閑話 "彼女"に対する反応6

 アドモゼス歴1482年 羊の月1日 時間は午後六時をやや過ぎたぐらいだ。


 外国から取り寄せた魔境の素材図鑑を読み耽っていると、若手の中では最も優秀なギルド職員であるエリィから報告が入ってきた。


 「失礼します。あの、ギルドマスター。規格外の竜人ドラグナムが新たに冒険者に登録されました。」

 「規格外、というのはどの程度の規模かな?"上級ベテラン"、それとも既に"星付きスター"級?なんにせよ、初めて登録した希少種族であるなら、冒険者ギルドのルールもよく分かっていないだろう。根気よく説明をしてあげると良いよ。」


 いかに規格外と言えど、このイスティエスタは世界で最も"楽園"に近い都市だ。

 それはつまり、手練れの冒険者達が数多く集まる街という事でもある。多少腕が立つと言っても、"楽園"で活動し続ける彼等ならばどうとでもなるだろう。


 尤も、今は例の"光の柱"の騒動が収まり、以前のように"楽園"で採取が行えるようになったため、待機状態となっていた手練れの冒険者達は軒並み"楽園"へと向かっていて不在なのだが。

 まぁ、いざとなったら私が動くとしよう。若手に正体がバレる危険性があるからなるべくなら避けたい手段なのだがな。

 竜人という種族は、ドラゴンの因子を持つためか気性が荒い者が多い。エリィには少々酷かもしれないが、彼女の能力を信じよう。


 「それが、えぇっとですね?あの人とても温厚で、積極的に分からない事は聞いてくれますし、頭もとても良いみたいで、ルールを説明したらその意図まで理解してくれるんです。」

 「ふむ。希少種の竜人の中でもさらに珍しい事だな。その上で規格外、か。改めて聞くけれど、具体的にどれほどの実力なのかな?」


 エリィは他者の、魔力を含めた能力を把握する能力が非常に優れている。それ故に依頼を受注してきた冒険者に的確な依頼を斡旋していくため、彼女が担当した冒険者は依頼の達成率が非常に高い。

 エリィが冒険者達からの人気が高い理由の一つだ。

 彼女は新たな冒険者をどの程度の者として捉えただろうか?それによって対応を考える必要があるな。


 「あの人の実力は、すみません。正確に測る事が出来ませんでした。ただ、間違いなく"一等星トップスター"級です。」

 「・・・・・・そうか・・・・・・。エリィ、その冒険者が素材を持ち込んできた時は、私の査定室に連れて来てくれ。」


 まさかの"一等星"級だったとは。だとすると不味いな。もしも不興を買って暴れられでもしたら、私でも止められないかもしれない。その冒険者への応対はなるべく私が直接行うべきだな。

 まさか、手練れの冒険者が軒並み不在の時にこんなイレギュラーが発生する事になるとは・・・。


 いや、ここは素直に喜ぶべきだろう。全くの無名の竜人がこの街で冒険者となったのだ。これ自体は間違いなく有益な事なのだ。

 善良な性格でしかも頭も良い。それで"一等星"級の実力ならば、そう時間を置く事なく"楽園"で活躍してくれるだろう。


 我々は、つい最近あまりにも大きな損失をしたばかりだ。優秀な冒険者が加入してくれるのは、この上なく有り難い事だ。

 エリィならば応対を間違えるといった事も無いだろう。後は、私がミスをしなければ良いだけだ。


 その冒険者のランクが低いからとちょっかいを出す連中がいるかもしれないが、それで痛い目を見ても自業自得だ。多少の事ならば黙認してしまおう。

 少々不安もあるが、全体で見れば喜ばしい事の筈だ。だが、エリィの表情は最初からあまり明るいものでは無い。何か問題があるのだろうか?


 「分かりました。それと、その人なんですが・・・あまり冒険者として活動する気が無いそうなんです・・・。」

 「・・・どういう事だ?それだけの実力があると言うのに・・・では、何のために冒険者登録を・・・?」

 「その・・・身分証が欲しかったんだそうです。」

 「・・・・・・そっかぁ・・・。分かった。応対には、十分気を付けるとしよう。エリィ、君の方は大丈夫そうか?」

 「はい。あの人にとって不愉快な相手にはかなり辛辣なようですけど、大怪我を負わせるような人ではないみたいですから。一般的に失礼と判断されるような態度を取らなければ大丈夫な筈です。」

 「そうか。報告、ご苦労だったね。戻って良いよ。」

 「はい。失礼しました。」


 エリィが退出した後、私は大きなため息を吐き出さずにはいられなかった。

 正直、頭を抱えたくなる事態だ。まさか一番扱いづらいタイプだったとは・・・。一気に心労が増えたような気がしてならない。


 "一等星"の冒険者は大まかに分けて三種類のタイプの者に分けられる。


 一つは冒険者よりも騎士を目指した方が良かったんじゃないかと思えるほどに、誠実でお人好しなタイプだ。

 困っている者がいれば率先して助けるし、冒険者としての稼ぎも自分のためだけでなく家族や友人、恋人等、親しい者のために使う事は勿論、困っている者達のためにも使う事が多い。冒険者ギルドにとっては最も有難いタイプだな。


 一つは、とにかく物欲に従順なタイプだ。やや粗暴な面があり、自分の稼ぎに執着しているので、他者のために動く事は滅多にない。

 だが、依頼は積極的に受け続けてくれるため、"楽園"に最も近いこの街にとっては、最も資源を提供してくれているタイプの冒険者でもある。


 そして最も厄介なのが、完全な気分屋タイプの冒険者だ。善悪関係無しに、とにかく行動が予測できない。

 それでいて能力がずば抜けて高いせいで、何をしでかすか分からないのだ。

 気が向けば破格の条件で依頼を受けてくれるが、気が乗らなければ例え相場の十倍以上の報酬を提示されたとしても、依頼を受ける事が無いだろう。

 しかもこの手のタイプは総じて勘が良い。先手を打とうとしても、いつの間にかいなくなっていたり、逆に先手を打たれている場合が極めて多いのだ。


 新しい冒険者は、間違いなくこの最も厄介な気分屋タイプだろう。本当に気を付けて応対しなければ、下手をすれば街に多大な被害を出しかねない。

 王都にいるアイツのように、私も胃薬を用意しておくべきだろうか?


 冒険者として登録されているのならば、マスター権限でギルド証の内容を確認できる。確認してみようか。


 名前はノア。魔力色数は二色。色は緑と紫。種族は竜人・・・ん?何だ?種族の部分だけ魔力の反応に何か、ほんの僅かにだが違和感を覚える。

 この違和感の正体が何なのかは分からないが、まさか種族を詐称しているとでも言うのだろうか?

 もしそうだとして、可能なのか?そんな事が・・・。今までにギルド証を偽装できた者など、一度たりとも現れた事など無い。

 当然、前例が無いからと、その可能性を否定するほど愚かでは無いが、ひとまずは桁外れの力を持った竜人として判断して良いだろう。その実力は十中八九私を上回ると考えて良い。十分に警戒しておこう。


 後は、胃薬と頭痛薬だ。やはり一つずつ購入しておこう。



 翌日。採取依頼を終わらせた例の冒険者、ノアが査定のために私の査定室を訪れる事となった。

 直接この目で見るのは初めてだが・・・さて、どのような人物だろうか?

 念のため、どのような驚愕する事態があっても良いように感情抑制の魔術を自分に施しておこう。



 自分の用意周到さを心底褒めちぎりたいと思ったのは、長い人生でこれが初めてじゃないだろうか。一目見て理解する事が出来た。



 人間では無い。



 外見は間違いなく竜人のそれである。それも、街中で見かければ誰もが降り向いてしまうほどの美貌の持ち主だ。私には最愛の妻、エネミネアがいるからそういった心配は全く無いが。

 ダンダードは・・・駄目だな。おそらく一撃だろう。

 だが、そんな美しい竜人の女性にしか見えない彼女から感じられる気配は、人間のそれではない。そして魔族ですらない。最も彼女に相応しい種族を答えるのであれば、それは―――


 ドラゴン。この世界の最強種として君臨している魔物のそれだ。 


 もしも感情抑制の魔術を事前に施していなかった場合、恐怖のあまり咄嗟に攻撃してしまっていたかもしれない。そうなれば、間違いなく私はおろかこの街は終わっていた。

 これも一目見て分かったが、彼女の実力は"一等星"どころの話ではない。例え私が全盛期の状態でかつ、嘗ての一行パーティが同様に全盛期の状態で全員揃っていたとしても、あっさりと全滅してしまうだろう。

 それほどまでに桁違いの力を感じられた。


 だが、なるほど。彼女が自身の種族を偽装したのも頷ける。

 どうやったのかはまるで分らないが、彼女は自分が人間では無いと認識した上で、人間としてこの街に入ってきたという事だ。ならば、種族がハッキリと分かってしまう事態を避けるのは当然の事だ。

 とにかく、彼女の不興を買う事だけは何としても避けなければ。下手をしたら国が滅びる。やはり胃薬を買っておいて正解だった。


 僥倖な事に彼女は今のところ、我々人間に対して友好的な付き合いをしてくれるらしい。

 いきなりガラスの容器を製作する魔術が使用できると言われた時は、感情抑制魔術が許容できなくなるほどまで興奮してしまったが、彼女は何とその魔術をその場で披露してくれたのだ!

 まぁ、それ以前に手ぶらの状態から複雑に改良された『格納』を、何の事も無いように使用して納品物を取り出して来た時点で、我々人間とは隔絶した魔術の使い手である事は分かってはいたのだが。


 使用された魔術はあまりにも複雑多岐な構築陣をしていて、その魔術難度は上位魔術を遥かに上回る。

 何故こんな魔術を事も無げに使用できるのか、まるで理解が出来ない。

 しかもこの魔術、ただガラスを生み出すだけの魔術ではないようだ。

 どのような効果なのかまるで理解できないまま、ガラスの容器が五つ一度に出来上がってしまった。

 頭がどうにかなりそうだった。頭痛薬も買っておいて本当に良かった。


 ノアの目的は一体何なのだろうか?彼女は無償でこの魔術の解説をしてくれると言うのだ。是非ともお願いすると、簡単に口頭で説明されただけでは、とてもでは無いが覚えられるような魔術では無い事が分かった。

 指名依頼を出して本格的に魔術を教えて欲しいと願えば、彼女は二つ返事で了承してくれた。


 一部のドラゴンを始めとした、知能を持った魔物達の中にも、人間に対して極めて友好的な魔物はいくつか存在しているのだが、彼女もそういった類なのだろうか?

 とにかく、彼女の不興を買わなければ、街にとって非常に有益であるのは間違いない事が確認できた。ギルドの職員達には、くれぐれも彼女への対応を間違えないように注意しておこう。


 と、思っていたら一時間もせずに彼女が再びこの部屋を訪れて来た!何でも、先程と同じ依頼を片付けてきたらしい。


 速過ぎだっ!こっちは貴女への対応を考えようとしていたところなんだっ!こんな短時間で来られてしまったら、その時間も無くなってしまうじゃないか!

 確かに、私は指名依頼を出したいからなるべく早く"中級インター"に成ってくれとは言った!だが、これはあんまりだろう!?少しは手加減してくれっ!

 というか、手加減してこれなのか・・・?規格外が過ぎる・・・。念のためもう一セット胃薬と頭痛薬を買っておこう。彼女は確実にこの街にいる間に様々な事を無自覚に、そして盛大にやらかす。

 しかも、今後も今回と同等のペースで依頼を片付けてくると言ったのだ。こんな事、上にどう説明しろというのだ・・・。


 間違いなく、間違いなく有り難い事ではあるのだ。しかし限度というものがあるだろう!?だと言うのに彼女は今のペースを落とす気が無いらしい。まさか、この年になって特大の問題児を抱える事になるとは・・・。

 家に帰ったらミネアに慰めてもらおう。だが、その前にまずはミネアに連絡しておかないとな。


 査定室から出て、普段は碌に使用していないギルドマスターの執務室へ移動する。通信設備が私の査定室にあればこんな面倒な事はしなくて済むのだが、生憎と設備が大きすぎて移動が出来ない。通信を行うには、不便で仕方の無い執務室へ移動する必要がある。


 執務室の家具は、何もかもが矮人ペティームの私にとって大きなサイズで使いづらい事この上ないのだ。家具を変えられれば良かったのだが、生憎と認められていない。自分の都合で家具を変更するのも職権乱用に当たるからな。私の我儘で家具を変更する事は出来ない、というわけだ。


 通信設備を起動させて妻であるエネミネアに連絡を取る。起動してから一秒も経たずにミネアは私の呼びかけに答えてくれた。


 「ハァ~イ、ダーリーン、どうかしのぉ~?もしかしてぇ~、甘えたくなっちゃったのかしらぁ~?」


 愛する妻の、蕩けるような甘い声が耳に響いてくる。彼女とは長い付き合いだが、何時聞いても私にとって、この声に勝る甘美な音は無いと自覚している。


 「正直、軽口で返せるものならばそうしたいのだけれど、今は本気で君に甘えたいところだよ。」

 「まぁ~っ!?ダーリンから甘えたいって言ってくれるなんてぇ~っ!?いつ以来かしらぁ~っ!?良いわぁ~!帰って来たらぁ~、たぁ~っぷりと甘えて頂戴ねぇ~!」


 いつもは彼女に甘えないようにはしているのだが、いい歳をした私だって疲れた時に子供のように甘えたい時ぐらいある。

 ミネアはそんな私を喜んで受け入れて甘やかしてくれた。本当に掛け替えの無い女性だ。生涯、彼女以上に愛する人はいないだろう。


 話がそれてしまった。ミネアにノアの事について話しておかなければ。

 ミネアは聡い人だ。私が理由も無く人に甘えたがらない性格だと知っている。その私が今回は甘えたいと言ったのだ。その理由を尋ねてくる。


 「それでぇ~、ダーリンはぁ~どういう理由でぇ~、私に連絡してきたのかしらぁ~?結構な緊急事態よねぇ~?」


 さて、ミネアにどこまで話そうか。ノアが人間では無いと判断したのは、あくまで私個人の感覚に過ぎない。おそらく、他の者がノアを見ても強い力を持った竜人にしか見えないだろう。ノア自身もそれを理解しているように見える。

 果たして、私がいたずらにノアの正体について吹聴して良いものだろうか?彼女が人間では無いと知れ渡り、その原因が私だと知られた場合、確実に彼女の不興を買う事になるだろう。そんな事があってはならない。


 ひとまず、ミネアには彼女の種族については黙っておこう。ノアの人となりを判断するのは、もう少し彼女と関わってからするべきだ。


 「ミネア、落ち着いて聞いて欲しい。昨日登録した竜人の冒険者が、魔術でガラスの容器を製作した。」

 「えっ・・・?魔術で・・・?ダーリンが冗談を言うわけないし、それって、とんでもない爆弾案件じゃない・・・。その魔術は実際に見せてもらったの?」

 「ああ・・・。一見しただけでは、どうやっても真似できそうもないような複雑多岐な構築陣だったよ。気前よく説明までしてくれたのだが、ザックリとした口頭ではまるで理解できなかった。そこで、正式に魔術の解説の指名依頼を出したい旨を伝えておいたよ。しかも早速昇級するために行動を開始してくれている。魔術師ギルドからの指名依頼という事にするつもりだが、構わないね?」

 「流石ね、ダーリン。ええ、是非とも魔術師ギルドから指名依頼を出させてちょうだい。それにしても、その竜人って何者なの?そんな超高等魔術を気前良く解説してくれるなんて・・・。ダーリンの口ぶりからして、目の前で事も無げに披露してくれたのでしょう?独占すれば大富豪間違い無しじゃない。」

 「かなりの気分屋、だね。どうもこの街には旅行で来たらしい。直接会ってみて分かったのだが、ハッキリ言って現役の"一等星"の冒険者達がまるで相手にならないほどの力を持っている。彼女の逆鱗に触れてしまった場合、一人で容易にこの国を亡ぼしてしまうだろう。」

 「・・・・・・ねぇダーリン、その人、本当に人間?」


 エネミネアに聞かれて僅かに言葉が詰まる。

 人間では無い、と答えてしまうのは容易だ。だが、その結果ノアの機嫌を損ねた場合の損失は計り知れないものとなるだろう。

 私の口からは言えない。ミネアに察してもらうしかないだろう。


 「その判断は彼女ともう少し応対する必要があるだろうな。幸いな事に、彼女は指名依頼を受けられるようにするために"中級"に昇級する事に積極的だ。明日も複数回応対する事となるだろう。確信が持てたら、君に伝えるよ。」

 「分かったわ。ふぅ・・・ダーリンが甘えたくなるのも無理が無いわね・・・。帰って来たら目一杯慰めてあげる。頑張ってね。愛してるわ。」

 「私もだよ。それではミネア、また家で。」


 彼女は何者なのか、か・・・。

 直感で彼女はドラゴンだと判断したが、ならば彼女は、あのドラゴンの巣窟と名高い、大魔境"ドラゴンズホール"から来たとでも言うのだろうか?

 いや、その可能性は低いな。"ドラゴンズホール"に住まうドラゴン達は人間を忌み嫌い、見下している。

 人間と酷似した姿を持つ彼女が、あの場所にいたとは思えない。それに、ここから"ドラゴンズホール"までにはかなりの距離がある。初めて街へ来て身分証のためにギルド証を得るのなら、もっと近場の街がある筈だ。


 では、彼女はどこから来たのだろうか?"一等星"の集団を容易に蹴散らせるほどの力を持つ可能性がある場所・・・・・・。


 っ!?


 最近、"あの場所"で何が起きた!?"あの場所"でティゼム王国は何をした!?


 彼等の"あの場所"での活動、彼等の報告の内容、そして彼等との連絡が途絶えてからおよそ一ヶ月・・・。


 まさか・・・まさか・・・まさかまさかまさかっ・・・・・・!?


 彼女は、"楽園の奥"から来たとでも言うのかっ!?!?

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