森の住民達

第13話 角があって、尻尾があって、縦長の瞳孔。 さて、私は

 しばらく呆然として目の前の光景を見つめている。


 ・・・とんでもないことをしてしまった。

 以前視界いっぱいに広がっていたはずの樹木は、きれいさっぱり消し飛んでしまっている。


 確かに上空に向けて放ったはずのエネルギー放出。しかし、その効果範囲は、私の想像をはるかに超えて広域だったということだ。

 足元を見れば、寝床にしていたクレータすらも無くなってしまっている。せっかく半日かけて突き固めたのに、台無しである。幸い、ここまで引っ張ってきた水路とため池、排水路は無事であることが確認できた。


 土器を作ろうとして貯めた土は、横殴りに振り続けた雨のせいかそのほとんどが流されてしまっていた。誰だか知らないが、雨雲を作った奴め。いつの日か会うことができたのなら、文句の一つでも言ってやらないとな。


 今のこの森の状態を見ても自分の寝床がどうとか、生活環境がどうとかは、流石に言っていられない。消し飛ばしてしまった場所を調査しよう。


 まずは、消し飛ばしてしまった場所全体を視認するために、樹木の五倍ほどの高さまで飛び上がる。

 視線を下に落として視界に映ったのは、扇状の茶色にそれを囲うように深緑が映った。その広さはあまりにも広大で、最も距離が開いている場所は、端から端までの距離が寝床から滝までと同じぐらいはある。

 幅も広く、この扇状の図形を四つ並べれば、歪な形ではあるが、円が出来てしまうほどだ。この広さは最早滝の池ですら、比較対象にならない。

 

 エネルギーの放射角度と、影響を及ぼした範囲を鑑みるに、私が放ったエネルギーの奔流はざっくりとみて、30万歩ほど先まで届いたのではないだろうか。


 地上に降りて、最寄りの深緑と茶色の境界まで足を運ぶ。


 我ながら、酷いさまだな。エネルギーの奔流の影響を、ギリギリの範囲で受けてしまった樹木達は、緩やかな弧の坂を描くように、綺麗にくり抜かれたように削れている。そして、悲しい事に、彼らからは、既にエネルギーを全く感じない。彼らは、死んでいるのだ。


 これは私が意思を込める際に『消し飛ばす』、という明確な意思を持ったからだろう。仮に『吹き飛ばす』、と意思を込めた場合、大地は派手に抉られ、樹木は丸ごと引っこ抜かれ、大規模な土砂の奔流となって、今以上に森林を破壊してしまっていただろう。


 改めて私は自分について考える。

 角があって、尻尾があって、瞳孔が縦長で、口からなんかヤバイものを放出する。そこから鑑みるに、私は。



 ドラゴン、だよなぁ。私。規格外にも程があるが。


 幹を消し飛ばされて、命を終わらせてしまった樹木達を見やる。

 彼らには本当に申し訳ない事をしてしまった。このままにしておくのも忍びない。責任を持って、有難く、木材として頂戴しよう。私が終わらせた命だ。私が有効活用する。


 私は尻尾と腕を用いて、死んでしまった樹木達を引き抜いていき、まっさらな土地の中央部へと運んでゆく。気持ちを切り替えて、彼らを用いて、雨風を凌げる家を建てるとしよう。彼らの生前の姿に恥じない、立派な家だ。この場所を、私の生活圏とするんだ。



 時折果実を食べながら、五日ほど掛けて、ようやくすべての木の根を引き抜くことができた。


 鰭剣きけんを走らせて、根と幹を切り分ける。幹を均一の大きさの直方体に加工していく。いつものことながら、私の尻尾に鰭剣が付いていて本当に良かった。そうでなければ、碌に石材も木材も手に入れることができなかっただろう。


 加工を終えたのなら、家を建てようかと思ったのだが、その前にこのまっさらな土地をしっかりと固めてしまうことにした。それなりの硬さは感じられるが、雨が降った時のことを考えると、少し不安を覚えてしまう。


 私は寝床があった場所に戻ってくると、少し実験をしてみることにした。

 鰭剣にエネルギーを少量込めて『貫く』、と強く意思を乗せただけで、地面に私の最大限伸ばした尻尾の長さよりも深い場所まで穴を開けてしまったのだ。

 鰭剣でなくとも、手にエネルギーを集め、『切断する』意思を乗せたのであればどうなるか、検証したくなったのだ。上手くいけば、今後のあらゆる活動において効率が飛躍的に上昇するだろう。


 まだ破壊をしていない真新しい崖の前に立つ。右手に少しだけエネルギーを集め、掌を手刀の形にする。『切断する』という意思を右手に乗せて、崖に向けて斜めに腕を素早く振り下ろす。

 崖に大きな切れ目が出来た。右手の状態を維持させたまま数回乱雑に腕を振り回すと、私の身体よりも大きな岩の塊が複数個、綺麗な断面を見せてくり抜かれていく。

 足でも同様のことをしてみれば、結果もまた同じとなった。足で行った分、力が強いため、より大きな岩となったが。


 使える。


 このエネルギー、制御を覚えれば覚えただけ、応用が利くようになる。最初にエネルギーを右手に込めていた時、エネルギーが光となって私の拳を覆っていた。体外にエネルギーが、物理的に影響を及ぼせる状態となっていたのだ。

 ならば、そこから更にエネルギーを操作して、形状を変化させることは出来ないだろうか。やってみよう。

 右手に集中させたエネルギーが、以前のように私の拳を覆っている。右手のエネルギーに意識を向けて鰭剣の形を真似て変化させてみる。光が拳から引き延ばされていくと、私の腕ほどの長さの棒状の光となる。さらに厚みを薄くして先端を尖らせる。

 剣の形状を模らせることはできたが、表面は激しく波打っている。体から離れたエネルギーが安定していないのか。剣状となっているエネルギーにさらに意識を向けて動きを固定させる。



 握りしめた拳から、七色の光の剣が形成されていた。


 この光の剣、物理的に存在しているらしく、そのまま触れることができた。

 光の剣をゆっくりと、くり抜いた岩に当てていくと、鰭剣を押し付けた時のように、抵抗なく岩に刺さり、切り裂いてしまった。

 ならばと、岩に突き刺した光の剣に、『熱で溶かす』、という意思を乗せてみれば、瞬く間に光の剣が触れている場所から、岩が赤熱して溶けていった。

 今度は、『熱を奪う』、という意思を光の剣に乗せると、先程まで赤熱していた岩は、瞬く間に冷却され、更には岩全体を霜が覆っていた。


 念のため、光の剣ではなく、エネルギーを纏わせた体で同様のことを行ってみれば、同じことができた。つまり、これらの事象はエネルギーを介して発現しているということか。


 まさか、ここまでのことができるとは。


 ふと思いつき、果実を取ってくる。右手に少量のエネルギーを集め『冷やす』と意思を乗せる。とってきた果実を右手に持ち、『冷やす』意思を乗せたエネルギーを少しだけ送る。

 そのまま果実を一度齧ってみれば、冷たく冷やされた果実が、私の口の中を冷やす。味は変わらない筈なのに、冷たい、というだけでこうも変わるものなのか。大変すばらしい。

 今までも美味いと感じてきた果実が更に美味いと感じられるようになった。これはとても嬉しい。さらに意思を込めたエネルギーを果実へ送り、先程の岩のように、表面に霜を作らせた。霜を纏った果実を齧ってみれば、今までと違い、シャリっとした食感が、私の舌を楽しませてくれた。


 悲しい事もあったけれど、嬉しい事もあった。出来ることが増えていくというものは、実に素晴らしいな。


 思いついたことをその都度、試していたため、行動がだいぶ本来の目的から逸れてしまったが、そろそろここまで来たことの本来の目的を果たすとしよう。


 私はエネルギーを鰭剣に集中させ、更にそこから光の剣を発生させる。手で出来たことなのだから、尻尾でもできると思って試してみたが、上手くいったな。そのままさらにエネルギーを光の剣に送っていき、その長さを引き延ばす。私の身長を優に超えるほどの長さの光の剣が鰭剣から伸びている。


 尻尾を伸ばして振るい、森の樹木よりも太い巨大な柱の形に崖を切り付裂き、崖からくり抜く。

 これだけの巨大な岩の塊なのに、私は片手で、何のことも無いように、持ち上げることが出来てしまえるんだな。


 くり抜いた岩の柱をさらに切り付けて綺麗な円柱の形に加工する。私は軽く持ち上げることができるが、本来であれば相当な重量物だろう。

 これをあの広場で転がしていけば、労せず地面を均し固めていくことができる筈だ。早速岩の柱をすぐ近くの広場の入り口まで持って行き、転がしていこう。



 一日掛けて、じっくりと、丁寧に地面を均し、固めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る