第14話 初めての女子会
さて、広場の地面を均していったことで分かったことがある。
動物がいない。
いや、本当に全くいない。辛うじて一つだけ反応があったが、それだけだ。まさか雨雲を消し飛ばす際に巻き込んでしまったのか。そんな恐怖を私の頭をよぎるが、すぐにその可能性を否定する。
この辺り一帯は常に私が放出しているエネルギーが行き渡っているため、ある程度の状況を確認できるのだ。あの時、エネルギーを集中させていた時に、この辺り一帯に動物がいないことは確認できていた。その前に見送った"老猪"と出会った場所は、もっと先の方だった筈だから、彼が巻き込まれていることも無いだろう。
"老猪"は緊急事態だったとして、それ以外に出会ったのが、"角熊"くんだけだ。その"角熊"くんの反応も水路を作っていた時から、感じ取れなくなって久しい。
そして、このたった一つの反応。広場の端を均していた時に私の感知範囲の本当にギリギリの位置で確認できたのだ。それが何者なのかは、すぐに分かった。
蜘蛛だ。
その体は、私の頭よりも大きい。すぐに感知範囲から居なくなってしまったが、出来る事ならば会ってみたい。
私は、行動の優先順位を家を建てることから、蜘蛛に会いに行くことに変更した。
理由は"角熊"くんの時と同じ理由だ。家を建てることを優先して蜘蛛の行方が分からくなる、という事態を避けたい。
蜘蛛を確認出来た場所へ向けて移動をする前に、私は、再び崖へと向かった。木材を置いた面積より一回り広い巨大な岩の板を五枚、崖からくり抜くそれらを木材を置いてある場所へ持って行き、全体を囲うようにして四方を囲み、もう一枚を上にかぶせて蓋をする。
また雨に降られて、木材を駄目にするわけにはいかないからな。
木材を囲い終わったら、今度こそ蜘蛛を探しに移動を開始する。
軽く脱力し、蜘蛛を確認した方角へ体を向けると、私はエネルギーを少量両足へ送り、『跳ぶ』、と意思を込め、少しの助走をつけた後、前方上空へ跳躍した。
直後に私の身体は樹木よりも高い位置まで上昇し、その真下には一面、樹木が広がっている。後ろを振り向けば、既に視界に映る広場は、小さくなっている。あれほど広大な土地が小さく見えているのだ。一度の跳躍で相当な距離を進んだのだろう。
高度が下げり始め、樹木にぶつかりそうになれば、その都度、尻尾をあてがい、樹木にぶつからないよう、軌道を逸らしていく。勢いが付きすぎたため、地面に着地した際、少しだけ、衝撃を吸収しきれず、地面を爆ぜさせてしまった。
これも、意思を込めたエネルギーを用いて、緩和させることができるだろうか。おそらくできるだろう。広場に帰る際にやってみよう。何にせよ、目的地に到着だ。
さて、私の放出しているエネルギーに感覚を向ければ、ここから、少し離れた場所に蜘蛛の反応を感知することができた。樹木の枝にに巣を張っているようだ。
歩を進め、蜘蛛の所まで歩いて行く。
蜘蛛の巣まで来てみれば、その全容が明らかになる。
一見しただけでは、身体は白く所々に青緑に輝く模様がある。足も白く、そして太い。節の部分は青くなっていて彩を鮮やかにしている。
が、よく見てみれば、それは彼、いや違う。彼女は女の子だ。彼女が発しているエネルギーがそう伝えている。まぁ、ともかく彼女の体色だと思ったそれは体毛の色だった。まるで毛皮のように細かく密度のある体毛が、彼女の全身を覆っている。撫でたら、とても気持ちよさそうだ。
もっと近くで見てみようと思い、彼女、"毛蜘蛛"ちゃんの巣が掛かっている枝まで飛び上がり、枝に腰かける。
なんと、"毛蜘蛛"ちゃんが此方に寄ってきている。彼女の発するエネルギーからは敵意を感じない。
そう。発するエネルギーから感情が感じ取れたのだ。読み取れる感情は、興味。彼女は、私に興味を持ってくれているのだ。
確かに、エネルギーには意思を乗せることができたが、感情を含ませることができたのか。新しい発見のお礼に私は彼女に何かしてあげたくなった。
巣から離れ、私の腰かける枝へと体を動かしてくる。彼女の眼は、偏光性を持ち、見る角度で、赤、青、緑、と美しく光を反射させて輝いている。眼の一つ一つがクリっとしていて、とても可愛らしく見えた。
私の腿の近くまで来た彼女は、なんとその場から飛び跳ね、膝の上に載ってきてくれた。そして、私の顔を見るように体を動かし、その場にとどまる。
私は今、とても感動している。今まで機会は極めて少なかったが、私が今まで出会い触れた動物は、皆私から触れている("
あまりに嬉しく、私は目を細めて"毛蜘蛛"ちゃんを見る。とても愛おしい。無意識の内に私は彼女の頭胸部を右手で優しく撫でていた。細く、柔らかで、隙間なく生えわたっている彼女の体毛の触り心地はとても素晴らしい。彼女のエネルギーが小さく波立ち、喜色を私に伝えてくれる。こちらこそ。とても嬉しいよ。
私は尻尾の届く範囲で一番、エネルギー量、密度が大きい果実を、尻尾を伸ばして取ってくると左手に持ち鰭剣で真っ二つに切り分け一つを尻尾で掴んで、"毛蜘蛛"ちゃんに差し出した。
一番いいものを選んだだけあって、その味は特に美味しい。先程よりも強い喜色を含んだエネルギーを感じて"毛蜘蛛"ちゃんをみれば、果肉に牙を突き立てて一心不乱に果実を食べている。皮は食べないのだろうか。今のところ彼女が皮を食べる気配はない。
思い返してみると、私が何かしらに干渉する際、私の身体以外で、そのほとんどに抵抗を感じていないことを思い出す。
石を握った時。果実を食べた時。崖を殴り、蹴り、鰭剣で切り付け、突いた時。崖からくり抜いた岩を持ち上げた時。"角熊"くんの腕をつかんだ時。魚を食べた時。水路を作った時。"死猪"と戦った時。
思い返してみると、その中で抵抗を僅かにでも感じることができたのは果実の外果皮、内果皮に牙を突き立てた時ぐらいだった。
それはつまり、私が普段なんとなしに食べていた果実の皮が、非常に硬いものだったということになる。
ということは、だ。
もしかしなくても私が"角熊"くんの前で果実を齧ったり、真っ二つに切り裂いたのを見せた時に、物凄く怖がられたのは、彼が傷付けることができないものを、私が目の前で平然と破壊したからなのか?
そりゃ、怖いか。
今のところ、私は私よりも強い力を持つものを知らないが、どうあっても勝てない相手に、目の前で力を誇示されたら、怖いのだろうな。
何というか、済まない。食事で仲良くなるなら、川の魚を捕ってきた方がよかったのかもしれない。とんだ失敗だ。せめて、あの場に置いてきた果実の味を、知ってくれているといいのだが。
私が、果実を食べながら過去を振り返っていると、"毛蜘蛛"ちゃんも果肉を食べ終わったようだ。
こうして、ただ一緒に美味しいものを食べている時間のなんと幸せなことか。未だに撫で続けていた右手を"毛蜘蛛"ちゃんの頭胸部から離すと、彼女は自分の巣へと戻っていった。私も自分の家を建てなければ。
そう思い、枝から地面に飛び降り、広場の方へ戻ろうとした時だ。
〈ゴ チ ソ サ マ ア リ ガ ト〉
私が"毛蜘蛛"ちゃんの巣のある場所を見上げると、彼女が此方を見て前足をこすり合わせていた。
"毛蜘蛛"ちゃんのエネルギーからは、明確な感謝の感情が含まれていて、それどころか、拙いながらも、私に明確な言葉を伝えてきてくれたのだ。
自然と頬に雫が流れ落ちていった。
こんなにも、嬉しいものなのか。誰かに感謝されるというのは。そして、孤独が埋められるというのは。二つの嬉しさが私の涙腺を緩ませ、意識を覚醒させてから、私は初めて涙を流した。
私は、幸せ者だ。初めて流した涙が、喜びの感動によるものなのだから。
広場へと戻る私の足取りは軽い。今の私は、孤独ではないのだから。
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