第96話 いざ、王都へ

 食事会から帰路に着き、エリィ達と別れてからは部屋に戻り、今日の残りの時間は読書に費やす事にした。

 勿論、トーマスの用意してくれる夕食はしっかりといただく。ただ、本の内容が気になるので、今日はハン・バガーセットを3セット注文するだけにしたが。


 読書中に今更ながら人間達が信仰している神々、つまりルグナツァリオやその同僚達について知る事が出来たのだ。

 人間達が信仰しているのは全部で五柱。彼等は五大神と呼ばれ信仰されている。

 彼等はそれぞれ天空神、深海神、地母神、煌命神、そして導魂神の肩書きで呼ばれている。


 天空神。言わずと知れたルグナツァリオの事だ。ただし本人が言っていたように人間達からは龍の姿では無く、人の姿として人々には知れ渡っている。

 常に空に存在し、人々を見守り続けているため、善良な者への苦境を救い、人間達の歴史の中で神罰を実行する存在だとも伝わっている。

 要するに[どんな時、どんな所でも天空神様が見ているから、悪い事をしたらすぐに分かるし、あまりにも酷いようなら懲らしめるぞ。その代わり、良い事をしたら苦しい時には助けてくれるぞ。だからどんな時でも善良でありなさい。]と言った感じの教えが広がっている。

 そのため、人間達からは最も慕われていると同時に恐れられている神でもある。

 まぁ、神罰を実行する存在であり、実際にその神罰で国どころか大陸全土が滅んだ事があるらしいからな。人間達ではどうしようもない存在だろう。恐れられるのは当然だな。


 人間達のルグナツァリオの認識は大体本人のそれと一致するな。ただ、随分と人間の都合の良いように解釈はされているが。先程の教えがいい例だろう。

 まぁ、そんな教義のおかげで信仰の厚い土地では治安が良いらしいのだ。悪い事では無いだろう。

 尤も、そんな教えが人間達の間で広く布教されていても悪事を働くものは絶えず存在している。

 ルグナツァリオは人間達だけの神では無いのだ。そもそも、彼が罰する対象は種族単位で多くの命を奪う者に対して執行されるようだからな。不正を働くだとか、個人を殺めると言った規模では動く事は無いだろう。

 私が直接話をした感じでは、そういった悪事もまた人の営みだと判断して見守っているように見えた。

 そんなわけで、神罰が個人に向けられる事などほぼ無いと言って良いのだ。それを知ってか知らずか、神罰を恐れずに悪事を働く者は後を絶たないようだ。


 そして本に載っていたルグナツァリオの姿絵を見た時に、この街に来た時に見た噴水の像の一つに、何故既視感を覚えたのか、その理由が分かった。あの像は五大神を模った物だったのだ。

 既視感を覚えた像は勿論、ルグナツァリオを模った物である。

 端正な青年の顔立ちに長い金色の頭髪。水色を基調とした衣服を着て、足元と周囲に雲を纏わせている。

 なかなか上手く擬人化できているのではないだろうか。ひょっとして、ルグナツァリオがこの姿で人前に現れた事があるのだろうか?

 シンシア曰く、神々は直接自分達の意見を伝える事もあるぐらいなのだ。あり得る話だな。今度会った時に確認してみよう。

 天空神の内容はこんなところか。


 深海神。名はズウノシャディオン。海の最も深い場所に住んでいて、水を司る神と伝わっている。

 水は人間だけでなく多くの命にとって生きていく上で大切な物質だ。そのためか、恵みの神とも例えられている。

 その名が示す通り海の神とも言われていて、主に船を用いて海に出る全ての人々から強く信仰されている。船旅の安全や大漁を願い祈る者が多いようだ。

 本に描かれた姿は、金色の三又槍を持った青い頭髪で、濃い髭を生やした褐色肌の壮年男性として描かれている。服装は人間からすれば大胆な事に股間部に布を一枚巻いているだけだ。

 非常に筋肉質な体型をしていて、その筋肉には何故か艶がある。深海にいるのに、何故筋肉に艶が描かれているのだろう?

 まぁ、あくまでこの本を記した人物が描いた内容だ。実際は人間の姿をしていないだろうし、気になるなら本人に聞いてみればいいだけの事だ。

 本に記されている通り、本当にこの星で最も深い海に居るのであれば、機会があったら行ってみるのも良いかもしれない。その時にはルグナツァリオに事前にズウノシャディオンに連絡を入れてもらおう。


 地母神。名はダンタラ。生物の先祖を創ったとされる女神だ。大地の神としても信仰されていて、土や石、金属に至るまでもがダンタラによって創られたとすら言われている。

 実際のところ、ルグナツァリオが言うには現在生きている生物の祖は、彼の同僚である五大神全員で行った事らしいので、彼女だけの功では無いのだが。

 神々は皆その事を人間達に伝えるつもりは無いらしい。


 そもそも、人間達は神々の言葉を正確に把握できているのだろうか?本を読む限りでは特定の才能を持った者、巫覡ふげきが神からのお告げを聞いて人々にそれを広めているらしい。

 だが、正直なところ人間達にルグナツァリオが使用していた『真言』を理解できるとは思えない。

 おそらくだが、神々の意思は漠然としたものとして受け取ってそれを自分なりに解釈したうえで人々に伝えているのではないだろうか。

 それならば、神々に纏わる話が私の知る内容とで齟齬がある事にも納得がいく。


 話がそれたが、ダンタラは地面に関係するすべてを司ると言われているため、この星の大地そのものだと言われて信仰されている神だ。当然、土にも関与するため農業の神としても信仰されている。

 その姿は長い赤茶色の髪をした壮年の女性だ。やや黄色い肌に白を基調とした厚手のローブを着込んだ姿をしている。

 そんな厚手のローブを着ていれば普通は体型など分からないものなのだが、本に描かれた彼女の胸部は、そんなものは関係ないと言わんばかりに膨らんでいる。この大きさは間違いなく現在私が知る中で最も大きな乳房を持つエネミネアよりも大きい。

 ダンタラもまた本来の姿は人間では無い筈だが、この姿は果たして人間達の解釈によるものなのか、それともダンタラの意思によるものなのか。少し興味があるな。

 とは言え、ズウノシャディオンと違い何処へ行けば彼女に会えるのかは分からないので、本人に確認する事が出来そうも無いのだが。

 ルグナツァリオに聞いたら答えてくれるだろうか?

 いや、こういったものは自分で見つけた方が達成感があるだろう。深刻な事態に陥っていて何としてもダンタラに会う必要がある。と言った事態でも無いのだ。気長に探してみるとしよう。


 煌命神。名はキュピレキュピヌ。命そのものを司る神だ。生物の祖を創ったダンタラと内容が被っているように思えるが、あくまでダンタラは創っただけである。

 感覚的に言うのであれば、緑の魔力が影響を与える生命エネルギーの大元の存在とも言えるだろう。

 怪我や病気の治療に加えて安産の際にも祈りをささげられている神だ。

 司る内容が五大神の中で最も漠然とした内容のためか、人間達からも詳細はあまり知られていないようだ。

 本に描かれた姿は半袖ハーフパンツ姿の緑髪をした、緑色の光を放っている少年だ。これまでの神々の表情が凛々しい表情なのに対して、キュピレキュピヌの表情はまさしく天真爛漫な少年と言った具合にとてもにこやかだ。この表情にはどのような意図があるのだろうか?

 詳細が記載されていないため何処にいるのかも分からい。彼にはどうすれば会う事が出来るのだろう。

 そうだ。巫覡は神々の言葉をお告げとして聞く事が出来るんだったな。私もお告げを聞く事が出来れば、どこに行けば会えるのか知る事が出来るのではないだろうか?


 そうなって来ると、私がやるべきはお告げを聞く方法の模索だな。

 今の所、この街の図書館にはそれと言った内容の本は確認できていない。

 王都の図書館で見つける事が出来ればいいのだが・・・。無理そうなら教会に勤めている巫覡に聞いてみるとしよう。


 最後に導魂神。名はロマハ。その名の通り魂を導く女神である。

 魔物を含めたすべての命には等しく魂が宿っている。命が尽きた時に肉体から魂が抜け、導魂神が魂を死後の世界へと導き、そこで生前の行動を清算されるとの事だ。

 普段は死後の世界に住んでいるため、死を司る神とも言われている。

 善行を積んだ者には褒美として安らかな一時を与えた後に恵まれた来世を、悪行を積んだ者には罰として苦痛を与えた後に厳しい来世を迎えさせると伝わっている。


 なお、来世を迎える際には誰であれ生前の記憶を抹消されるらしい。

 多くの人間達が勧善懲悪を良しとするのは、ルグナツァリオの教えだけでなくロマハの教えもあるからだろう。

 誰だって死んだ後にまで苦痛を背負いたくは無いだろうし、その後に待っているのが厳しい生活など、望む筈が無いだろうからな。

 人間達にとってはルグナツァリオが最も恐れられているそうだが、私から見た場合、ロマハの方がよっぽど恐ろしい神に見える。

 ルグナツァリオが執行する天罰はおそらく短時間で終わるだろうが、ロマハが与える罰は間違いなく永く続くものとなる筈だからだ。

 その姿は青白い肌に黒いワンピースを着たセミロングの黒髪をした若い女性だ。本に描かれた表情は全くの無表情をしていて感情が読み取れない。

 そもそも、魂を導く神だと言うのであれば、彼女は人前に姿を見せるのだろうか?普段は死後の世界に住んでいるとの事だし、他の神々以上に姿を見る機会が無いんじゃないだろうか。

 興味があるし、これも王都に着いたら調べてみるとしようか。


 さて、それはそうと当たり前のように死後の世界と言う単語が出てきているわけだが、その世界は実在するのだろうか?

 魂、は何となくではあるが理解できている。私もドラゴンを始めとしたそれなりの数の魔物の命を奪ってきているからな。

 命を終わらせた際に"何か"が肉体から抜けていく感覚が分かるのだ。おそらく、アレが魂なのだろう。

 いつの間にかその肉体から抜けて行った"何か"が感じ取れなくなっているのだが、まさか死後の世界へと行ってしまったから感じ取れなくなったのだろうか?

 そうなると"蘇った不浄の死者アンデッド"というのは、激しい未練や生への執着によって肉体から魂が抜けなかった者が、黒色の魔力を得る事で発生すると考えて良いだろうな。

 蘇った不浄の死者となる事、死した肉体に魂が居座り続けるのは、ロマハから見て罪深い事なのだろうか?その点も気になるところだな。


 うん、死後の世界とやらへはどうやれば行けるかなどまるで思いつかないが、いつかは生きたまま訪れてみたいものだな。ロマハに会う事が出来たら、是非とも相談してみよう。

 だが、生きたまま死後の世界へと行く事が悪い事であり、ロマハの怒りを買うような行為であった場合は素直に諦めよう。


 いやはや、ざっくりとルグナツァリオの同僚達を知る事が出来たが、一柱とは言え本物と直接会話をした事があると、他の神々にも会いたくなってしまうものだな。さぞ、面白い話が聞けるに違いない。


 私が明確にやりたい事が見つかった気がする。うん、決めたぞ。


 人間達の国は勿論、魔族の国、そして神々が住まう場所にも訪れてみよう!きっと、私ならばどこへ立って往けるはずだ!そうして多くの知己を得よう!

 それはきっと、巡り巡って私達、家の皆の生活をより良い物へと変えてくれるに違いない!俄然、やる気がわいてきた!


 神々の事を記された本を読み終わる頃には十二回目の鐘が鳴る頃だった。いつもならば寝ている時間だ。

 やる気に満ちて少し興奮してしまっているが、果実を食べて布団に入れば私の事だ。直ぐに寝付いてしまうだろう。


 果実を食べ終えて自分と衣服に『清浄ピュアリッシング』を施して布団へ入れば、そらみたことか。あっという間に私の意識はまどろんで眠りにつく事となった。


 ・・・・・・もしかしなくても、これ、私の弱点じゃないか?まぁ、いいか。寝ようとしている時に考える事じゃない。さっさと寝よう・・・。




 それからの二日間は本当に平和であっという間だった。

 シンシアに起こされ、午前は子供達に教会を案内してもらい、神々への祈りの作法を教わったり、市場へ連れて行ってもらい家の皆へのお土産になりそうな食料の加工品や調味料を結構な量購入させてもらった。

 結構な量購入したはずなのだが、これでも金貨一枚に満たない金額だった。

 昼には以前のように南大通りから昼食を買って公園で皆と一緒に食べて午後は魔力のレクチャーを行う事にした。

 あまり根詰め過ぎても、魔力や体力の消耗が激しくなってしまうので時折子供達には休んでもらって、子供達が喜んでくれた『我地也ガジヤ』によるガラス人形を使用して、娯楽小説の一節を再現した寸劇を見せたりもしていた。

 その際は目立ちすぎないように周囲を壁で囲っておいたりもした。


 私がこの街にいる時間も残り少ない事を知ると、やはりシンシア以外の子供達からは別れを惜しまれてしまった。

 この子達が納得するまでもうしばらく滞在する事になるかとも思ったが、驚いた事にシンシアが皆を諭してくれたのだ。


 「みんな!あんまりノア姉チャンを困らせるなよ!ノア姉チャンにはやりたい事がいっぱいあるんだぜ!」


 その言葉をきっかけに子供達は渋々と言った形であれど、納得してくれて、街を出る際には見送りをするとまで言ってくれたのだ。

 それにしても、シンシアからはかなり懐かれていたと自負していたのだが、別れを惜しまれる事が無かったとは・・・私の自惚れだったのだろうか。


 「ノア姉チャン、宿屋の娘を甘く見んなよ?どれだけの人数オレや店の皆に良くしてくれた人達を見送ったと思ってんだよ?それに、もうこの街には来ないってわけじゃないんだろ?次にこの街に来た時にも、またウチに泊まってくれよなっ!」


 なんとまぁ。私は大分愚かだったのな。シンシアは幼くして既に立派な宿屋の従業員だったのだ。

 私の自惚れでは無く、シンシアが言っていた通り、私が彼女を見くびっていただけの事なのだ。

 シンシアに対してとても失礼な事をしてしまったな。彼女の頭を優しく撫でながら謝罪しておこう。


 「済まなかったね。確かに、シンシアの事を甘く見ていたよ。シンシアはもう立派な宿の従業員だ。だけど、それでも貴女は冒険者を目指すんだね?」

 「モッチロンッ!オレもノア姉チャンみたいに強くなって、それでみんなを幸せにするんだ!」

 「俺もだぜ!」「僕も―!」

 「しょうがないからアタシも付き合ってあげるわ!」

 「冒険者には魔術師がいた方が良いからね。ボクも一緒だよ!」


 微笑ましいものだな。短い間ではあったが、この子達を見る限り、シンシアやテッドは勿論の事、他の三人も冒険者として十分にやって行けるだけの才能があると判断した。

 だとしたら、後はこの子達次第だ。願わくば、この子達が欲に飲まれず健やかに育って欲しいものだな。

 教会で覚えた天空神への祈りの作法を取り、ルグナツァリオへと願っておこう。



 『なかなかの無茶ぶりをするものだね。だけど、他ならぬ貴女の頼みだ。少しぐらいは目に掛けておくよ。』



 ・・・本当に思い立ったらすぐに行動に移す神だな。まさか祈りをささげた直後に返事が来るなど、誰が想像できるだろうか。

 彼の声は他の子供達には聞こえていないようだ。声を送る相手も選べるというのだろうか?便利な事だな。


 それから話は変わって、王都への移動手段なのだが、乗り合いの馬車で王都まで向かう事にした。

 子供達からの質問で、王都まではどうやって行くのか質問された時に、手っ取り早く走っていくと答えたのだが、クミィからそれでは詰まらない、と苦言されてしまったのだ。


 「王都までの時間はちょっと掛かるけど、乗り合いの馬車で行くのが一番よ!馬車からゆっくりと眺める街道の景色は最高なんだから!」


 との事だ。馬車で王都まで移動しようとした場合、およそ五日ほど掛かるらしいが、その五日間で見る景色はどれも絶景なのだそうだ。

 衣服や装飾などの芸術関連にて最も敏感なクミィが言うのだ。本を読む合間に楽しませてもらうとしよう。



 日が変わり、羊の月の9日。宿屋の宿泊契約が終わり、いよいよ王都へと向かう日がやってきた。

 馬車に乗る場所である馬車停泊所も乗るべき時間も昨日の時点であらかじめ聞いている。西門の前、午前の鐘六回目だ。


 シンシアに朝早くに目覚めさせされ、いつもよりも早く起きていたジェシカに挨拶をして、チェックアウトの手続きをしてからシンシア、ジェシカと共に余裕を持って馬車停泊所へ向かうと、そこには既に私を見送るために大勢の人が集まっていた。


 「ノア姉ちゃん!絶対、またこの街に来てくれよ!?」

 「今度会う時は、もっといっぱい遊ぼうねー!」

 「ノアさん!見てなさいよ!?アタシ、ノアさんみたいにすっごい美人になって見せるんだから!」

 「ノアお姉さん!ボク、立派な魔術師になって見せます!それで、ノアお姉さんが魔術書を渡してよかったって思ってもらうんです!」


 子供達がそれぞれに別れの言葉を告げる。四人共必ず再会する気のようだ。言われなくとも、再びと言わ、ずちょくちょく遊びに来させてもらうとも。


 「ノア、貴女の事は既に王都の冒険者ギルドのギルドマスターに伝えてある。向こうで浅ましい連中に無駄に絡まれる事は無いだろう。それはそれとして、彼は胃薬の常用者でね。出来れば手加減してやってくれると助かる。」

 「向こうの魔術師ギルドにも連絡済みよぉ~。でもぉ、あんまり指名依頼を出し過ぎて困らせたらダメって忠告もしておいたからぁ~、安心してねぇ~。」


 ユージェン。私が王都に着いた際、"中級インター"だからと侮られないように手をまわしてくれたようだ。有り難い事だな。

 そしてエネミネアの言葉は、何処か苛烈さを感じさせるものがあった。それこそ、私に指名依頼を大量に送った場合、エネミネアが直接王都まで出向いてきそうな勢いを感じさせられた。


 「ハッハッハッ!いやぁ、たったの一週間だと言うのに、怒涛の勢いだったねぇ!ノアさんのベルベット生地の衣装!是非ともお目にかかりたかったものだよ!」

 「ノアさん、ダンの言う事はあまり本気にしなくて良いですからね?ふふふっ、ノアさんはきっとあまり活動しないようにしようとするかもしれませんが、私の予想では、結局大きな事をしでかしてしまうと思いますよ?」


 ダンダード。相変わらず愛する妻が隣にいるのにも関わらず、私を含めた他の女性に視線が向かっているな。後でどうなっても知らないぞ?

 そしてタニア。私もそんな気がしてならくなるからあまりそういう事を言わないでもらいたいな。そういうセリフは行ってしまったが最後、実現してしまうのが世の常だと本で読んだばかりなんだ。


 「姐さん!本当にお世話になりました!オレ達、まだ魔術言語も覚えれてないっスけど、でも、ちょっとづつ文字の読み書きが出来るようになってきたっス!」

 「お姉様がいなかったらきっと私達、こんな風に毎日を充実した生活を送れていなかったです!」

 「僕達もいつか立派な冒険者になって見せますね!」


 トト達三人の冒険者。彼等との接点はあまりない筈だが、彼等からしたらそうでは無かったという事なのだろう。三人共、瞳が眩しい程に輝いて見える。

 自惚れでなく、この輝きを私がもたらしたのだと言うのであれば、それは私にとっての誇りだな。彼等が有名な冒険者になった時には、存分に彼等の事を自慢させてもらうとしよう。


 「ノアさん、王都の中央図書館はこの街とは比べ物にならないくらい広い図書館よ。存分に楽しんで着て頂戴ね。」

 「ノアさんには本当に感謝しています。それと同時に、苦労もさせられましたが。はぁ・・・不思議な話ですね。ノアさんに会ったのはつい先週だと言うのに・・・。こんなにも、寂しく感じてしまうのですから。ですから、必ず、必ずまたこの街に来て下さいね!?依頼を受注しなくてもいいですから!これで会えなくなるだなんて言わないでくださいよっ!?」


 エレノア、最後の最後で私の心を弾ませる情報を提供してこないでもらえないだろうか?王都へ着くまでの五日間がもどかしく感じてしまうじゃないか。

 エリィ、そんなに心配しなくとも、ちょくちょく遊びに来るとも。子供達だって我慢しているんだから、大人の貴女が涙を流していたら示しがつかないよ?ほら、頭を撫でてあげるから、泣き止もう?


 「エリィったら泣き虫なところまで変わってないんだから・・・。ま、私はノアさんがもうこの街に来ないだなんて微塵も思ってないわ!何せこの一週間、ハン・バガーセットを食べない日が一日も無かったんですもの。またふらっと食べに来る事ぐらい、簡単に想像できるわ!」


 ジェシカ、流石に私の事を良く理解している。言っておくけれど、私はそこまで食いしん坊じゃないぞ。本当にトーマスの料理が美味かったからあれだけの量を食べたんだ。その味が失われない限り、私はこの街に、あの"囁き鳥の止まり木亭"に通い続けるとも。


 「ノア姉チャン・・・。」

 「シンシア。我慢する事なんてないんだよ?シンシアはまだ子供なんだから、甘えて良いんだ。立派な宿の従業員だからって、別れを惜しむ客がいたっていいだろう?しばらくは会えなくなってしまうだろうけど、必ず会いに来て、宿に泊まらせてもらうから。その時はまた、朝起こしてくれるかな?」

 「うん!絶対、絶対泊りに来てくれよなっ!?毎朝起こしてやるぜ!」


 涙を堪えきれなくなったシンシアを、尻尾で手繰り寄せて抱きしめる。涙を見せないと宣言したのだ。落ち着くまではこの顔は皆の前に出さないでおこう。


 まさか、これほどまで別れを惜しまれ、そして見送ってもらえるとはな。ちょっと想像できなかった。彼等の気持ちに応えるためにも、必ずまたこの街に訪れよう。



 馬車が動き出した。ゆっくりとだが、確実にイスティエスタの城壁が遠のき、小さくなっていく。


 さて、王都へ着くまではとても時間がある。ゆっくりと読書をしながらクミィが絶賛していた街道の景色を楽しむとしようか!


 そう思って『収納』から未読の本を取り出したところで―――


 〈おひいさま。早朝に失礼いたします。今、よろしいでしょうか?〉


 ゴドファンスから『通話コール』が掛かってきた。何かあったのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る