第66話 素晴らしき人間の食文化

 あの後、結局ハン・バガーセットを追加で三つ注文するまで、私の舌は満足する事が出来なかった。それほどまでにこのハン・バガーという料理を気に入ったのだ。

 そのうち、自分で作れるようにもなってみたいものだな。


 食事を終えた頃には既に七回目の午後の鐘が鳴った後であり、少し焦った。

 私の予定としては、もっと早くに食事を終えて資料室に向かう予定だったのだ。

 流石に一日で全て読み終えるつもりは無かったが、僅かな時間でも読める本の数はだいぶ違う事になっていただろう。


 それでも、それなりの時間、本を読む時間は確保できたのだ。最終的に資料室に蔵書されている本の約8割を読み終える事が出来た。

 少なくとも、私が受注した依頼に必要な知識は、問題無く得られる事が出来た。


 面白い魔術も習得できた。指定した対象に付着している物質を取り除く、『清浄ピュアリッシング』という魔術だ。

 汚れは勿論、老廃物も取り除く事が出来るらしく、長時間水浴び等で体を洗う事の出来ない冒険者にとっては、清潔さを保つだけでなく病気を防ぐために必須の魔術とされているらしい。

 ラビックが連れてきた騎士の衣服に特に汚れや老廃物が付着していなかったのも、この魔術によるものだろう。


 十回目の午後の鐘が鳴り資料室が閉室した後は、"囁き鳥の止まり木亭"の私の部屋に戻り、早速ベッドの寝心地を確認してみる事にした。


 靴と服と自分を対象に早速習得した『清浄』を施してから、服と靴を脱いでおく。

 汚れは取れたが、靴を履いたまま柔らかい敷物に挟まるつもりは無かったし、折角フレミーが三着も衣服を用意してくれたのだ。

 一日ごとに着替えていく事にしようと思う。それに、この敷物の肌触りを全身で感じてみたいしな。


 就寝の準備が整い、二つの敷物の間に入る。


 とても柔らかい。肌触りだけならば、フレミーが作ってくれた布の方が圧倒的に上である。

 しかし、しっかりとした作りのベッドを基礎として、滑らかな肌触りと柔らかな感触の敷物が、私の体をしっかりと支えてくれている。さらに、そんな私の体を上から、同じく滑らかで柔らかな感触の敷物が覆いかぶさり、文字通り全身を包み込まれる事になったのだ。


 とても心地良い。


 やはり、試しに横になろうとしなくて良かった。横になっていたとしたら、誰かに起こされるまで私は、このベッドに横になっていたままだっただろう。

 敷物に挟まれてからほんの十秒足らずで、私は意識を手放す事となった。




 ・・・・・・体が、揺れる。滑らかで温かい肌触りの何かに全身を包まれ、とても心地いい。そんな状態からさらに、優しく体が揺れている。

 とても、とても、心地良い・・・。体の揺れで少しだけ意識が戻ってきたが、この心地良さは、むしろ更なる眠りへと誘うような、そんな心地良さがある・・・。


 「・・・・・・ャン!ノア姉チャン!起きてえっ!!朝になったってばぁ!!」


 ・・・誰かの声が聞こえる。心なしか、体の揺れも少しだけ激しくなったような気もする。

 多少、揺れが強くなっても、心地良いのは変わらない。このまま、心地良さに身を委ねて眠りにつくとしよう・・・。


 「起きてってばぁ!!くそっ・・・ぜ、全然起きねぇ・・・。こ、こうなったら、掛け布団をはぐって、耳元で思いっきり叫んでやる!でやぁっ!!」


 ・・・心地良さしか感じられない滑らかな肌触りが半分、私に覆いかぶさっていた部分の感触が無くなってしまった。どうして無くなってしまったのだろう。少し、悲しい。それに、寂しくもある・・・。温もりが欲しい・・・。


 ・・・私のすぐ近くに温かな気配を感じる。大きさは、ラビックよりも大きいな。抱きしめたら、気持ちが良いだろうか?気持ちが良いだろうな。こちらまで来てくれないだろうか。


 私の願いが叶ったのか、私の顔のすぐ近くまで、温かな気配が近づいてきてくれた。抱き寄せよう。

 温かな気配は、家の皆と比べると、とても儚く感じる。極力、優しく、優しく抱きしめよう。きっと、とても温かくて心地良い筈だ。


 「ノ、ノア姉チャン、なんて格好で寝てるんだよ・・・。ほとんど裸じゃん・・・。と、とにかく、思いっきり大きな声で耳元で叫べば起きるだろ。いくぞぉっ・・・。スゥーッ・・・、ノア姉チャうわぁっブッ!?!?」


 あぁ、やっぱり、思っていた通り、温かい・・・。単純な温度でいうのなら家の子達の方が高いのだろう。

 だけど、この温かさは、体温によるものだけではなさそうだ。この温かさは、魔力だろうか?

 どうであれ、とても心地良いのは間違いない。ぐっすり眠る事が出来そうだ。


 「ちょっ、ノア姉チャッ・・・、は、離してっ、お、起きてえええぇ!!!」


 大きな声が耳に響く。この温かな気配は、私の腕から離れたいようだ。声の内容からして、気配の持ち主は私に目覚めて欲しいらしい。こんなにも心地良いのに、目覚めるのはとても心苦しい。だが、切実に望まれているのであれば、応えた方が良いのだろうな。


 とても重く感じる瞼を、必死の思いで持ち上げると、目の前には顔を真っ赤にさせたシンシアが涙目で私を睨みつけていた。


 「ん・・・。シンシア・・・?」

 「ノア姉チャン!?やっと起きたのっ!?もう朝だよっ!!父チャン達が朝飯作って待ってるぞ!!」

 「シンシアは、あったかいね・・・。一緒に、寝ようか・・・。」

 「だぁかぁらぁ、寝ちゃダメだってばあーーーっ!!!」

 「んおぁっ!?!?・・・お、おぉう。朝か。おはよう、シンシア。起こしてくれてありがとう。」


 流石はシンシア、とても元気で大きな声だった。寝ぼけていた私の意識を一気に覚醒させてくれたな。やはり彼女に頼んで正解だったか。


 それにしても、とんでもないな、この敷物は。朝までグッスリだ。これを作った人間も、ハン・バガーを作った者と同様、天才じゃないだろうか。


 しかし、何故私は、シンシアを抱きしめているのだろうか?


 「ん。おはよ。ノア姉チャン、そろそろ離してくれるか?」

 「ん?ああ、そうだね。・・・どうして、そんなに睨みつけているんだい?」

 「ノア姉チャンが全然起きないからだろっ!?何度も呼んだり揺すったりしても全っ然起きなかったんだからな!!」


 それは、悪い事をしてしまったか。

 しかし、揺すられるぐらいでは私は目覚めるどころか、より深い眠りにつくだけだろうからな。


 以前ラビックが私を起こそうとして体を揺すっていたが、あれもかなり心地よかった。レイブランとヤタールが一緒になって起こしてくれなかったらそのまま眠っていた事だろう。


 「確かに朝起きられないって言ってたけどさぁ、ノア姉チャン、こんだけやっても全然起きないって、普段どうやって朝起きてるんだ?」

 「いつもは、一緒に寝ている二羽の大きな鳥に、頭を嘴で突ついてもらったりしているよ。揺すられたぐらいだと、かえって気持ちよくなって、余計に眠くなってしまうだろうね。」

 「ええぇ・・・。それで怪我とかしないの・・・?」

 「しないなぁ・・・。それどころか、私を起こそうとして尻尾をぶつけられて、怪我をしてしまった子がいるぐらいだからね。私を起こすときは、棒で頭を叩くぐらいでちょうどいいと思うよ?」

 「マジかぁ・・・。竜人ドラグナムって、頑丈なんだなぁ・・・。」


 シンシアの竜人に対する印象がかなり偏ってしまった気がする。シンシアに、他の人には私がしてもらう予定の起こし方はしないように言っておこう。

 まだ見た事すら無い本来の竜人よ、済まない。私のせいで、変な風評が立ってしまったかもしれない。


 「私は、他の竜人に会った事が無いから、皆がそうとは限らないと思うよ。一応、私以外の人は、普通に起こしてあげれば良いんじゃないかな?」

 「言われなくても、ノア姉チャン以外の人を、棒で叩いて起こそうなんて思わないって。母チャンに怒られるだけじゃすまなくなっちゃうよ。」

 「それはそうだろうね。女将さんや宿の主人が、客が怪我を負いかねない行為を許す筈が無いだろうからね、私の起こし方に関しては、私の方からご両親に話を通しておくよ。さ、朝食を食べに行こうか。」

 「えっ?ちょっ、ノ、ノア姉チャン!待って!服を着てぇっ!?」


 朝食が取れるとシンシアが言っていたのを思い出して早速一階へ向かおうと思ったのだが、慌てた様子で顔を赤くしたシンシアから待ったが入った。

 どうやら、服を着てほしいとの事だ。


 あぁ、そうか、昨日寝る時に脱いだから、今身に着けているのは"布のようなもの"だけか。私としては服を着ようが着まいがどちらでもいいのだが、シンシアはそうはいかないらしい。


 『収納』から昨日とは違う服を取り出して着るとしよう。あぁ、靴もちゃんと履いておかないとな。


 「・・・また肌がいっぱい出てる服着てるし・・・。ノア姉チャン、その格好、恥ずかしくないの?」

 「?特に恥ずかしいと思った事は無いよ?理由が分からないのだけど、肌を見せるのは恥ずかしいのかい?」

 「いや、恥ずかしいだろっ!?おへそとか見えちゃってるしっ!太ももだって見えてるじゃんっ!?」

 「特に気にした事は無いなぁ。それに、これを用意してくれた娘は、とても似合ってると言ってくれたからね、気に入っているんだ。」

 「似合ってはいるよっ!?似合ってるけど、ノア姉チャンみたいな美人がそんな格好してたら、みんなノア姉チャンの事、絶対やらしい目で見るって!」


 やらしい目、ねぇ・・・。

 ああ、あれか。昨日、冒険者ギルドに入るなり、いきなり絡んできた連中みたいな視線を送られるのか。シンシアとしては、それが嫌なのだろう。


 そういった視線を向けられる事に対しては別に不愉快な気分には、不思議とならないな。あれはもう、[そういうものだ]と認識してしまっている。


 しかし、それが原因で頻繁に絡まれてしまうというのであれば、確かに不都合ではあるし、不愉快にもなるだろう。

 シンシアの気持ちが分かったというわけでは無いけれど、対策は考えないとな。


 「ううむ、確かに、昨日のような連中に頻繁に絡まれるのは、よろしくないな。私の時間が削られてしまう。」

 「そういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・。って、ノア姉チャン、昨日絡まれたのかよっ!?全然そんな素振りしてなかったじゃんかっ!?」

 「それはそうだよ。私にとってあの連中はどうでもいい存在だったからね。尻尾で適当に追い払って終わりだよ。」

 「ええぇ・・・。やらしい目で見られるの、嫌じゃないの・・・?」

 「別に、不愉快には思わなかったよ?客観的に見て、そういう視線を向けられるのは自然な事だと理解しているしね。」

 「だからって、気にしないなんて、出来ないだろ・・・。」

 「まぁ、良いじゃないか、そこまで気になるなら、今日、シンシアが私に合った服を売っている場所を案内してくれないか?」

 「うん!そうする!ノア姉チャンにはもっと普通の格好してもらうんだ!」

 「良し、それじゃあ、そろそろ朝食を食べに一階に降りようか。あぁ、そうだ。シンシア、私には見ての通り、腰から太い尻尾が生えてるから、どうしてもお腹周りは露出させる事になるよ。」

 「うっ!?だ、大丈夫!尻尾用の通し穴を開けてもらえば、お腹も多分隠せると思うから!」


 そこまでして私の露出を控えさせたいのか。シンシアの表情は何処か必死さを感じる。これは、動くのに少し気を遣う格好にさせられそうだな。


 まぁ、いいか。それだけ私の事を思ってくれているのだ。別段、露出の低い恰好をする事に激しい拒否感があるわけでは無いのだ。その善意は素直に受け取ろう。


 それよりも朝食だ。昨晩食べたハン・バガーはまさしく絶品だったのだ。朝食の味にも当然、期待が出来るという物だ。

 既に作っていると言っていたし、一階から、食欲をそそるパンの香りと、複雑すぎて詳細は分からないが、食べなくても絶対に美味いと分かる、馥郁ふくいくとした香りがここまで漂ってきている。

 あぁ、実に楽しみだ。


 朝食に出された物は、焼き立てのパンと素材の味が複雑に、それでいて絶妙に混ざり合った透明なスープ、そして卵を溶いてチーズと共に火にかけたスクランブルエッグと呼ばれている料理だった。


 昨晩、シンシアが言っていた通り、ハン・バガーに使われていたパンとは、まるで違った食感だった。表面はこんがりとしているのに、中はとても柔らかい。硬さと柔らかさの食感を同時に楽しめた。

 それに加えて、バターという、動物の乳から脂質を取り出したと思われる食材と共に食べると、これがまた美味かった。

 バターの脂が温かいパンに溶けて染み込み、バターに含まれていた塩味と共に更なる味と食感を楽しませてくれた。


 スクランブルエッグという料理もまた、素晴らしかった。パンとは違った柔らかな舌触りと塩味をベースにしたほのかに甘い味付けは、卵のまろやかな風味と実に相性が良かった。

 そこに加熱されて蕩けたチーズだ。まろやかさに加えて蕩ける食感だ。美味くない筈が無いだろう。

 そして、このスクランブルエッグ、そのまま食べても実に美味かったが、昨日のハン・バガーのようにパンと一緒に食べる事で、更に複雑な食感となって私を感動させてくれた。


 極めつけは、特に具材の入っていない透明な茶色のスープだ。具材が入っていないから大した事は無いなどとは、微塵も思わなかった。

 このスープが放つ香りこそ、私が二階で嗅いだ馥郁な香りの正体だったのだから。


 一口、スープを口に入れただけで、恍惚としてしまった。それと同時に、かつてないほど驚愕もした。

 この味を、この透明なスープ作り上げるのに、一体どれだけの手間と時間が掛かっているのだろうか?間違いなく、一時間やそこらで出来上がるような簡単なものでは無い筈だ。


 ハン・バガーを食べた時、これよりも美味い料理など、そうそうないだろうと思った矢先、翌日になってすぐに優劣を付けられないほどの料理を出されるとは、思いもよらなかった。


 だが、美味さの表現は異なっている。ハン・バガーが強く、はっきりとした味でガツンと味覚を刺激してくるのに対して、このスープは、様々な食材の旨味を絶妙に混ぜ合わせた繊細さで味覚を刺激してくる料理だ。

 どちらの方が美味い料理か、なんて、私には決められない。決められる筈が無い。どちらの料理も等しく美味い。私にはそんな陳腐な判断しかできない。


 ハン・バガーも、このスープを開発した者も、そしてそれを現在調理して多くの人々に提供している宿の主人にも、この上ない敬意と感謝を。本当にありがとう。心から尊敬するよ。


 おそらく、探せば他にも優劣を付けられない料理が数えきれないほど見つかっていくのだろう。


 これが人間の料理であり、食生活。何と見事で、素晴らしい事か。


 家にいる子達にも、是非とも振る舞うとしよう。あの子達は濃い塩味が苦手だから、塩分は控えめにしてな。



 じっくりと朝食を堪能していたら、私が目覚めるのに時間が掛かった事もあって、既に午前の鐘が八回鳴り終わっていた。

 街を案内してもらうのはシンシアの手伝いが終わり、自由時間を与えられた頃、おおよそ午前の鐘が十一回鳴った頃だとの事だ。

 午前の鐘が七回鳴ると、冒険者ギルドが戸を開けるとの事なので、既にそこの資料室も利用する事が出来るだろう。


 ならば十一回目の鐘が鳴るまでの間に、資料室にある残りの本を全て読んでしまうとしよう。


 昨晩の受付嬢の説明では、資料室には"初級ルーキー"が依頼を達成できるのに必要な知識を得るための図鑑などの本と、魔術を記された魔術書が蔵書されていると言っていたが、それだけではなく一般的な常識や教養についても、ある程度の知識が記された本が蔵書されていたのだ。


 新人冒険者のための本も有り難いのは確かだが、人間社会についてまるで知識のない私にとっては、後者の方がありがたい内容だったのは言うまでも無いだろう。

 おかげて、少しは人間社会になじめそうだ。



 そんなわけで、資料室の本を全て読み終わった所だ。管理人に本を全て読み終わった事を伝え、資料室を利用させてもらった事に礼を言って退室しよう。


 十一回目の午前の鐘が鳴るまでもう少し時間がある。噴水広場で人間達の行き来を眺めて時間を潰すとしようか。


 資料室を退室する際に、昨日対応してくれた受付嬢に声を掛けられた。彼女にも資料室を紹介してくれた事に対して、改めて礼を言っておく事にしよう。


 周りには相変わらずたむろしている冒険者達がいるのだが、どうも全員が同じ者達というわけでは無いようだ。依頼を片付けているのだろう。

 だが、昨日もいた連中は依頼をこなさなくても良いのだろうか?


 「あっ、ノアさん、お早うございます!依頼の品の情報は見つかりましたか?」

 「ああ、無事に資料室の本を読み終わらせる事が出来たよ。依頼達成のための知識や魔術だけでなく、一般常識についての本もあったおかげで本当に助かった。改めて、資料室を紹介してくれてありがとう。」

 「え゛っ?読み終わらせたって、まさか、あの資料室の本、全部読み終わったんですかっ!?!?」


 なにやら珍妙な声が出たようだが、そんな事よりも、受付嬢は私が一日で資料室の本を読み終えた事に驚いている。


 まぁ、分かっていた事だ。一般的な人間が一冊の本を読み終える速度は、本来ならばもっと時間が掛かるだろうからな。


 誰もが皆、本を読むのに同じぐらいの時間が掛かるというのであれば、あえて本を全て読み終わった、などと説明せずに、適当にはぐらかしていた事だろう。

 だが、何事にも例外はいるようだ。資料室にあった本に、先程まで私がやったような読書の仕方によって高速で本を読む事が出来る人間が、非常にまれではあるが確認されている、と記載されていたのだ。


 私がある程度の強さを持つ者、という事を知らしめるためにも、今回は事実を隠さずに伝える事にした。


 「ああ、読み終わった。世界には、一目見ただけで本の内容を覚えるような者もいるのだろう?どうやら、私もその類だったらしい。あの資料室にある本の内容はすべて覚えたよ。」

 「えぇ・・・。あの、ノアさん、本当に冒険者としてはあまり活動しないんですか?貴女なら確実に"一等星トップスター"になれると思うんですけど・・・。」

 「今の所は、理由が無いからね。ただ、音の出る時計が欲しいから、それが手に入るぐらいには活動をしようと思っているよ。」

 「お、音の出る時計ですか?確かに高級品ですけど・・・。ええっと・・・。」

 「私は、朝どうしても自分で起きる事が出来ないからね。起きる時間を指定して音で知らせてくれれば、とてもありがたいんだ。」


 真面目に冒険者として活動すれば、最上位の冒険者になれると言ってくれた受付嬢には申し訳ないが、ある程度の強者と認められれば私は十分なのだ。

 それよりも知りたい事や、やりたい事の方が沢山あるだろう。



 「今、何と言っていた・・・?覚えた?あの資料室の内容を?すべて覚えたと言ったのか・・・?」

 「いくら何でも冗談だろ・・・?どんだけ盛りに盛ってんだよ・・・。」

 「だが、エリィちゃんが"一等星"になれるって言ってんだぜ・・・?マジなんじゃねえか・・・?」

 「エリィちゃんが太鼓判を押すぐらいだからな・・・。くそぅっ!オレもエリィちゃんからそんな風に言われてみてぇ・・・!」

 「こんなとこでダベってたら一生無理だろ。まっ、それ言ったら俺達も同類だろうがな・・・。」



 相変わらずの連中だ。まぁ、アレ等に関しては昨日既に対応を決めている。無視だ無視。だが、一つだけ良い事が聞けた。

 私と話をしている受付嬢の名前は、エリィというらしい。ちゃん付で呼ばれている事から、冒険者達からの人気は高いのだろうな。


 「は、はぁ・・・。が、頑張ってくださいね。えっと、これから、採取に向かうんですか?」

 「いや、実はこれから昨日知り合った子供達に、この街を案内してもらう事になっていてね、依頼のために採取に向かうのは午後からになりそうだよ。」

 「そうですか。納期の期限は十分にありますから、急がなくても大丈夫ですよ。」


 そう言ってエリィは私を送り出してくれた。彼女と話をした事で、多少の時間も潰れたようだ。もしかしたら、もうシンシアの手伝いも終わっているかもしれないな。


 "囁き鳥の止まり木亭"に戻るとしよう。

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