第437話 飲み会
それぞれが飲みたい酒を自分のグラスに注ぎ、割れない程度の力で軽くグラスをぶつけ合う。手が無いヨームズオームは『
[乾杯]の言葉の後、全員がグラスに注がれた酒を飲み干していく。勿論、私もだ。
ヴィルガレッドが提供してくれた酒、かなり美味いな。辛口ではあるが、香りが良い。
喉に流した直後に口の中で溶けるように上質な麦の香りと共に、複数の果物の香りも広がっていくのだ。
まるで一度に複数の果物を口にしたような味わいだ。これは確かにヴィルガレッドが秘蔵と言うのも頷ける。
味や香りというものは、何でも混ぜればいいというものではない。まして、大量に混ぜたからと言ってよい物になるとは限らないのだ。それどころか、下手な混ぜ方をすれば、それぞれの味や香りが悪影響を及ぼし合い、ドンドン劣悪なものになっていく。音で言うならば不協和音だ。
その点、ヴィルガレッドが提供してくれた酒の香りはどうだ?
見事なまでに調和されている。それどころか、それぞれの香りが互いを高め合い、香りだけで味を想像させるまでに至っている。これは最早芸術の域だ。
酔うことができない私でも一口で惚れ込む美味さだな。気に入った。
皆も自分が選んだ酒の味を気に入ったようだ。
「おおー!この
「私の自慢の配下達だからね。貴方が褒めてたって伝えておくよ」
オーカムヅミの酒は、ヴィルガレッドも大層気に入ったようだ。酒を造った3体のことも手放しで褒めちぎっている。
鼻が高いというのは、こういう気分なのだろうな。実に誇らしい。
―あはー。このお酒美味しーねー―
ヨームズオームにもわずかながらドラゴンの因子がある。そのためか、竜酔樹の実に宿る魔力によって酔うことができるのだ。勿論、純粋なドラゴン達よりも効き目は弱いが。
酔えるという要素だけでなく、味そのものも気に入ったようだ。この様子なら、蜥蜴人達もドゥラールを気に入るかもしれないな。
彼等にはリガロウとヴァスターを任せるのだし、お土産を奮発しても良いのかもしれない。竜酔樹の実だけでなく、ドゥラールも渡すとしよう。
「すっご…!このお酒…甘さがさっきのハチミツと全然変わらないのに、凄く飲みやすい…!」
ラフマンデーのハチミツが気に入ったルイーゼにとって、その味を変わらずに楽しめる蜂蜜酒を気に入らないわけがなかったのだ。
一度飲み干した後、すぐさまグラスになみなみと注いで再び飲み干している。酒が苦手と言っていた者とは思えない行動だ。
どれ、折角くれた酒なのだし、もう一杯いただくとしよう。
と思い、酒瓶を取ろうと手を伸ばしたのだが、私の手は空を切ってしまった。
ヴィルガレッドが、酒瓶を取ってしまったのである。
「コレコレ、一人で飲もうとするでない。コレは余の秘蔵の酒と言ったであろうが。余も滅多なことでは栓を開けぬのだぞ?」
「褒美としてくれたんじゃないの?」
「違う。そなたへの褒美は別で用意してある。余は勿論、坊にも飲ませてやらぬか。だが、気に入ったようだの」
なんだ、褒美じゃないのか。となると、物凄く得意気な顔で聞いてくる辺り、この酒を自慢したいだけか?
ヨームズオームにも飲ませてあげたい辺り、そんなところだろうな。
「うん。気に入った。でもさ、ヴィルガレッドならその酒も好きなだけ量を増やせるんじゃないの?この机の機能とか使ってさ」
「フッ、甘いのぉ。どんなものだろうと魔力を頼って複製をしようとすれば、必ず複製した物には少なからず魔力が宿る。それは本来の味とは明確に異なるのだ」
そういうものなのか?だとすると、味を楽しみたい者にとっては、複製した料理や酒というものは、あまり価値がない物になってしまうな。
「ちょっと試していい?」
「構わんぞ。グラスに少量注ぐでな。それを複製してみるが良い」
そう言ってヴィルガレッドは私のグラスに一滴の酒をこぼした。それは少量とは言わないんじゃないだろうか?
まぁ、一滴もあれば私ならば複製可能だが。
グラスに注がれた一滴の酒に『増幅』の魔法を掛ければ、瞬く間に私のグラスは先程の酒でいっぱいになる。
早速グラスを顔に近づけて、香りを確認してみよう。
…確かにこの酒には少量の魔力が宿っているが、香りは先程飲んだ時と変わらないようだ。では、次は味だな。
…なるほど。そう言えば、魔力が籠った食べ物は魔力が籠っていない食べ物と味が異なっていたな。確かに美味いのは間違いないが、明確な違いを理解できる。
基本的に、魔力が籠っている食べ物のほうが味わいが深くなるため、魔力が籠っていない食べ物よりも美味く感じるのだが、この酒の場合は違うようだ。
魔力の味が、ほんの僅かな雑味になってしまっている。珍しいことだ。
最初にコレを出されたのならば文句など一つも出てこないだろうが、既に魔力の籠っていない本来の味を知ってしまったからな。どうしても味の違いが気になって来る。
見てみれば、ヴィルガレッドも自分で出した自慢の酒を口にしたようだ。
その前に飲んだオーカムヅミの酒の影響もあり、既に上機嫌になっている。
「クフゥーッ!やはりいつ飲んでも良い物であるな!」
「私が飲んだ量よりも多くない?」
「余のグラスの方が大きいのだから、仕方があるまい?さ、坊も飲むが良いぞ?この酒も美味いぞ?」
そう言って空になったヨームズオームのグラスに、ヴィルガレッドがなみなみと酒を注いでいく。
あの娘のグラスも私のグラスよりも大きいこともあって、やはり私の時よりも量が多い。
―わーい!このお酒、いい匂いするねー!―
「そうであろうそうであろう?良い酒と言うのは、やはり香りが良くなくてはな!ドゥラールが惜しいのは、そこである!」
確かに、ドゥラールも悪い酒ではないと思うが、ヴィルガレッドの語る通り香りはそれほど強くないのだ。そもそも、竜酔樹の実自体があまり匂いの強い木の実ではないからな。
反対に言えば、竜酔樹の実の香りが強くなれば、より味わい深くなるんじゃないだろうか?
そう思ってみたものの、それができれば既に商品として販売されているだろうから、難しいことなのだろう。
材料である竜酔樹の実は大量に手に入ったことだし、蜥蜴人達に作らせてみようか?
酒好きなあの子達にはドラゴンの因子があるわけではないから、あまり興味を持ちそうにないのだ。
酒を飲み始めて2時間。
最初に飲んだ酒以外にも私が旅行で手に入れた様々な酒を飲むだけでなく、ルイーゼに魔王国の高級酒を提供してもらい、皆で楽しんでいる。
酒があまり好きではないルイーゼも気に入っている酒も提供してもらった。酒精が弱く、耐性がない者でも非常に飲みやすい酒だ。
やはりヴィルガレッドにはあまり好評ではないようだが、私の知らない風味だったので、私は気に入った。魔王国を訪れた際には、是非とも原材料共々紹介してもらおうと思っている。
酒だけでは味気ないだろうから、料理も提供した。
酒のつまみになるような料理だけでなく、昼食や夕食となるような料理もだ。
ルイーゼは生活習慣が人間とそれほど変わらないためか、昼食でも無い時間に大量の料理を口にすることはないようだ。
料理の味は褒めてくれたが、あまり食べてはくれなかった。
反対に、ヴィルガレッドは大量に食べてくれた。彼も私ほどではないが、食べたらすぐに魔力に変換する機能が備わっているのだろう。料理を出した傍から口の中へと放り込んでいった。
味を褒めてくれるのは良いのだが、もう少し味わってもらいたいものだ。
ヨームズオームはいつも通りだ。『補助腕』を使いこなし、丁寧に料理を食べてくれている。
ほら、(精神は)子供のヨームズオームが丁寧に食事しているんだぞ?何とも思わないのか?
「固いことを言うでない。それよりも、そなたの『収納』にはまだ大量に料理があるのだろう?余はまだまだ食べられる故、遠慮せずに出すが良いぞ。クァーカッカッカッ!」
ああ、コレ酔っぱらっているな。物凄く上機嫌だ。
ヴィルガレッドの言う通り、料理はまだまだ大量にあるから、次々と『収納』から提供していくことに否やは無い。というか、雑な食べ方をされようとも、美味いと言ってくれるのがなんだかんだで嬉しいのだ。
皆いい具合に酔いが回っているようだ。蜂蜜酒の味が良いからか、ルイーゼも御機嫌である。
やはり酔える皆が羨ましい。
昨日の夜も酔うために私の機能を魔法で低下させて飲酒を試みたのだ。一昨日は1種類の機能を低下させたから、今度は2種類で。
しかし、それでも私は臨んだ結果を得る事ができなかったのである。どの組み合わせでもだ。どれだけ私を酔わせたくないんだ、私の体は。
しかし、酒に酔えない主な要因である3つの機能をすべて低下させれば、流石に私も酔える筈だ。
この場所には世界有数の強者が揃っているし、なんなら語り掛けてきてはいないが五大神の意識も私に向けられている。
もしも私が酔って暴れたとしても、押さえつけてくれると信じよう。
だが、その試みを実行する前にちゃんと何をするか伝えてから実行しなくてはな。
「皆、ちょっといいかな?」
「どうかしたの?」
―なになにー?―
「ううむ、余の秘蔵の酒をもってしてもそなたを酔わせられなんだか。だがその顔、何か酔うための妙案があると言った顔だの?」
流石はヴィルガレッド。酔っていたとしても察しの良さは変わらないようだ。
しかし、この後私が語る言葉に、どのような反応をするだろうか?
私が暴れたら止めて欲しいと言って、快く引き受けてくれるだろうか?
「酔うために何をすればいいかは、実はもう分かっているんだ。一昨日から段階的に試していてね。今回は、その最終段階であり、自分でも酔えると確信している方法を試そうと思うんだ」
「ほう?だが、その割にはらしくもなく妙に躊躇いがあるではないか。何か問題があるのか?」
あるのだ。飛び切りの問題が。折角こうして皆して楽しんでいるというのに、台無しになってしまう可能性があるのだ。
「私は今まで酔うという経験をしたことがなかったからね。仮に酔っぱらって暴れ出したらと思うと、躊躇いもするだろう?」
「ブッ!?」
―んー?ノア、暴れるのー?―
私が暴れる可能性があると知って、ルイーゼが衝撃のあまり口に含んでいた蜂蜜酒を噴き出してしまっている。
ルイーゼは私の力をかなり正確に把握していると言っていいからな。私が制限無く暴れた時のことを想像して驚いていしまったのだろう。折角いい気分で酔えていたというのに、すっかり酔いがさめてしまった顔をしている。
私が暴れる可能性があると聞いて、ヴィルガレッドも少し神妙な顔つきになっている。
魔力色数を抑えていたとは言え、彼とは全力で戦った仲だ。暴れる私を抑えるとなれば、非常に苦労すると理解しているのだ。
「酔った者がどのような振る舞いをするかは、実際に酔ってみるまでは分からぬからのぅ…。そなたが酔って暴れるような性格でないことを願うばかりであるな」
「まぁ、一応保険が無いわけでもないんだ。ここは一つ、私を信用してもらいたい」
ルイーゼもヴィルガレッドも、五大神を強く信仰しているようだからな。彼等がこの場に意識を向けていると知ったら、気ままに酒を飲むことができなくなってしまうかもしれない。
それが理解できているからか、この場に来てから五大神達は私に語り掛けて来ていないのだ。
尤も、声を語りかけてきていないだけで感情自体は読み取れる。もしもの時は任せてほしいという意思を、明確に感じ取れるのだ。頼もしい限りである。
「ノア、信じてるわよ…。もうこの際、抱きつくでも甘えてくるでも、私は構わないわ…」
「言質は取ったよ?それじゃ、始めるよ」
ルイーゼがとても嬉しいことを言ってくれる。これは、酔ったふりをして抱き着いたり甘えてみるのも…いや、止めておこう。
彼女は私を信用してくれたのだ。その気持ちを裏切るなど、下劣極まる行為だ。一気に信用を失ってしまう可能性だってあるのだ。
素直に、酒に酔えない要因となっているすべての機能を低下させよう。10分の1ぐらいまで低下させれば、流石に酔える筈だ。感覚でその辺りはもう理解できている。
「ん」
「ほう、酔うために初めて口にする酒をコレにするか!よいぞ、存分に味わい、そして酔うが良い!」
準備も整ったことだし、ヴィルガレッドにグラスを突き出す。
どうせ酔うのなら、彼の秘蔵の酒で酔いたい。そう思ったからだ。
今度は一滴ではなく、ちゃんとグラスになみなみと注いでくれた。
グラスを顔に近づければ、やはり様々な果物の香りが私の鼻孔を刺激する。この均整の取れた香り方、まるで一切の乱れがない音楽隊の演奏のようだ。
そして酒精が私の鼻を通して体内に入っていくことで確信した。
この酒を飲めば、私は確実に酔える。
そう、いよいよ私は酒に酔えるのだ。どんな感覚を味わえるのか、正直楽しみで仕方がない。
ルイーゼもヨームズオームもヴィルガレッドも、興味深そうにこちらを見つめている。…ルイーゼは若干不安そうにもしているが。
もったいぶるつもりは無い。
私は、グラスに注がれてた酒を一思いに飲み干した。
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