第392話 野暮用を片付けよう

 医務室へ移動し、既にベッドから出ていた"ダイバーシティ"達の様子を確認する。全員、完全に回復しているようだな。この城の医療を務める者が、尽力した結果なのだろう。


 特に気配を消していたわけでも無かったので、私が医務室に入った時点で"ダイバーシティ"達は全員、入り口の方へと視線を向けることとなった。


 「皆おはよう。そしておめでとう。昨日はよく頑張ったね。見事だったよ」

 「おはようございます!これも偏にノア様が修業を付けてくれたおかげですよ!本当にありがとうございました!」

 「つっても、調子には乗るわけにはいかねぇけどな。試合が終わった後のリナーシェ姫様、メッチャ良い顔してたぜ?」

 「今後は、今まで以上の頻度で呼び出しがかかるかもしれんな」

 「フーテーン、おいで~」


 各々が昨日の試合の感想を言う中、ティシアだけは私の肩に止まっていたフーテンに意識が向いていた。この子を視界に収めるなり、両手を広げて自分の元に来るように声を掛けている。


 ティシアは本当にフーテンのことが大好きだな。それ故に四六時中可愛がっているため、私が可愛がる機会がまるでないのだ。

 フーテンもティシアのことは主として十分に認めているのだろう。躊躇うことなく彼女の元へと飛び立っている。


 心苦しくはあるが、引き留めることなどするものか。

 あの子との触れ合いは、昨日十分に堪能したのだ。本来の主との触れ合いの邪魔などはしない。


 自分の身になって考えれば簡単に分かることなのだ。

 仮に、家のあの子達がルイーゼのことを気に入り、私よりも彼女を優先するようになってしまったら、私はとても悲しくなるからな。激しい嫉妬を抱く自信がある。


 フーテンを愛でるティシアの表情のなんと幸せそうなことか。あの表情を壊すような真似はしたくはない。


 「あら~、フーテンってば、いつも以上にフワフワのツヤッツヤじゃない。しかもすっごくイイ香りがするし!」

 〈昨日は姫様に体を洗ってもらったのです!姫様お手製の洗料も使ってくれたのですよ!ワタクシ、前よりも更に美しくなったと思いませんか!?〉


 今の自分の状態をフーテンはとても気に入っているようだ。

 初めて風呂に入れた時も、体が乾いた後はとても喜んでいたからな。自分の羽毛の質が良くなるのは大歓迎なのだろう。アレ以降、あの子は喜んで風呂に入るようになっているのだ。


 ただ、喜んでいる所悪いのだが、あの子にはちょっと残酷なことをしてしまったのかもしれない。


 「そうねぇ~。でも残念ねぇ…。触り心地も香りもすっごく良いけど、私はその洗料を持って無いのよねぇ…」

 〈ピヨォッ!?そ、それでは今のワタクシは…!?〉

 「今回限りね」


 苦笑いをしながらティシアが事実をフーテンに告げる。

 あの洗料の製法は、私が千尋の研究資料から得られたまだ公開されていない洗料であり、人間達はまだ誰も所持していないのだ。


 元々センドー領で販売されている洗料も確かに千尋製なのだが、私が昨日使用した洗料はその品質を上回るのだ。

 なぜ出回らなかったのかと言えば、単純に素材の問題だ。


 私が昨日使用した洗料、人間では入手困難な素材が多く使われるため、量産が困難なのである。

 そのため品質をある程度落として安価に量産できるようにしたものが、現在一般流通しているセンドー領の洗料なのだ。


 私ならば容易に素材を回収できるので遠慮なく作らせてもらった、というわけだな。

 製法自体は近い内に公開される筈だから、素材さえあればエンカフが生成してくれるだろう。

 一般販売もされるかもしれないが、通常の洗料とは比べ物にならないぐらい高額になるだろうな。大量に手に入れられるかどうかは、素材を集められる冒険者の実力次第、と言ったところか。


 そのことを説明すると、フーテンにしては珍しく激しい動作をしてティシアに要望を出していた。


 〈主!聞きましたね!?ワタクシ、姫様が昨日使ってくれた洗料でなければもう満足できませんよ!?〉

 「って言うわけだから、エンカフ、錬成よろしくね?」

 「いや、いきなり話を振るな。俺にはフーテンの声が聞こえんのだぞ?」

 「近い内に新しい洗料の製法が公開されるらしいから、よろしく!」

 「……払うものは払えよ?」


 ティシアはフーテンの要望を優先するようだ。事情を碌に把握していないエンカフに新しい洗料の生成を即座に要求していた。

 エンカフとしても、素材があれば問題無く作るつもりらしい。加えて言うならば、新たな洗料に必要な素材を入手できる場所は、エンカフとしても是非向かいたい場所の筈だ。


 なにせ、素材が容易に入手できる場所は、他でもない"楽園"なのだから。

 かと言って"楽園"でなければ手に入らないというわけでもない。代用可能な素材は複数あるからな。

 ただ、最も効率よく生成できてかつ一度に大量に入手できるのが"楽園"の素材だという話だ。


 "楽園"に行きたがっていたエンカフからすれば、歓迎すべき要求なのだろう。洗料の素材だけでなく、他の素材も大量に回収するだろうからな。


 彼等が"楽園"で素材を回収することに異議はない。欲しければ好きなだけ持って行くと良い。どうせ膨大な魔力によって、回収された分はすぐに補充されることになるからな。


 だが、彼等ならばないと信じているが、"楽園"の住民達の生活を脅かすつもりならば、その時は容赦はしない。

 例え私が自ら修業を付けた相手だろうと、躊躇うことなく始末する。

 その相手がグリューナでもシャーリィでも、未来のシンシア達でも、だ。その方針だけは変わらない。

 

 っと、いかんな。黒い感情を出してはここにいる者達を怯えさせてしまう。

 所詮は可能性の話だ。今考えることではない。


 朝食までにまだ2時間以上時間があることだし、今のうちに野暮用を済ませておくことにしよう。


 『通話』を使用して、ヒローに連絡を入れる。

 驚かせてしまうだろうが、いきなり顔を出すよりはいくらかマシだろう。


 〈ヒロー、起きているね?今いいかな?〉

 〈この声はノア様っ!?これは、一体っ!?〉


 やはり非常に驚いているな。だが、仮に何も告げずに彼の元に顔を出していたら、余計に驚かせることになっていたのは間違いないのだ。大目に見てもらいたい。


 〈用件を伝えよう。今からそっちに顔を出すよ。リガロウは高速で飛行ができるから、あっという間にそっちに着くと思う〉

 〈…何か、急を要する事態でも発生たのですか?〉


 転移魔術を使用した方が早いのは間違いないが、私が転移魔術を使用できることは一応まだ秘密なのだ。安易に使用するわけにはいかない。

 そもそも、リガロウの噴射飛行ならば10分足らずでセンドー邸まで到着できるのだ。わざわざ転移魔術を使用するまでも無いのである。それに、あの子はあまり空を飛んでいないからな。この機会に、長時間噴射飛行をさせてあげるとしよう。


 それはそれとして、ヒローの質問に応えなければ。


 〈一応、念のため、というヤツだね。時間に空きができたから、片付けてしまおうと思ったんだ〉

 〈こちらでノア様の御力が必要になる事態…まさか!?〉


 ヒローは私の用件が千尋の研究資料の封印についてだと察しがついたようだ。しかも、研究資料そのものを狙っている可能性まで危惧している。


 〈察しが良いね。あの研究資料を狙っている者がいるようだから、封印に私も手を加えておこうと思ってね。一応、管理者の貴方に事前に報告させてもらったんだ〉

 〈お、お気遣いありがとうございます…。あの研究資料を狙う者がいるとは…〉

 〈勿論、所在を突き止めたら始末するよ。それまでの間、不安にさせてしまうだろうけど、それは私の力を信じてもらいたい〉

 〈わかりました。ノア様を信じます。封印の件、どうかよろしくお願いします〉


 所在を突き止めたとしても、すぐにとはいかないのがもどかしいところだな。全員が一ヶ所に集まったところで始末しないと、色々と面倒臭いのだ。

 なにせ、連中は表の顔は善良な一般人だからな。周囲の目があるところでむやみやたらに始末するわけにはいかないのである。


 私ならばルグナツァリオの寵愛があるから、ある程度は納得してくれるかもしれないが、それにも限度というものがあるだろう。

 それに、"女神の剣"はこれから始末する連中だけではないのだ。"魔獣の牙"のように、別の名前に変えて活動している組織も複数あるようだからな。というか、そっちの方が多そうだ。


 連中が善良な人間を装っている者ばかりというわけではないだろうが、あまり行動が行き過ぎると私どころか、ルグナツァリオにまで不信感が募ってしまうかもしれない。私はそれを避けたいのだ。


 連中の始末について考えるのは後だな。


 ヒローに連絡は入れた。

 封印の場所は知っているので、直行してしまおう。用件を伝えた以上、わざわざヒローに顔を見せる必要はないのだ。


 「リガロウ。ちょっと出かけよう。空の旅だ」

 「!いいんですかっ!?」

 「朝食までに時間があるからね。ちょっと行ってほしいところがあるんだ」

 「お任せください!」


 リガロウに空を飛んで欲しいと要求すると、とても喜んでくれた。この子も空を飛ぶ喜びを知っているからな。

 それでいてこの子に空を飛ぶ機会をあまり与えてやれなかったのは、私の采配の不備だな。今後はもっと沢山地上を走らせ、同じぐらい空を飛ばせてあげるように努めよう。



 封印の強化を終えて王城に戻ってくれば、ちょうど朝食の時間となっていた。

 封印は特に問題無く機能していたし、念のため確認してみたが、封印内部も無事だった。

 周辺に封印に近づこうとする者もいなかったので、強化は非常にスムーズに終えられたのである。


封印の強化が終われば後の朝食の時間までは自由時間だ。リガロウには思うがままに空を飛んでもらった。


 今日の朝食は昨日の昼食と同じく"ダイバーシティ"達も一緒である。

 フロドが早速、昨日の夜に私とチャトゥーガで対戦したことをエンカフに伝えて自慢していた。戦績は彼の全敗だったのだが、自慢になるのだろうか?


 「君も『姫君』と対局してみるといい。実に容赦が無いぞ?」

 「だそうですが、『姫君』様。よろしければ、私とも対局願えますか?」

 「構わないよ?だけど、負けてあげるつもりは無いから、その点は了承してもらうよ?」

 「フッ。元より勝てるだなどと思っていませんよ」


 エンカフはこれまでの経験から、私とチャトゥーガを行ったとしても勝つことはできないと確信しているようだ。

 それでも対局を求めるのは、やはり格上と対戦することでおのれを高めようという魂胆か。


 「チャトゥーガも良いけど、その前にまずは私と戦ってもらうわよ!ノアのお気に入りの武器、早く見てみたいわ!」


 昨日の夕食は私達の試合で話題が持ちきりになったが、私が武器を用意する話はしていなかったからな。フロドも意外そうな顔をしている。


 昨日話したことと言えば、実際に私が戦うところを見てみたかったと語るフロドや、今回の試合には記者も見学して試合の内容を明日の新聞に載せるという話をしたぐらいか。


 「ほう。『黒龍の姫君』が武器を?」

 「私の使う蛇腹剣や両剣に興味が湧いたんだって!家で暮らしてる時に作ったそうよ!」

 「これは、今日の試合も楽しませてもらえそうだね」


 私が戦闘を行う際に自分で用意した武器を使用するのは、今回が初めてになる。注目もそれだけ集まることだろう。

 …試合の内容を見て、合体蛇腹剣が私の獲物だと思われるのも何か違うような気がする。

 試合が終わった後にでも、記者達には今回私が使う武器がお気に入りの玩具のようなものだと伝えておこう。



 朝食を終え、少しの休憩をしたら、私達は昨日の試合場へと足を運ぶ。

 食卓で顔を合わせた時からリナーシェは終始ご機嫌だった。対して、フィリップは非常にやつれていたが。

 …まぁ、あまり触れないでいてやっておこう。見たところ、彼もまんざらでもないようだからな。


 試合場に立ち、お互いに向き合った状態になる。


 昨日と同じく、宝騎士(推定)が、試合の準備ができているかを訪ねてくる。


 「双方、準備はよろしいか!?」

 「武器を取り出すから、もう少し待っていてくれるかな?」

 「はっ!」


 お互いに向き合っているので、準備ができていると思っていたのだろう。

 だが、私はギリギリまで合体蛇腹剣を見せたくなかったので、今から武器を取り出すのだ。そのため宝騎士には悪いが少し待ってもらうことにした。


 ついでだ。手甲と足甲しか装備していないリナーシェにも忠告しておこう。


 「それと、リナーシェ」

 「なにかしら?」


 2つ『補助腕サブアーム』を発動し、『収納』から4本の蛇腹剣、2組の合体蛇腹剣を取り出してそれぞれの手に持たせる。


 『収納』から取り出したのが蛇腹剣だけに見えたようで、リナーシェは怪訝な顔をして私に疑問を投げかける。


 「…?蛇腹剣だけ?」

 「まさか」


 その言葉と共に、左右それぞれに持たせた蛇腹剣を合体させる。


 「はぁっ!?」


 蛇腹剣と合体両剣に興味が湧いたとは説明したが、まさかそれを組み合わせてしまうなどとは思っても見なかったのだろう。


 非常にいい顔をして驚いてくれている。思惑は大成功だ。


 「最初から『補助腕』も使用して全力で来なさい。自分で言うのも何だけど、コレの相手はかなり厄介だよ?」

 「…ちょ~っと驚かされちゃったけど、良いわ!上等じゃない!それなら望み通り、最初から全力で行かせてもらうわよ!!」


 その言葉と同時に、リナーシェが『大格納』から全ての月獣器を出現させ、自らの周囲に浮遊させる。

 そして立て続けに2本の『補助腕』を発動させ、自らはグレートソードと手斧を。『補助腕』には槍と多節棍を持たせる。


 準備完了だな。宝騎士も把握したようだ。試合開始の宣言をする。


 「始めぇいっ!!」


 では、始めるとしよう。


 合体蛇腹剣の四本の刃と尻尾カバーを含めた、計5カ所から同時に迫る変幻自在の攻撃。


 存分に堪能してもらおう。

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