第62話 囁き鳥の止まり木亭
「お姉さん、もう行っちゃうのー!?」
「もっと遊ぼうぜー!?」
「アンタ達!あんま他人を困らせんじゃないわよ!」
「あのっ!また、お話しさせてもらって良いですか!?」
シンが走って私の目的地である"囁き鳥の止まり木亭"へと向かって行ったところで、私もそちらへ向かおうかと思ったのだが、この場から離れる事を少年達から惜しまれてしまった。
クミィが二人の少年を咎めている。
彼女の思惑は、好意を寄せている少年から私を遠ざけたいのか、それとも純粋な善意なのか、私には分からない。とりあえず、質問には答えておこう。
「私はちゃんとした身分証を持っていないから、この街で何処かのギルドに所属しようと思っているんだ。あの宿で宿泊の手続きをして、ギルド証を受け取った後なら大丈夫だよ。」
「良かった!それじゃあその後で街を案内させてもらっても良いですか!?」
私としてはこの街の、書物が大量に保管されているという図書館に訪れたいところなのだが、こんなにも期待に満ちた目をした子供の気持ちを無下にしてしまうのは、流石に気が引ける。
だが、ギルドに所属するのにどの程度の時間が掛かるのかも予測できないため、今日の所は引き下がってもらうとしよう。
「そうだね。それなら、なるべく今日中にギルド証を受け取るようにするから、明日以降でお願いできるかな?」
「っ!?はいっ!しっかり案内しますね!!」
「俺も―っ!オレも案内するぞーっ!」
「アナタッ!なんか世間知らずっぽいから、アタシが色々と教えてあげるわ!」
「マイクとクミィが案内するなら、ボクも案内するー!」
おそらくだが、十中八九シンも一緒に案内したがるんだろうな。
つまり、この子供達五人に私は街を案内してもらう事になるわけだ。ところで、クミィが好意を寄せている少年はマイクというらしい。
まぁ、問題無いだろう。子供の案内ならば、流石に一ヶ月間も掛かるものではない筈だ。案内が終わったら遊んで欲しいとせがまれてしまうかもしれないが、その辺りは、何とかして乗り切ろう。
さて、足早に宿へと走って行ったシンをあまり待たせておくのも可哀そうだ。そろそろ子供達に別れを告げて、"囁き鳥の止まり木亭"に向かうとしよう。
シンと、その身内の会話の内容が聞こえてくる。
「ただいまー!父チャン!母チャン!客連れてきたぞー!」
「アンタ一人だけだけど、お客さんは何処だい?」
「あ、あっれぇっ!?さっきまでいたのに!?でも、ウチに泊まりたいって言ってたんだよ!?」
「シンシアッ!アンタまたお客さん置いて一人で来ちゃったのかい!?」
いかんいかん、子供達と話をしている内にシン(本名はシンシアというのか)が既に自分の家に着いてしまったようだ。
本当に足の速い娘だな。彼女の隣に宿泊希望者の私が居ないから、彼女が怒られそうになっている。
というか、案内しようとした客を置いてきぼりにして自分の家に到着する事が過去にもあったらしい。予想はついていたが、彼女は少しせっかちな性格らしい。
とはいえ、このままではシンシアが叱られてしまうな。宿へ急ぐとしよう。
"囁き鳥の止まり木亭"の大きさは、幅で言うならここに来るまでに見てきた住宅の四つ分はある。しかも、窓の位置からして間違いなく四階建て以上の高さだ。かなり大きな建築物といえるだろう。
尤も、この街はこの国の最東端。私のように旅行目的でこの街に訪れる者も少なくは無いのだろう。ならば、巨大な宿泊施設の存在は必須となるのは道理だ。
青い鳥の看板に合わせて屋根の色も同じく青い。周囲の建築物の屋根に青い屋根は見当たらないので、この屋根も良い目印になるのではないだろうか。
扉は、大勢が一度に出入りできるようにするためか、両開きの扉になっている。
・・・宿の扉が開きっぱなしだ。シンシア達の声が私の所までハッキリと聞こえてきたのは、これが原因と考えて間違い無いだろう。
「この宿で宿泊したいのだけれど、部屋は開いているかい?」
「あら、いらっしゃい!部屋の空きなら大丈夫だよ!」
「あっ!?姉チャン!遅いよぉ!危うく怒られるとこだったじゃんかー!」
「ごめんよ。他の子達と明日以降、街を案内してもらう約束をしていてね。」
彼女に遅れてしまった事を謝りながら、彼女の頭を優しく撫でる。今度は本当に、本当に気を付けて力を加減して。
「んふぇあぁ~、なんか気持ちいい~。」
「だらしない顔しちゃってまぁ、この子ったら。それでお客さん、宿泊はどれぐらいを予定してるんだい?」
「長くても一週間になるかな。王都にあるティゼム中央図書館とやらに行ってみたくてね。」
撫でられた感触が気持ちよかったのか、シンシアは何とも言えない声をあげ、恍惚ともいえる表情をしてしまっている。
そんな娘の表情に呆れながら、私の宿泊期間を勘定台(人間達は皆、カウンターというらしい)の先にいる彼女の母親が訊ねてきた。
私の旅行の目的がこの街にあったのならば、一ヶ月丸々宿泊してもいいぐらいには、既にシンシアや彼女の友人達に愛着が湧いている。
だが、私が行ってみたい中央図書館とやらは、ここよりもずっと西へ向かった先にあるティゼム王国の王都なのだ。あまりこの街に長居するつもりは無い。
「それなら、一泊銅貨20枚だけど、一週間で契約してくれるなら銀貨一枚と銅貨50枚にするよ。食事は朝と晩の二食で別料金。それでいいかい?」
一週間が八日間なので、本来ならば銅貨とやらが160枚必要なのだろう。つまり、銅貨100枚で銀貨一枚分の価値があるという事か。一週間分纏めて契約すれば、銅貨十枚が浮くというわけだ。
私の所持している銀貨は結構な量だ。例え一週間経たずにこの街を出る事になっても、資金面で痛手になるという事は無いだろう。
『収納』から銀貨を二枚取り出し、シンシアの母親がいるカウンターの上に置く。
「では、一週間分の宿泊手続きを頼むよ。・・・細かいお金が無いので、銀貨二枚で支払わせてもらうよ。」
「あらま!お客さん『格納』が使えるのかい!?こんなにすんなり使えるなんて、名のある冒険者だったりするのかい!?」
「いや、普段は森の奥で生活をしていてね。実を言うと、とあまり人の社会に詳しくはないんだ。これから何処かのギルドに所属して、正式な身分証も手に入れないといけなくてね。」
やはり人間達にとって別空間に物を仕舞う事の出来る、『格納』だの『収納』だのといった魔術は、使い手がかなり少ないらしい。
ここに来るまでの間に、大きな背負い物をした者達を何度か見ているので、一般的にはそういった入れ物に荷物を入れて持ち運んでいるのだろう。
そういえば、私も家を建てた時に、持ち運び用の袋を作ろうかと考えた事があったな。『収納』が使用できるようになったおかげで、必要性がまるで無くなってしまったけれど。
この『収納』や『格納』といった魔術、本当に便利である。この魔術を覚えるきっかけとなった騎士には感謝しておこう。
「姉チャン、普段森で暮らしてるのに、どうやってこの国の金を手に入れたんだ?」
「ん?家の
お釣りを受け取った私に、至極まっとうなシンシアの質問をしてきたので、貨幣を手に入れた経緯を説明する。
嘘は言っていない。私から見れば、"楽園浅部"は私の家の
「へぇ~、やっぱりどの国にも悪い事をする奴っているんだなぁ~。それに、姉チャンって強いんだな!」
「私が
「お客さん、竜人だったのかい!?あれまぁ、よく見たら立派な尻尾!」
「スッゲェんだぜ!この姉チャンにぶつかりそうになっちゃったオレの事、目で見てないのに尻尾で捕まえてフワァって持ち上げたんだ!トミーとマイクとクミィの事も、纏めて尻尾で持ち上げちゃったんだぜ!!」
シンシアの母親からは私の尻尾が良く見えなかったらしい。私が竜人だった事にも驚いたようだが、尻尾に気付いたら更に驚いたようだ。
シンシアは先程の体験を思い出したのか、興奮した口調で自分や友人達が持ち上げられた時の事を母親に説明している。
何気にもう一人、子供の名前が判明したな。なるほど、マイクと共に尻尾で持ち上げた少年はトミーと言うのか。
「お客さん、力持ちなんだねぇ、尻尾だけで子供三人纏めて持ち上げちゃうだなんて。・・・ん?ちょっと待ちな。シンシア、このお客さんにぶつかりそうになったってどういう事だい!?」
「あっ!?ヤバッ!?」
「シンシアッ!よそ見して走るんじゃないよって、いつも言ってんでしょ!?」
「ゴ、ゴメンって母チャン、かけっこに夢中になってて気づかなかったんだ。」
おっと、どうやらシンシアの発言には母親を怒らせるキーワードが入っていたようだ。まぁ、この娘の足の速さでよそ見をしていたら、通行人にぶつかってしまうのは無理も無いだろうからな。
先程の興奮した表情とは、打って変わって気落ちした表情が、少し可哀そうに感じてしまい、今後気を付けてくれればそれで良い、と擁護をしようと思ったのだが。
「ちゃんと前を見て走れってあたしは言ってんだよ!!!アンタそれで何回人様にぶつかったと思ってんだい!?!?」
「あぅぅっ。」
あっちゃあ。衝突の常習犯だったかぁ。それでは私には擁護も弁護のしようも無いな。ちゃんと反省してもらって、同じような事にならないようにしてもらわないと。
・・・・・・難しくないか?既に何度も同じ理由で怒られているという事は、このやり取りも何度も行っているという事だろう。もはや前を見ずに走ってしまうのは癖になってしまっているんじゃないだろうか。
だとしたら、大きなきっかけでもない限り、なかなか治るものでは無い気がする。少なくとも、明日になったら急に治った、という事にはならないだろう。
母親の怒り具合を見ると、きついお仕置きはありそうだが、大丈夫だろうか?
「今日は罰として、今から芋の皮むきをやってもらうよ!!」
「うえぇぇええ!?芋ォおお!?」
「文句を言わない!!さっさと着替えて仕事しな!!」
「はあぁい。姉チャン、また後でね~。」
お仕置きといっても、痛みを与えるようなものでは無いらしい。
とはいえ、遊びたい盛りであろう子供が、遊ぶ事が出来ずに仕事の手伝いをさせられるのは、堪えるものがあるのだろうな。シンシアは私に別れを告げた後、トボトボと奥の方へと進んで行った。
私が彼女に今してやれる事は何もない。あるとすれば、彼女が手伝いを円滑に行えるよう、心の中で応援をするぐらいか。
「ウチの娘が済まなかったねぇ。怪我してないかい?」
「問題は無いとも。むしろ、あの娘が怪我をしなかったか心配したぐらいさ。」
「他の同い年の子と比べて、やたら器用だし足が速いんだけど、どうにも落ち着きのない子でねぇ。よそ見して人にぶつかっちまうなんて、しょっちゅうなのさ。」
シンシアの母親は責任感が強いのだろうな。娘が他人に迷惑をかけたのならば、自分にも責任があると考えているのかもしれない。
それはそれとして、シンシアは足が速いだけでなく器用でもあるのか。皮むきと言っていたので刃物を使うんじゃないかと思ったが、大人が器用だと褒めるのであれば、問題無いのだろう。
シンシアが皮を剥いた芋とやらは、今晩の食事に出て来るだろうし、楽しみにしておこう。
「もう少し大きくなれば、落ち着いて来るんじゃないかな?」
「だと良いけどねぇ・・・・・・。あっと、ゴメンよ。部屋は階段上って二階の一番奥の部屋になるけど、それでいいかい?良ければ宿帳に名前を書いとくれ。」
娘に対しての要望をため息混じりにこぼして会話が途切れた所で、部屋の場所に問題が無ければ宿帳に名前を書くようにと促された。
娘の将来を心配しているためか、宿泊の手続きが途中であった事を忘れていたらしい。部屋の場所に特にこだわりは無いので、自分の名前を宿帳に記入する。
「ノアさん・・・ね。良し。それじゃ、これが部屋の鍵だよ。街の鐘が六つ鳴ったら夕食を出すからね。食べたくなったら、この場所に来ておくれ。」
鍵を受け取り、視界に映っていた上へ上る階段へと足を運ぶ。
それでは、門番が言っていたベッドと、清潔なシーツとやらを確認させてもらうとしようか。
扉の鍵を開けて、部屋の中に入る。
自然に行動してしまったが、私は鍵という物に触れるのがこれが初めてだったはずだ。当たり前のように使用してしまったが、これも私の知識の中に入っていた物だったのだろうか?まぁ、不都合は無いから良しとしよう。
部屋の形は直方体。一辺が大体私の身長の短い方が一人と半分ほど、長い方が二人分と少しある。
隅々まで掃除が行き届いていて、埃などは見受けられない。部屋の隅には机と椅子がある。書物でも手に入れば、この椅子に座って読むのも良いだろう。
他に部屋にあるものと言えば、木製で出来た四つ足の大きな四角い篭。私が余裕で入れる大きさだ。多分、これがベッドと呼ばれている代物だろう。
ベッドには、私の寝床と似た布製の袋に柔らかい物を敷き詰めたであろう敷物が、二つ置いてある。
つまるところ、此処で人間達は就寝をするという事だろう。この辺りは、私の寝床とあまり変わらないな。
試しに敷物に触れてみれば、滑らかな肌触りと、柔らかな感触が伝わってきて、間違いなく私に快適な睡眠を提供してくれる代物だと判断した。
日が沈むまでには時間があるし、寝心地を確かめるために、少し横になってみようと思ったのだが、身分証を手に入れる事を優先させるために、何とか踏み留まる事が出来た。
危ない危ない。肌ざわりそのものはフレミーが作ってくれた布の方が圧倒的に上だ。だが、この敷物は厚みがあるうえで、とても柔らかいのだ。
しかも二つある。それはつまり、滑らかな肌触りの柔らかい敷物に挟まれて寝る事が出来るという事だ。
断言しよう。絶対寝過ごす。目覚まし板を使用しても起きられない自信がある。
やった事が無いから出来るかどうか分からないが、その気になれば、一ヶ月間丸々眠り続ける事が出来るかもしれない。
これは、少し困ったな。折角久しぶりの出番があるかと思った目覚まし板が、役に立たなそうだ。
どうやって朝起床しようか?シンシアに頼んで、起こしてもらおうか。あの娘ほど元気な娘であれば、私を起こすのに遠慮などしないだろう。声も大きかったからきっと私を目覚めさせてくれるはずだ。
断られた場合はどうしようか。あの娘の性格上無いとは思いたいが、可能性は考慮しておかないと。私は睡眠をとらなくとも活動可能だし、いっそのこと睡眠をとらないという手も無くはない。
いや、無いな。自分て思いついておいてなんだが、それだけは絶対にない。興味のあった人間の寝具がようやく体験できるのだ。試さないという選択肢など、あるわけがない。
起床については後で考える事にして、とりあえず夕食までの間にギルド証を手に入れてこよう。
部屋を出て、シンシアの母親に冒険者ギルドの場所を聞いて、そちらへ足を運ぶことにした。
他のギルドにも興味はあるのだが、月一に上納金を収める必要がある以上、私のように普段は人間社会に出てこないような者には不向きだろう。
この問題をどうにか解決できるようになれば、気に入ったギルドに所属してみるのも、悪くは無いのかもしれない。
複数のギルドに所属する事は可能なのだ。ならば、最初に最低限身分を保証される冒険者ギルドに登録しておく事は決して悪手では無い筈だ。
教えてもらった冒険者ギルドは、かなり近い場所にあった。噴水広場から西門へ向かう道へ出て直ぐだ。
施設は一般的な住宅よりは大きいが、"囁き鳥の止まり木亭"ほどの大きさは無い。というか、あの宿よりも大きな建築物を今のところ確認していない。私が宿泊する場所は、結構良い場所なのではないだろうか?
扉は、これ、扉といって良いのだろうか?大きめな入り口に両側から四角い板が張り付けられているような見た目をしているのだが、上下ともに板の面積が足りておらず、完全に密閉できていない。
これでは外から施設内に埃が入り放題だし、万が一襲撃をされた際に防衛面でかなり不利じゃないだろうか。
内側にも外側にも開閉可能なようで、出入りは簡単そうだが、ちゃんとした施錠は出来なさそうだ。人の出入りが多いからこのような構造をしているのだろうか?
まぁ、私が気にすることでは無いだろう。施設の中へ入るとしよう。
施設の中には、何人か人の気配がする。冒険者ギルドに所属している者達は街の人々から浮浪者やならず者の印象を持たれる事も少なくないと門番が言っていたが、果たして、どんな者達がいるのだろうな。
施設に入って最初に目に付いたのは、左右を厚めの木板で区切った、カウンターのような机が並んでいる光景だ。
机にはそれぞれの区切りに若者が一人ずつ、性別を問わずに(いや、女性の方が比率が高いか)座っている。
受付、で良いのか?とりあえず距離的に一番近い真正面にいる女性に話しかけるとしよう。相変わらず周囲から視線が突き刺さるが、門から入って噴水広場に出るまでの間に大分慣れた。どうという事は無い。
受付の女性の所まで歩み始めて数歩歩いた時だ。
「よう!姉ちゃん、依頼なら俺達が引き受けるぜ!」
あまり清潔そうではない五人の男性が、正面から囲んで進行を塞ぐように私に話しかけてきた。
いや、確かに私は手ぶらな状態だ。装備も何もない。荷物も無い。だからと言って、依頼を持ち込んで来た、と即座に判断するのはどうなんだ?
私の外見が整っているから近づいてきたのだろうか。浮浪者やならず者の印象を持たれているとは聞いていたが、施設に入って直ぐにこれなのか?
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