第166話 再びあの味を求めて

 羊の月30日。今、私はオリヴィエといつも通り昼食を取っている。

 冒険者達への稽古は昨日の時点で終了しているのだが、私がマコトの作る料理を気に入った事を知っているためか、今日の分もオマケしてくれたのだ。有り難くいただこう。オリヴィエにも話しておきたい事もあるしな。


 「今日でノア様ともお別れなのですね・・・。」

 「そうだね。家の皆に街の事も話したいし、色々とありそうだからね。」


 多分だが、多少無理をしてでも"楽園浅部"の住民が大量に私の家、と言うか城まで挨拶しに来ると思うのだ。もしかしたら"浅部"だけでなく"中部"や"深部"の住民達も来るかもしれないな。長ければ一ヶ月くらいは家にいる事になるだろう。

 オリヴィエとの約束を果たすのはその後になる。その間に、オリヴィエにも準備をしていてもらわないと。


 「多分だけど、一ヶ月ぐらいになるかな?その間に、オリヴィエには一度長期休暇でも取ってもらえると助かるよ。」

 「長期休暇ですか?」

 「イスティエスタとティゼミアを観光してみて、やっぱり地元を知っている人に案内をしてもらった方が良いと思ったからね。それに、オリヴィエとは約束もあるから。」

 「ノ、ノア様・・・!ひょっとして・・・!」


 オリヴィエが瞳を潤ませて聞き返して来る。聡い彼女の事だ。私の次の旅行先を把握したのだろう。


 「次はファングダムへ行こうと思うから、是非オリヴィエに国を案内してもらいたいんだ。頼めるかな?」

 「ノア様・・・!うぅ・・・私を頼っていただきとても嬉しいのですが、その・・・私はどうもそれなりに有名なようでして・・・。」

 「ああ、当然だけどオリヴィエには変装をしてもらうし、偽名を名乗ってもらうよ?体毛や瞳の色も魔術で変えてしまおうかと思ってる。」

 「え、ええ・・・あの、そこまでする必要があるのですか・・・?」


 と言うか、何故彼女は何の変装もせずに自分の正体がバレないと思っていたのだろうか?それとも、今の格好で一応変装はしているのだろうか?


 「あるとも。貴女が自分で言った通り、貴女はかなりの有名人だからね。私の知り合いが言うには、多少髪形を変えたぐらいではすぐに分かってしまうそうだよ?」

 「そ、そんな・・・!?」

 「その様子だと、髪型ぐらいは一応変えていたのかな?ああ、そうだ。獣人ビースターは基本的に嗅覚に優れている者が多いし、体臭も変えた方が良いだろうね。ある程度は魔術でどうにかなると思うけど、普段使っている石鹸を別のものに変えた方が良いと思う。」

 「て、徹底してますね・・・。」


 私が徹底しているのではなく、失礼ではあるが変装に関してはオリヴィエが杜撰すぎるだけなのだと思う。


 「とりあえず、それぐらいの事をしておけば後は私の方に意識が向くと思うから、ティゼム王国で知り合った獣人に案内してもらっていると思われるだけだと思うよ。何せ、私の事は世界中に知れ渡ってしまったようだからね。当然、ファングダムにも情報が行ってるんじゃないかな?」

 「はい。間違いありません。少なくとも、王族には当日に情報が伝わっている筈です。」

 「なら、ファングダムも私の存在を無視できない筈だ。一緒に行動する貴女よりも私の方に意識が向く筈だよ。正体がバレる心配はしなくて良いと思う。」

 「はい・・・。」

 「なるべく早く問題を解決させて、オリヴィエがティゼミアに戻ってこれるようにしよう。」

 「えっと・・・?」

 「なるべくなら、マコトの傍にいたいのだろう?」

 「・・・っ!?」


 マコトの名前を出すと、直後に顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 分かり易いなぁ。そして実に初心でもある。私が言えた事では無いけど、きっと今まで恋愛というものを体験した事が無かったのだろう。


 オリヴィエは間違いなくマコトに惚れている。それは彼女がマコトの名前を口にした時に分かった事だ。彼女がマコトの名前を口にした時、その時だけ明らかに雰囲気が変わったからな。恋慕の感情が隠れてもいなかった。


 多分だが、オリヴィエは自分の感情を偽るのが苦手なのだろう。だから、普段は極力感情を表に出さないようにしているのだと思う。その結果が周囲の者達が知る鉄面皮だと思う。


 「ノア様は何でもお見通しなのですね・・・。その、何時からお気づきに?」

 「稽古の初日にオリヴィエがマコトの名前を口にした時だね。その時だけ、明らかに貴女の感情が大きく動いていたから。」

 「うぅ・・・っ。は、恥ずかしいです・・・。」

 「彼は今、特定の相手がいるわけでは無いし、つがいになる事は問題は無いと思う。まぁ、彼の気持ちの問題はあるけれど。そういった話に集中できるようにためにも、ファングダムの問題を手早く片付けよう。私の助けが必要な状況なのだろう?」

 「はい・・・!お願いします・・・!」

 「詳細はファングダムへの道中に聞かせてもらうよ。今日はちょっと予定が立て込んでいるからね。」

 「分かりました。私も、次にノア様に合う時までに自分に出来る準備を万全にしておきます。」


 やるべき事が分かればオリヴィエは優秀な人なのだ。ファングダムへの道中、詳しく、そして分かり易く事情を説明してくれるだろう。


 待ち合わせ場所の指定と、『通話コール』の事を教えてオリヴィエに別れを告げる事にした。



 別れの挨拶を済ませるのならば外せないのは保護した子供達だ。フウカを連れてマコトに秘境まで連れて行ってもらった。相変わらず、子供達は皆元気そうだった。

 メイドール達が甲斐甲斐しく面倒を見ているからか、健康状態も至って良好だし皆程よく筋肉も付き始めている。中には数ミリ程度とは言え、早速身長を伸ばし始めている子も確認できた。


 フウカの説得があったのか、子供達が私の事を女神と呼ばなくなったのは良いのだが、今度は皆して私を"姫様"と呼ぶようになってしまった。

 まぁ、"姫様"ならば呼ばれなりているし女神様よりは大分マシである。ただ、名称が変わっただけでこの子達が私に祈りを捧げている事には変わりが無いので、相変わらず信仰心としてエネルギーが私の元に送られてきている。


 子供達の事はメイドール達に任せれば問題は無いだろう。彼等に別れの挨拶を済ませて、次へ行こう。




 その後はピリカ、マーグ、酒屋の店主、アイラ、シャーリィの順番で挨拶をし、時刻は午後17時。もうそろそろ夕食時である。なかなかにちょうどいい時間帯だ。

 ちなみに、カンディーや図書館の館長には、昨日の時点で挨拶を済ませておいた。カンディーも、図書館の館長も、私に感謝の言葉を述べていた。

 カンディーはやはり今まで以上に客が訪れるようになった事。そして図書館の館長の場合は図書館全域に防護の魔術を施したからだろう。それもたっぷり一年間効果が持続するような魔術だ。この上ないほど喜んでもらえた。


 私はフウカと共にティゼミアの城門に来ている。マーサにも別れの挨拶をしておこう。


 「名残惜しいですが、いよいよお別れですね・・・。」

 「他の人にも言ったけれど、そう悲観しないで欲しい。もう会えなくなるわけじゃないのだから。」

 「ええ、そうですね。それで、そちらの方は・・・確か、イスティエスタの仕立て屋さんですよね?」

 「うん。昨日のあの服の製作者だよ。」

 「えぇっ!?あ、貴女がそうだったのですかっ!?あああ、アレほど素晴らしい服を・・・ありがとうございますっ!貴女のおかげで、大変素晴らしいものを見る事が出来ました!」

 「いえいえ!ノア様を思えばこそ作れた服ですから!全てはノア様のおかげなのです!」


 あの服を着ているところを見た人間はこの二人だけである。お互いに感想を言い合い、盛り上がってしまっているな。

 だが、そろそろ移動したいので話を切り上げてもらおう。


 「フウカ、そろそろいいかな?」

 「ハッ!?し、失礼しました・・・!」

 「す、すみません!引き留める形になってしまって・・・。」

 「いいよ。二人が仲良くなってくれた事の方が私としては嬉しいからね。それじゃあ、また今度。」

 「はい!お達者で!」


 マーサに別れを告げ、ある程度距離を移動したところでフウカに私の影に潜ってもらい、全力疾走を開始する。

 目的地は勿論、フウカが本来住まう街、イスティエスタだ。

 フウカを街まで送るというのも目的の一つだが、それよりも別の目的がある。


 ヘシュトナー邸でもどきを口にしてしまったせいか、どうしても本物を味わいたくなってしまったのだ。


 ハン・バガーセットで始まったティゼム王国の料理、ハン・バガーセットで締めさせてもらうとしよう!

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