第184話 果物の街・フルル

 今朝、サウゾースの"新緑の一文字亭"にて、今日発刊された新聞には一通り目を通していた。

 昨日オリヴィエから私の活動が記事になっていると言われていたので、どのように記載されているのか気になってしまったのだ。


 新聞の内容は、ファングダムのそれぞれの都市で起きた出来事が書かれていたわけだが、当然のように一番最初に私に関する記事が載っていた。


 内容はまぁ、割かしざっくりとしたものだった。特にどのようにしてワイバーンを仕留めたのかは誰にも説明していなかったからな。書くに書けなかったのだろう。


 ただ、その代わりと言っては何だが、とにかく私の事を褒め称える文章が書き連ねていた。しかも私の姿絵が大きく載せられていたのだ。


 私と瓜二つに描かれている事から、おそらく、マコトが言っていた姿を記録する魔術具とやらを使用した可能性が高いな。


 新聞というのは宿や図書館などで誰でも見る事が出来る他、本のように購入する事も可能である。


 尤も、この国で出回っている新聞の材質は紙製のため、金額が銅貨20枚とかなり高額なのだが。

 とは言え、新聞は7枚の紙から構成されているため、それも止む無し、と言ったところだろう。紙1枚の値段が銅貨1枚である以上、妥当な価格と言える。


 そして、それでもここ数日の新聞の売れ行きは凄まじく、毎日どの街でも売り切れてしまっているらしい。


 何故そんな事になっているのかと少し疑問に思っていたら、ここ三日間で発刊された新聞は、どれも私に関しての記事が記載されていただけでなく、私の姿絵が新聞に大きく記載されていたからだという。


 「ノア様の姿絵を銅貨20枚で入手できるのであれば、誰だって購入しようとするのは当然です。」

 「リビアも?」

 「です。三部とも違う角度で、違う表情で、違う服装なのですもの。私だって欲しくなるのは当然です。」

 「いつも一緒にいるのに?」

 「だって、ご一緒出来るのは今だけではないですか。」


 そう言われてしまっては、返す言葉も無いな。確かに、オリヴィエが私と常に顔を合わせていられる時間というのは、今ぐらいしかないだろうから。

 

 ふむ。それなら、私も門番が戻って来るまでの間、新聞の仕組みをオリヴィエに聞きながら、彼等の真似事でもしてみようか。


 『格納』から紙と、いつぞやの『我地也ガジヤ』で生み出した石の板と炭素の棒を取り出して絵を描き始める。まず最初に書くのは、目の前のオリヴィエだ。


 「あ、あの、ノア様?いったい何を?」

 「ん?姿絵を保管しておくというのは、思い出を残すという意味でとても良い手段だと思ったからね。私も親しくなった人達の絵を描いておこうと思ったんだ。」

 「あ、あのっ、今描かれてるのって、私ですよね!?どうして今私の絵を描くんですか!?」

 「目の前にいるから。」

 「ええぇ・・・。は、恥ずかしいのですが・・・。」


 そう言われてもな・・・もう出来上がってしまうし・・・。

 ちなみに今描いているのは、変装したオリヴィエの姿である。オリヴィエの姿を描くと言っても、唐突に普段の彼女の姿を描きだしたら、流石に訝しがられるだろうからな。本来の彼女の姿は後で描こう。


 良し、出来た。

 紙に描かれたオリヴィエと、今も恥ずかしそうに顔を赤くして俯かせている彼女を見比べてみる。

 うん、本人と遜色ないな。我ながら良い出来だ。


 『収納』に描いた姿絵を仕舞ってオリヴィエに新聞について詳しく聞いてみよう。


 「ところでリビア、サウゾースで読んだ新聞には、サウゾース以外の事も掛かれていたけど、アレはどうやっているんだい?」

 「ふぇっ!?あ、え、ええ、新聞はその日の特に注目すべき事柄を載せるのですが、それを行うのが、何処の国にも大抵は存在している記者ギルドに所属している記者達なのです。」


 私が『収納』にオリヴィエの姿絵をしまった後、彼女にとっては唐突に声を掛けられた事になってしまったのだろう。

 返事をした際、少し声が上擦っていた。可愛い。


 「記者って言うのは、新聞を制作する人達だよね?国中にいるのは分かるとして、どうやって彼等の情報を一つに?」

 「書物の文字を別の場所に移す『転写』という魔術がありますよね?アレを応用した超大規模魔術具を用いて、自分達が製作した記事を国内の記者ギルドに伝達するんです。」

 「つまり、国中の都市同士で新聞記事の内容を渡し合っている?」

 「です。ファングダムでは7つある記者ギルドが記事を転写し合う事で一部の新聞が製作されます。」


 それで新聞が一部につき7枚の紙で構成されていたのか。一つの都市につき1枚の記事、という事だ。

 それにしても超大規模魔術具か。一体どれほどの規模なのだろう。一般的な宿の部屋一つ分ぐらいはあるのだろうか?


 「一般的な家屋よりも巨大ですよ?そのため、記者ギルドの施設は記者の人数に比較した場合、非常に巨大となっています。尤も、その殆どが件の超大規模魔術具を設置しておくスペースなのですが。」


 私の想像を遥かに超えるほどに巨大だった。新聞記事を伝達し合うにはそれだけの魔術具が必要だという事なのか。


 「詳しいね。訪れた事があるの?」

 「はい。定期的に視察を行っていますので。」

 「仕事熱心だね。ところで、そんな魔術具を複数の場所に設置できるって事は、ファングダムの記者ギルドって、かなり金持ちって事なのかな?」

 「超大規模魔術具に関しては国が貸与した形で設置させています。先代、御爺様が情報伝達速度の重要性を家臣達にこれでもかと説いて各都市に配置させたと聞いています。」


 なるほど。そう考えると、先代のファングダム国王レオリオン2世は先見の明がある人物だったのだろうな。


 感心していたところで先程の門番が鎧を着た人物を連れて戻って来るのが確認できた。装備の装飾からして、恐らく騎士だろう。

 兵士の鎧に比べて、騎士の鎧は繊細な装飾が施されている事が多い。それは"楽園"に来たカークス騎士団達も同じだった。


 連れて来られたのは、やはりフルルに在中している騎士であり、この街の治安維持関係を総括しているのだとか。


 本来ならば街やその周辺の巡回というものは衛兵が行う任務であり、例え王都とは言え、それを騎士が行っていたティゼム王国が特殊だったのだ。

 統括する立場なだけあって彼の階級は大騎士であり、この街の多くの人々から敬われているようだった。


 彼に鋼鉄の箱に入れた野盗共を明け渡す事になるのだが、流石にこのまま渡すわけにはいかなかったので、こっそり『我地也』を使用して、箱の中にいる連中の手足を鋼鉄で拘束してから箱を消去する事にした。


 鋼鉄の箱をここまで持って来た事も門番に驚かれたわけだが、それが一瞬で消えてしまう事にも、騎士やオリヴィエも含めて驚かれてしまった。


 小規模ではあるが、鋼鉄を操作する魔術も存在しているため、今回は少し思い切った事をさせてもらった。どうせ私の魔力量が跳びぬけている事は知れ渡っているのだからな。


 これぐらいは私ならば出来ると納得してくれるだろう。実際、してくれた。



 野盗の受け渡しも済み、私達はひとまずこの街で宿泊する宿を探す事にした。

 加えて、後で事情聴取をしたいので、時間に余裕が出来たら衛兵の詰め所まで来て欲しいと願われた。


 こちらとしては拒否する理由は無いので、宿を確保出来たら件の場所まで向かう事にした。場所もオリヴィエが知っているので、迷う事も手間取る事も無い。



 で、今回泊まる宿も看板を見れば、相変わらず一目見ただけでは宿だと判断できないデザインなので、高級宿という事だろう。

 ならば、今度も二人部屋、可能ならばスイートルームとやらで宿泊しよう。


 確認してみれば、この宿にもスイートルームがあり、しかも宿泊可能との事だったので迷わず宿泊させてもらう事にした。


 宿泊期間は一応サウゾースと同じく、3日間だ。


 チェックインを済ませたら、今度は衛兵詰め所だ。

 この街を散策したり図書館で新聞や本を片っ端から複製したい気持ちもあったが、先にやるべき事はやってしまおう。

 野盗の取り調べが済んでいなかった場合、私が尋問する予定だ。



 衛兵詰め所に私達が訪れた時には、既に取り調べが終わっていたようだ。

 その上で私達は事情聴取を受ける事になったわけだが、特に問題という問題は無かった。


 何せ、テュータスの『格納』空間から、ワイバーンを誘引した"災禍の魔危餌さいかのまきえ"なる道具が見つかったのだ。

 昨日のワイバーン騒ぎの事情は人為的な事である事も含めて、既にファングダム中に伝わってしまっているため、即座に彼等が犯人だと分かったわけだな。


 そう。人間達は魔術具を用いる事で、以前私がカークス騎士団達の死体に行ったように、他者の『格納』空間を強制的に開放する事が出来るのだ。


 非常に希少な魔術具らしく、破損してしまったら始末書どころの話では無いと説明された。


 それにしても、記者ギルドの超大規模魔術具と言い、この度の魔術具と言い、人間は魔術具によって足りない魔力や魔力制御能力を補っているようだ。実に見事なものである。


 それはそれとして事情聴取だ。

 私達が詰め所で説明したのは、野盗達の臭いがしたので様子を確認したところ、ワイバーンをサウレッジへと誘引したという発言を耳にした事。

 その言葉を耳にした直後に魔術で鋼鉄の牢屋を作製し彼等を捕らえ、そのままフルルまで引きずって来た、というこれまでの経緯を説明しただけである。


 彼等が確認した内容そのままなので、特に何かを疑われるような事も無かった。

 尤も、私が大勢から王族同然の存在と認識されているため、彼等ではそう簡単に私の事を疑う事が出来ないそうなのだが。


 で、問題の野盗連中の事情である。何故サウレッジにワイバーンをけしかけるような真似をしたのか?


 事情を聴いてみたら、何とも禄でも無い理由だった。

 サウレッジはサウゾースに、ファングダムとって非常に重要な土地である事を理解していたので、そこをワイバーンが襲えばサウレッジに多くの戦力を向かわせる事になっていたと予測したのだ。


 あの連中はその混乱に乗じてサウゾースで好き放題暴れようとしていたのである。

 暴れるというのは、強奪である。連中は食料、薬品、武具、魔術具、その他金目のものを手当たり次第に強奪しようと企んでいたのだ。


 ハッキリ言って杜撰な計画にもほどがある。サウゾースは大きな都市だ。

 確かにワイバーンの討伐のために多くの戦力を向かわせる事になるが、それでサウゾースの戦力が皆無になるわけでは無いのだ。


 私が見たテュータスの実力は冒険者で言うならば精々が"星付きスター"が良い所だ。実際に会った事は無いが、"二つ星ツインスター"以上という事は無い。


 あの程度の実力ならば、街の衛兵達でどうとでもなっていただろう。彼は少々どころではなく、自信過剰が過ぎると思う。


 ちなみに、今回使用された魔物を誘引する道具、"災禍の魔危餌"は禁制品であり、所持しているだけで犯罪である。一つでも使用したともなれば、重罪は免れない。

 それを複数使用したのだ。その処遇は言わずもがなだろう。


 そもそも、私がワイバーンを始末した事でサウゾースは戦力を割く必要が無くなったのだ。

 あのままサウゾースへ向かわせれば、間違いなく返り討ちに遭っていただろう。


 街に危機をもたらした重罪人を、サウゾースの者達が見逃す筈が無いのだ。

 私が捕らえても捕らえなくても、あの連中の末路に変わりは無かったという事だ。



 事情聴取も終り、いよいよ自由行動だ。まずは昼食の時間まで図書館で書物を複製させてもらうとしよう。


 オリヴィエはやはり非常に優秀だ。彼女が私の元へ運んでくる本に、私が複製した本は一冊も無かった。私が複製した本を全て記憶しているのだろう。流石である。

 時間に余裕があったので、新聞は今から45年年前~30年前までのものを複製させてもらった。


 複製が終わっても昼食にはまだ時間がある。残りの時間は、情報収集のために複製した新聞を読み漁るとしよう。

 なるほど。どうやらレオナルドが産まれたのは42年前の事らしい。大々的に新聞に取り上げられていた。



 40年前までの新聞を読み終わったところで、昼食の時間となった。今回宿泊する宿は残念ながら昼食を提供していなかったので、街の飲食店で昼食を取る事にした。


 周囲の視線が凄い事になるが、今更気にするものでもない。食事の邪魔さえしてこなければ、私からとやかく言う事は何も無いとも。


 この店でもオリヴィエは期待に満ちた表情をしている。どうやらこの店でオリヴィエのお気に入りの料理があるようだ。


 「ええ、この店の料理は流石にサウズ・ビーフのステーキには劣りますが、それでもとても美味しいですよ。それに、果物をふんだんに用いたデザートが大変素晴らしいのです!」


 ほほう!デザートとな!私は食後のデザートというものを口にした経験が少ない。精々ティゼミアへ向かう最中に立ち寄った養蜂が盛んな村で振る舞われた夕食と、モスダン家で振る舞われた食事の時ぐらいだ。


 私は甘い食べ物も勿論大好きだが、私としては人間の料理では、とりわけランチやメインディッシュという言葉に興味を引かれていた事もあって、あまり甘い食べ物自体を口にしていなかったのだ。


 フルルの果物の品質がファングダム一というのであれば、デザートの味にも期待ができる。


 まったく、こんな経験をしていると、この国が近い将来滅びを迎えるなどと言われたとしても信じられないというものだ。

 何としてもこの国の滅びを阻止しなければ。現時点でこの国は既に私にとって魅力に溢れているのだ。



 オリヴィエの言っていた通り、この店の料理は流石にサウズ・ビーフのステーキに届くものでは無かった。が、その後に提供されたデザートが衝撃的だった!


 本で目にした事のあるスイーツと呼ばれる類の料理で、一目見た時から是非口にしたいと思っていた料理だったのだ。


 フルーツタルトと呼ばれるこの料理は、クッキー生地の上にクリームを、さらにその上に細かくカットされた何種類もの果物をこれでもかと盛り付けた贅沢な料理だ。


 今回提供されたフルーツタルトは、盛り付けられた果物が零れてしまわないように、ゼリーで果物を固めているようだ。

 ゼリーの光沢がカットされた果肉をまるで宝石の様に輝かせ、視覚的にも私を楽しませてくれた。


 では、早速いただくとしよう!

 やろうと思えば一口で口の中に全て放り込めるサイズだが、勿論、そんなもったいない事はしない。まずは、3分の1ほどを一口。


 「~~~っ!!?」

 「~~~~~っ!以前よりも美味しいです~っ!」


 オリヴィエも絶賛しているが、私はそれどころではない。


 口の中が幸せ過ぎるっ!

 果物それぞれの甘さこそ、あの果実に届くものでは無いが、それぞれの果物の味が複雑に絡み合い、非常に味わい深くしているのだ!

 土台となっているクッキー生地も実に素晴らしい!果物の水分とザクザクした食感、更には中間のクリームの滑らかさが見事な調和を果たしているのだ!


 これは美味いっ!気が付けば私の手元からフルーツタルトは全て胃の中へと消えてしまっていたのだ。

 こんな美味いものを一切れしか食べられないだなんてあんまりである!即座に追加のフルーツタルトを切り分ける前のホールと呼ばれる状態で頼んでしまった。


 追加のフルーツタルトは実に満足のいく光景を私に見せてくれた。

 最初に提供されたフルーツタルトは8等分に切り分けられた状態だったので、当たり前だが単純にその大きさは8倍である。


 オリヴィエがホールで持ち込まれたフルーツタルトを見て、生唾を飲み込んだ。


 そうだよな。あんなに顔を綻ばせていたものな。もっと食べたいと思うのが当然なのだ。そして、食べたそうにしている彼女に、一人で見せつけながら食べるような意地悪な真似は、する筈もない。


 「リビアも食べるかい?」

 「ふぇっ!?」

 「独り占めをするつもりは無いよ。食べたいのなら、遠慮する必要は無いとも。一緒に食べよう?」


 そう言われたオリヴィエはとても嬉しそうにしてはいるのだが、それでいてとても残念そうな表情もしている。

 いや、残念そうというよりも、悔しそうというべきか。


 「ノア様。昨日も申し上げましたが、そのように誘うのはご遠慮ください。こういったスイーツは、大量にお砂糖を用いているのですよ?」

 「これだけ甘いのだから、そうだろうね。後はクッキー生地やクリームを作るのにバターも大量に使用しているかな?」

 「ええ!そうです!バターもお砂糖も大量に使用しているのです!そんな料理を食べ続けたらどうなるか、どうなってしまうか・・・!」


 そこまで言ってオリヴィエは言いよどんでしまう。

 はて、こういった料理を食べ続けて困るような内容・・・。私が読んだ本、小説で何度か見かけたような・・・。


 あ!


 「あー、ごめんよ。私には影響がまるでないから、気が回らなかったね。何だったら、『格納』にいくつか保存して、しばらくした後に食べようか?」

 「あ、あぅぅぅ・・・。」


 オリヴィエはとても恥ずかしそうにしながらも首を縦に動かしている。フルーツタルトを食べたいのは間違いないのだ。


 オリヴィエは、太ってしまう事を非常に警戒していたのだ。

 これは、小説で何度か目にした内容だな。人間の女性は、男性以上に太ってしまう事を、とても気にしているようだ。


 待てよ?そう言えばレイブランとヤタールもフレミーにだらしない体をしていると言われた時にショックを受けて太るのは嫌だと言っていたな。


 案外、種族を問わず女性にとって太るという事は忌避すべき事なのかもしれない。


 間隔を置かずに大量に食べてしまうから太ってしまうのであって、時間を空けてたまに食べるのであれば、問題は無い筈だ。


 私としてもこれほどまでに美味いデザートがしばらく食べられないのは結構な苦痛だ。店員に言って、可能ならば追加で注文して持ち帰らせてもらおう!

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