達が案内されたのは私が案内された旅館とは別の宿泊施設だ。

 まぁ、だからと言って彼女達が私よりもぞんざいに扱われているというわけではないのだが。

 彼女達が案内された宿泊施設は、魔大陸でも高位貴族達が宿泊しているような贅を尽くしたような作りとなっていた。

 割り当てられた部屋の1つ1つに当然のように風呂が設置されているし、ベッドもかなり上質のようだ。部屋に入ったシャーリィがベッドに飛び込んでその感触を楽しんでいる。そしてすぐさまアイラに注意されている。


 アイラはこの時にも[ジョージを見習え]と言っているのだが、実を言うとジョージも同じようなことをしていたりするのだが、それは言わない方が良さそうだ。

 オスカーもジョージと相部屋だったりするので、ベッドに飛び込む姿を見て面をくらっているな。ジョージがそういった行動をする人物だったとは思っていなかったようだ。


 オスカーも魔大陸からの客人としてアイラ達と同じ宿泊施設に案内されていたわけだが、コレは元からアクレイン王国からも使者を向かわせるという取り決めがあったからのようだ。その使者の枠にオスカーが選ばれたということだろう。


 かなりの大役の筈だが、彼ならばやり遂げられるとタスクが判断したわけだ。信頼しているようだし、頼りにもしているようだな。ココがタスクとマコトの明確な差と言ったところか。将来的にはマコトも同じようにジョージを頼れるようになれると良いのだが…。

 いや、今も頼っているからジョージがこの場にいるのか?


 そう言うことにしておくとしよう。マコトも、少しは人を頼ることを覚えて自分の自由時間を作るようになったと。

 ……その自由時間でまた新しく仕事を作るようなら、私の方から説教をしてやろうじゃないか。

 [何のためにジョージを連れてきて貴方に紹介したのか]という内容の文句の1つぐらいは言わせてもらうとしよう。


 さて、"マグルクルム"に乗船していた魔大陸からの客人は全員同じ高級宿に宿泊しているのかというと、そうでは無かったりする。

 イネスだけは、通常の宿泊施設に宿泊しているのだ。

 それというのも、彼女はオルディナン大陸が招待した客人ではないからだな。


 勿論、乗船料は個別で支払っている。

 結構な額なので連れて行こうと思っていた私が支払おうかとも思ったのだが、彼女はまるで問題無いと言った様子であっさりと乗船料をデンケンに支払っていた。

 それだけジョージのブロマイドによって得られた利益が大きかったのだろうか?


 イネスが問題無く乗船料を支払っている様子を目撃してジョージが驚いていたが、イネスが[自分の仕事柄金に困ったことはない]と伝えれば、納得の言った表情を見せて大きく頷いていた。

 ジョージから見た今のイネスは"イネスに変装している怪盗"だからな。悪事を働く富豪や貴族から金品を拝借したとでも思ったのだろう。


 実際にはそうではない。

 "ドラゴンズホール"でジョージに修業を付けていた際に本人から聞いたのだが、イネスが怪盗として盗みを働く際、金品や貨幣の類を奪ったことはないそうなのだ。盗むのはあくまでも予告状を出した品だけである。

 歴代の怪盗達もそうだったのかは分からないそうだが、イネスの先代が[この技術を用いて先代達に顔向けできないような真似はしないしするな]と語っていたので、先代だけでなく歴代の怪盗達も同じだったと思いたいところだ。


 昼までにはまだ時間がある。デンケンはともかくとしてアイラ達かイネスの元に顔を出すとしよう。


 

 アイラの元へ顔を出そうかと思ったのだが、高級宿組はこれからミーティングを行うらしい。スケジュールの確認や今後の方針を決めるのだろう。

 私が宿を訪ねてしまったらミーティングどころではなくなりそうなので、私はイネスの元へと移動した。今回もまた1人での行動だ。ウチの子達もリガロウも、畳張りの部屋が大いに気に入ったようだ。

 実を言うと、私も非常に気に入ったので、さっさと要件を済ませて部屋に戻りたいとも思っていたりもする。


 暖かな日の光を浴びながらのんびりと庭を眺めるのが、不思議とクセになるのだ。特に美味い物を食べているでも、心躍るような音楽を聴いているわけでもないというのに、不思議な感覚である。


 イネスには既に『通話コール』を使用して部屋へ尋ねると伝えてある。

 二度目の不意の『通話』には全く驚くことなく自然な対応をされてしまった。それどころか私の状況をいち早く知れると非常に嬉しそうだった。流石である。


 イネスの部屋に足を運んでみれば、彼女は既にメモ帳とペンを手に持って待機しており、部屋に入ると同時に質問をされてしまった。


 「お待ちしておりました!さぁさぁ、早速聞かせていただきましょう!ノア様はどちらに案内されたのですか!?アイラ様達が案内された宿泊施設にはいらっしゃらなかったようですが!?」


 まず最初に気になるのはそこなのか。いや、それが普通の反応か。

 アイラ達が案内された宿泊施設もかなりの高級宿の筈なのに私がそこにいないとなると、どれほどの施設に私が案内されたのか、そもそも私がこの街にいる間は何処に宿泊するのか、それが気になるようだ。教えたらすぐにでも記事にしそうだな。


 まぁ、教えたところで問題は無いだろう。そもそも外交官達が知らせるかもしれないしな。

 口頭で説明するでもいいが、折角旅館の外観や部屋の様子を絵にしているのだ。それを見せた方が早いだろう。

 なお、部屋で待ったりしている間にウチの子達やリガロウが部屋でくつろいでいる様子も絵にさせてもらった。

 非常に満足度の高い出来栄えとなっている自信作だ。イネスに譲ってやるつもりはないが、見せるぐらいならしてもいい。


 「私が今まで利用したどの施設とも違う外観や様式をしていたよ。旅館と呼ばれているらしい。絵に描いたから見せてあげよう」

 「おおぉー!よろしいのですか!?今やノア様の手掛ける作品には煌貨が動きかねないほどの価値があるというのに!?私だけに見せてもらえるので!?」


 私の描いた絵…いや、絵だけでなく他の美術品もか?とんでもなく価値が跳ね上がっているんだな。

 船旅の最中に親しい者達にいくつも渡してしまったぞ。今更返せというつもりもないし、今後も渡していくつもりだが。

 コレが原因でつまらないことをする者や企むが現れなければいいのだが……。


 まぁ、そんな者が現れたらその時はその時か。

 相変わらず私が作った作品で他者に譲った物やその持ち主には座標登録をしてあるため、何かあればすぐに分かるのだ。


 とりあえず、イネスに旅館の絵を見せるとしよう。


 どんな反応が返って来るかな?

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