第436話 自慢の酒を振る舞おう

 私の要望を聞いたルイーゼの反応はと言えば、こちらも判断に困るような表情をしていた。

 その表情は、嬉しいのだろうか?困っているのだろうか?どちらとも言えない。

 表情がコロコロと変わっているのだ。その様子が可愛らしく面白い。コレだからルイーゼは好きなんだ。


 「や、そのぉ…嬉しいわよ?嬉しいんだけどさぁ…。私がつきっきりでノアと一緒にいるってことは…アレでしょ?その間、私は魔王としての仕事ができないのよ?」

 「まぁ、そうなるね」

 「他人事ねぇ…。ファングダムの上空でしばらくアンタに拘束されてた時だって、凄く仕事が溜まっちゃってたのよ?一緒に魔王国を見て回ってたら、どれだけの仕事が溜まることやら…」


 それはそうだ。国の主なのだから、やるべきことは山ほどあるのだろう。私と行動を共にすると言うことは、そのやるべきことに手を付けられないと言うことだ。ルイーゼが困るのも頷ける。

 だが、それはそれとしてだ。観光案内を頼まれて彼女が嬉しいと思ってくれたことが、私としても嬉しい。


 やはり、多少の無理をしてもらってでも、魔王国はルイーゼと一緒に見て回りたいな。そのためならば、私も協力を惜しむつもりは無い。


 良し。ルイーゼに『幻実影ファンタマイマス』を習得してもらおう。

 アレが使えるようになれば、私の観光案内をしながら魔王としての仕事もこなせる筈だ。

 ウルミラが3体の幻を作り出せるのだから、ルイーゼならば一体の幻を生み出すことぐらい問題無く使用できるはずだ。


 早速ルイーゼに提案しよう。


 「ルイーゼ、『幻実影』を習得してみない?」

 「え?ああ、あの実態を持って感覚を共有できる幻?確かに、アレが使えれば物凄く便利だし、アンタを案内しながら仕事もできるけど…」


 果物を食べながら、ルイーゼに『幻実影』の習得を勧めるが、あまり乗り気はないように見える。

 確かに難易度の高い魔術ではあるが、ルイーゼならば習得できないことはないと思うのだが…。それに、私が教えれば習得もそれほど時間が掛からないと思うのだ。


 「やり方、教えるよ?」

 「あのねぇ、ああいった情報の並列処理が必要な魔術って言うのは、習得して終わりじゃないでしょ?むしろ、習得してからが本番じゃない。幻を出せても、使いこなせなかったら意味が無いのよ?」

 「ルイーゼならその点は問題無いんじゃないの?ウチには3体同時に使える娘がいるよ?」

 「その子、あの透明になれる狼のことよね?あの子は元々そういう性質を持ってたからできるのよ。と言うか、あの子元から幻を生み出せたりしない?」


 ん?ルイーゼは、ウルミラが透明になれることを知っているのか。しかも、あの娘が元々幻を操ることに慣れていることも知っているようだ。しかも『幻実影』の元となった『幻影ファンタム』についてもなんとなく察しているときた。

 確かに"黒龍城"に連れて行った際に家の皆と触れ合っていたが、その時間は僅か30分程度。

 その短時間でウルミラの性質を見抜いてしまうとは、流石だ。[魔王を舐めるな]と言うだけのことはある。


 「魔王なんだし、情報処理能力を高められる装飾品とか持ってるでしょ?そういうのを使えば、ルイーゼにだって1体くらいなら問題無く『幻実影』を使いこなせる筈だよ」

 「簡単に言ってくれるわねぇ…。言っとくけど、あの時私が身に付けてた装備はどれも緊急事態でしか使用を許可されてない国宝だからね?魔王だからっておいそれと使える物じゃないのよ?」


 むぅ…。魔王にも結構な制限が掛かっているのだな。ルイーゼ曰く、魔王は世界の危機に率先して立ち向かう使命を背負っているとのことだし、強力過ぎる力は自由に使えないと言うことか。


 だったら、私が作って渡すか?

 私の考えを、ルイーゼが察したようだ。私が何かを言う前に注意をしてきた。


 「コラコラ。そんなことしたら、また何か対価を渡さなきゃならなくなるじゃない。アンタが好意で渡してくれるって言っても、私は借りは作りたくないの」

 「じゃあ、譲るのではなく貸すってことで。『幻実影』を補助なしで使えるようになったら返してもらうって言うのはどう?」

 「…グレーゾーンね…。でもまぁ、確かに使えるようになったら便利なのは間違いないのよねぇ…」


 いいぞ。この調子なら、ルイーゼも『幻実影』の習得を前向きに考えてくれる筈だ。ならば、私は情報処理能力を向上させる装備を手早く作ってしまおう。


 ルイーゼに対して自重はいらないだろうから、魔術具にする必要はないだろう。ちょっとした装飾品に魔法を込めてしまえばそれで完成だ。

 装飾品は、あまり目立たない物にしよう。目立ちすぎると、解析されてしまう可能性があるからな。

 宝物等の管理が行き届いているようだし、装飾品の出所を探られるのは避けた方が良いだろう。


 凝った装飾の無い、シンプルな指輪を作ることにした。材質は…オリハルコンで良いだろう。


 「ねぇ、私の隣でとんでもない物を片手間に作るのやめない?」

 「ん。大丈夫、もうできたから。コレ、はめてみて。左手の親指用」

 「また珍しい場所にはめさせるわねぇ…。はめるけどさぁ…」


 素直に指輪を受け取り、左手の親指にはめてくれる。

 指輪をはめた直後から、早速効果が表れたようだ。弾んだ声でどんな変化が起きたのかを述べてくれた。


 「うっわ!コレ本当にとんでもないわね!今なら特位魔術の複数同時使用を連発とかでも余裕でイケル気がするわ!」

 「なら、『幻実影』も問題無く習得できそうだね」

 「イケル!イケルわ!今ならここから魔王城に転移することだってできそうな気がするもの!」


 想定通りの効果が表れたようでなによりだ。やっぱりルイーゼが望むのなら譲った方が良いだろうか?

 彼女としても指輪の効果を実感したこともあり、気に入ってくれたようだ。親指にはめた指輪を見つめ、嬉しそうにしている。


 が、やはり指輪をもらうつもりは無いようだ。


 「コレは…凄すぎるわね。借りるに留めるのが一番よ。こんな物の存在が世に知れ渡ったら、絶対に欲しがる連中が世界中で大勢出てくるわ」

 「そんなに?」

 「一般的な魔術師…そうね、マジシャンクラスがウォーロッククラスになるって言えば分かる?」


 マジシャンクラスと言うと、世界共通の魔術師達のランクの中で下から4番目のランクだ。それがウォーロック…つまり最上位の魔術師クラスの実力になるとすれば、確かに世の魔術師が欲しがりそうな代物だな。


 「目的を達成できたら返すわ」

 「分かった」


 指輪を貰うつもりは無いが、『幻実影』の習得はやってくれるようだ。嬉しいのでルイーゼを抱きしめたくなるが、ここは我慢してぬいぐるみで我慢しておこう。それに、ぬいぐるみはぬいぐるみでフワフワしていて抱き心地が良いのだ。

 果汁で汚れてしまわないように、しっかりと魔力で保護していることだし、遠慮なく抱きしめられるのだ。


 ぬいぐるみを抱きしめている私を見て、ルイーゼが微笑ましい表情をしている。頭を撫でてくれるのだろうか?うん、撫でて欲しいな。


 「ソレ、気に入ってくれたみたいね」

 「うん。とても気に入ってる。ところでルイーゼ、お願いがあるんだけど」

 「あら、珍しいわね。ハチミツや指輪の対価かしら?」

 「そうじゃないよ。ただ、ルイーゼに頭を撫でて欲しいだけ」


 何かを求めるのならば対価が必要になるのはその通りだが、全てに対価が必要だろうか?そんなことはない筈だ。そうでなければ、無償の愛、などと言う言葉は生まれない。

 私を友と思ってくれるのなら、さっきみたく頭を撫でてくれてもいいと思うのだ。


 「ええ…。良いの…?」

 「どうしてそこで遠慮するのかな?」


 帰ってきた答えは、何故か躊躇うような反応だった。ルイーゼとしても私の頭に、と言うよりも髪に触れたかったようだ。


 「ええ?だって、撫でてたら角を出したでしょ?アレってあまり触らないでほしいってことじゃないの?」

 「違うよ?ルイーゼの前なら角や翼を仕舞っておく必要が無かったから出しただけ」


 ああ、やはり角や翼を出したタイミングが悪かったのだ。せめて抱きしめ合っている間は角も翼も出さなければ、もう少しあの多幸感を味わえていたのだろう。


 しかし!こうして直接言葉を交わすことで誤解は解けた!さぁ!思う存分私の頭を撫でてくれ!


 「ま、撫でて欲しいならいくらでも撫でさせてもらうわよ。最初に見た時から綺麗だったから触ってみたいって思ってたのよ。それが虹色の光沢を放つようになって、こうして再会したらさらに綺麗になってるじゃない。止めてって言っても撫でさせてもらうわ!」


 そう言ってルイーゼが私の頭を撫でながら、髪の質感を堪能しだした。


 ああ…。やはり、実に良い…。クセになってしまいそうだ…。

 これは、魔王国でルイーゼと一緒に行動していたら、しょっちゅう頭を撫でるようにねだってしまうかもしれない。


 美味い物を食べながら、抱き心地の良いぬいぐるみを抱きしめ、親友に頭を撫でてもらう。なんて贅沢な時間だろう。こうしてこの場に集まると提案して、本当に良かった。



 ヴィルガレッドとヨームズオームの対局が終わったようだ。彼等もこちらに移動して来た。その際、ヴィルガレッドはちゃんと体を縮小化させている。


 ―楽しかったー!ルイーゼも後でやろー?―

 「待たせたのぉ。なかなかに白熱した対局であったぞ?そなたらも後でやらぬか?」

 「お、お手柔らかにお願いします…」


 チャトゥーガの勝敗は、ヴィルガレッドに軍配が上がったようだ。それでもヨームズオームは悪態をつくでも無く楽しかったと言える辺り、本当に良い子だ。勝敗に拘らず、チャトゥーガそのものを楽しんでいる。


 ヨームズオームもヴィルガレッドも、私達と対局したいようだな。先程の対局が余程楽しかったのだろう。もしかしたら、ヴィルガレッドは自分の実力を見せつけたいのかもしれない。


 普通に対局すれば、ルイーゼはヴィルガレッドに勝つのは難しいかもしれない。なにせ、私を除く皆との対局で勝率5割を超えるヨームズオームを下したのだ。彼の情報処理能力や戦術眼は相当なものなのだろう。


 しかし、今のルイーゼは情報処理能力を上昇させる指輪を身に付けているのだ。そう簡単に勝てるとは思わないことだな。

 そして、当然私も負けてやるつもりは無い。ここは一つ、調子に乗った発言をさせてもらおう。


 「私も構わないよ?竜帝カイザードラゴンの手並みを拝見させてもらおうじゃないか」

 「…格好をつけておるようだが、まるで様になっとらんぞ…」


 それはそう。何故ならば、今の私はルイーゼに好きなように頭を撫でられている最中だからだ。

 ルイーゼは私の髪の触り心地を、かなり気に入ってくれたようだ。片手では果物を摘まんでいるが、もう片方の手は私の頭からあれから一度も離れていない。されるがままである。


 仕方がないのだ。頭を撫でられる感覚が、とても心地良いのだから。ルイーゼが私の頭を撫でるのをやめない限り、私はこのままなのである。


 ただまぁ、対局はもう少し時間を置くつもりなのだろう。それよりも彼は現在、欲している者があるのだ。そのために縮小化していると言っていい。


 ブドウに似た果実を一房摘まみ上げ、房ごと口に入れながら私に酒を要求してきた。


 「さぁノアよ!坊が美味いと語っていた2種類の酒を出すがいい!こうして集まったのだ!皆で堪能しようぞ!」

 ―わーい、みんなでお酒ー!―

 「いいけど、ルイーゼに無理強いしないようにね?オーカムヅミの酒は酒精がかなり強いんだ」

 「えっ?そうなの!?」


 そうなのだ。家の皆も飲めないわけではないが、酒好きの3体とヨームズオーム以外は進んで飲もうとしないのだ。それだけ酒精が強いのである。

 オーカムヅミの酒と蜂蜜酒を取り出しながら、他の酒も取り出す。その中には、一昨日購入したばかりの竜酔樹の実から作った酒、ドゥラールも含まれている。


 「2種類だけでは味気ないからね。人間達の酒も出すとしよう。ところでヴィルガレッドは滅多に外に出ないみたいだけど、竜酔樹は知ってる?」

 「そなたは余を何だと思っておるのだ。知っておるに決まっておろうが。その酒はドゥラールであろう?上の者達が人間どもから献上されることがたまにあってのぅ。それが余の元に献上されることもあるのだ」


 と言うことは、その味も知っていると言うことか。そうなると、ドゥラールを飲んだドラゴンがどれぐらい酔うのかも知っていそうだな。


 「実を食べるよりも早く酔えるな。味も濃縮されており悪くない。我等ドラゴンにとって、良き趣向品よな」

 「人間にとってはあまりたくさん飲めるような酒ではないみたいだけどね」

 「私も飲めないことはないけど、ドゥラールはちょっと苦手ね」


 ドゥラールはルイーゼも口にしたことがあるようだ。口には会わなかったようだが。彼女の味覚や感覚は、人間に近いのだろう。

 彼女の元には、人間の生みだした様々な品物があるのかもしれないな。それこそ、私がまだ知らない他大陸の品物も知っていたのだから、可能性は十分ある。


 私達がドゥラールについて話をしていると、当然ヨームズオームも興味を持つわけで。ヴィルガレッドが良い趣向品と語ったことで、その味が気になったのだろう。


 ―新しいお酒ー?美味しー?―

 「うむ!美味いぞ!坊もきっと気に入るであろうよ!」


 まぁ、ヨームズオームはああ見えてウチで最も酒が強い子だ。なにせあのフレミーですら飲み比べで負けるぐらいだからな。ただ、彼女ほど酒に対して拘りがないというだけなのだ。


 ルイーゼは、やはり蜂蜜酒が気になるのだろうな。あれだけラフマンデーのハチミツを気に入ってくれたのだ。きっと蜂蜜酒も気に入ってくれるだろう。


 ヴィルガレッドも蜂蜜酒に目が行ったようだ。瓶越しに映る、黄金色の酒に興味を持っている。


 「ほう、それは蜂蜜酒であるか?実に美しいではないか!そうか、それがもう一つの"楽園"の酒なのだな!?」

 「うん、新しくウチで暮らしてくれる娘が作った、ハチミツからできた酒だよ」

 ―とっても美味しいよー―

 「ハチミツも綺麗だったけど、こっちも同じぐらい綺麗ね…。ねぇノア、このお酒の酒精はどうなの?」


 ルイーゼが蜂蜜酒の酒精について訊ねてくるのは、オーカムヅミの酒に対する反応からして、彼女が酒精の強い酒があまり好みではないからだろう。

 安心して欲しい。蜂蜜酒の酒精はそれほど強くないから。


 「それを知って安心したわ!早速飲ませてもらおうかしら」

 「うむ!皆で好きな酒を注ぎ、乾杯といこうではないか!」

 ―じゃあ、僕この新しいお酒にするー!―


 ルイーゼは蜂蜜酒、ヴィルガレッドはオーカムヅミの酒、そしてヨームズオームはドゥラールを、それぞれ自分のグラスに注いでいく。では、私は何を注ごうかな?どうせなら、皆と違う酒が良い。


 どの酒を飲もうか迷っていると、ヴィルガレッドが『収納』から酒が入っているであろう瓶を一つ取り出した。


 「そなたは酒に酔ったことがなかったのであったな?ならば、コレを試してみるが良い。余の秘蔵の酒の一つ、その中でも最上の品であるぞ?」


 酒好きのヴィルガレッドが、わざわざ秘蔵の酒、それ最上の品を出してくれるとは…随分と奮発してくれたものだ。もしかして、コレが龍脈を安定させたことに対する褒美なのだろうか?

 ルイーゼが酒瓶を見て驚愕に目を見開いているので、相当な品なのだろう。


 それならば、ありがたくいただくとしよう。

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