閑話 "彼女"に対する反応3


 同日

 ―――魔王城執務室にて―――


 一組の男女が書斎机を挟んで向かい合っている。色とりどりの布を体に巻き付けた派手な衣装の男が、机の椅子に腰かける少女に入れたての紅茶を差し出す。


 「陛下。お茶が入りました。」

 「ありがとう。ねぇ、ユンクトゥティトゥス、"深部"の魔力反応について、あれから何か分かった?」


 紅茶を受け取り、音を立てずに一口味わう。目を閉じ、その味に満足しているのか、少女(魔王の執務室。それも書斎机の椅子に腰かけているため、彼女が魔王なのだろう)の質問している声は僅かに弾んでいる。


 「はい。やはり巫女様が仰っていた通り、"アレ"はの魔力だそうです。」

 「あれが単一・・・・・・頭を抱えたくなるわ・・・私達を含めたこの国の民たち全員でもあんなにはならないのに・・・」


 帰ってきた答えに、つい先程までの陽気な魔王の声色は、元からそんな陽気な声は無かった、とでも言わんばかりに沈み込んでいる。


 「それだけではありません。」

 「今の情報だけでも頭が痛いっていうのに、まだなにかあるの?」

 「はい。魔力色数が判明しました。」


 ―――魔力色数―――

 

 魔力の性質とは非常に複雑だ。種族間ではもちろん、同族であっても家系、性別でその性質が異なっており、例え瓜二つの双子であっても、完全に同質の魔力にはならない言う結果が出ている。その上、個人間で魔力量、密度にも違いがある。この二つの要素は訓練や修練、戦闘によって、増加させることができるが、そんな中、生まれつき不変の要素も存在する。

 それが魔力色数である。魔力には色。すなわち属性が存在している。魔力を持つものならば、誰もが必ず持つものである。自分と同じ属性ならば、魔力を使用する行為全般、優位に働くことになるだろう。

 なお、一部の人間の国では、所持していない属性は相性が悪く、対立した属性の魔術は使用できない。と言われているが、そのようなことは全くない。

 この属性、一人につき一つとは限らない。そして、重要なのは複数の魔力属性は、互いを高めあう。という性質を持つということだ。同じ魔力量、魔力密度を持っていても、魔力色数が一つ違うだけで、大きく実力に差が出てしまうのだ。

 それというのも、複数の属性を持つものが魔力を使用した場合、属性同士が威力を高め合いながら、持っている属性の数と同じ数、同時に重ねて使用している。という事実が確認できたためである。

 そのため、複数の魔力色数の数による魔力消費行動の威力は、少なく見積もってみても加算ではなく、乗算で発現する。


 「掛ったわね。で、何色だったの?三色?四色?まさか、五色だなんて言わないわよね?」

 「はい。陛下。三色でも四色でも、まして、五色でもありません。」

 「そ。なら、一応、安心はできるか・・・これ以上悪いニュースがあったら、紅茶を噴き出していた所だったわ。」


 世界で確認されている魔力の属性は八つ。そのうちの一つ、黒は死の属性であり、"蘇った不浄の死者アンデッド"のみが持つ属性だ。代わりに、"蘇った不浄の死者"は黒以外の魔力色を持たない。現在までに知られている魔力色数が最も多い者は、五色。今代の魔王は四色である。

 故に、相手が史上最大量の魔力の持ち主であっても、魔力色数で勝っているならば、まだ勝機が望める。魔王が音を立てずに紅茶を一口飲み、安堵のため息を吐く。


 だが―――


 「噴き出してください。紅茶。」

 「はい?」

 「陛下。魔力色数は三でも四でも五でも無く、七です。」

 「何ですって?」

 「ですから、七です。陛下。考え得る限り、最悪中の最悪のパターンです。どうぞ、噴き出してください。」

 「んっ・・・ぐっ・・・ぐっ・・・ぶぅぅぅううううううっ!!!」


 帰ってきた答えを受け入れられず、もう一度聞き返せば、全く同じ声色で同じ答えが帰ってきた。駄目押しのように放たれた煽りの一言で吹っ切れた魔王は、カップに残った紅茶をすべて口に含み、自分を煽ってきた家臣、ユンクトゥティトゥスに向けて、過剰な勢いで紅茶を噴き付けた。


 「陛下。はしたないですよ。花も恥じらう乙女でしょう。」

 「噴き出せって言ったのは貴方でしょうが!!!」

 「先に噴き出すといったのは陛下です。」

 「んぐぐぐ・・・・・・。」


 噴き付けられた紅茶はユンクトゥティトゥスに届く前に、彼の魔法によって一滴も残さずカップへ戻される。彼が魔王を窘めれば、すぐさま誰のせいだと魔王が抗議するも、至極まっとうな返答をされる。全く持ってその通りであるため、唸り声を上げる事しかできなくなっている。


 「んぐぐぐ、ではありません。陛下。もう一度言いますが、七色です。七色。」

 「二回言ってるじゃない!!四回も言わなくても分かってるわよ!!何なのよ七色って!!!」

 「前代未聞です故・・・少なくとも城にある書物に記録されているものは一つもありません。」

 「うあー・・・どうすんのよこれぇ・・・・・・そもそも分かったところで何とかできるもなの?」


 無慈悲に突きつけられる現実に、魔王の気分がどん底まで落とされる。一国の主として少しでも状況を良くできないか、思考を巡らせるが、改めて突きつけられる現実に、諦めの感情が沸いてくる。


 「どうしようもないでしょうね。目の前に現れたらダメもとで命乞いでもしてみましょうか?」

 「暢気なものね。そもそも、全くの未知の存在なんだし、意思疎通なんてできるとは思わない方が良いんじゃないの?」

 「あくまでも気休めのジョークですから。それに、一縷の望み、というものはなかなかに馬鹿に出来るものではございません。私がこれまでお仕えしてきました、お歴々の方々も・・・」

 「ものによるでしょう。それに、ママやおじいちゃんの一縷の望みって、すんごい下らないやつじゃなかったっけ?」


 ユンクトゥティトゥスは非常に長寿であり、これまで五代に渡って魔王の補佐を務めている。故に、新任の魔王に対して先代以前の魔王のエピソードを語り、それを教訓にさせようとする。

 といっても、大抵は下らない内容であったり、教訓にするにしても反面教師にしかならないようなエピソードばかりだが。今回もその類だろう、と判断して話の途中で遮って会話を終わらせた。


 「先代様は5時間後に開かれるパーティーへ、入らなくなったドレスを着ていくために、3セム腰回りを痩せさせる手段を。先々代は、限定5つのみの幻の銘酒の抽選会の当選でございます。」

 「なにをどう考えたら、今回の状況と同列に扱えるのよ。というか、ユン、ママが五時間で瘠せたって話、詳しく。」


 結局語られた内容は、現在直面している事態とは比較にならないほど下らないものだった。が、女性にとって、聞き捨てならない話の内容に興味が沸き、ユンクトゥティトゥスに自身の母のエピソードの詳細を求める。


 「申し訳ございませんが、トップシークレットとなっております故。それと、パーティーまでに五時間ですので、移動や準備のことを考慮しますと、最大限長く見積もっても、三時間かと。」

 「いちいち細かいわね。ていうか、私、魔王なんですけど?この国で一番偉いんですけど?」

 「先代様から誰にも教えるつもりは無い、と伺っております故。無論、私も詳しくは存じません。」

 「じゃあ、しょうがないわね。」

 「それと陛下。」

 「何?」

 「この国の主である魔王陛下が、この国の信条に真っ向から喧嘩を売っていく行為は、いささかどころの騒ぎではないかと。」

 「悪かったわよ。悪ノリしちゃったのよ。すみませんでしたっ!」


 詳細を知ることができないことが分かると、素直に諦めるが、その前の言動に対して、ユンクトゥティトゥスが魔王を非難する。

 アドモゼス歴以降新生魔王国は、理不尽に振るわれる権力に屈しない心の強さを民に求め、そして、権力を持つ側は、権力を我欲を満たすために用いることを許してはならない。それを国の信条の一つとした。

 そのため、先程の魔王の発言はもし公共の場で聞き取られていた場合、非難の嵐を見舞うことになっただろう。

 ちなみに、現魔王の祖父は、例の銘酒を手に入れるために権力を振りかざそうとしたことが、妻に発覚されたため、その場で妻に締め上げられ、更に国民全員から罵倒の言葉を浴びせられた、という醜聞がある。


 「陛下。」

 「今度は何よ。」

 「お腹周りが気になるので?」

 「花も恥じらう乙女に何聞いてんのよっ!!!」

 「陛下。花も恥じらう乙女ならばそれ相応の振る舞いが。」

 「誰のせいだと思ってんのよ!!!」


 何気なくユンクトゥティトゥスの呼びかけに答えた後、年頃の女性はおろか、大半の女性にとって、聞いてはならないような質問を臆面も無く聞いてくる態度に、魔王がキレた。

 机の下にいつでも手に取れるように常備してある、特殊加工を施したハリセン(衝撃と音だけは大きいが、ダメージは無い。対ユンクトゥティトゥス専用のツッコミアイテム。)を手にして、顔を真っ赤にしてユンクトゥティトゥスに殴り掛かった。




 「で、結局何の話だったっけ?」

 「"深部"の"アレ"が意思疎通可能かどうか、です。陛下。」

 「あぁ、それが一縷の望みって話になったんだっけ?」


 小一時間ほどの攻防の後、お互いの呼吸が落ち着いたところで、話の内容を戻す。


 「はい。陛下。"アレ"と意思の疎通が可能であれば、陛下が土下座でも何でもして、国民の安全の保障をしていただく。という話です。」

 「ちょっと?」

 「冗談です。」

 「シャレになってないからね?後、意思疎通をするには基本的に言葉を理解する必要があるのよ?"アレ"が知的生命体で、尚且つ、偶々この国の言語を理解している必要があるの。そんな可能性、あると思う?」

 「限りなくゼロに近いからこそ、一縷の望みというのです。陛下。」

 「その先にあるのが私の尊厳の損失なんだけど?」

 「陛下の尊厳一つで国全体の安全が保障されるのであれば、安いものではないですか。百貨店の閉店セールよりもはるかに大特価ですよ?陛下。」

 「まさしくその通りなんだけど、その例えは何なのよ・・・。」


 ユンクトゥティトゥスから提示される案に、呆れた声で返すも、実際のところ、理に適ってはいる。

 どうあがいても勝利することのできない相手には、従うしかないのだ。相手の気分次第で物事が決まってしまう。そんな存在に対峙してしまったら、多くの民の命を背負っている以上、機嫌を損ねないようにするしかない。


 「とにかく、私は意思疎通ができないものとして行動するわ。もしできたのなら、そいつの前で土下座でも、裸踊りでも、ご飯的な意味での生贄でも、何でもやってやろうじゃない。」

 「本気ですか?」

 「あるわけがないって断言できるから、これだけのことが言えるのよ。」

 「先程、紅茶噴きましたよね?」

 「この私の予測が、そう何度も外れてたまるもんですかって話よ!それに、危なくなっても、貴方がいるでしょ?」

 「この命に代えましても・・・。」

 「頼むわね。私は同じ一縷の望みなら、もっと前向きに考えるわ。」


 尊厳を失うどころの話ではない宣言を掲げると、正気を疑うかのようにユンクトゥティトゥスが魔王に問いかける。

 彼女は自身の予測に自身があるのか、考えを改めるつもりは無いようだ。すかさず揚げ足を取ってくる家臣に信頼の言葉で返す。

 再び返された言葉は、彼女が小さなころから、何度も聞いたセリフだ。実際、ユンクトゥティトゥスは歴代の魔王の命を幾度となく救っている。

 しかし、言葉とは裏腹に彼が命の危機に陥ることはこれまで一度もなかった。魔王と共に生きていくことを信条とする彼にとって、魔王とは命に代えてでも守る存在であると同時に、自分が死ぬときは魔王と共に死ぬ時だとも思っているのだ。

 

 「陛下の一縷の望みとは?」

 「ユンクトゥティトゥス、プラウスタータ増幅陣の準備をして。」

 「よもや、陛下。」

 「"深部"を、封印するわ。」


 魔王は文字通り一縷の望みを賭け、とある装置の作動をユンクトゥティトゥスに指示する。




 "彼女"の目覚めまで後、15日。

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