第167話 ただいまっ!
イスティエスタから少し離れた場所で走る速度を抑える。何せフウカが影に潜る事が出来ると知っているのは極僅かな人しかいないのだ。町の近くでフウカを影から出すわけにはいかない。
「あ、あの、ノア様?それは分かるのですが、これは流石に・・・。」
「フウカも足は速い方だとは思うけど、出来る事なら一緒に街へ戻りたいからね。これでいかせてもらうよ。」
「さ、流石に恥ずかしいのですが・・・。せめて、門の近くで降ろしてくださいね・・・?」
今私はフウカを横抱きにしてイスティエスタまで走っている。本から得た知識だと、こういった抱え方はどちらかと言うと"姫"と呼ばれる立場の者、つまり私がされる側らしいが、知った事では無いな。効率的だし安全だからこうしているのだ。
ただまぁ、この体勢はフウカにとっては恥ずかしい体勢らしいので、ある程度門まで近づいたら降ろしてあげる事にしよう。
ティゼム王国の最東端都市であるイスティエスタにも、既に私の情報は十分に伝わっていたようで、約二十日ぶりに顔を見せた門番には非常に驚かれると共に、畏まられてしまった。
どうやらここでも私に対する対応はそう変わらないらしい。
「フウカはこの後はどうするのかな?」
「店に戻って明日の準備ですね。それから、向こうで仕入れた生地や道具などの整理も行わなければなりませんから。」
「それじゃあ、ここでお別れになるね。」
「はい。この度は本当にお世話になりました。何か入用であれば、何時でもお申し付けください。」
「うん。また顔を出させてもらうね。それじゃ。」
フウカに別れを告げ、私は一直線に"囁き鳥の止まり木亭"へと足を運んだ。
その際、私の姿を見て騒ぎにならないように、フードが付いた少々大きめのローブをフウカに仕立ててもらっている。
私の尻尾すら隠せる優れモノだ。今後、特に目立ちたくない時があれば有効に活用させてもらおう。
目的の宿に到着すれば、すぐさまジェシカが出迎えてくれた。が、流石にローブ姿では私だとは気付けなかったようだ。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?それとも、お食事ですか?」
「食事を。ハン・バガーセットを3つ頼めるかな?」
「っ!?・・・かしこまりました。そちらの空いているお席へどうぞ。」
おおっ、私の声を聞いてジェシカは私の事に気付いたようだが、見事に従業員としての仕事を優先させたようだ。
だが、代金を受け取って席へ案内するジェシカの声には驚きと共に喜びの感情も感じ取れたので、歓迎してくれているのは間違いないだろう。
案内された席へ腰かけ料理を待っていると、懐かしくも愛おしい顔をした少女が私の元へ料理を運んできた。
「お待たせしましたー!ハン・バガーセット3つだぜっ!お客さん、店に入ったらフードぐらいは取った方が良いと思うぞ?」
「それがね、あっという間に有名人になってしまったせいで、あまり顔を出したくないんだ。」
「っ!?!?」
シンシアも声で私の事に気付いたようだ。目を見開いて驚いている。
とは言え、ここで私の名前を出されてしまうと間違いなく騒ぎになってしまうので、口に人差し指を当てて内緒にしてもらう事にした。
「家に帰る前に、どうしてもコレを食べたくなってしまってね。」
「にへへっ!存分に味わってくれよなっ!」
とても嬉しそうな声色でシンシアがこの場を後にする。
以前であればこのまま話を始めていたかもしれないが、仕事を優先したようだ。
偉いものだ。出来れば頭を撫でてあげたかったが、そんな事をしたら折角仕事を優先すると決めた彼女の意思を無駄にしてしまう。
今日はあくまで内密に来た、という事でハン・バガーセットを食べ終えたら、素直にこの国を去るとしよう。
久々に食べた本物のハン・バガーはやはり素晴らしいものだった。私が初めて食べた時と全く変わらない味である。
まぁ、一ヶ月もしないのに古くから続く名物料理の味が変わるわけが無いのだが。もどきを食べた私にとっては、感動せざるを得ない味だったのだ。
是非家の皆にも味わってもらいたい味なのだが、あの子達は私と味覚が少し異なっているようで、私がちょうど良いと思う塩味は、あの子達には濃すぎるようなのだ。
薄味のハン・バガーを作れば良いのだが、生憎とハン・バガーに使用されているタレは最初から仕込まれているものであるため、態々薄味を用意しようとすると非常に手間が掛かるようだ。
残念だが、あの子達へのお土産として持って行くのは止めておこう。
その代わり、私があの子達に振る舞えるようになればいいのだ。レシピを聞くような無粋な事は流石に出来ないので、しっかりと味を覚えて、いつかは再現できるようにしておこう。
調理器具は家の皆に料理を振る舞うために購入してあるし、オーブンなどの大規模な者は『我地也』を使用すれば問題無く家に設置する事が出来る筈だ。
最後の一口までしっかりと味わい、食事が終わったところで宿を後にする事にした。本来であれば挨拶の一つでもするべきなのだろうが、あくまでも内密での行動だ。またいづれ、ここに来た時にでも今日の事も含めてシンシア達と話をしよう。
そう言うわけで、ユージェンやエリィ、エレノアにも声を掛けずにこの街を東門から出る事にした。
彼等と話をした場合、確実に長話をする自信があるからな。話をしている内に城門が閉まってしまい、街の外へ出られなくなる、と言う事態は避けなければ。
東門をでて、ある程度距離をとったらいよいよこの国から離れる事になる。だが、まだ"楽園"には帰れない。
最後に一つだけ、やるべき事が残っているからだ。
服をフレミーの糸で作られた物に着替えた後、角と翼を出現させて飛翔する。ある程度の高度まで達したら、そこから噴射飛行を開始して、更に上昇する。
『ルグナツァリオ、これから家に帰るのだけど、その前に貴方にも直接挨拶したくてね。今、どのあたりにいるのかな?』
『ん?嬉しいな。態々私の所まで会いに来てくれるのかい?私がいる場所は、以前貴女と出会った場所と変わらないとも。楽しみに待っていよう。』
『すぐに行くよ。多分、そう時間は掛からない。』
まぁ、ヴィルガレッドを止める際にはルグナツァリオからの依頼があったとは言え、周囲に被害が及ばないようにしてくれたのは、間違いなく五大神の力のおかげだからな。
折角だから、その事に関する礼の言葉の一つでも直接送らせてもらうとしよう。
まぁ、それに関してはあくまでもついでなのだが。
私は忘れてはいない。王都に到着した初日。シセラに私の寵愛の強さを教えてもらった時の事を。
私はあの時、家に帰る時にあの駄龍を全力でぶん殴ってやると決めたのだ。その意志は、今でも忘れてはいないし変わっていない。
確かに、メジューマ荒原にて一度寵愛の強さに関して文句を言ったし殴るような思念も送り付けたが、それとこれとは話が別だ。
どうせあの駄龍は碌に反省もしていないだろうし、それどころか反省する事とすら考えていないだろうからな。
自身に『隠蔽』を施した上で魔力色数の制限を解除し、全力で噴射飛行を開始する。思えば、七色の魔力で全力の噴射飛行を行ったのはこれが初めてだ。一体どれほどの速度が出るのか、ちょっと想像できない。
全力の噴射飛行を行った際、私はまだ自身の体を正確に把握できていなかったと知る事が出来た。
なんと、より大量の魔力を一度に排出するために、噴射口が広がったのである。
これによって排出される魔力の量が大幅に上昇し、更なる加速を得る事が出来るようになった。
そして私の視界から色が消える。同時に、周囲にはあらゆる方向へと移動する波の粒子を確認できた。
これが光の元、光子か。コレの移動を確認できるという事は、そしてその移動を上回る速さで移動できているという事は、なにより、私の視界から色が消え失せたという事は、つまり私は、光の速度を超えた、という事である。
そんな速度で移動すれば、本来ならば肉体が持たない筈なのだが、私の体は相当に頑丈なのだろうな。まるで問題を感じていない。動かそうと思えば全身自在に動かす事が可能に思える。
ならば、そろそろブン殴る準備を始めるか。
左手を前に突きだし、『解除』の意思を込め、右肘を折り曲げ、右手はしっかりと握り拳を作り、そこに『
流石にルグナツァリオと言えども、不意打ち同然の状態で私の正真正銘の全力攻撃には耐えられるとは思えないし、最悪の場合、死に至らしめてしまう可能性すらあるのだ。彼の命を奪いたいわけでは無いので、その点の配慮は忘れない。
全力の噴射飛行を開始して1秒も掛からずにルグナツァリオの姿を、街すら容易に囲い込める超巨大な龍の姿を確認する。
どうやら彼は私の姿はおろか接近すら認識出来ていないようで、とても期待に満ちた感情が読み取れる。
まるで恋愛小説で読んだ、デートの待ち合わせをしている恋人の様な雰囲気だ。
ロマハが彼の事を色魔だのなんだのと言っていたし、やっぱりこの駄龍、私に対して恋慕の感情があるとみて良いのかもしれないな。
彼には悪いが、その思いに応えられそうには無いのだが。
ちなみに、ルグナツァリオはどんな事が起きても良いように、自分の周囲には常に防御結界を張っているようだ。
私の全力ブレスを受けて死にかけたのだ。経験からの行動だろうが、残念ながら通用しない。
私の左手がルグナツァリオの防御結界に触れた途端、『解除』の魔法が作用して一瞬にして結界が効果を失っていく。
その様子に気付かれる事なく、私は彼の眼前まで到達する。だが、噴射飛行は続けたままだ。このまま思いっきり拳を突き出して殴りつけるとしよう。
『っ!?ふぉげぁあああああっ!!?!?』
殴られる直前になって、ようやく防御結界が消失した事に気付いたようだ。それと同時に、私に思いっきりブン殴られる事となったのだが。
『不懐』の効果もあって、拳を当てた、殴りつけた場所の鱗が砕けてしまったりだとか、拳がルグナツァリオの体に突き刺さるような事も無かった。
だが、その分強力な衝撃は伝わっている。物凄い勢いで、それこそ光の速さを越えて吹き飛びそうだったので彼の体を掴んで、吹き飛ぶのを停止させる。
どうやら『不懐』の効果が作用されているらしく、体が千切れてしまうような事も無かった。
『こうして直接会うのは久しぶりだね、ルグナツァリオ。ヴィルガレッドの件では助かったよ。おかげで周囲に被害を及ぼす事なく彼を止められた。改めて礼を言わせてもらうよ。ありがとう。』
『か、感謝の言葉は受け取るけども、何故、私はこめかみに強烈な痛みを、そして体が引きちぎられるような痛みを感じているのかな?』
『こめかみの痛みは、私が全身全霊を込めて思いっきり貴方のこめかみをブン殴ったからだよ。ちなみに 体が引きちぎられるような痛みは盛大に吹き飛ばされたそうになったから、その勢いを抑えるために私が貴方の体を掴んで殴られた衝撃を殺したからだね。』
『な、なるほど。それで、どうして私は貴女に殴られたのかな?貴女の不興を買うような事をした覚えは無いのだが・・・。』
やっぱりこの駄龍、寵愛の詐称加減に関して悪びれる気配が無い。
と言うか、私に迷惑をかけたという自覚自体が無い。全く、以前にも散々苦言を呈し、殴りつける思念も送ったというのに。
『私がメジューマ荒原で貴方にした事をもう忘れているのか?寵愛の詐称の度合いの件だよ。アレのせいで世界中に私の情報が行き渡る事になったし、大騒ぎになってしまっただろうが。どの程度の強さにするのか、予め伝えておけ。』
『待ってくれ。あの件はもう思念を通して私を殴ったじゃないか。その上で私はまたも殴られるのかい?少し理不尽すぎやしないかな?』
『それとこれとは話が別だ。それに、貴方はまるで悪びれた様子もないようだからな。この調子だと、似たような事をしでかしそうな気がして仕方が無いんだよ。』
『しかしねぇ、貴女は人々に称えられるべき存在だと私は思うのだから・・・。』
『何のために私が人間のフリをしていると思っているんだ。そう言うのは私の正体を公表した後で良いんだよ。今は知識や技術を気ままに取り入れるためにも、自由に行動したいんだ。』
『むぅ・・・。貴女の助けになると思うのだがね・・・。実際、今後貴女が人間の生活圏で活動する際は、滅多な事ではつまらない者から絡まれる事は無い筈だよ?』
『程度というものがあるだろう。私が言えた事では無いが、加減してくれ。今や私は行く先々で"姫"扱いだぞ?』
『実際に貴女は"姫"じゃないか。相応しい扱いをされるだけだよ。』
『だ、か、ら、それは私の事を公表した後だと言ってるだろうが!』
駄目だ。話が平行線になっている。
ルグナツァリオは、とにかく私が人間達から相応の扱いをされて欲しいと思っているようだ。今の私はそれを望んでいないというのに。
『とにかく、私に何かすると言うのなら、どういう影響があるのか細かく説明をしてくれ。いいな?』
『説明に関しては了承しよう。尤も、他に説明する事も無いと思うけどね。』
『本当に?例えば、ヴィルガレッドと戦ったあの空間、私も彼も思いっきり魔力を解放していたけど、その時の私達の魔力は世界で観測されたりしなかったかい?』
『大丈夫だよ。あの内部は隔離された空間だからね。あの空間自体が異常事態として捉えられたかもしれないが、それで貴女やヴィルガレッドに繋がるとは誰も思わないさ。』
いや、異常事態として認識されてるって、どうでもいい事のように言わないくれないか?確かにそれが私に繋がる事は無いかもしれないが、万が一という事もあるだろう。全然大丈夫じゃないじゃないか。
『何、あの空間を展開する前にヴィルガレッドの超魔力を観測しているんだ。人間達も、魔族達もね。彼等は私達が何とかしてくれた、と考えるさ。』
『はぁ・・・。その言葉を信じよう。本当に、頼むよ?私はまだ数年は自分の事を公表するつもりがないんだから。私に干渉したりするときは事細かに内容を説明してくれ。じゃなかったら、今度は家に帰る途中ではなく、説明不足だと判断した時点で殴りに行くからな?』
「はははっ、それは怖いな。気を付けるとしよう。・・・ん?いや、そのたびに態々貴女が私に合いに来てくれるというのなら・・・むしろ敢えて・・・。」
『おい・・・。』
『冗談だよ。貴女に嫌われたくは無いからね。なるべくなら、貴女の不興を買うような事はしないとも。』
それまでにおもいっきりしていたんだがな。おかげで初対面の時からルグナツァリオへの評価は駄々下がりだ。
初対面の時点では尊敬すべき先達のように感じられたというのに、今では聞き分けの無い手のかかる悪友に近い印象を受ける。今後、更に評価が下がる事が無ければいいんだが・・・。
さて、やるべき事も言いたい事も言ったし、そろそろルグナツァリオトも別れよう。辺りもすっかり暗くなっているし、家の皆も待っている事だしな。
『そろそろ家に帰るよ。ああ、そうだ。マコトの後継者候補の件。進展があったら知らせてね?』
『勿論。とは言え、人間の感覚で言えば、まだまだ問題解決に時間が掛かるだろうけどね。』
『となると、マコトはまだしばらく多忙のままか・・・。』
『なに、まだまだ掛かると言ったが、貴女が情報を公開するよりは速く片付くよ。最悪の場合、私もこっそりと手助けするつもりだからね。悪い様にはしないさ。』
『ひょっとしなくても、加護か寵愛を与えてる?』
『そうしたかったのだけど、彼はちょっと特別でね。私は加護や寵愛を与えられないんだ。ロマハなら、いけるかな?』
『今の私に関係する事じゃなさそうだね。それじゃ、また会おう。』
『ああ、何時でも呼びかけてくれて良いし、何時でも会いに来ると良い。』
ふむ。加護や寵愛を与えるには何らかの条件が必要らしい。まぁ、深く考えても仕方が無いか。家に帰るとしよう。
後な、何時でも会いに行くのは構わないが、場所によっては巫覡がいるのだから、何時でも声を掛けるわけにはいかないだろう。貴方と会話をしたら間違いなく反応されるのだから。
ルグナツァリオと別れ、程々の噴射飛行を行い"楽園最奥"、すなわち私の家の真上に到着する。
家を出る時にしたように結界に穴を開けて内部へと入り、再び結界の穴を閉じる。結界の状態を見たところ、私が旅行をしている最中に"楽園"に不埒な輩は訪れなかったようだ。
もう『隠蔽』をする必要も無いだろう。解除しておこう。
このまま降下をしていくと、"楽園"全体が歓喜の魔力で溢れかえった。
何が起きたのかと思ったが、どうやら私の魔力を感じ取った住民達が私の帰りを歓迎してくれているようだ。
真下を見下ろしてみれば、家から皆が出て来て私が地面に降りる時を今か今かと待ち構えている。
ラビックはもう眠っている時間だというのに、頑張って起きてくれているようだ。
レイブランとヤタールは私がある程度の高さまで降りたところで、私が地面に降りた時点でウルミラとフレミーが私の元まで来てくれた。
〈ノア様!お帰りなさい!〉〈ノア様が帰って来たのよ!嬉しいのよ!〉
〈ご主人おかえりーっ!〉
〈お帰りなさい、ノア様。"楽園"の皆、ノア様が帰って来たのが分かって、とっても嬉しそうだよ。〉
久々のモフモフ、フワフワで幸せいっぱいだ。
男性陣は遠慮しているのだろうか?私が声を掛けるのを待っているように見える。
それでは、帰って来た挨拶をするとしよう。
「皆、ただいまっ!」
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