第195話 新たな家族のためにやるべき事
魔石の人工的な製造。それは現状どの人間国家も所持していないと言われている技術だ。かの技術大国であるヴィシュテングリンですらその技術は所有していないとされている。
その理由の一つに、魔石という資源は魔物を討伐すればそれなりには入手が可能な点が挙げられる。
確かに魔物を斃しても必ず魔石が手に入るとは限らない。だが、魔物の数は非常に多いのだ。どのような魔物であれ、数を斃せば魔石の入手は可能となっている。
そして高濃度の魔力さえあれば魔物は絶えず発生する。
つまり、絶滅の心配が無いのだ。流石に一度に斃し過ぎてしまうと、ばしばらく魔物は発生しなくなってしまうが、時間が経てば再び魔物は発生するのである。
態々魔石を人工的に生み出す理由が乏しいのである。
尤も、ヴィシュテングリンは人工魔石の理論自体は完成させているだろうし、作ろうと思えば魔石製造機を作れてしまうだろうがな。
だが、ここで一つ大きな障害が立ちはだかる。
魔石を作るための魔力が用意できないのだ。
今回のリオリオンが用意した魔石製造機においても、その問題は変わらない。
装置を稼働させるための魔力と、圧力を掛けて魔石にする魔力、両方を大量に用意しなければならないのだ。
勿論、私の様に無尽蔵に魔力を生み出す事が出来るような存在が身近にいれば、その問題は容易に解決する。問題にすらならないと言って良い。それ故に、コンバもリオリオンも私に協力を要求したのだ。
だが、個人の能力に頼った財源など、何時破錠するか分かったものではない。個人の商いならばともかく、国の財源にするものではない。
比較的安定して魔石を入手できる手段が既に存在している以上、無理に人工的に魔石を生み出す必要は無いのだ。
では、何故私もリオリオンも人工魔石の製造に希望を見出しているのか?
私の場合は新たな財源として最も可能性があり、かつ私が協力できそうな内容だったからだ。
そしてリオリオンの場合、おそらくだが、彼は人工魔石の安定供給に、ある程度の目途が立っているんじゃないかと思っている。
もしくは、必要な魔力を得る手段に心当たりがあるかのどちらかだろうな。あるいは、その両方だ。
そして彼はこの国の現状もある程度把握しているともなれば、需要の高い商品を安定供給できる可能性のある人工魔石の製造に、躍起にならない筈が無い。
人工魔石製造の知識は、人間達に扱いきれない技術でも無ければ、どこかの国の秘匿技術でも無いと判断したので、リオリオンに知識の提供をする事にした。
もしかしたら、私の知らない国で人工魔石が既に安定して供給され、それが財源になっている国があるかもしれないが、私が関わっていない以上、技術漏洩というわけでもないのだ。そんな事を考えだしたらキリがない。
そんなわけで、現在私はひっきりなしに来るリオリオンの質問に回答中だ。
質問に対して答えを出せば、その答えの中に疑問点を見出し、更に質問を重ねてくるため、かなりの長話になってしまっている。
あまりに話が長くなりそうだったので態々椅子と机を用意して来てもらったほどである。
流石は魔術具研究所の所長を務めているだけの事はある。知的好奇心もさることながら、魔術具に注ぐ情熱も非常に強い。
これは想像以上に長話になってしまいそうだな。
おっ、ようやくヨームズオームの話が終わったな。喋りたい事を喋り終えて、実に満足そうにしている。
とは言え、ヨームズオームとの会話はここからが本番である。この子には、色々とやってもらいたい、というよりも習得してもらいたい事があるのだ。
先ずは魔力の制御。今もヨームズオームは魔力を垂れ流し、最初に意識を覚醒させた時の私と同じような状態なのだ。
この子の魔力色数はルイーゼやヴィルガレッドと同じく四。そして魔力量と密度は何と、あのヴィルガレッドをも上回るのだ。
流石に戦闘経験や身体能力自体はヴィルガレッドの方が遥かに上だろうから、総合的な戦闘力で言えばヴィルガレッドに軍配が上がるだろうが、それでもヨームズオームが世界有数の強者である事には何の違いも無い。
何が言いたいかというと、ヨームズオームの前に立てる存在は極めて限られるという事だ。
多分だが、最低でもラビック並みの魔力量と密度を持っていなければ無事ではいられないだろう。
というわけだから、ヨームズオームには魔力制御を習得してもらい、魔力を抑えられるようになってもらいたいのだ。
まぁ、私の家の広場は非常に広大だから、この子も問題無く収まりはするのだが、それでも広場の外側にいる"楽園"の住民達には、間違いなく影響が出てしまうだろうからな。
そして魔力の制御ができてようやくスタートラインだ。ヨームズオームの話を聞いて分かった事の一つとして、この子は沢山の生き物と仲良くありたいのだ。
しかし、この子の圧倒的な魔力量や、無自覚に生み出す毒によってそれが叶わなかったのである。
そのため、魔力制御を習得したら今度は毒の制御、もっと言えばより効率的でかつ周囲に害をもたらさない魔術の習得をしてもらいたい。
これに関しては既に何を習得してもらうかは決めている。
毒とは反対の性質、それも常時発動型の治癒魔術と浄化魔術を習得してもらおうと思っているのだ。なんだったら浄化魔術だけでも問題無い。
早い話、発生させた毒を浄化出来ればそれで良いのである。もっと言えば治癒魔術はオマケだな。
この子の周囲にいたら心地良いから、つい一緒にいたくなってしまう。他者にそう思わせる事が出来れば万々歳だ。
それが出来るようになったら最後にもう一つ。
それは、今もホーディやゴドファンスが熱を入れて習得に励んでいるであろう、身体縮小だ。
先程私の住む広場でならば問題無く収まるとは言ったが、やはりそれでも窮屈な思いをさせてしまうだろうからな。
この子にのびのびと暮らしてもらうためにも、縮小化は是非とも習得してもらいたいのだ。ついでに、軽量化も習得してくれれば言う事は無いな。
まぁ、3つ目の要望は完全にヨームズオームを"楽園"に連れて行く事を前提とした内容だ。
先ずはこの子を"楽園"に、私の家に連れて行っていいか、家の皆に確認を取らないとな。
『通話』を用いて皆と確認を取れば、皆歓迎の意を示してくれた。
あの子達としても、"楽園"に害をもたらさないのであれヨームズオームを迎え入れる事は喜ばしい事の様なのだ。
〈我等を上回る力を持つ者がおひいさまの下に就く。我等にとってはおひいさまの威厳が更に高まるのです。大変喜ばしい事で御座います。〉
〈触れ合いたくとも触れ合う事の出来なかった不憫な者です。是非、我等で歓待して差し上げましょう。〉
〈その子って、遊び相手になってくれそうかな!?なってくれたらいいなぁ!〉
こんな具合である。意見としては大まかに分けて三つ。新しい話し相手や遊び相手を望む声、私の格を上げられる事への期待の声、そしてヨームズオームの経歴を知り、この子を可愛がってあげたいと思う声だ。
皆がそのどれかの意見を持っている、というわけでは無く、強弱はあれど皆がその三つの考えを持ってくれているのだ。
皆の暖かさにほろりと来そうだ。この子が"楽園"に住む事になったら存分に可愛がってあげて欲しい。
さて、皆からの了承を得る事が出来たわけだし、遠慮なくヨームズオームを私の家に誘わせてもらうとしようか。
「ねぇ、ヨームズオーム。私の家で暮らさない?私やルイーゼほどじゃないけど、皆それなりに大きな子達だから、君の話し相手になってくれる筈だよ。」
「はぁっ!?アンタの周辺って、そんな大魔境になってたの!?」
なお、ここで言う大きいというのは、魔力の大きさの事である。ヨームズオームは視力よりも魔力で物を判断する傾向がある。
私の家の環境についてルイーゼが驚愕しているが、今更の話である。そもそも"楽園"事態が大魔境と呼ばれる場所なのだから。
そんなルイーゼは一旦置いておき、ヨームズオームの反応だ。喜ばしい事にこの子は非常に嬉しそうである。
―ほんとー!?ノアの家で暮らしていいのー!?それにお話しできる子が他にもいるんだー!?ぼく、そこで住みたーい!―
良し来たっ!!これでこの子と一緒にいられる時間が増えるっ!そしてこの子が私に対して強い好感を持ってくれている事が非常に嬉しい!"楽園"に連れ帰ったら沢山可愛がってあげよう。
そうと決まれば、早速ヨームズオームに色々と習得してもらおう。断られないか、少し心配だ。
果たして素直に学んでくれるだろうか?習得しなければ一緒に暮らせないと脅しじみた事を言わなければならないだろうか?そうなったら、少し気が重いな。
「提案に乗ってくれて嬉しいよ。それでね、私の家に行く前に、君には覚えて欲しい事があるんだ。」
―なになに―?何覚えれば良いの~?―
「ヨームズオームはこういう事は出来るかな?」
今のところは有り難い事に、この子は私の要望に応える事に意欲的だ。質問に答えるように私は魔力を抑えていく。
魔力が抑えれられていく事に対してルイーゼが何とも言えない表情をしているが、今は置いておく。
―ふぉおお~…!?ノアがちっちゃくなってくー!?すごいすごいー!ぼくもそれが出来るようになればいいのー?―
「うん。出来そうかな?」
―やってみるねー?……んーむむむむむ…。―
早速自分なりに魔力を抑えようとしてくれているのだが、魔力を抑えるというのは制御の難しい力である。
私は大体数日間で抑えられるようになってしまったが、本来は何の知識も無しに簡単に出来るようなものではないそうなのだ。
ルイーゼが非常に微妙な表情をしていた理由はおそらくはそれが理由だろう。
彼女は、私が産まれてから1年も経過していない事を知っているのだ。そんな私が既に十全に魔力を制御できる事が、理不尽に思えてならないのだと思う。
―どうやればちっちゃくなれるのー?―
「こういうのは意思の力が重要になってくるからね。こうしたい、こうありたいって強く想う事から始まるんだ。」
「それで簡単に出来れば、苦労はしないわよ…。」
まぁ、実際私はそれほど苦労しなかったからな。だが、この子ならばそれが出来ると思うのだ。というか、ルイーゼもそう苦労しなかった部類だと思うのだが、違うのだろうか?
「いや、そりゃあ私だって魔王だもの。周りと比べれば早かったわよ。けど、それはちゃんとした知識があったうえでの話よ?」
―んー…?良く分かんなーい。―
「碌に知識も無かったらこんなもんよ。」
なるほど。どうやらヨームズオームは今の状態すらも魔力がどうなっているのかが良く分かっていないようだ。
ならば、手はある。この子は理想の状態がイメージできないでいる状態なのだから、私が一時的にその状態にしてあげれば良いのだ。
「ヨームズオーム、ちょっと君に触れたいんだけど、いいかな?」
―いいよー。頭の上に乗るー?―
「そうしたら、私達の姿が見えなくなるだろう?君は私達の事を見ていたいみたいだし、尻尾を私の前に持ってきてくれれば、それで良いよ。」
―うん、分かったー。―
頼めばすぐに巨大な尻尾を私達の目の前に持ってきてくれた。
さて、この子の尻尾はその先端ですら私達の体を遥かに上回る。それこそゴドファンスの全高よりも大きな直径を持っているのだ。
そんな巨大な尻尾がわずか数秒で私達の目の前に来たのだ。
その結果どうなるか。
「ぶふぇーっ!?」
「あー・・・大丈夫?」
―あははー。ルイーゼ、変な顔になってたー。―
凄まじい強風が私達に吹き付けてきたのだ。
尤も、凄まじいとは言いはしたが、私は例え光の速度を越えて移動しても何の影響も無かったので何ともない。
問題はルイーゼだ。強風に当てられ、彼女の非常に整った顔立ちが、一瞬とは言え見るも無残な形状に醜く歪んでてしまった。変顔というやつである。
今更かもしれないが、ルイーゼの周囲に障壁を張っておこう。いや、うっかりしていた。
ルイーゼの変顔を見て、ヨームズオームが面白そうにしている。
この子が楽し気にしているのなら、障壁を解除しても良いだろうか?という考えが一瞬頭をよぎったが、流石に可愛そうなのでやめておいた。
彼女の感性は、人間の少女に近い感性をしているようだからな。顔が醜く歪んでしまう事を非常に嫌がるだろう。
ルイーゼに機嫌を訊ねれば、ヨームズオームに変な顔と言われた事もあってか、私に不満をぶつけてきた。
「
「いや、ごめんごめん。すっかり気が抜けていたよ。」
そう。私が七色の魔力を纏っている状態で密着しているという事は、その時点で触れられた対象の魔力は私の支配下に置かれているようなものである。
以前ホーディと初めて出会った際に、彼の前足を左腕で抱えた時も、彼が自身に施していた強化魔術が軒並み解除されてしまったのと同じ現象である。
魔王というだけあって、ルイーゼの装備はどれを取っても人間の製作するそれらとは比較にならないほど非常に強力な性能をしているのだが、私が触れてしまっている事で装備の効果がまるで発揮されていないのである。
さて、ルイーゼの怒りは尤だが、今優先すべきはヨームズオームだ。
ルイーゼに対して辛辣かもしれないが、彼女が私達"楽園"に対して行った事を思えば、これぐらいの事はしても良いと思っている。というのは横暴だろうか?
とにかく、目の前のヨームズオームの尻尾に触れ、その魔力を支配する。流石にルイーゼを遥かに上回る魔力量と密度のため掌握に少し時間が掛かったが、時間にして1分も掛かっていない。
この状態でこの子の魔力を強制的に内部に抑え込む。
―あれれぇ~?何か引っ込んでくよぉ~?変なのー。―
「ええぇ…そんなのアリ…?」
アリだとも。これでヨームズオームは魔力を抑えた状態を理解できた筈だ。
後はこの感覚を覚えてもらって、普段の状態からこの状態になるように魔力に対して望めば魔力を抑える事が出来る。
「どう?今の感覚、理解できたかな?」
―うん!ノアはぼくにこの状態になってもらいたいんだねー?―
「うん。出来そうかな?」
―やってみるー。―
やはりヨームズオームはとても素直な子だ。とっても可愛い。是非家に連れて帰りたい。そして目一杯可愛がりたい。きっと幸せなひと時だと思う。
そのためにも、この子には魔力制御の他にも、浄化魔術や身体の縮小化を覚えてもらわないとな。
習得のために私が教えられる事は手取り足取り、しっかりと教えよう…この子には手も足も無いけど。
少し、時間にして10分ほどでヨームズオームは魔力の制御に成功してしまった。
これには私も非常に驚いた。いやはや、答えを知っているとこうまで容易に達成できてしまうものなんだな。
あまりにもあっけなく魔力を制御できてしまった事に、ルイーゼがこれでもかと驚愕している。
「うっそでしょ…。」
―出来た出来たー!小さくできたよー!偉い?偉いー?―
「ああ、とっても偉いよ。ヨームズオームは凄いね。」
―わーい!ノアに褒められたー!―
私に褒められた事が嬉しいようだ。純粋な喜びの感情が伝わってくる。
思えば不思議なものである。私はモフモフした動物に対して非常に強い執着があるのは自覚しているが、蜥蜴や蛇といった爬虫類に対しては、そこまで深い思い入れを持った覚えが無いのだ。
それだというのに、ヨームズオームは可愛くて仕方が無い。何故なのだろう?
ルイーゼは特にそう言った感情は抱いていないようなので、この子が私達に何かをしている、というわけでもなさそうだ。
ヴィルガレッドならば何か分かるだろうか?近い内に聞いてみよう。
だが、その前に覚えてもらう事は色々とある。
性急かもしれないが、次に行こう。今度は魔術の習得だ。難色を示されなければ良いのだが…。
「喜んでくれて私もとても嬉しいよ。ただ、君には他にも出来るようになって欲しい事があるんだ。大丈夫かな?」
―うん!いいよー!いろいろな事いっぱい教えてー!―
「ありがとう。私も知らない事はいっぱいあるから、一緒に暮らせるようになったら、一緒に色々な事を覚えて行こう。」
―うん!ぼくがんばるー!―
こうまで私の要望に意欲的とは。嬉しくて仕方が無いな。この子のやる気に応えるためにも、私も出来る限り分かり易く内容を伝えないとな!
地下にいる私も遥か上空にいる私も教える事は山ほどだ。きっと一日二日で終わる事では無いだろう。
時間を掛けても良い。じっくりと根を詰めていくとしよう。
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