第360話 街の人々の願い

 模擬戦が終了すると、"ダイバーシティ"達は疲労困憊となったのか、全員が息を切らした状態となって地面にへたり込んでいる。


 "魔導鎧機マギフレーム"の操縦席に座っているココナナもそれは同じだ。操縦桿を握る力もかなり弱まっており、まともな操縦はできそうにない。"魔導鎧機"の操縦には常時魔力を消費し続けるため、意外と消耗が激しいのだ。


 なお、周囲からは称賛の拍手が嵐がとなって巻き起こっている。残念ながら彼等にはそれどころではいらしく聞こえていないのだが。


 疲れ果てている"ダイバーシティ"達を前に言うべきではないかもしれないが、非常に楽しかった。

 私は模擬戦や稽古といった戦闘で自分から攻めることはあまりしてこなかった。大抵が相手の動きに合わせてそれをいなす、もしくは潰すといった迎撃行動を取ることが多かったのだ。


 だが、今回は自分から積極的に攻めることにした。

 なにせ、今回はリナーシェとの戦いを想定したものだったからな。彼女が消極的な戦い方などするはずがないのだ。果敢に攻めさせてもらった。


 まぁ、その結果が今の状態なのだが。


 いや、興が乗り過ぎた。合体蛇腹剣を振り回すのが思いのほか楽しすぎたのがいけない。

 コレが完成した際に合体と解除を繰り返したり振り回していた時は相手がおらず、素振りに近い状態だったのだが、振るう相手がいるだけでこうも変わって来るとは思わなかった。


 変幻自在に変わる複数の攻撃に加えて『補助腕』に持たせたハルバードとスピアの広範囲攻撃。私の背後にいる者には尻尾カバーによるこれまた変幻自在の攻撃が。

 それが相手が自分から積極的に攻めてくるのだ。"ダイバーシティ"達は終始悲鳴を上げながら対応し続けていたのだった。


 「済まない。思った以上に楽しくなってしまってね。はしゃぎすぎてしまった」

 「あ…あの…アタシ達…こんなん…で、リナーシェ姫様に勝てるんですかねぇ…」


 息を切らしながらアジーが訊ねてくる。どうやらリナーシェに勝てるかどうか不安のようだ。

 なにせ先程の模擬戦の結果は散々だったからな。私からの攻撃を凌ぐのに精いっぱいで、碌に私に攻撃する事ができなかったのだ。


 リナーシェとの試合でも同じようなことにならないか不安そうにしているが、その心配はない。


 「大丈夫だよ。はしゃぎ過ぎたと言っただろう?ちょっと加減を誤ってしまってね、実際のリナーシェの動きは、多分あそこまで苛烈では無いと思うよ?」

 「って言われてもなぁ~」

 「あの苛烈さは、間違いなく我々が知るリナーシェ様の勢いだったからな…」


 今の"ダイバーシティ"達が修業をする前にリナーシェと戦った時と同じ感覚を覚えたというのなら、それこそ問題無い筈だ。今の彼等は、修業をする前とは見違えるほど強くなっているのだから。


 「十数頭のグレイブディーアに囲まれた状態を容易に切り抜けるどころか、殲滅してしまえたんだ。今の貴方達なら、十分リナーシェといい勝負ができる筈だよ」

 「だと良いんですけどね…」


 やはり結果が物を言うのだろうな。不安を払拭させるどころか、逆に募らせてしまうことになるとは…。

 失態だったな。責任を取って、今後も演習を続けようか?


 「そんなに不安なら、明日以降もやる?」

 「い、いえ!結構です!」


 拒否されてしまった。これから毎日疲労困憊の状態になりたくないらしい。


 私がちゃんとリナーシェ相当の実力を振る舞えれば問題無いのかもしれないが、興が乗り過ぎてしまうと、どうしてもそれ以上の動きをしてしまうからな…。

 正直な話、彼等は良く私の動きに対応できた、と称賛を送りたい気持ちだ。今もなお騎士達やヒローの子供達が"ダイバーシティ"達を称賛しているのがいい証拠だ。


 「自信を持っていいよ。周囲の騎士達の反応を見てごらん?」

 「あ、あれぇ…?」

 「なんか、メッチャ褒められてね?」

 「良いところとか、全然なかったと思うんだけどなぁ…」


 現役の騎士達がこうして手放しで褒め称えているのだ。"ダイバーシティ"達の実力は十分に騎士達に伝わったことだろう。


 なお、このことを知る者はこの場にいる者達だけだ。記者達はこの場にはいないし、そもそも騎士舎には許可がなければ入れないようだからな。

 知れば今回の予行演習を取材したかったと言うかもしれないが、それを許可するつもりもなかった。


 リナーシェは『補助腕』のことを秘密にしていたみたいだからな。彼女が"ダイバーシティ"達に秘密にするのなら、その対策をしていたことも秘密にしていても文句は言えない筈だ。まぁ、知れば文句を言うだろうがな。



 やることも終えたので子供達を連れてセンドー邸に帰宅だ。

 時刻は午後6時30分を過ぎていたので、周囲は暗くなっていた。そのためか、移動中の景色も碌に楽しめないため、子供達の反応は薄かったな。

 明日以降はもう少し明るい内に屋敷に帰れるだろうから、少しは喜んでくれると思いたい。


 センドー邸に到着すると、早速子供達がエントランスで待っていたヒローに今日の出来事を伝え始めた。主に私が城壁で描いた絵画のことについてだな。


 「目にした者達が皆絶賛していたようですね。羨ましい限りです」

 「回りくど言い方をしなくても、この屋敷の世話になっている間はここか、もしくは同じぐらい広さのある場所に展示しておくよ」

 「おお!よろしいのですか!?ありがとうございます!それでは早速…」


 本当に貴族というのは面倒臭いな。初めからハッキリと見せて欲しいと言えばいいのに、こうして遠回しに自分の用件を伝えてくるのだ。

 どんな話の進め方をしたところで、私は自分で決めたことを変えるつもりは無いのだ。辛辣かもしれないが、時間の無駄である。


 そして、ヒローは早速絵画を展示したいようだが、その前にすべきことがある。


 「先に食事にしよう。遅くなってしまったからね。子供達もお腹を空かせている」

 「おお!そうでした!お前達、済まなかったね。さ、食堂へ向かおう」


 子供達も絵画が見たかったらしいのでヒローと同じく絵画の設置を望んでいたようなのだが、そんなことをしていては空腹が酷くなるだろうし、何より折角用意してくれているだろう料理が台無しになってしまう。私は早く美味い食事を食べたいのだ。

 絵画の設置は、食後ゆっくりと行えばいいのである。


 なお、ヒローが絵画のことを既に知っていたのは、あの絵画を目にした者達がセンドー邸を訪れたのが理由だった。食事中に説明してもらった。

 私が写真集のための撮影を行っている間に彼の元を訊ね、直談判したらしい。

 冒険者ギルドに、センドー家の名義で私に指名依頼を発注して欲しいと頼み込みに来ていたのだ。


 依頼の内容は勿論、あの絵画の制作依頼だ。まったく同じ物でなくて良いので、この街を一望した絵画を制作して欲しいらしい。

 私が城壁で取材を受けている時にまだこの街に残ると聞いた人々の瞳に熱がこもった理由はこれである。まだ、私が描いた絵画を諦めていないのだ。


 「確実に街の財産になるので、私としても彼等の思いに応えはしたいのですが…」

 「センドー家は裕福なのだろう?報酬に困ることはないんじゃない?」


 言葉を濁したので、多分報酬に困っているのだと思い、センドー家の財力を指摘したのだが、首を横に振られてしまった。


 「『黒龍の姫君』たるノア様がお描きになられた絵画なのですよ?どれほどの価値になるのか、想像もつきません。正直、報酬を決められないのですよ。それに、私はノア様に大きな依頼をしたばかりですからね。どうしても気後れしてしまうのです」

 「立て続けに依頼をすることは別に構わないよ。ちゃんと報酬を支払ってくれればね」


 しかし、報酬が決められないと来たか。少し、困ったな。

 私がセンドー家に求めるものは既にもらってしまっているから、金銭以外の報酬で求めるものが無いのだ。

 つまり、私に依頼を出すのなら金銭による報酬となるのだが、その報酬額を決められないのである。

 ヒローもそれを理解しているのだろう。それ故に、彼は現在困ってしまっているのである。


 私も自分の絵画に価格をつける気はないので、ヒローに任せたい所なのだが、彼にそれができるだろうか?いや、できないから困っているのか。


 「そもそも、一度作品をこの目で見なければ何とも言えませんからね。ノア様、この後お願いできますか?」

 「勿論。どうせなのだから、良い場所に設置しよう。私が依頼を受けて絵画を完成させたら、今後はそこに絵画を設置するつもり?」

 「どうしましょうかね…?依頼を出すのは私、センドー家なので、それでも問題無いのでしょう。ですが、絵画を見るために態々我が家に何人も人が訪れるというのも、少々煩わしく思いますからね…」


 ヒローの言い分も尤もだな。いくらセンドー家の敷地が広いとは言え、自分達の生活空間に足を踏み入れられるのは、あまり気分が良いものではないのかもしれない。


 私も、"黒龍城"ならばともかく、自分の家に見ず知らずの他者が頻繁に出入りすることを考えると、あまりいい気はしない。


 「いっそのこと、専用の蔵か何かを建てて、ついでに入場料でも取る?」

 「はっはっは!悪くありませんね!ですが、よしておきましょう」


 そう語るヒローの顔は、優しい表情をしている。何か考えがあるようだ。


 「どうせ建てるのなら、我が家の敷地ではなく、チヒロードに建てましょう。絵画を望んでいるのは街の人間達なのです。ならば、彼等が気軽に見れるようにした方が良いでしょう。これから設置する場所と、改めて描いていただく絵画の設置場所は、別々にしましょう」


 ヒローは領民を優先するようだ。私が知る貴族の中でも、珍しい部類だ。彼の領民を思いやる気持ちに、自然と笑みがこぼれる。

 貴族が皆、彼のような思いやりのある人物であれば、多くの人間が平穏な時を過ごせるのだろうな。


 まぁ、実際はもっと欲望に忠実なのが人間のようだが。


 そろそろいい時間だし、絵画の設置場所を決めるのと同時に、別件も片付けてしまうとしよう。



 3人の貴族の屋敷に、幻を出現させる。

 ラウデン=トライデル伯爵、ミシュガ=ブルーガス子爵、そしてマイツトアー=ラオニア子爵の3名だ。

 彼等は、センドー領と陸続きになっている領土の領主である。


 そう、チヒロードに良からぬ者共を送り付け、ヒローの子供達に危害を加えようとした者達である。

 貴族らしいやり方だとは思うが、私が贔屓している人間に手を出した落とし前はつけさせてもらう。命を奪うことまではしないが。


 私が『真理の眼』で彼等の行動を見たところ、始末した方が早いのかもしれないが、その場合後が面倒臭くなるのだ。

 3人とも成人した子供がいるので家が断絶する心配はないのだが、後継者だけでなく彼等の兄弟までいるのだ。


 後継者争いが起こる気しかしない。その後継者争いの余波がセンドー領に降りかからないとは言い切れないのだ。


 そもそも子供も兄弟も、全員現当主とそう変わらない性格である。始末したところで似たようなことを繰り返す未来がありありと見える。

 だったら、安易に始末せずに強烈な恐怖を与え、今後センドー家に対して良からぬことを考えないようにした方が、面倒が少なくていい気がした。


 やることはそれほど大したことではない。対象の人物が揃いも揃って私室で、しかも1人で寛いでいたので魔法を用いて眠ってもらったのだ。


 そして眠らせている間に私室全体に今朝始末した連中の死体を設置していく。

 『収納』に収めていたので、始末した時から殆ど状態が変化していない。死体からは鮮血が流れ、辺り一面を赤く染めていく。


 血の匂いを部下に気付かれて部屋に入られては面倒なので、匂いを遮断する結界に加えて、部屋の内部に『時間圧縮』を施しておいた。これで万に一つも気付かれることはないだろう。


 死体の設置が終わったら、眠っている当主の精神に干渉させてもらう。強制的に夢を見せるのだ。

 『悪夢ナイトメア』というまんまな名前の魔術であり、現在も拷問や王侯貴族への嫌がらせの手段として用いられている、やや禁呪寄りの魔術だ。


 彼等には、あの連中が無事ヒローの子供を誘拐して、その代表が自分の前に差し出られた様子を見せておく。

 元から彼等が望んでいた光景だからか、非常に魔術の効きが良い。しかもそこから更に自分で勝手にこちらに都合がいいように夢の中で行動し始めてくれた。



 「良くやった!これで平民に媚を売り続ける忌まわしいセンドー家も、私に逆らうことができんだろう!」


 「フフフ…トライデル卿もブルーガス卿も上手く行ったようだな…どのようなことを要求してやろうか…?他の2家と別の要望を出しても早急に利益を得てもいいし、彼等の後に同じ要求を出して困らせてやるのも良い…。あの男の甘ったれた顔が絶望で歪むのを見るのも良いな…」


 「ぐふふふ…まだまだ幼いがなかなか良い顔立ちをしているではないか…今夜はなかなかに楽しめそうだのぅ…」



 おい最後。

 ミシュガ=ブルーガスか。相手は9才の少女だぞ?なぜ欲情している?

 生物として生殖行為ができない相手に欲情して、そういった行為を行おうとする精神に、嫌悪感を抱かずにはいられなくなる。

 この男の屋敷の中を調べたら、色々と捕えるための材料が大量に出てきそうだな。


 いかん。この男だけは始末したくなってしまった。だが、余計な騒ぎを起こさないためにも、今は我慢しておこう。

 尤も、激しく不愉快な気分にさせられたので、この男だけは他の2人以上の恐怖を味わってもらうことにした。


 子供達を俯かせ、表情を見えなくする。

 当主達は恐怖に怯えたのか、もしくは絶望したのかと思い、ますます気分を良くしている。


 が、彼等の絶頂はここまでだ。ここからは悪夢の始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る