閑話 "彼女"に対する反応2


 同日

 ―――とある冒険者が活動する街―――


 軍事大国とは別の大陸にある"楽園"に地続きの場所にある町の一つ。その場所の宿屋で一組の男女が食事をしながら会話をしている。


 「聞いたかよ?"楽園"の話。」

 「聞いてるよ。掲示板に"楽園"深部の調査依頼が出てた。」


 今はちょうど昼飯時自分の顔ほどもあるステーキを齧りついている男性と、肉と野菜をふんだんに用いて、一晩じっくりと牛の乳で煮込んだクリームシチューをパンと共に食べる女性が、早速話題になっている"楽園"についての話をしている。


 「依頼主は馬鹿なのか?浅部でさえ未踏の地なのに深部の調査なんてできるわきゃねぇだろ。」

 「報酬は煌貨こうか50枚だってさ。お金欲しかったんでしょ?良かったね。十代ぐらい先まで遊んで暮らせるよ。」


 ―――煌貨―――

 

 世界の貨幣は国によって違う形状をしているが、使用している素材は同じであるため、大体どの国でも両替ができるが、そのほとんどは偽金を防ぐために各国特有の配合にした合金製である。

 しかし、今話題に出た煌貨はその逆であり、不純物が一切含まれていない。

 偏光性をもった特殊な金属を、鉱石から錬金術でのみ、少量精製することができる。その比率は一般的に100億:1といわれている。

 そうして得ることのできたほんのわずかな精製物をかき集め、錬金術の装置によってコインの形状に錬成される。その錬成コストは1枚の煌貨を作るのに煌貨3枚分の対価が必要だといわれている。

 仮に煌貨を1枚手に入れることができたなら、それだけで庶民は一生遊んで暮らせるだろう。仮に話に出ていたように50枚の煌貨があったのならば小さな国ぐらいなら容易に王として君臨することができるだろう。


 「そんな金ホントに用意できんのかよ?絶っ対ぇ生きて帰ってくるなんて思ってねぇだろ?もしくは子飼いの密偵に気を抜いたとこで始末させて失敗した事にさせんじゃね?」

 「相変わらず発想がエグイね。まぁ、否定しないけど。」


 悪態をつきながら会話を進める彼らは、冒険者と呼ばれる、指定された魔物、魔獣の討伐や素材の採取を生業とする者達だ。成功すれば得られるものは非常に多いが、それが出来るのはほんの一握りである。

なぜならば、失敗すれば、その代償は自分の命になり得るからだ。

 だがそれだけではない。彼らが話していたように、危険に身を晒さずに富を得たい強欲かつ卑劣な者によって、富と命の両方を奪われた冒険者がいないわけではないのだ。


 「そもそも誰だよ?んな馬鹿げた依頼出したの。」

 「依頼主は、いつものオシャントン商会。」

 「ハイ終了!馬鹿で合ってました!受けるわきゃねぇだろぉが!!」

 「ダヨネー。」


 出された依頼主の名前に即座に反応し、依頼主をこっぴどく罵倒する。相片もそれを否定することなく軽い態度で同意している。

 オシャントン商会とやらは彼らに非常に嫌われているらしい。この反応も、いつものことのようだ。冒険者にここまで嫌われながらも、未だに商会を経営できているあたり、よほどあくどい商売をしているのか、それとも膨大な富にものを言わせているだけなのか。


 「もっとまともな依頼の話をしろよ。ネズミの餌にすらなりゃしねぇよ。」

 「ハァイ、お二人とも。ご機嫌いかが?」


 まともではない依頼に対して、何の価値もない、と悪態をついていたところ、幼さを感じさせる甲高い少女の声が、食事をしていた二人に掛けられる。


 「馬鹿が出したクソみてぇな依頼にケチ飛ばしてたとこ。」

 「何かいい依頼あった?」

 「"楽園"の調査依頼が来てたわ。あ、私ハーフランチセット。こっちの娘は大盛りランチセットね。」


 甲高い声の主である、金髪の少女が同じテーブルに腰かけ、自分の見つけた依頼を話すと、給仕に、自分と、もう一人の昼食を注文する。彼女の隣に、フルプレートメイルを着込み、フルフェイスの兜までかぶっている、彼女の倍近い巨躯をした人物が、椅子に小さく腰かける。娘、と呼ばれていたため、女性なのだろう。


 「誰がやるかよ!!」

 「今その話をしていた所なんだ。」

 

 先にいた二人が、一方は噛みつくように、もう片方は困り顔で反応する。自分たちの終わらせた会話を蒸し返されたことに、若干の不満があったようだ。


 「それはあのボットンガエルの所のでしょ?」

 「私たちが言っているのはセンドー子爵家からのものだ。」

 「調査範囲は浅部。調査期間は一ヶ月。移動は馬車で、食事は向こうが出してくれる。それに子爵家の二等騎士が三人も来てくれるって話だから、こっちがヘマをしない限りは、身の安全の保証はされてるでしょうね。」


 ―――ボットンガエル―――


 ボットンガエルとは、全身を油で覆われた大きな丸々とした体に、潰れた顔をしたカエルである。

 濁った茶色の体色をしたものが多く、湿った場所を好み沼地を生息地にしている個体が多い。鳴き声は鈍く、長く、濁っているため、人によっては嫌悪の対象となる。

 それ故に、肥え太り、脂ぎった顔をした人物を罵倒する際に、比喩表現として良く用いられる。今回の例えは、冒険者に評判がすこぶる悪いらしい、オシャントン商会の商会長を指しているのだろう。

 ちなみに、意外にも味は美味しいらしい。


 金髪の少女に続いて、これまで沈黙を続けていたフルプレートの女性が初めて口を開く。

 自分のセリフを取られまいと、身を乗り出して金髪の少女が依頼内容の詳細を口早に伝えていく。彼女はどうにもおしゃべりが好きらしい。


 騎士にも階級があり、就任期間や勤務態度、戦闘能力によって大まかに六段階に分類される。二等騎士は下から二番目の位階ではあるが、最下位の位階の者でも並みの冒険者よりも強く、二等騎士ならば、ベテランの冒険者と同等以上の扱いをされることが多い。騎士とは、容易になれる役職ではないのだ。


 「報酬は?」

 「前金で金貨200枚。無事帰還出来たら追加で300枚よ。」

 「相場よりちょい低くね?」

 「その分馬車での移動と食事の心配はいらない。その上、二等騎士が三人だ。それ込みで考えれば妥当どころか破格だと思うぞ。」


 提示された報酬額に難色を示しながら、口に入れた肉を飲み込む。

 フルプレートの女性がそれに反論するように、すかさず報酬額以外の利点を説明していく。自分のしゃべる機会を取られたからか、金髪の少女が少し眉をひそめる。


 「食事の質次第だな。」

 「二等騎士の食事でもあるんだから、酷いものが出てくることは無いでしょ。それに[センドー子爵家は代々庶民に理解があるまともな貴族だ]って評判良いのよ?貴女だって知ってるでしょ?」

 「アジ―、乗り気じゃない?」


 なかなか快諾しない反応に金髪の少女が畳みかけるように自分の持ってきた依頼と、依頼主の信憑性を訴え、同意を求める。渋り続けるアジ―と呼ばれた口の悪い女性に、ステーキを食べることに集中していた男性が尋ねる。


 「んにゃ、さっきまでクソみてぇな依頼の話をしてたから、警戒しただけだ。」 

 「じゃっ、受けるってことで良いのよね。というか、実はもう受注しちゃってるのよね。」

 「っ!お前ぇなぁ・・・」


 快諾、というわけではないが、最終的に依頼を受ける意思を示したため、金髪の少女がネタ晴らしをする。その内容にアジ―が一瞬驚愕の表情をするが、すぐに呆れ顔になり、窘めるような声を出す。


 「済まない。だがエンカフもこの件には賛成しているんだ。」

 「そりゃ、エンカフだもんね。"楽園"の調査には行きたがるか。」


 フルプレートの女性が仲間が未承諾のままに依頼を受注してしまったことに対して謝罪する。ここにはいない別の仲間がこの依頼に対して乗り気なことに、ステーキを食べ終えた男性が納得の声を上げる。


 「決まってんならいつまでもダベってらんねぇな。出発はいつなんだ?さっさと準備しようぜ。」

 「出発は明後日の早朝よ。始まりの鐘が鳴ってから。分かってると思うけど、南門よ。前みたいに北門に行かないでよね。」

 「一回だけだろうが!そのミスしたの!!いつの話してんだ!!」

 

 食事を終えたアジ―が出発の予定を聞き行動の催促をする。まだ食事が終わっておらず、せっつかれて不機嫌になった金髪の少女が以前の失敗を指摘して意表返しをする。

 もう大分以前の話のため、流石に声を荒げて反論する。



 "楽園"へ向かう彼らに待ち受けるものは―――

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