閑話 襲い掛かる悪夢 前

 ―――とある冒険者達が活動する街にて―――


 時間としては日が沈み始めた頃、町に住む者達が夕食の支度をし始め、早い者は夕食を食べ始める時間だ。

 仕事を終えて帰路に着く住民や食事へ向かう者達で、町が昼間とは別の形で賑やかになり始めた。


 "楽園浅部"の調査依頼から帰還して以降、手堅い依頼を堅実に、だが真面目にこなし続けている冒険者達が、彼等の馴染みの店で早めの夕食を取っている。


 「なぁ、あたし等が"楽園"から街に帰って来るちぃっと前に、カークス騎士団が"楽園"に遠征に向かったって話、覚えてるか?」


 肉と野菜をふんだんに用いて、一晩じっくりと牛の乳で煮込んだクリームシチューを焼き立てのパンと共に食べながら、口の悪い庸人ヒュムスの女冒険者、アジ―が仲間達に問いかける。

 好物なのだろう。彼女がこの店で食事を取る時は、いつもこのメニューを注文するようだ。


 「こっちにまで話が伝わって来たよねぇ。60人近い大人数での遠征だっけ?」

 「私達が"楽園"から抜け出た後、割と直ぐに"楽園"がヤバイ状況になってたらしいわよ?あれから私達より後に命からがらに帰ってきた奴等が言うには、今まで見た事も無い凶悪な魔物や魔獣が森の奥から押し寄せて来たんだって。そんな状態じゃ"楽園"で採取なんて無理な話でしょ?"楽園"からの採取で生計を立てているティゼム王国としては大ピンチだったわけよ。で、普段は国防のために国に留まってるカークス騎士団を実力順に上から三割、採取のために遠征に向かわせたって話よね?普通だったらあんな状態の"楽園"に向かうだなんて自殺行為だ、って言われるけど、カークス騎士団だったら問題無いんじゃないの?」

 「・・・・・・。」


 鳥の肉を冒険者好みの味付けをした衣で包み、油で揚げた料理を口いっぱいに頬張りながら、倭人ぺティームの青年、スーヤが当時の事を思い返す。

 続いておしゃべり好きな庸人の金髪少女ティシアが、そこまでに至る経緯と、自分の感想を、食べかけの肉の腸詰が刺さったフォークを手に持ったまま身振り手振りでかつ、矢継ぎ早に述べていく。

 それなりの量の酒を飲んだのだろうか、その顔は少し赤く染まっている。


 酒精によるものか、はたまた長々としゃべる事が出来たからなのか、彼女はにんまりとした表情でご機嫌である。

 長台詞を聞かされていた、魔術師であり錬金術師でもある妖精人エルブのエンカフが、辟易とした表情をしてティシアをじっとりと睨みつけている。


 彼女が食べかけの肉の腸詰を振り回した事によって、隣の席に座っていたエンカフに腸詰に敷き詰まった肉汁や脂が飛び散ってきたのだ。

 自分だけでなく、野菜中心の彼の食事にまで肉の脂が掛かってしまえば、辟易となるのも仕方の無い事だろう。


 「それでアジ―、何故今になってその話題を出したんだ?もしかして、もう騎士団が帰還したのか?」

 「その逆だぜココナナ。なんでも六日前から遠征に向かったカークス騎士団からの連絡が、プッツリと途絶えたんだとよ。」


 ココナナと呼ばれたのは、巨大なフルプレートメイルの女性、では無い。

 大きく開いた鎧の胸部から姿を現しているのは、背丈と頭身の低い、落ち着いた雰囲気をした窟人ドヴァークの女性だ。

 巨大なフルプレートメイルの中には椅子があり、その椅子に腰かけて肉厚のステーキが乗った皿を膝の上に乗せ、フルプレートメイルの中で食事を取っている。


 彼女のフルプレートメイルは、正確には鎧ではない。彼女が外装から内装まで、一から作り上げた、自らが乗り込んで操縦する"魔導傀儡ゴーレム"の一種、"魔導鎧機マギフレーム"である。

 全てを一から作り上げたためか、非常に強い愛着を持ち、食事を取る時も魔導鎧機の中から出ず、寝る時ですら魔導鎧機の中で睡眠をとるほどだ。


 自らの質問に対するアジ―の返答に、ココナナは驚愕を隠せず、目を見開く。


 「あのカークス騎士団が、か?60人近い騎士団の精鋭達から誰一人として連絡が来なくなったというのか?あり得るのか?そんな話が。」

 「のかなぁ?」

 「あり得ねぇよ。カークス騎士団だぜ?」

 「騎士だ「騎士団員全員が一等騎士以上の騎士で構成された、世界中の騎士団の中でも最強の騎士団に挙げられるような騎士団よ?しかもその中でも実力順に上から三割に入る精鋭中の精鋭。そんなカークス騎士団がようなミスを犯すだなんて考えられないわ。」・・・・・・ꐦ。」


 連絡の取れなくなった原因の可能性をスーヤが挙げるが、アジ―によって即座に否定される。

 否定の理由を語ろうとエンカフが口を開いた直後、再びのティシアによる高速おしゃべりによって、セリフを遮られてしまった。

 酒の入った食事の場ではあるが、流石にイラついたのだろう。彼の表情は引くついており、その額には青筋が立っている。


 「あたしもティシアと同意見だ。仮にとしても、50人以上いたんだ、速攻で逃げ帰れば、一人ぐらいは無事でいられんだろ。」

 「ならば、一体何故?」


 ティシアの意見に賛同したアジ―に対し、ココナナが問う。最強と謳われる騎士団が、突如音信不通となってしまう理由など、到底思いつかないのだ。


 表情を険しくし、声を低くしてアジ―が答える。


 「出くわしちまったんだろぉぜ。カークス騎士団ですら、どうしようも無ぇような、ヤベェ奴によぉ。」




 ―――"楽園浅部"にて―――


 話は一ヶ月近く前まで遡る。決死の覚悟を持って"楽園"に突入したカークス騎士団員達は皆、拍子抜けをしていた。

 それもそのはずだ。"楽園"の奥地に住まう者達にとって、"楽園"の浅い部分の環境というのは満足な恵みを得られる場所ではない。

 危険から逃れるための、一時しのぎの場に過ぎないのだ。


 普段自分達が縄張りとしている場所が安全だと分かれば、彼等は直ぐに元の居場所へと帰って行った。


 そう、彼等カークス騎士団が"楽園"に到着した頃には"楽園"の環境は今まで通りの環境に戻っていたのである。


 「何と言う僥倖か・・・。これも天空神様の思し召しか。」


 ティゼム王国に限らず、世界共通で人間達の、天空神・ルグナツァリオに対する信仰心は厚い。騎士団を纏めるこの壮年の男も、それは変わらない。


 「このまま出来る限りの資源の採取を行う!九人一班の予定だったが、変更して五人一班にして各班散開して探索、採取に当たれ!ただし、気は抜くなよ!環境が以前の状態に戻っただけで、ここが"楽園"である事に変わりはないのだ!10時間後にこの場所に再集合、野営を行う!」


 危険な魔物、魔獣を警戒して一班の人数をパーティとしては九人という大人数で採取活動を行う予定ではあったが、環境が元に戻ったのであればその必要も無くなる。つまり、より広範囲で探索と資源の採取が可能となっていたのだ。


 危険極まりない魔物、魔獣を相手取る事なく活動する事が出来るため、この機を利用して、これまで採取できなくなっていた分を取り戻し、追い抜く勢いで、騎士団員達は活動を開始した。


 だが、騎士団員たちの中で気を緩めている者は一人も居ない。この場所が"楽園"である事は変わらないのだ。この場所が少しの油断で歴戦の英雄が命を落とす、危険極まりない場所である事に変わりは無いのだ。



 時間が過ぎて騎士団員全員が集合し、野営を行っている。

 野営場所には範囲内の姿や臭い、音を隠蔽する効果を持った防御結界が張られていて、安全が保障されている。そのためか、騎士達からは余裕が見られる。


 野営場所を囲むように簡易コテージを設置し、その内側で騎士達は火を起こし、食事をとり、談笑し合っている。採取の成果は上々、といった所だったのだろう。

 夜の見張り当番以外には、翌日に影響が出ない量の飲酒も認められていた。


 コテージの中で、指揮を執っていた庸人の騎士が、就寝前に掌大の大きさの本を広げ、ペンを走らせている。


 「団長。日記ですか?」

 「あぁ、騎士を志すと決めた日から続けているが、一日たりともこれを欠かした事は無い。」


 同じコテージで就寝する、若い庸人の騎士が、壮年の男に声を掛ける。

 団長。即ちこの壮年の騎士こそが最強の騎士団と謳われるカークス騎士団の頂点に立つ人物なのだ。

 安全が保障されている場所でしかも就寝前であるにも関わらず、若い騎士から見た団長からは、隙がまるで伺えない。

 団長曰く、[どんな時でも、何が起きるかは分からない。何が起きても良いように、最低限の心構えはしておくものだ]との事らしい。


 「良く続きますね?俺なら多分、一ヶ月も持たないですよ。」

 「既に私の習慣となっているからな。今更やめられんさ。それに、日記という物は、なかなかに良いものだぞ?我々は、過去の全てを即座に思い浮かべられるほど、器用な生き物ではない。だが、日記を読み返す事で、その時の記憶を思い返す事の助けになる。過去にあった反省すべき点や、教訓となった出来事を振り返る事も、日記があれば容易に出来る。」


 団長が若い騎士に日記の良さを説明する。

 騎士としてはまだ若く態度も若干軽い所があるが、若くしてカークス騎士団の団員というだけでなく、この遠征に抜擢されるだけの実力を持った期待のエースである。

 自然と団長は、この若い騎士に目をかけていた。


 「日々の地獄の様な訓練で、嫌ってほど教訓や反省点を叩きこまれてるんですが、それは・・・。」

 「何も苦い思い出だけでは無いさ。最愛の妻との馴れ初めの日、結婚を申し込みに彼女の実家に殴り込み、結婚を反対する彼女の肉親全員に纏めて決闘を申し込んだ日、妻が娘を産み、最愛の家族が増えた、我が生涯で最も喜んだ日・・・。今思い返しても、心が幸福で満たされる・・・。」

 「有名な話ですよね、団長が個人で名門貴族家に決闘を申し込んだって話。それ元にした劇にも小説にもなるぐらいだし。」


 団長はかなりの愛妻家であると同時に、相当な子煩悩でもある。自分の家族を語り出すと長いのだ。

 自分の訴えを軽くスルーされた若い騎士は、若干の呆れ声で答える。


 生涯愛する女性と出会い、苦難を乗り越えて結ばれ、子を儲けた騎士団長の話は、かなり無茶で破天荒なものがあったのだろう。

 だが、それ故に民衆にはウケたのだろう。一連の話は国外にまで伝わるほどに有名な話となった。


 「それにな、若い頃を思い出しながら酒を楽しむというのも、なかなか良いものだぞ?」

 「酒は好きですが、思い出を振り返るほど年を取っちゃまいせんよ。」

 「そうか。ならば、年を取った時にしっかりと思い返せるように、年を取るまで今まで以上に訓練に励まねばな。」

 「・・・・・・勘弁してください。」


 団長の言葉に軽口で返すが、冗談とも本気ともとれる言葉に、若い騎士は辟易するしかなかった。


 「そろそろ眠っておけ。必要な時に必要な休息を取れるようにするのも優秀な騎士の務めだ。」

 「休めるときに休んどけって事ですよね?分かってますよ。じゃ、お先に。」


 若干違うのだが、訂正するのは後で良いだろう。そう判断した団長も、日記を『格納』の魔術にしまい、自身も就寝する事にした。


 カークス騎士団の活動は至って順調であった。




 カークス騎士団が探索、採取活動を開始してから八日目。

 日が昇り切りゆっくりと沈み始めてから少しして、団長の元に他の班の騎士から遠隔通信による連絡が入った。


 ≪団長!やりましたよ!もしかしたら、我々は、ティゼム王国は、莫大な富を得られるかもしれません!!≫


 連絡を送ってきた騎士はかなり興奮している。余程の物を見つける事が出来たに違いない。そうでもなければ、国の規模で莫大な富とは言わないだろう。


 ≪落ち着け、何を見つけたのだ?詳細を説明してくれ。≫

 ≪耳にするよりも実際に見てもらった方が早いですよ!今、そちらに向かっています!≫


 連絡をしてきた騎士は相変わらず興奮している。

 騎士達は散開して行動をしているが、何処か一班が強敵に出くわした際にすぐさま救援に向えるように、魔術によってお互いの位置を把握し合っている。

 彼等は、手に入れた物を直接見せたいがため団長の元へ向かって来ているという。


 ≪分かった。一度騎士団全員を集合させる。お前が言う莫大な富の可能性、勝算が高いのであれば、騎士団全員で取り掛かるとしよう。それと、分かっているとは思うが、周囲の警戒を怠るなよ?≫


 騎士団長は移動を中断し、その場で待機する事で、自らの場所を集合場所にする事にした。

 連絡を入れてきた騎士の興奮ぶりから、何を見つけ、何を得たのか気になるところだが、通信を切り騎士達を移動に集中させる。

 万一、説明をさせて僅かにでも集中を切らして負傷、最悪死亡してしまうような事があれば、目も当てられない。"楽園"とは、それがあり得る場所なのだから。


 ほどなくして、騎士団員全員が集合した。事情を全員に通達しているため、皆が皆、団長に連絡を送った騎士に注目している。


 「団長!此方です!見て下さい!宝麟ジュエルケイル蜥竜人リザードマンですよ!?しかも一体だけでは無いんです!!集団だったんですよ!!」


 報告をしてきた騎士は、興奮が収まらぬまま、『格納』から三体の宝麟蜥竜人の死体を取り出して団長に見せる。


 この報告には、団長も目を見開いた。

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