第63話 冒険者ギルド

 私に話しかけてきた五人は皆一様に、一目見て邪といえる笑みを浮かべている。

 読み取れる感情は、色情と蔑み、といったところか。


 色情はまぁ、客観的に見て、私の容姿は整っていると言われているから分かるとして、この連中は私の何を見て蔑みの感情を向けてきたのだろうか?ひょっとして、何の装備も無しに、この施設に訪れる冒険者は居ないというのだろうか。


 気になって周囲を見回してみる。

 ・・・・・・全員、鎧だの剣だの槍だの杖だのと、何らかの装備は所持しているようだ。うん、侮られた理由は、手ぶらで冒険者ギルドに立ち入ったからで間違いなさそうだ。


 周りにいる他の冒険者と見受けられる連中はというと、この状況に関与する気は無いようだ。だが、私がこの連中にどう対応するのかは気になる様で、視線だけはしっかりと感じる。


 さて、この連中、どうしたものか。正直、此処にいる他の冒険者らしき者達よりも強いとは思えない。冒険者としては弱い部類に入るのではないだろうか。


 一々相手にしていたら時間がもったいない。無視で良いか。


 左側から尻尾を前に出して、向かって右端の男の側面に尻尾をあてがい、そのまま五人纏めて左側へと押しのける。


 「うおっ、おっ?おおおおぉぉぉおっ!?」

 「えっ?やっ、ちょっ、強っ!?」

 「おいっ!こらっ!お前らっ!ちょっとは踏ん張れ!ど、どぁぁああ!?!?」


 ちょっとは踏ん張れ、と他の連中に言ってはいるが、踏ん張れていないのはお前も同じだぞ?


 押しのけられた際にバランスを崩して五人揃って倒れこんでしまうが、私の知った事では無い。人の通行を無意味に邪魔する方が悪い。


 五人には目もくれずに正面の受付の女性の元まで歩いていく。


 「こ、こんにちは。ご用件は、依頼の申し込みでしょうか?」

 「いや、ちゃんとした身分証を持っていないから、ギルド証が欲しくてね。冒険者ギルドに所属したいんだ。」

 「えっと、冒険者として登録する、という事でよろしいですか?」

 「?冒険者として登録する事でギルド証が得られるのであれば、それで合っているよ。出来るかい?」

 「はぁ。で、では、登録の手続きをしますので、少々お待ちください。」


 先程のやり取りを嫌でも見せられていたせいか、対応した受付の女性は緊張しているようだ。

 ガタイの良い成人男性を五人纏めて抵抗もさせずに押しのけたのだ。少なからず、私の膂力が伝わったのだと思う。

 受付の女性は何かを取ってくるためか、奥へと下がって行った。



 「アレが竜人ドラグナム・・・・・・。馬鹿力なんてもんじゃないな・・・。」

 「大の大人の男五人を、何でもないように押しのけられるのかよ・・・。」

 「ありゃ、素人じゃねぇな・・・。何も身に着けちゃいねぇが、何も持たなくても問題無ぇんだろうよ・・・。」

 「なんでそんなのが今更登録に来たんだ・・・?」

 「身分証が無いって言ってただろ・・・?仕組みもよく分かってねぇみたいだし、街に来るのも初めてなんじゃねぇか・・・?」

 「どうするよ?一行パーティーに誘うか?あれだけの馬鹿力なら、他が駄目でも即戦力だぜ・・・?」

 「俺はやめとくぜ・・・。何が原因で機嫌を悪くするかも分かったもんじゃねぇんだ・・・。おっかなくて近づけねぇよ・・・。」



 ヒソヒソと先程までのやり取りについての話し声が聞こえてくる。

 好き放題言っているが、私が欲しいのはあくまでも身分証としてのギルド証であって、冒険者として活動する気はほとんど無い。


 受付の女性が戻ってきたな。何か小さな物を手に持っている。


 「お待たせしました。こちらのギルド証に手をかざして魔力を流してもらって良いですか?」


 そう言って、受付の女性が掌に収まるぐらいの小さな金属板をこちらに差し出してきた。

 金属板には何も書かれていなければ、何かを彫り込まれているでもない。真っ平らだ。これに魔力を通すことでギルド証になり、身分証になるという事か?

 それでは、魔力を操作できないものはどうすればいいのだろうか?


 まぁ、私は魔力を操作する事が出来るので、純粋に疑問に思っただけなのだが、それはそれとして、だ。

 このまま緑と紫の魔力を金属板に流した場合、何か不味い気がする。具体的に言えば、私の種族が竜人で無いという事が露見してしまいそうな気がするのだ。


 気になった事を聞きながら、対策を考えよう。


 「何も書かれていないけれど、これで身分を証明できるのかい?」

 「えっとですね、ギルド証は魔術具の一種でして、触れた者の魔力を読み取って情報を自動で書き込む仕様になっているんです。」

 「書き込まれる情報というのは?」

 「名前と種族、経歴、それから、所属しているギルドのランクです。」


 名前と種族は分かる。経歴は、何か褒められるような事でもしたら、それも記録されるという事だろうか?

 いや、善行だけではなさそうだな。門番は遠隔でギルド証を操作できると言っていたし、悪行も記録されると見て間違いないだろう。


 そうなると経歴というのは、ギルド証の管理者にとって無視できないような何かを行った際に記録されるものとみて良いだろう。一応、確認しておこう。

 ついでにランクについても聞いておくか。こっちはよく分からないからな。


 おや、先程押しのけて倒れた男の内、一番大柄な男が起き上がって此方に近づいて来ているな。どういうわけか、若干の怒りの感情が感じ取れる。

 何かが気に食わなかったようだが、私もお前が気に食わない。一々相手にする必要も無いので、しばらく眠っていてもらう事にしよう。


 「経歴とランクという物について聞かせてもらえるかな?」

 「はい。経歴はですね――」

 「おい、ねエフンッ・・・。」

 「ヒェッ・・・。」


 受付の女性と会話を続けたまま、尻尾を振って鰭剣きけんにかぶせた尻尾カバーの先端を、男の顎をかすめるように横から軽く叩きつける。

 人間の体の構造上、顎に強い衝撃が加わった場合、脳が激しく揺さぶられて体の機能が不調を起こす。


 今しがた私が尻尾で叩きつけた威力ならば、この男の意識を奪うのは十分だったのだろう。

 何かを言おうとしていたようだったが、大柄な男はそのまま膝から崩れ落ちるように倒れた。

 他者の通行の邪魔になるので、尻尾で脇にどけておこう。


 受付の女性が何やら驚いている。貴女に危害を加えるつもりは無いから、そんなに怯えないで欲しい。倒れた男も命に別状は無い筈だ。



 「おい、今・・・何が起きたのか、分かるか・・・?」

 「分からん・・・。話しかけようとしたら、いきなり倒れたようにしか見えなかったぞ・・・。」

 「尻尾で脇にどけたぞ・・・。つまり、あいつが倒れたってのが分かってるって事なのか・・・?」

 「尻尾の先端で顎を横から一撃・・・。倒れたのは、その時に生じた脳震盪によるものだな・・・。相手に背を向けたまま、目にも止まらぬ速度で、かつ正確に・・・。」

 「マジかよ・・・・・・。まさか、あの女、俺達よりも強いのか・・・?」

 「間違いなくな・・・。少なくとも、私はやり合いたくは無いな・・・。あの尻尾のリーチは下手な槍よりも長い。そんなものが目にも止まらぬ速さで、正確にこちらの急所を狙ってくるだなんて、考えただけでも恐ろしい・・・。しかも、あの尻尾の動きからして、槍以上に変幻自在に動かせると考えて良いだろう・・・。」

 「トンでもねぇのが来ちまったな・・・。あれなら単独ソロでもすぐにでものし上がってくぞ・・・。」



 再び周囲の冒険者達の話し声が聞こえてくる。

 そういえば、冒険者というのは依頼を受けてそれをこなす事で報酬を得ると聞いたが、彼等は依頼を受けないのだろうか?


 赤の他人の事を気にしても仕方が無いか。受付の女性に聞きたい事を聞こう。


 「それで、経歴とランクとはどういったものなのかな?」

 「は、はいっ。経歴はギルドマスター、えぇっと、ギルド証を管理している者が登録者の功績や犯罪などを精査して、ギルド側が記入する欄となっています。ですので、初めて登録するのであれば、ギルド証に経歴は尽きません。」


 うん、大体予想していた通りの内容だな。ならば、経歴に関しては私には関係は無いか。それでは、ランクというのは何なのだろうか?


 それはそれとして、会話を再開したら周囲の連中が、また小声で話し始めた。


 脇へとどけた先程の男の事が、私にとっては歯牙にも掛けない相手だった、と捉えられたようだ。雑に対応された男に対して憐みの感情が送られている。そして、私に対しては引かれているように見える。


 実際、私にとって先程の男はどうでもいい相手だったので、彼等の推測は間違っていない。


 まぁいい、ランクについての話を続けてもらうとしよう。


 「経歴については理解したよ。ランクについて教えてくれるかな?」

 「ランクは登録された者の功績や実績、品行を加味して付けられる地位を示す物です。登録したての状態は新人ニュービーで、半人前、もしくは研修中の扱いですね。そこから、冒険者であれば依頼をこなし続ける事で"初級ルーキー"、"中級インター"、"上級ベテラン"の順に上がっていきます。」

 

 今の状態では正確には冒険者として認められていないのか。もしかしたらこの状態では身分証として、あまり役に立たないかもしれない。

 それならば、簡単な依頼をいくつかこなしてある程度ランクを上げておくか。


 「注意点としまして、冒険者ギルドには上納金はありません。ですが、長時間、具体的には三か月間の活動が認められない場合、ペナルティとしてランクが一つ下げられてしまいます。」


 何と。それは困ったな。ランクの低い冒険者というのは、周りから良い目で見られていないらしいし、ランクを維持するためには、定期的に人間達と関わる必要があるのか。

 ギルド証を手に入れれば、身分の証明に困る事は無いと思っていたが、旨い話というのは、そうそう無いものだな。


 「上級から実績を積み重ねていく事で更に名称が変わり、ギルド証に星のマークが記載され、"星付きスター"と呼ばれるようになります。ここからは十分な実力者と認められて、ランクダウンまでの期間が一年間に延長されます。」


 それは朗報だ。ならば、"星付き"となるまでは今後のためにもそれなりの頻度で依頼をこなしていこうじゃないか。


 「"星付き"から更にランクが上がる事で星の数が三つまで増え、その上は最上位である"一等星トップスター"となります。貴女の実力なら、直ぐにでも"星付き"になれると思いますよ。」


 それにしても、随分と細かく分類されているんだな。今の私のランクである"新人"を含めると、全部で八段階に分かれている事になるのか。

 これだけ細かく分けられていると、最上位である"一等星"とやらはとても数が少なそうだな。


 「教えてくれてありがとう。ところで、魔力を流す事で自動で情報が記載されると言っていたけれど、種族はともかく、名前はどうやって判断するのかな?」

 「ええっ!?い、いやっ、私はただの受付ですので、専門的な魔術具の詳細については分かりませんよ!?」

 「ああ、済まない、知らない事は直ぐに質問してしまう質でね。魔力を流す量は少しで良いのかな?」

 「はい。小さな火を生み出せる程度で問題ありませんよ。魔力を流し終わったら一度こちらで確認させてくださいね。」


 無茶ぶりをしてしまっていたらしい。彼女はあくまで受付であって技術者では無いのだ。仕組みの詳細を尋ねるべきでは無かったな。


 聞きたい事は大体聞いたので魔力を流そうと思うが、このまま流したら私の種族はおそらく竜人とは記載されない気がする。

 正確に記載されるのであれば、私がいったい何者なのか、その答えが分かるのかもしれないが、流石に"楽園"の関係者である事を人間達に教える必要は無いだろう。


 こういう時は、やはり魔法の出番だ。


 『種族偽装』、『竜人』と念じて金属板に緑と紫の魔力をほんの少し、ゆっくりと流していく。


 そうだ、魔力を操作出来ない者はどうすればいいのか気になっていたんだった。

 魔力を流しながら受け付けの女性に聞いてみよう。・・・彼女に答えられる内容ならばいいのだが。


 「えぇっ!?"二色持ち"っ!?」

 「そういえば、魔力を操作出来ない者はどうすればいいのかな?」

 「へっ!?あ、あぁ、大抵は親や保護者が魔力の操作を教えるので、魔力を操作できない方は滅多にいないのですが、そういった方でもギルド証を手に持ってギルド証に向けて強く念じて頂ければ、ギルド証側から魔力を読み取って情報を記載してくれますよ。」


 凄い技術だな。そこまでの機能がこんなに小さくて薄い板にはあるのか。

 管理者が遠隔で操作できる事と言い、人間達の魔術に関する知識や技術はかなり発展していると考えて良いだろう。解明するのが実に楽しみだ。



 「とんでもねぇ馬鹿力の上に"二色持ち"かよ・・・!?」

 「ずっと昔に、[天は二物を与えず]なんて事を言ってた奴がいたらしいが、全否定されたな・・・。」

 「んなもん、昔っから否定されてんだろ・・・。」

 「あいつが全力で戦ったらどんな事になっちまうんだ・・・?」

 「魔力を使わずにアレだからな・・・。大惨事になるのは間違いないだろう・・・。」



 さっきから周りにいる連中が好き放題言ってくれるな・・・。気にしないようにはしているが、流石に煩わしいな。


 ギルド証に情報が記載され終わったようだ。ギルド証を確認してみれば、私の名前と種族が記載されていて、右下の部分に"新人"を指す印が浮き出ている。


 記載されている私の種族は問題無く竜人と記載されている。このまま受付の女性に渡すとしよう。


 「確認しますね?・・・竜人のノア、さんですね。それでは、これで登録は完了になります!ノアさんの御活躍を期待していますね!」


 受付の女性が満面の笑みでギルド証を手渡してくれる。彼女の、私の活躍に期待している、という言葉に偽りはないようだ。その表情はとても明るくにこやかだ。

 これで身分証が手に入ったのは良いのだが、彼女には何やら誤解させてしまっているようだ。


 「あー、期待しているところ済まないが、私はあまり冒険者として活動する予定はないよ?」

 「へっ?」

 「ギルド証が欲しかったのは、あくまで身分証になるからだからね。冒険者としての地位や名誉、富などは求めていないんだ。ランクが下がってしまう期間が一年間まで伸びる"星付き"とやらになるまでは、それなりに依頼をこなす事になるとは思うけれど、それ以降は、自分のやりたい事を優先させてもらうよ。」

 「そ、そうですか・・・。」


 私の方針を受付の女性に伝えると、先程までの満面の笑みが嘘みたいに失われてしまった。



 「マジかよっ・・・!?」

 「身分証のためだけに登録に来たってのか・・・!?」

 「もったいねぇ・・・!俺があんだけの力を持ってたら絶っ対ぇ"一等星"を目指すってのに・・・!」

 「いや、"星付き"になるまでは結構活動するそうだぞ・・・?」

 「あいつなら"星付き"なんてすぐだろ・・・!?」

 「あれだけの力を持った奴が上を目指す以外にやりたい事って何なんだよ・・・。」



 相変わらず外野がうるさい。私の事を小声で話すなら、せめて私が視界に映らない所でやるべきだと思うのだがね。まぁ、あの手の連中は相手にしないに限るか。


 コソコソと話をしている連中の事など、どうでもいい。早速"星付き"になるために行動を開始するとしよう。


 「それで、依頼はどうやって受ければいいのかな?」

 「アッ、はいっ!依頼の受注は大きく分けて二通りあって、一つはそちらにある掲示板に張り付けられた依頼書をこちらにお持ちしていただいて、受注手続きを行う方法と、私達受付にギルド証を提示して、ランクに合った依頼を斡旋して受注する方法があります。また、それらとは別に常設依頼という依頼があり、需要が尽きない指定された品を規定数納品していただく事で依頼完了となり、報酬を受け取る事が出来ます。此方の場合は、通常の依頼よりも報酬はやや少なめになりますので、注意して下さいね。」

 「掲示板に張り出されている依頼は、どのランクでも受けられるのかい?」


 掲示板の方を見てみると、依頼書には目立つようにそれぞれ"初級"、"中級"、"上級"の文字が記入されており、その他にも星の印が付けられている物もあった。おそらく、依頼の難易度、もしくは適正ランクを示しているのだろう。


 「申し訳ありませんが、どれだけ実力があっても、御自身のランクよりも二つ以上、上回るか下回る依頼を受注する事は出来ません。」

 「実力があっても受けられないのは、その冒険者の誠実さを見るためかな?」

 「まさしく、その通りです。かつて、実力があるからと上位の依頼をこなしてランクを急速に上げた冒険者もいたそうですが、そういった冒険者は、ほとんどが傲慢であったり横暴な方が多かったそうです。それに、そういった冒険者は、低ランクの内に知っておくべき常識や心構えを身に着けていないので、それが原因でギルド全体が多大な損失をした事もあったそうですよ?そのため、冒険者の人となりを見るためにも、ランクに合わない依頼は受注不可とさせていただいてます。」


 なるほど、冒険者ギルドというのは、最初から今の制度になっていたわけでは無いのか。聞いた限りでは特例もほとんどなさそうだし、低ランクであっても偉業を果たした冒険者がいてもおかしくはなさそうだ。

 それを知るための、ギルド証の経歴欄だったりするのかもしれないな。



 では、日が沈むまで時間はまだあるのだし、早速依頼の一つでも受けてみるか。

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