第359話 予行演習
訓練場の中心に"ダイバーシティ"達を移動させて、他全員は彼等から100m以上距離を取ってもらう。
そして彼等を中心に半径100mを範囲に物理結界を展開する。これで周囲の被害を気にすることなく存分に暴れられる。
「ええっと…?い、言われるままに中央に来たのは良いんだけど…」
「嫌な予感がする…」
〈主!拙いですよ!外に出られません!絶対姫様は何かを召喚する気ですよ!〉
「この状況だと、そうとしか考えられないわよねぇ…」
ティシアやフーテンは察しが良いな。何を召喚するかまではまだ分からないようだが、どのような相手に囲まれても良いように警戒はしている。
このまま魔物を召喚して早速始めても良いのだが、流石に何をするのか伝えるべきだろうな。
そもそも、この場を貸してくれた騎士達にもこれから何をするのか、まったく説明していないのだ。
この場を貸してくれた騎士達のためにも、私が行うことを説明するとしよう。
「まずはまだ訓練の途中だというのに、私の我儘でこの場を貸してくれた騎士達に礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ。何やらこれから面白そうな余興をして下さるとのことですから。今後のためにも、勉強させていただきます」
訓練を中断させて訓練場を使用させてもらうというのに、彼等は寛大なことに、嫌な顔をしている者が一人もいない。
まぁ、私が要望を出したら、多少無理をしてでも応えようとしてくれているからなのかもしれないが。
とにかく、説明を続けよう。いい加減、"ダイバーシティ"達も不安そうにしているからな。
「ここにいる皆は、私に国の観光案内をしてくれている"ダイバーシティ"達が、私の友人であるリナーシェとどういった関係なのか、知っていると思う」
「ええ。彼等のことは良く新聞にも取り上げられていますから、有名ですよ。勿論、彼等にノア様が修業をつけたことも、リナーシェ様はご存知です」
「ともすれば、リナーシェは私とは勿論、彼等とも手合わせしたいと願う筈だ」
全員が首を縦に動かし頷いている。というか、リナーシェが新聞を用いてニスマ王国民へ私達と手合わせをしたいと、自らの気持ちを伝え広めていた。
「私としてもリナーシェが以前と比べてどれだけ腕を上げているか知りたいから、彼女との手合わせは心から歓迎するのだけど、"ダイバーシティ"達は違う。なにせ彼等とリナーシェの戦績は、全戦全敗だからね」
全員がこれまた静かに頷いている。若干同情の視線が混じっているのは、気のせいではないようだ。
リナーシェからの依頼、つまりは彼女との模擬戦を終わらせて街まで帰って来た"ダイバーシティ"達は、決まって疲労困憊の状態だと新聞に記載されていた。
勝つつもりではいると語っていたが、実際のところ"ダイバーシティ"達は、リナーシェに勝てるかどうか不安なのだ。というよりも、若干勝てないかもしれないと考えてしまっている。
「だけど、私は"彼等"に生半可な修業をつけたつもりは無い。私は、今の彼等ならばリナーシェに勝ってくれると信じている。それだというのに、彼等は未だにリナーシェに勝てるかどうか不安で仕方がないようなんだ」
騎士達の反応は、その殆どが薄く、判断ができないといった様子だ。
当然だな。騎士舎に勤めている騎士達は、まだ"ダイバーシティ"の実力を把握していないのだ。
騎士舎に勤める騎士達に混じって、センドー家の騎士も何人か確認できた。
彼等は"ダイバーシティ"の実力を理解しているから、私の言葉に深く頷いてくれていた。
彼等は"ダイバーシティ"達がリナーシェに勝てると思っているのだろう。
「そこで、私は彼等に自信を取り戻してもらおうと思う。その為に何をするのか?決まっている。リナーシェの強さを想定した状況で戦ってもらう。まずは強力な魔物との戦闘だ」
彼等のリナーシェに対する強さの評価は昼食時に聞かせてもらった。だから、その状況をこれから作り出すのだ。
結界内部に複数のグレイブディーアを召喚していく。
魔境の最深部でのみ確認されるような魔物が出てきたことに、流石の騎士達も驚きを隠せないようだ。
「グ、グレイブディーア!?」
「多いぞ!?何体出てくるんだ!?」
「普通に考えた場合、この状況に陥ったらその時点で死亡がほぼ確定してしまうぞ?彼等はどうするつもりだ…?」
召喚したグレイブディーアの総数は15体だ。もう少し数を増やしても"ダイバーシティ"達ならば勝利できるだろうが、それでは時間が掛かり過ぎる。
ヒローに夕食が遅くなると伝えはしたが、だからと言ってどれだけ遅くなってもいいわけではないのだ。ヒローからの信頼を裏切らないようにするためにも、あっけなく終わらせる程度の数にした。
当の"ダイバーシティ"達はというと、呆れや怒り、驚きの感情はまるで無い。自分達でこの状況を語っていたので、ある程度予想がついていたのだろう。
彼等はフーテンも含めて全員遠い目をしており、諦めの境地にでもいるかのような表情だ。
これまで騎士達に説明するために"ダイバーシティ"達からは背を向けていたが、振り返って彼等を見据える。
「今の貴方達ならばこれぐらいは問題無い筈だ。修業の成果をこの場にいる騎士達と、あの子達に見せてあげなさい」
私の言葉を合図とばかりに、グレイブディーア達が一斉に"ダイバーシティ"達へと襲い掛かった。
あまりにもあっけなく戦闘が終わってしまったため、全員が驚いている。
では、戦闘が終了して一番驚いているのは誰か?
意外なことに、それは実際に戦闘を行ったダイバーシティ達自身だった。
「ど、どうなってんだ…?グレイブディーアって、こんなに弱かったっけ…?」
「そんなはずはないと思うけど…」
「弱い個体を召喚してくれたってことはないわよね…」
彼等はもっと苦戦するものだと思っていたようだ。だが、結果は誰も碌にダメージを受けることなく完勝している。
彼等は驚きと共に困惑が隠せないでいた。
「とっさに求められる判断力が凄まじいな…それに、連携の練度が非常に高い。我々でも、2人で同じことをやれと言われれば可能ではあるだろうが…」
「小隊規模でアレと同じことをやれと言われたところで、今の我々にはできそうにないな…」
騎士達が"ダイバーシティ"達の動きを手放しで褒め称えている。
先程の戦闘で見せた彼等の動きは、この場にいる騎士達では実現することができない動きだったのだ。
「おっかしいなぁ…。"ワイルドキャニオン"でグレイブディーアと戦った時はもっと苦戦してたのに…」
「なんか、全体的に軽かったよな…?」
「軽い…?ああっ!!そうか!!軽いんだ!!」
"ダイバーシティ"の勝利は当然の結果である。
先程の戦闘以上に過酷な戦闘を、彼等は修業中に経験しており、そしてそれを乗り切ったのだ。しかも日に日に増していく重力負荷が掛かっている状態でだ。
重力負荷がない今の彼等に、勝てないわけがなかったのである。
「それが今の貴方達の実力だよ。どう?少しは自信がついたかな?」
「えっと…今のグレイブディーアって、ボク等が"ワイルドキャニオン"で戦ったのと同じ奴なんですよね?」
「そうだよ。今ココナナも言っていただろう?今の貴方達には何も負荷がかかっていないんだ。センドー家で騎士達と戦って、気が付かなかったの?」
「や、比較対象が"ワイルドキャニオン"とは全然違ってたから…」
「いつの間にか、こんなに強くなってたのね…」
〈ピョォオオオ!爽快です!領域でデカい顔してたアイツ等を一方的に蹴散らせて、ワタクシ爽快ですよぉ!〉
あっけなくグレイブディーアの群れに勝利を収めた事実に一番喜んでいたのは、何とフーテンだったのである。
"ワイルドキャニオン"の最深部では種族間で上下関係のようなものがあったらしく、グレイブディーアはフーテンから見てかなり横暴な態度を取り続けていたようだ。
実際のところ、グレイブディーアと通常のシャドウファルコンが戦ったら、十中八九グレイブディーアが勝利を収めていたので、当然かもしれないが。
ようやく自分達の実力を実感し始めてきたからか、徐々に"ダイバーシティ"達の表情が笑顔になっていく。
ココナナだけは"
さて、喜んでいるところに水を差すようで悪いが、彼等にはもう少しだけ頑張ってもらいたい。
物理結界を少し開いて内側へと入っていく。
「ええ…。自分で張った結界とは言え、何ですり抜けるように結界の中に入れるんですか…」
「物理結界の原理をしっかりと理解しているからだね。原理を理解して干渉できるだけの魔力操作能力があれば、難しいかもしれないけど、いつかはできるようになるよ」
「サラッととんでもないことを言っているな…。それはそれとして、『姫君』様。なぜ、結界の内側に?」
魔術に詳しいエンカフならば、私が行ったことが人間にとってどれだけ難易度が高い行為なのか、すぐに理解できたようだ。
それはそれとして、エンカフだけでなく他のメンバーも私が結界内に入ってきた理由が分からないようで、全員エンカフの質問に首を縦に振っていた。
この状況になってまだ理解できていないのか。自分達の成長を実感した直後とは言え、少し気が抜けすぎじゃないか?
「少しは、リナーシェに勝つ自信が付いた?」
「ええ、まぁ…」
歯切れが悪いな。
やはり『
では、引き続き予行演習といこうじゃないか。
「訓練用のハルバートとスピアってあるかな?あったら貸してもらえる?」
「はっ!少々お待ちください!」
見学していた騎士の1人に要望を伝えると、彼は急いで二つの武器を持って来てくれた。
刃を潰されているとはいえ、非常に品質が良く頑丈だ。訓練用というだけのことはある。本来ならば、多少無茶な扱い方をしてもそうそう壊れはしないのだろう。
「あ、あの…ノア様…?一体、何を…?」
「なにって、予行演習だよ。いつも通り魔力刃で対応した場合、身体能力に物を言わせた動きになりがちになってしまうからね。武器が壊れないレベルの動きにするためにも、こうして貸してもらったんだ」
説明しながら『補助腕』を2つ発動し、受け取ったハルバードとスピアをそれぞれ持たせる。本物の私の両手には、ある武器のようなものを『収納』から取り出して手に持つ。
それは、2本1対の蛇腹剣だ。刃は潰してあるため、切断能力は無い。それどころか、殺傷能力もほとんどないと言っていいだろう。
以前リナーシェと手合わせした際に彼女が蛇腹剣と合体両剣を使用しているのを見て、非常にカッコいいと思ったので、私も使ってみたくなかったから作ったのだ。
どちらも使いたいのだから、それならばどちらの機能も持たせてしまえと思って合体する蛇腹剣を、家で生活している時に作ったのである。
なお、製作に使用されている素材は人間達の間で出回っているものを使用したので、この場に出しても何も問題無い。
正直な話、同じ効果を得ようとした場合『
自分で作った、自分のための玩具と言って差し支えない。完成した時には嬉しくなって一日中振り回したり合体と分離や変形を繰り返したものである。
蛇腹剣も合体剣も、どちらも使用難易度が非常に高い武器だ。その2つの特性をそのまま組み合わせてしまえば、扱いづらいなんてものじゃない武器が出来上がるわけで、振り回していて非常に面白かった。
所詮は玩具として作ったので、強度は本来の武器と比べれば脆い部類だ。此方も壊さないように身体能力にものを言わせた動きをしないように注意が必要になる。
私が『補助腕』を発動して4つの武器をそれぞれの手に持ったことで、"ダイバーシティ"達もようやくこれから何をするのか理解したようだ。
「マ、マジですか…?」
「マジだよ。これからリナーシェがこの魔術を使用したことを想定した模擬戦を行うよ」
「上げて落とすって、こういう時に使えばいいのかな?」
「もう少し、成長の実感を味わっていたかったです…」
私と模擬戦を行うと知ってしまい、先程までの明るい雰囲気が一転して重たくなってしまった。
まぁ、修業中は彼等の攻撃を悉く潰したりもしていたからな。自分達の攻撃がまるで通用しないことが分かっているのだろう。
だが、あの時と今では状況が異なる。
「帰りが遅くなると伝えているとはいえ、あまりヒローを待たせるわけにもいかないからね。どんどん始めて行こう。それと、意気消沈している貴方達に朗報だ。私は手にした武器を壊さないように扱うから、修業の時よりも私の動きは緩やかなものだと思って良いよ」
さて、時間もあまりかけたくないので、さっさと始めてしまおう。
やや尻込みしていた"ダイバーシティ"達だったが、私が少しの魔力を放ち、構えを取った瞬間、表情が変わり、臨戦態勢を取り出した。
そう。それでいいんだ。
あ、そうだ。『補助腕』と両手の蛇腹剣に意識が向いているけれど、尻尾も今回は普通に使うからね?
まぁ、それを彼等に伝えるつもりは無いのだけど。
尻尾から意識が外れていたら、容赦なく叩きつけてあげるとしよう。
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