第357話 写真集を作ろう
昼食を取る場所は何処でも良かったので、"ダイバーシティ"達に案内を任せることにした。
それならばと、アジーが初めてこの街に来た際に利用した飲食店を希望したのだが、それは他のメンバーに却下された。非常に不服そうである。
「アジーはあの店のクリームシチューが食べたいだけでしょ?」
「ワリィかよ?アタシはこの街で食うメシはあの店のクリームシチューと焼き立てのパンって決めてるんだ」
「あのねぇ、この街の観光の案内をするんだから、他のお店も案内しなきゃ駄目に決まってるでしょうが。この街には、あの店以外にも美味しい料理を扱う店がいくつもあるのよ?」
私としてもできることなら以前とは違う店で違う料理を食べたいな。アジーには悪いが、前回とは違う店を紹介してもらおう。
今回案内された店は、前回の店よりも高級な店のようだ。使用されている家具からして品質が良い。裕福な者達が利用する店だと一目でわかる。
メニューに目を通して食べたい料理を注文し終えたら、料理が来るまで聞きたいこともあるし、談笑でもしているとしよう。
「ちょっと聞かせて欲しいことがあるんだ」
「なんです?」
「城壁で絵画を描いている時に、貴方達は皆して驚くと同時に納得をしていただろう?驚くのは理解できるけど、納得の理由が分からなくてね。何に対して納得したのか、聞かせて欲しいんだ」
「ああ…」
5人とも揃って遠い目をしているな。まるでこれから自分達が大変な目に遭うと悟ってしまっているかのような表情だ。
「リナーシェ様ですよ」
「リナーシェ?彼女がどうかしたの?」
「リナーシェ様、凄くノア様のことを気に入っていたみたいで、しょっちゅうノア様が城にいた時の話を聞かせてくれたんです。で、その時に絶対に自分で使えるようになりたい魔術があるって聞かされて…」
そういうことか。
確かに、リナーシェは『
習得できたら予告も無しにいきなり使用して、彼等を驚かせるつもりだったのだろうな。
だがあの魔術、現在のリナーシェの情報処理能力では使用は難しいように感じるのだが、果たして習得できるようになるのだろうか?
「自信たっぷりな様子を見せてましたからねぇ…。試合中にいきなり見せてくるかもしれません…」
「はぁ…。ノア様のおかげでボク達、リナーシェ様に勝てるかもしれないって思えるようになったのに、あの魔術を使われたらって考えると…」
「不安になって来るよなぁ~…」
場の空気が重くなってしまった。全員、『補助腕』をリナーシェが使用したら勝てるかどうか分からないでいるらしい。
リナーシェのことを知らないフーテンだけが不思議そうに首をかしげている。可愛いので抱きかかえて撫でまわそう。
今の私は、もうフーテンに怖がられないのである。
不安そうにしているが、"ダイバーシティ"達ならば問題無いだろう。変に気負わなければ勝てる筈だ。"ワイルドキャニオン"での修業は、彼等をそれほどまでに強くしているのだ。
それでも不安だというのなら、後で自信を付けてあげるとしよう。ただし、痛い目にも合ってもらうが。
〈そのリナーシェという方はそれほどまでに強い人間なのですか?姫様や領域の主様との修業を考えれば、主達がそこまで不安になる理由が分からないのですが…。あ、姫様っ。そこ、そこ気持ちイイです!〉
「アンタねぇ…。アンタも確実にそのリナーシェ様と戦うことになるのよ…?」
「ティシア、フーテンは何て言ってんの?」
ティシア以外のメンバーはフーテンの言葉を理解できないため、この子の意思を伝える場合、ティシアが代弁することとなる。
彼女の説明を聞いて、他のメンバー達の非難の感情を込められた視線が、一気にフーテンに集まる。
「オメェはリナーシェ姫様のことを知らねぇから、んなことが言えるんだよ…」
「十数頭のオスのグレイブディーアに囲まれた状態で戦う方が、よっぽどマシだからね?」
「言っておくが、ソレで私達が知っているリナーシェ様の評価だ」
「もしもリナーシェ様がさっきノア様が使用した、あの自在に動かせる腕を生み出す魔術を使えるようになったとしたら…」
〈ピ…ピョォオオオ…〉
彼等からしたらリナーシェの強さはトラウマ物だったのだろう。かわるがわる伝えられるリナーシェの評価に、フーテンが慄いてしまっている。
確かに冒険者のパーティがリナーシェと戦う場合、彼等が言ったようにオスのグレイブディーアの集団に囲まれた方が遥かにマシだ。
彼女には遠隔で操作できる10を超える武具、月獣器があるからな。
仮に彼女が一つでも『補助腕』を使用できるようになった場合、手数がどれだけ増えるか、"ダイバーシティ"達は想像がつかないのだろう。
取り越し苦労だと思うのだがな。今の彼等ならば、十数頭のオスのグレイブディーアに囲まれたところで、どうとでもなるのだ。
そのような状況など、修業終盤時のグラシャランとの修業に比べればレクリエーションにも等しいと言える。
おお、料理が運ばれてきたな。高級店なだけあって、素材からして良い物を使用しているようだし、味にも食感にも期待させてもらおうか。
流石は自信を持って紹介してくれただけのことはあるな。提供された料理はどれも満足のいく味だった。
素材が良いことも勿論だが、料理人の腕も良かった。私が食べた料理の中に、食材が無駄になっていると思えるような料理は一つもなかったのだ。
一つ一つの料理に食材に対する感謝の感情を感じられて、この店の料理人に対して好感が持てた。
昼食を終えたら、今度はこの街のファッションを紹介してもらうことにした。ティシアが紹介したくて仕方がないといった様子だったのだ。
どうやら彼女は、自分の紹介する店の衣服やアクセサリーを、私に身に付けて欲しいようだ。
純粋に見てみたい、という感情も勿論あるようだが、それ以外にも何か下心があるように見える。聞けば応えてくれるだろうか?
「ええッと…実はぁ…」
「コイツ、ノア姫様がいない時に依頼を受けてたんスよ。ノア姫様を店に案内して、色々と試着してるところを撮影させて欲しいって」
「報酬はノア様が身に付けた新作の衣服やアクセサリーの提供、だったな?」
「そうなの?」
「ごめんなさい!欲望に抗えませんでした!」
「…開き直りやがった…」
別に悪いことではないと思うのだが…?
ああ、私に黙ってそういった依頼を受けたのが良くないのか。そうでなければ私が拒否した場合に大きく信用を落とすことになる。
依頼を受ける前に私に伝えるべきだったのだろうな。
まぁ、断る理由もないので是非ともその店に訪ねさせてもらうが、注意は必要だ。
「気を付けなさい。報告、連絡、相談の重要性は分かっているのだろう?」
「はい…」
「少し早めに子供達を迎えに行こう。そして騎士舎の訓練場を貸してもらおう」
「ノア様?」
言葉だけで注意したとしても、あまり効果がないかもしれないからな。ちょうどいい機会だから、少し痛い目に遭ってもらうとしよう。
「『補助腕』を使用したリナーシェに勝てる自信がないのだろう?その不安を払拭してあげよう」
「えっ?あの…アタシ達もですか…?」
「当然だろう?パーティなのだから連帯責任だ」
「ティシアお前…」
「ゴ、ゴメンってばぁ~!」
何をするかまでは分からないが、それが簡単なものでは決してないと、彼等は"ワイルドキャニオン"での修業で理解できている。だからか、フーテンを含めた全員がティシアに向けて非難の視線を送っている。
騎士舎で子供達が見ている前で模擬戦でも行うとしよう。
今回は尻尾も『補助腕』も使用させてもらう。その状態の私と戦えば、流石にリナーシェが『補助腕』を使用したとしても尻込みすることはないだろう。
ついでだ。私と模擬戦を行う前に召喚魔術で彼等が言っていた、数十頭のオスのグレイブディーアに囲まれた状態を再現して、その状態で戦ってもらうとしよう。今の彼等ならば、問題無く勝利できると自覚してもらうのだ。
多分、これから向かう場所で撮影をしながら、衣服やアクセサリーを身に付けていたら、それが終る頃にはちょうどいい時間になっている筈だ。
子供達の帰りが少し遅くなってしまうかもしれないが、そこは予めヒローに伝えておくようにすれば問題無いだろう。
その場でヒローへの手紙を書き、リガロウの元へ向かう。
預り所で提供された食事の量では満足できていないであろうあの子に、十分な量の食事を与えた後に手紙を渡して、ヒローに届けてもらうのだ。
この子は人の言葉を話せるし、何より非常に速いからな。いちいちセンドー家の騎士を捉まえる必要はないのだ。
「では、よろしく頼むよ」
「任せて下さい!パッと行ってパッと戻ってきます!」
移動の際に気を遣う相手がいないから、噴射加速も使用してあっという間に視界から消えてしまった。
これなら、3分もせずに戻ってきそうだな。あっ、もう戻ってきた。
嬉しそうに戻ってきたリガロウを、優しく抱きしめて沢山撫でまわして労ってあげよう。
「ただいま戻りました!問題無く受け取ってもらえましたよ!」
「ありがとう。お疲れ様」
「グルォン…グォン…」
やはりリガロウはどれだけ勇ましい姿をしていたとしても、素直に甘えてきてくれるからとても可愛らしい。この子を抱きしめて撫でまわしている時間は、実に幸せな時間である。
っと、いかんいかん。こうしてこの子と戯れ続けていたら撮影ができなくなってしまう。今も私が来るのを待っているだろうし、名残惜しいがそろそろ目的地へと向かうとしよう。
撮影ということで大体予想はできていたが、この企画はやはりティシアが紹介したい店だけでなく、記者ギルドも一枚噛んでいたようだ。
店に入った瞬間、城壁で私に取材を行った記者の姿が目に入った。
「おお!『姫君』様!お待ちしておりました!ささ、こちらへどうぞ!"ダイバーシティ"の皆様もさ、どうぞどうぞ!」
やけに上機嫌だな。
彼の目には喜びの感情が読み取れるだけでなく、どこか邪な、もっと言うのなら強い欲望を感じる。何かあるのだろうか?
そもそも、結構な量の写真を撮るようだが、新聞に載せるには少々どころではなく多すぎないか?
「撮影をすると聞いたのだけど、写真を新聞に載せるの?結構な量になるよ?」
「ああ、いえいえ!今回の写真は新聞ではありませんよ!様々な姿の『姫君』様を撮影して、写真集を出すのです!」
写真集?つまり、私の姿を映した専門の本を出版すると言うことか?聞いていないのだが?
拒否するわけではないのだが、分かっていたのなら予め教えて欲しかったな。
そう思ってティシアの方を見ると、彼女は只々頭を下げて両手を組んで言葉を発せずに謝罪している。
「ティシア」
「すいませんすいません!撮影って伝えて普通に受け入れてくれてましたから、てっきり知っていたのかと…!」
撮影することも写真集を出すことも否やは無いが、本当に報告や連絡は怠らないようにな?私が言えた義理ではないかもしれないが。
さて、写真集を出すと語っていた記者なのだが、彼が上機嫌でその目に欲が満ちている理由が分かった。
「出版したら即日売り切れ確実です!大儲けです!ウハウハです!もう、今から笑いが止まりませんっ!」
とまぁ、彼の目に欲が満ちているのは、こうして大儲けできると確信しているからだったわけだ。
私の写真が載っている新聞が、軒並み販売を開始してから即座に売り切れてしまうことを考えると、写真集の需要も極めて高いのだろうな。
そして、恐らく写真集の価格は新聞の比ではないのではないだろうか?
「はい!勿論です!なにせ『姫君』様の写真集ですからね!一冊の価格は銀貨50枚を予定しています!」
「価格は好きにすればいいけど、ページ数は何ページを予定してるの?」
「80ページを予定しております!」
つまり、最低でも80枚は写真を撮影すると言うことか。これは、思った以上に時間が掛かるかもしれないな。
「ああ、ご安心を!何も今日一日で全てを撮影できるとは思っておりません!それに、撮影する場所はこの店だけではありませんからね!」
「ティシア」
「は、ハイ!」
「複数の店で撮影するって聞いてないのだけど?」
「ヒィッ!スミマセン!忘れてました!」
ティシアは報告や連絡を怠る悪癖でもあるのだろうか?こうまで知らない情報を記者から伝えられるとは、思っても見なかった。
"ダイバーシティ"達は、良くティシアがリーダーで今まで問題無かったな?
下手をしたら依頼主から信用を大きく失い、冒険者としてやっていけなくなっていたぞ?
「今に始まったことじゃないですし…」
「今更だよねぉ~」
「直して欲しいとは思いますけどね」
「まぁ、情報の伝え忘れの被害を被るのは大体俺達だが…」
どうやら依頼主への対応は意外にもしっかりと出来ていたらしい。
彼等が納得しているのなら、ティシアがリーダーなのが最適なのだろう。
まぁ、それはそれとして、後で痛い目に遭ってもらうが。
とにかく、今はこの店の商品を撮影と共に楽しませてもらうとしよう。
人間のアクセサリー、あまり身に付けたことがなかったから、楽しみなのだ。
そういえば、ティシアは報酬として衣服やアクセサリーをもらえるそうだが、私はもらえるのだろうか?
「勿論です!それどころか、お気に召した商品を言っていただければ、そちらも進呈させていただきます!」
とのことらしい。私が気に入ったり身に付けたという事実だけでも、非常に大きな宣伝効果があるということなのだろう。
ならば、存分に自慢の衣服やアクセサリーを楽しませてもらおうじゃないか。
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