第358話 魅惑のポーズ
今回ティシアに案内された店で撮影する衣服は、全部で8着だ。
だが、同じ衣服でも姿勢を変えたりアクセサリーを付け替えるなどして撮影するためか、最終的な写真の枚数はその3倍近くになりそうだ。
しかも、適当に撮影していれば終わるものではない。
私も写真集というものを多く見てきたわけではないので詳しくないのだが、この手の撮影を行う者というのは、細かいことに非常にこだわるのだ。
一つの写真を決めるのに何枚もの写真を撮影することになるだろう。つまり、非常に時間が掛かるのである。
だが、早く終わらせたいなどと考えるつもりは無い。それではあまりにも撮影者に対して失礼だからな。
今回の写真集の製作。撮影者は勿論、衣服を提供する店の人間も、そして企画をしたであろう記者も、全員に共通した思惑がある。
これ以上ないほど、良い物を作ろう。彼等からは、そんな意思がひしひしと伝わって来るのだ。
彼等は、プロフェッショナルであり職人だ。自分の仕事に誇りを持っているし、だからこそ、自分の生み出すものに妥協をしたくはないのだ。
それこそ、体の傾きの角度であったり、衣服の造形、アクセサリーの位置など、角度ならば1度もズレは許さないし、距離であれば1㎜も誤差を認めない。
彼等がそれだけ真剣に製作に当たっているのだ。生半可な気持ちでモデルの仕事をするのは、無礼というものだろう。
彼らの熱意を無下にしたくはない。
どうせ作るのならば、良い物を作ろうじゃないか。
思いを、読み取ろう。
これだけ強い熱意を持つ職人達なのだ。撮影の際に撮影者はどのような姿勢を、仕草をして欲しいのか、提供される衣服やアクセサリーにはどのような思いが込められているのか、私にはそれらを読み取る力がある。
彼等の熱意に応えるように、私も感情を込めた姿勢や仕草をして、見る者を虜にして見せよう。魅惑のポーズというヤツだ。
「んぉおおおおおーーーっ!!いいっ!!最っ高に良いですよぉ!思い、伝わってきますよぉ!」
実際にそう思っているのだろうけれど、こうして言葉に出されて褒められると、どういうわけか更に要望に応えたくなってしまうな。撮影者の話術というヤツなのだろうか?
それとも、存外私自身が楽しくなっているのかもしれないな。
実際、感情を込めてポーズを取っていたりしていると、演劇の役者か何かになったような気がして悪い気がしないのだ。
役者とモデルでは求められる能力も違ってくるのだろうが、自分を表現するという点では、似通っているものだと思うのだ。
未だ劇というものを私は見たことがないが、いい機会だし、"ダイバーシティ"達に案内してもらうのもいいかもしれないな。
っと、いかんいかん。今は撮影に集中しなくては。
さぁ、コレが今の私だ。存分に見るがいい!
「アッフゥウゥフウウーーーッ!!凄い!凄いですよぉ!コレとんでもないのができちゃいますよぉーーー!!?」
ところで、撮影を始めるまでは厳格な雰囲気を出していた撮影者なのだが、撮影が始まってからずっとこの調子である。
厳つい外見をしているため、ギャップが凄いことになっている。
まさかとは思うが、撮影者というのは、皆こんな感じなのだろうか?
撮影が終った。そして疲れた。現在はヒローの子供達を迎えに行く道中である。
疲れたと言っても肉体が、ではない。精神的に疲れたのだ。
おおよそ4時間半にも亘る長時間の拘束時間だ。
付き添いのために店に訪れたはいいが、特にやることがない"ダイバーシティ"の面々の中には、退屈過ぎて眠ってしまった者までいる始末だ。
撮影者の興が乗りに乗ってしまったためか、予定の倍以上の撮影を行ってしまったのである。
こうなってくると大変なのは記者になるだろうな。
写真集のページ数は変更できないらしいので、採用する写真を厳選しなくてはならないのだ。
何故ならば、撮影を行う店はこの店だけではないのだ。にも関わらず、撮影者が収めた写真は70枚に届く勢いである。
店の店員も撮影者も選定には参加するようなのだが、揉める予感しかしないな。
人の好みは多種多様なのだ。ほぼ確実に、彼等の好みは異なっている部分がある筈だ。そこで衝突する可能性が高いのである。
「明日、無事に次の店で撮影できると思う?」
「う~~~ん…。難しいですねぇ…。あの人達、下手したら夜通し言い争いそうな気さえしますよね…」
"ダイバーシティ"達が退屈そうにしている中で、唯一ティシアだけは撮影風景を真剣に見学し続けていた。
やはりおしゃれ好きというだけあって、彼女はモデルに対して憧れのような感情でもあるのだろうか?
ティシアの表情には、どこか羨望だけでなく諦めのような感情も見て取れる。挫折の経験でもあるのだろうか?
「そりゃあ、まぁ、ありますよ?でも、モデルって意外と大変なんだなぁって」
「ただ立っていればいい、という仕事ではないからね」
今回の撮影だけでも、それは如実だ。
場合によってはバランスの悪い姿勢のまま数十分間その場で待機することもあれば、首や腕の角度をほんの少しだけ傾けてほしいという非常に気を遣う要望を出されたりもした。
忍耐力がなければ勤められない仕事だと思う。しかも、ただ耐えればいいという話ではない。
先程も述べた通り、雑念が混じった状態で撮影に挑んでも、撮影者の顰蹙を買うだけだ。そんな状態でいい作品など出来るわけがない。
余計に撮影時間が伸びてしまうし、最悪の場合、撮影者が機嫌を損ねて撮影が中止になってしまうかもしれない。
じっとしているのが苦手なレイブランとヤタールでは、まずこなせない仕事だな。途中で羽ばたいて何処かへ飛び去ってしまうあの子達の姿を想像したら、自然と笑みがこぼれた。
ティシアも、モデルの仕事が決して楽ではないことを理解しているのだろう。もしかしたら、実際にモデルを経験したことがあるのかもしれない。
「ま、まぁ、私達も?それなりには有名な冒険者パーティですし?自分で言うのも何ですけど、私って結構美人ですし?顔を載せる取材を受けたことも、何度かあったりするんですよね」
「で、撮影の最中に何度も注意を受けてしまった、と言ったところかな?」
「まだ何も言ってないんですけど…なんで分かっちゃうんでしょうね?」
そういう顔をしているからさ。
それにしても、ティシア以外の者達は皆して随分と弛んでしまっているな。これから何をするのか忘れてしまったのだろうか?
具体的に何をするかは伝えていないが、それでも彼等にとっては過酷と判断するようなことをこれから行うつもりだ。
だというのに、彼等はどこか呆けてしまっていて、心ここにあらず、と言った様子なのだ。
「そりゃあ、みんな生でノア様の色んな姿を見ちゃいましたからねぇ。しかも、あんまり見る事ができない微笑んだ表情とかも何度も見ることになちゃったし、骨抜きにされちゃったんですよ!」
「貴女は何ともないみたいだけど?」
「私にはフーテンがいますからね!ヤバくなったらギュッて抱きしめて気を紛らわしてました!」
そう言って両手で抱えられたフーテンはどうなっているかというと、とても静かにしている。
この子の肉体強度ならば、ティシアの腕力で思いっきり抱きしめられてもなんともない筈なのだが、半ば放心状態に近い状態だ。
〈ひめさまぁ~、うつくしいですぅ~〉
これは…つまり、この子も骨抜きにされた、と言うことなのか?
私の肉体の造形は殆ど人間のソレであるため、人間達が骨抜きになるというのはまだ理解できる。私の顔の作りは非常に美しいらしいからな。
だが、鳥型の魔物であるフーテンまで美しいと思うものなのか?
この疑問に対する答えは、私の記憶のルイーゼの言葉にあった。
私は、魔族からも非常に人気が高いそうなのだ。ルイーゼの側近が新聞の写真を一目見ただけでファンになってしまったと語っていたからな。
ルイーゼは言っていた。魔族が私を気に入ったのは、何も顔の造形だけではないのだと。
髪の色や尻尾の形状、雰囲気、鱗の形状や輝き、そういった部分的な特徴に魅了されたからだと語っていた。
もしかしたら、フーテンも同じなのかもしれない。
この子の琴線に触れるような何かが、撮影時の私にはあったのだろう。
そんなことを話しながら移動を続ければ、錬金術ギルドに到着だ。ヒローの娘達は既にロビーで私達が来るのを待っていたようだ。
記者から写真集のことはなるべく伏せて欲しいと頼まれたので、迎えが遅くなってしまった理由は後でこっそりと教えておくとしよう。
そのままヒローの息子を迎えに騎士舎まで移動しようとしたのだが、姉妹は気になって仕方がないことがあるようだ。
城壁で私が描いた絵画である。
あの絵画は城壁から降りる際に『収納』に仕舞ったので、あの絵画を見ることができたのは、この街の人口で考えればほんのごく一部だけだろう。
そんな絵画を見てみたいとせがまれてしまったのである。
まぁ、見せるだけならば何も問題無い。
センドー邸にはこれからもまだ世話になるのだ。宿泊料代わりというわけではないが、私が次の街へ行くまではセンドー邸の広間かエントランス辺りに飾らせてもらうとしよう。
姉妹達を連れて騎士舎に向かうと、徐々に気の抜けた表情をしていた"ダイバーシティ"の面々が表情を引き締め始めた。ようやく戻ってこれたらしい。
そしてこれからか過酷なことをするのだと自覚し始めたようだ。全員の表情が緊張で硬くなっている。
騎士舎からは、未だに金属のぶつかり合う音や張りのある勇ましい声が私の耳に入ってくる。騎士達の訓練はまだ終わっていないようだな。
敷地内に入ってみれば、ヒローの息子が"スポドリ"らしきものを飲みながら体を休めているところだった。
武具を外して片付けているため、この子の今日の訓練は終了したのだろう。ちょうどいいタイミングだったようだ。
「少し待っていて。ここの責任者とちょっと話をしてくるから」
「ノア様、何かするんですか?」
「なに、余興のようなものだよ。これから"ダイバーシティ"達の実力を此処にいる人達に見てもらうのさ」
子供達から何故騎士舎の責任者の元へ向かうのかを訊ねられたので、これから行うことを説明すると、とても嬉しそうな反応を見せてくれた。
私も子供達からはかなり好かれていると自負しているが、それは"ダイバーシティ"達も同じだ。この子達からすれば、彼等も憧れの対象なのである。
そんな憧れの冒険者達がこれから実力を披露してくれると聞かされれば、期待せずにはいられないのだろう。
騎士舎の責任者と話をつけ、訓練場を使用しても問題無いことを伝えると、いよいよ子供達は瞳を輝かせて喜び出した。
ただ、喜んだのもつかの間。長女があることに気付き、表情を曇らせてしまったのだ。
それは時間だ。
既に時刻は午後6時になろうとしている。[帰りが遅くなってしまっては、両親を心配させてしまう]と、とても残念そうな表情で訴えて来たのである。
姉の言葉を正確に理解し、下2人の子供達も表情を曇らせてしまった。本当に聡い子達だ。
「心配いらないよ。昼を過ぎた辺りにリガロウに頼んで、今日の帰りが遅くなることをヒローには伝えてあるからね。ヒローも了承済みだよ」
問題無いことを伝えると、3人共再び花が咲くような笑顔を見せてくれた。
純粋な喜びの表情というのは、種族を問わず愛おしさを覚えるな。保護欲を掻き立てられる。この笑顔、絶やさないようにしたいところだ。
さぁ、冒険者パーティ"ダイバーシティ"。
自分達を慕う子供達の前で無様を見せれば、この笑顔が曇ってしまうぞ?
気張りなさい。
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