第59話 ドラ姫様が往く!!
多くを貰うつもりは無いが、何も貰わないわけでもない。現状、私には彼の教えがどうしても必要な知識があるのだ。
「折角の申し出、有難いとは思うけど、それでは貰いすぎだよ。教えてもらえるというのであれば、一つで良い。」
『それは、何かな?』
「私がこれから向かおうと思っている、ティゼム王国で用いられている言葉、その発音を教えて欲しい。」
そう。カークス騎士団達から手に入れた書物のおかげで文字を理解する事は出来たが、発音ばかりはどうにもならなかった。
おそらく、思念を込めて話しかければ、彼等の言葉でなくとも意志の疎通は可能だろうけれど、確実に不思議がられるし、最悪不審がられるだろう。
情報収集を優先したい私としては、十分な知識を得るまでは、人間達の都合に合わせて余計な混乱や騒動を起こさずに、スムーズに情報収集を行いたい。
一つの言語の発音を覚えれば、後はその言語を元に他の言語を学んで行けば良い。
0を1にするのは大変だが、1から先に増やしていく事はそこまで難しい事ではない筈だ。
『それだけで、そんな事だけで良いのかい?私ならば、貴女が欲している瞳を目立たなくする魔術や、道具を別空間に仕舞うことの出来る『収納』の魔術を教える事も可能だよ?』
「勿論、それらの魔術の知識は欲しいとも。だが、書物を読み漁っていてね、私は知らない事を自分で知っていく事に楽しみを覚えたんだ。それらの魔術も、人間達の国へ向かう前に身に着けるつもりだよ。それに私は、一人では無いからね。」
『なるほど。お礼と言っておきながら楽しみを奪ってしまえば、それは礼では無く仇だ。余計なおせっかいをするところだったね。』
「魔術に関しては自分達で何とかできるだろうけれど、言葉の発音に関しては全く手掛かりが無いからね。現地で聴き続ければ覚えられるだろうけれど、可能な限り人間達と関わりは、スムーズに行えるようにしたいんだ。」
『そういう事であれば、その思いを尊重しよう。また、貴女から聞きたい事があれば、その都度答えるとしよう。』
何とも律儀で義理堅い神だ。彼は誰に対しても今回のような対応をするのだろうか。それとも、私が大した事では無いと思っているだけで、彼の要望はそれ相応の対価を支払えるほどの事だとでも言うのだろうか。
いや、今はいい。考えるのは、実際に人間達や魔王と関わってからにしよう。今はティゼム王国の言語の発音だ。
その後、私は天空神・ルグナツァリオからティゼム王国の言語、その発音を一通り教わった。
彼の教え方が良かったのか、私の声帯が、想像以上に高性能だったのかは分からないが、日が沈むころには私はティゼム王国に住まう者達と問題無く会話できるようになっていた。
「それでは、私はそろそろ皆の所に帰るとするよ。この時間まで帰っていないと、流石に心配されているかもしれないからね。」
「ああ、一応、彼等には貴女の無事を伝えているけれど、得体のしれない存在からの連絡に、少し戸惑っているようだね。」
現在、私達はティゼム王国の言語で会話をしている。彼には、今後のための予行演習に付き合ってもらっているのだ。
いや、それよりも、私の知らないところで彼は、あの子達に私の現状を伝えていたらしい。有り難い事ではあるのだ。だが、しかしだ。
「出来れば、そういう事は事前に私にも伝えてほしかったな。」
「いや、済まない。良かれと思ってやったのだが、貴女は発音を覚える事に夢中になっていたし、私自身が思い立ったらすぐに行動してしまう質でね。」
「貴方、それで何度も仲間や友に咎められていない?」
「はははっ、流石に分かるか。そうだね。これは私の悪い癖だ。善処しようとは思っているのだがね。」
おそらく、とてつもなく古くから、もしかしたらこの星に来る前から、彼は思い立ったら他者から意見を聞かずに行動していたんじゃないだろうか。
そして、それが原因で、相当な騒動や混乱も起きていたのかもしれない。
そう考えると、知った仲では無い筈なのに、彼の仲間や友に同情してしまうな。
彼は、永い年月を生きてきただけあって、成熟した壮年のような雰囲気を漂わせているが、それでいて時に若さ、もっと言うならば幼い子供のような印象を受ける事がある。
尊敬も感謝もしているが、彼が仲間や友に小言を言われている所を想像すると、彼に対して呆れに近い感情を抱いてしまうな。
「私が十分な知識を得たら、その時にはまた、得られた知識の答え合わせという形で、貴方と会話をしてみたいな。」
「それは実に魅力的な提案だ。その時を心待ちにしているよ。」
さて、連絡をしているとはいえ、皆をあまり待たせるものでは無い。天空神・ルグナツァリオに別れを告げて、家に帰ろう。
家に着いた時には、皆で揃って迎えられた。"ヘンなの"を捕まえて破壊した後、ルグナツァリオとの出会いにについて説明したら、とても驚かれた。
"楽園"にはルグナツァリオに関しては、そういう存在がいると伝わっていたが、詳しい情報は碌に無かったらしい。
そんないるかどうかも分からなかった存在から突然思念を送られてきた事で、広場にいた皆はかなり混乱したそうだ。
私の無事は伝えられたが、それでも心配だったのだそうだ。皆が心配してくれたことが、ただただ嬉しい。皆には深く感謝の言葉を伝えた。
あまり連絡が行かないと心配をされるというのであれば、ティゼム王国へ向かう前に瞳を目立たなくする魔術、道具を別空間にしまう『収納』の魔術に加え、ルグナツァリオが行ったような、長距離での連絡手段を可能にする魔術も開発しておくか。
皆にその旨を伝えて、今日の所は寝る事にしよう。明日からは残った書物の読破に加えて、魔術の開発、それから少しづつで良いから"ヘンなの"の解体と解析を行っていくとしよう。やる事が山積みだ。
そうして今、私は入手した人間達の書物を読み終えた所だ。
やはり、どのような形であれ記憶媒体というものは素晴らしい。それ一つあれば、大勢に知識や情報を伝える事が出来るのだから。
今後、大切にしていかないとな。
人間達の書物から得られた知識には、ティゼム王国の首都を中心とした、"楽園"までの距離を半径にした地図があったのは、非常に有り難かった。
日記の内容から、大体のティゼム王国の方角に当たりを付けていたので、時間を掛ければいずれ国にたどり着くとは思っていたが、この地図のおかげで時間を掛けずにティゼム王国までたどり着く事が出来る。
そして、人間達の種族についても、少しではあるが知識を得る事が出来た。
ルグナツァリオが言っていたように人間と言う種族は多種多様だ。二足歩行であり、毛皮や鱗に覆われていないむき出しの肌を持つ事が特徴ではあるが、その形状は種族によって実に様々だと言わざるを得ない。
まず、人間の中でも最も個体数が多い"
他の種族と比べてこれと言った長所がほとんど無い代わりに、苦手とするものも無い種族だ。そのため、人間の能力を見る際の基準にされる事が非常に多い。
また、数少ない長所に、人間達の中では最も適応能力が高いと言われている。
人口が最も多いため、どこかの国では庸人至上主義などと言う思想を持つ者もいるそうだ。
次いで個体数が多いのが、"
大抵は獣の耳と尻尾を持つ者が多いが、鳥の因子を持つ者には背中に翼を持ち、その翼で飛行も可能なのだとか。五感に優れ、高い身体能力を持っている。獣の因子を持つ者は、漏れなく獣人の枠に入るため、最も種類の多い人種でもある。
その他には、森林の様な植物、特に樹木が豊富な環境を好み、魔力が生まれつき高く、長くとがった耳が特徴の"
線の細い体つきをしている割合が非常に高く、膂力に関しては、獣人はおろか庸人にも劣るが、先程述べたように魔力が高く、また寿命も非常に長い。
庸人と獣人の寿命はほとんど同じだが、妖精人は彼等の10倍以上は生きると言われている。そのうえ、成人してから容姿にほとんど変化が起きないため、庸人からは羨まれる事が多いそうだ。
森林に好んで暮らす種族がいれば洞窟などの穴倉での生活を好む種族もいる。"
彼らの体は他の種族に比べ身長と頭身がやや低い。見ようによってはずんぐりむっくりした体形に見えるかもしれない。しかし、彼等は筋肉が非常につきやすい体質をしていて、頭身が低いためか体幹も強い。その膂力は獣人すらも上回るほどだ。
彼等は生まれついての職人であり、加工技術に非常に優れているらしい。
種族全体で酒好きな者が多く、寿命も妖精人ほどでは無いにしろ庸人よりも長い。
妖精人や窟人とは反対に、特定の場所に留まる事を好まない種族もいる。そういった者達は、大抵"
手先が非常に器用で、楽観的な者が多いのも特徴だ。妖精人と同じく外見がある程度成長してからは生涯変化が無いらしく、その見た目は庸人の子供とあまり変わらないそうだ。
その他にも複数の種族がいるらしいが、手持ちの書物には詳しく記されてはいなかった。だが、これだけ分かっただけでも、十分すぎる収穫だ。
彼等は、外見的にも特徴的にも大分違いがあるけれど、彼等をひとまとめにして"人間"、あるいは"人類"と呼ばれている。基本的に種族によって差別をするような事は無いようだ。
いや、書物によれば過去にはあったらしいが、そういった輩は、総じて神によって滅ぼされたらしい。
まぁ、ルグナツァリオは、必要以上に命を奪う者を罰したと言っていたし、そういう事なのだろう。人種間での大きな問題は無いと考えてよさそうだ。
さて、書物を読み終わる少し前に、私は自身の瞳を目立たなくする『瞳膜』と、大量の物体を別空間に送る『収納』、そして遠くの者と連絡を取り合う『
これに関しては書物の中に、魔術に関しての記述を主に記された物があったのが非常に大きい。つくづく書物、記録媒体というのは素晴らしいものだ。
"ヘンなの"の解析はまだまだ終わっていない。だが、"ヘンなの"の解析は別に急ぐものでもないだろう。続きは帰って来てからでいい。
私が人間達の国へ、ティゼム王国へ行くために必要な情報と魔術は全てそろったのだ。今すぐにでも飛び立ちたいが、もう少しだけ我慢する。
皆も一緒に行ければ私としては言う事は無いのだけれど、流石にそうはいかない。
この子達の魔力量も密度も、"楽園"の外の者達にとってはあまりにも巨大すぎるからな。
フレミーやウルミラ、ラビックならば魔力を隠せるが、どう見たって、この子達は希少な存在だ。面倒ごとや混乱を避けるためにも私一人で行く事にする。
「きりよく、来月の一日目に出発しよう。"楽園"の外へは一ヶ月間滞在しようと思っているよ。何かあれば『通話』で連絡を入れるね。」
〈ノア様!目覚まし用の板はちゃんと用意してある!?〉〈私達いっしょに行けないから、自分で起きなきゃ駄目よ!?〉
〈姫様。無いとは思いますが、姫様が留守中にまたドラゴンや"ヘンなの"の様な輩が"楽園"来た場合はいかがなさいますか?〉
目覚まし用の板か。使用してからたったの二回でその役目を終えてしまったが、こうして再び使う時が来るとはな。何だか感慨深いものがある。
そしてラビックから私が居ない間の事を聞かれた。『通話』で連絡をもらって"楽園"に戻るのも良いかもしれないが、もっと良い方法を私は書物を読んでいる最中に思いついている。
「それに関しては、ちょっと思いついた事があるんだ。」
〈と、言いますと?〉
「空から入って来るから対応が出来ないのなら、空から入ってこれなくしてやれば良い。"楽園"の境界の樹木よりも高い場所から"楽園"を包み込む壁、『結界』を張って来るよ。」
〈それならば、空からは入ってこれず、地上から"楽園"に入るしかなくなるな。〉
人間達が"楽園"の恵みを享受する事を拒むつもりは無い。好きなだけ、と言うつもりも無いが、欲しければ取って行けばいい。
そのために、地上からは"楽園"に入れるように樹木を越える高さから『結界』を張る事にしたのだ。
皆も私の考えを歓迎してくれたようなので、早速『結界』を張って来るとしよう。『結界』の魔術は書物を読み込んでいる間に習得済みだ。私が魔力を色分けせずに使用すれば、滅多な事では解除できないだろう。
とある日、『結界』を張り終えて来月の一日を待っていると、その晩、フレミーから声が掛かった。
〈ノア様。ひょっとして、
「?この格好のまま?角と翼は仕舞うよ?」
〈そうじゃなくて、服だよ。多分、私の作った服、人間達には目立つと思うの。それと、靴も履いておかないと多分目立つよ?〉
そうだった。着心地がとてもいいから、すっかりそのままティゼム王国へ向かおうとしていた。
どうしようか?面倒だが、時間はある。以前みたく木製の布を作ろうか。
〈安心して。人間達の国へ向かうために、人間の衣服を一度糸の状態に戻して、ノア様の体に合うように仕立て直してあるの。〉
「ありがとう、フレミー。自分では万全だと思っていたけれど、まだまだ見通しが足りないね。」
〈こっちの靴も、ちゃんと履いてね。これも人間の靴をノア様の足に合うように作り直したの。〉
そう言って、フレミーが三着の衣服と革製の靴を私に手渡してくれる。普段の私の服は、尻尾や翼を出すために、後ろ側が大きく開いている。
当然、その分、布地の量は少なくて済む。それに、動き易さを重視させてもらっているので、尚の事布面積は少ない。
一着の人間の衣服が三着の私の衣服になったのは、そのおかげだろう。
私から見て違和感のない仕上がりになっている所を見るに、フレミーのセンスは相当なものだ。
早速服に袖を通してみる。流石にフレミーの服を着慣れているため、着心地が良いとは思わないが、悪くも無い。しばらくはこれで我慢するとしよう。
靴も履いてみたのだが、今まで裸足でいたためか足首から下を全て包まれていると窮屈に感じてしまう。だが、これも人間達の国でスムーズに行動するためには必要な事なのだろう。此方に関しても我慢だ。
ともあれ、これで本当に準備がすべて整った。後は、出発の日を待つだけだ。今日は皆に囲まれてグッスリ眠ろう。
出発当日、コツリと私の頭に固い物がぶつかる感覚で目が覚める。目覚まし用の板は問題無く効果を発揮出来ているようだ。
板を『収納』でしまい、家から出る。既に皆、私が家から出て来るのを待っていたようだ。
〈ノア様!美味しい物いっぱい持って帰って来てね!〉〈美味しい物の作り方をいっぽい知ってきて欲しいわ!〉
〈おひいさま。心配は無いかもしれませんが、どうかお気を付けて。〉
〈留守の間の事は我等に任せておくと良い。〉
〈姫様の旅先が幸多くある事を、ルグナツァリオ様に祈ります。〉
〈ご主人!美味しそうな物もだけど、面白そうな道具も持って帰って来てね!〉
〈私は人間達の作るお酒と服に興味があるな。ノア様、お願いできる?〉
「皆の欲しい物、ちゃんと調べて持ち帰って来るよ。それじゃ、往ってくる!」
出発の挨拶をして、皆に見送られながら、私は垂直に飛び上がり、翼によって更に上昇していく。そのまま結界の境界まで到着すると、結界に手を触れる。
良し、結界はちゃんと機能しているようだ。
魔法を用いて結界の構造を破壊せずに結界に穴を開け、私が通れる広さまで穴を広げ、結界の外に出たら再び穴を閉じる。
この場所からは、まだティゼム王国を目視する事は出来ないが、その場で魔術で起こした風を翼で受けて滞空しながら、ティゼム王国の方角へ体を向け、その先を見据える。
人間達の国では、どのような体験が出来るのだろうか。どれほどの知識を、技術を身に着ける事が出来るだろうか。期待に胸が膨らむ。
皆を広場に残してしまう事に、一ヶ月間、一人で行動する事に対して不安や寂しさを感じてはいるが、それ以上に、これから得るであろう、ありとあらゆる体験が楽しみで仕方がない。
翼指の先端を背後に向け、翼指の孔から一気に魔力を噴射させる。
さぁ、人間達の国へ往こう!!
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