第194話 魔石製造機

 二人ともゆっくりと紅茶を飲んで喉を潤している。

 なお、ここにいる私は幻なので、当然紅茶を口にする事が出来ない。なので二人が紅茶を飲み終わるのをのんびり待っている最中である。


 そうだ。茶菓子も用意した方が良いだろうか?

 2人に聞いてみれば、リオリオンからは歓迎されてオリヴィエからは遠慮されてしまった。


 とりあえず、リオリオンの分だけ提供しておこう。

 今回出すのは私がマーグの宝石店で感銘を受けた菓子、ハチミツを使用したフィナンシェである。


 「おっ!気が利くなぁ!見た事が無い茶菓子だが、何処の店のなんだ?」

 「それは私が家で作った自作の菓子だよ。今回の旅行の途中で、口にしようと思っていたんだ。」

 「えっ…?ノア様の手作り…?うぅ…でも…。」


 読んだ本の中には料理の本もあったからな。本に書かれていた内容をそのまま行使しただけではあるが、問題無く食べられる事は確認済みだ。家の皆も美味いと言ってくれた。

 尤も、流石に一流の菓子屋が作った菓子には味が劣るが。菓子職人達の技術は見事の一言である。


 私の手作りという事でオリヴィエが食べたそうにしているが、やはり太ってしまう事を警戒してか、食べるのを我慢しているようだ。


 そう言えばフルルで購入したフルーツタルトも毎日食べるわけにはいかないと言って2日置きに食べるようにしていたな。そして今日はそのフルーツタルトを食べられる日でもある。


 今出したフィナンシェを口にしたら、フルーツタルトを食べられなくなると考えているのだろう。


 「リビア、遠慮する事は無いよ?是非食べてみて、感想を聞かせて欲しいな。」

 「うぅ…その言い方は狡いですよぉ…。い、いただきます…。」

 「はい、どうぞ。召し上がれ。」


 結局オリヴィエも食べる事にしたようだ。リオリオンが手に取って匂いを嗅いでいるところを見て、堪え切れなくなってしまったのだろう。

 彼女の前にもフィナンシェを提供すれば、とても嬉しそうに耳を動かしていた。


 「こりゃあイケるな!甘さも食感も悪くねぇ!紅茶にもよく合う!普通に店売り出来るぞ!?アンタ、ホントについ最近まで人と関わってこなかったのか?」

 「本に書かれていた事や一度見た動きを真似るのは得意なんだ。」

 「うぅ…とっても美味しいです…。それとノア様、それは最早特技の範疇に収まらないかと思います。」


 指摘されてしまった。

 まぁ、分かってはいるのだが手っ取り早く説明しようとすると、どうにもこんな感じの説明になってしまう。多分、今後も変わらないだろうな。


 フィナンシェの味に高評価を付けてくれるのは嬉しいのだが、オリヴィエの言葉と表情が一致していない。

 それというのも、やはり今日はフルーツタルトを食べるわけにはいかなくなった、と考えているからだろうな。


 オリヴィエの表情を見て流石にリオリオンも訝しんだみたいだな。


 「美味いんならもっと美味そうな顔すりゃあいいのに、何だってそんな微妙な顔をしてんだ?」

 「リオリオン、最近新聞は読んだ?」

 「おう。何せアンタがこの国に来たなんてビッグニュースが流れてきたからな。動向を確認するためにも連日目を通してるよ。」


 新聞にはちゃんと目を通しているらしい。だったら連日の魔術具研究所に対する苦情も目に入っている筈なんだがなぁ…。

 だったら何故その苦情を真摯に受け止めようとしないのか?きっと爆発も苦情も日常の一部となってしまっているのだろうなぁ…。


 「なら、私達がフルルで何を買ったのかも把握してない?」

 「おん?あぁー…確かフルーツタルトを気に入って、一日に購入可能な数いっぱいまでフルルに滞在中毎日購入したんだったか?そういや、あの店のフルーツタルトは、オリヴィエの好物だったなぁ…。」


 その辺りの事は周知の事実なんだな。

 それはそうと、先程からオリヴィエが静かである。フィナンシェに集中しているからなのか、彼女は俯いたままだ。


 「そう。それで、連日食べればすぐになくなってしまうから、という事で日を跨いで食べる事になったんだけど、今日はそのフルーツタルトを食べられる日なんだ。」

 「なら、一日に何度も美味いものが食えて嬉しいじゃねぇか。うーん…?」


 私の感覚で言えばその通りなのだがな。流石に女性が気にしている事をリオリオンに言っても分からないか。

 彼の場合、食べたらその分動けば良い、とでも言いそうだ。


 腕を組み、首を傾げて不思議そうにしていたが、オリヴィエがフィナンシェを食べる事を躊躇していた理由に気が付いたらしい。

 目を見開いた後、意地悪そうに口の両端を吊り上げると、彼女を安心させるように、ハッキリと口にした。


 「太っちまう事を気にしてんのか?心配いらねぇって!ちょっと多めに食った程度じゃ、人間は簡単に太らねぇよ!それに、食ったらその分動けば何にも問題ねぇ!オリヴィエは心配しすぎだぜ!」


 あーあ、言っちゃった。リオリオン、女性に対して面と向かって太るだの太ったという言葉を使うのは禁句らしいぞ?知らないのか?


 あー…やっぱり、オリヴィエの周囲の空気が冷たくなっている。これは先程リオリオンを糾弾していた時よりも長い説教になりそうだ。

 そんな事になってしまっては実験どころではなくなってしまう。どうする!?


 「大叔父様。」

 「あ…ハイ…。」


 リオリオンもオリヴィエの氷点下の空気に当てられたようだ。再び先程の様に委縮してしまっている。確実に長時間の説教コースだ。

 話を振ってしまった私にも責任がある。仕方が無いからここは私がオリヴィエを宥めよう。


 「リビア、リオリオンのデリカシーの無さに言及したい気持ちは分かるけど、そろそろ実験に参加しない?彼に言いたい事を言いだしてしまったらきっと日が暮れてしまうよ?」

 「うぅ、ですが…。」

 「どうせ彼のデリカシーの無さは今に始まった事では無いだろうし、同じような注意を受けた事が何度もあるのだろう?だったら、その話は一度置いておこう。時間は有限なのだからね。」

 「…はい…。」

 「酷くね?」


 自分の扱いが雑な事に対してリオリオンが異議を申し立てているが、そんな扱いをされる貴方の普段の生活態度に問題があると私は思うのだ。

 しかし、それを言ってしまったらまたしても話が長くなってしまう。


 見れば紅茶もフィナンシェも無くなっている。そろそろ休憩を終わりにしよう。


 「さぁ、リオリオン。例の人口魔石の製造実験とやらを開始しようじゃないか。正真正銘、この国の命運が掛かった研究だ。必ず成功させよう。」 

 「お、おう!アンタが協力してくれるんなら、絶対に結果を出さなきゃあな!国民に対して顔向けが出来ねぇぜ!」

 「それでは…コホン、リオリオン所長。件の魔石製造機までの案内をお願いいたします。」


 これから件の魔術具の元へ向かうと分かると、オリヴィエはリオリオンへの態度をガラリと変えた。

 彼に他人を装うように要求する以上、それは自分も変わらない、という事だ。


 リオリオンもその辺りは良く分かっているのか、特に困惑している様子もない。


 「あいよ。そんじゃ、階段上ってここまで来てもらった後で悪ぃんだが、もっぺん下に降りるぞ。最初に俺と会ったあの場所が実験場所なんでね。」


 そんな気はしていた。あの場所には巨大な魔術具が鎮座していたからな。

 この施設の中で見た魔術具の中でも、最も巨大なあの魔術具こそが魔石製造機なのだろう。


 「コンバ!待たせたなぁ!『姫君』の協力は取り付けた!こっからはバンバン実験をやってくぞぉ!」

 「なんとっ!やりましたねっ!これで我々の研究が報われる日がいよいよもって近づいてきたという事ですねっ!魔石製造機の状態は万全です!いつでも起動させる事が出来ます!」


 再び階段を下りて最下層まで移動すれば、そこには街中で出会った青年、コンバが魔術具の起動準備をして何時でも実験を開始できるようにしていた。

 リオリオンがコンバに魔石製造機の状態を尋ねれば、私との協力を取り付けた事を心から喜び、魔術具の起動を今か今かと待ちわびている。

 周囲に気を配ってみれば、周りの研究所員達も気持ちはコンバと同じらしく、期待の眼差しをリオリオンに向けている。部下からの信頼は厚いようだ。


 「ようし、諸君!これより魔石製造機の稼働実験を開始する!」


 リオリオンが高らかに宣言すると、研究所員達が歓声と拍手でそれに応える。


 早速魔術具を起動させるのかと思ったのだが、魔石を製造するには当然大量の魔力が必要になる。

 元はと言えば、コンバもそのための魔力を調達するために慌てて私の元まで駆け寄ってきたのだ。


 リオリオンがコンバから私達が街中で見た例の魔術具を受け取り、それを私の前に差し出した。


 「というわけでノア、この魔術具に魔力を注いでもらって良いか?」

 「お安い御用だとも。」


 言われるままに差し出された魔術具に魔力を注いでいく。

 直径30㎝、高さ40㎝ほどの円柱の形状をしたその魔術具には流石に幻を形成している魔力をすべて消費するほどでは無いが、それでもかなりの量の魔力を込める事が出来た。

 その容量は、上位の魔術師の全魔力を注いでも半分満たせるかどうか、というほどである。

 なるほど。人間がこれだけの魔力を常時調達するのは、非常に難しいだろう。


 ただでさえ失敗前提の実験を行うというのであれば、実験の回数はそれほど多くないのかもしれない。


 魔力を満たされた魔術具を見て、リオリオンを含めた研究所員達が全員感嘆の声を漏らしている。


 「コイツに一瞬で魔力をいっぱいまで満たせるとか…アンタ、ホントどんだけ膨大な量の魔力があるんだよ…。」

 「エネミネアにも出来そうだけど?」

 「人類最強の魔術師の一人を一例に出さんでくれ。そんな魔術師が世界中にゴロゴロいるわけがねぇだろうが。」


 言い訳としてエネミネアを出してみたが、やはり納得はしてもらえなかった。

 まぁ、リオリオンの言う通り、エネミネアが人類の中でも最上位の魔術師であるのなら、その返しも当然だろうな。


 仮にエネミネアの魔力量が人間の基準だった場合、"楽園"はもっと容易に人間達に攻略されているだろうし、人類はもっと余裕を持って生活が出来ている筈だ。

 まったく、私が親しくなった人間というのは、つくづく人間達の中でも強者ばかりなのだな。彼等を私の能力の引き合いに出すのは止めておこう。


 魔力で満たされた魔力集積魔術具をリオリオンに返却すれば、彼は目の前にある全高8メートルはあるかという巨大な魔術具のちょど集積魔術具がピッタリとは丸形状をしたくぼみに装着させる。

 あれで私が込めた魔力が魔石製造機へと流入していくらしい。


 魔石製造機の稼働実験の準備が整い、リオリオンが職員に指示を出す。


 「ようし!これで準備は整ったぁ!魔石製造機、起動っ!」

 「了解!魔石製造機、起動します!」


 指示を受けた研究員が大仰なレバーを引き倒すと、先程の魔力集積機から魔石製造機へと魔力が流れていき、中心部に蓄積されていく。

 おそらくあの場所で魔力に圧力をかけるのだろう。


 「魔力の移動、終りました!」

 「良し、加圧を開始しろ!」

 「はい!加圧、開始します!」


 思っていた通り、移動し終わった魔力に圧力が掛けられ始めていく。見たところ順調そうに見えはするのだが、私はこの時点で懸念を感じていた。


 魔術具自体は物理的に完全に密閉されているのだが、魔力は物質では無いのだ。

 魔力が物質に浸透する性質がある以上、浸透を防ぐ処置を施さなければ折角集積させた魔力も次第に魔石製造機に全体に浸透しだして想定よりも圧力をかけるべき魔力量が少なくなってしまうのだ。


 そしてその懸念は形となって現れる。

 魔石製造機本体に魔力が浸透していき、集積した魔力が減少しているのだ。

 どうやらリオリオン達はその事に気付いていない。集積した魔力量が大きすぎるせいで魔力の動きを把握できていないのか?


 「リオリオン、圧力の強さは、集積機に集めた魔力量を想定したものかな?」

 「おう!魔石になる圧力の強さは、コイツよりももっと小型の魔術具で試して確かな結果が出てるからな!魔力量に比例した圧力を掛けているぜ?」


 つまり、加圧部屋とも言うべき場所に集積された時点での魔力量を想定して圧力をかけているのだろう。

 そうなると少々拙い。確かに魔力に圧力を掛ければ魔力は魔石になるが、そこから必要以上に圧力を掛ければ魔石は砕けてしまい、一気に大量の魔力が放出されてしまうのだ。つまり、爆発してしまうのである。


 ここは稼働を止めるべきだな。加圧部屋では既に魔石が出来上がっていて、圧が掛かり過ぎて爆発しそうになっている。

 まぁ、拒否されたらされたで、魔力で強引に爆発を押さえつけてしまおう。


 「魔術具を停止して。」

 「ええ?圧力をかけてから、まだ5分も立ってないぜ?想定では魔石が出来上がるには、後10分は圧力をかける必要があるんだぜ?」

 「リオリオン、協力をする条件を忘れたとは言わせないよ?」


 まぁ、渋るだろうとは思っていたのでとりあえずは協力するための条件を持ち出そう。それでも渋るというのなら仕方が無いから爆発させてしまおう。


 が、ここでオリヴィアが動いてくれた。言葉こそ発していないが、先程の冷たい視線をリオリオンに対して向けたのだ。

 再びあの糾弾及び説教を受ける事を恐れたのか、意外にも素直にこちらの要望を受け入れてくれた。


 「わ、分かった…。一旦実験中断!魔石製造機の稼働を停止しろっ!」

 「りょっ、了解っ!魔石製造機、稼働を停止します!」


 魔石製造機は暴走をする事も無く問題無く停止した。ひとまず爆発する事は無くなったようだ。

 加圧部屋の様子は…ギリギリだったな。後10秒ほど加圧を続けていたら、間違いなく内部で爆発していたぞ。


 リオリオンが此方を見ている。何故急に稼働を止めるように言ったのか説明して欲しいのだろう。


 「リオリオン、魔石製造機の中を見てみると良い。ある意味で嬉しい結果になっている筈だよ。」

 「嬉しい結果…?ま、まさかっ!?」


 ここまで言えば流石にどういう結果になっているか予想が付いたのだろう。喜色を顔に浮かべて魔石製造機の方へと顔を向けると、既に中身を確認していた研究員が歓喜の声を上げた。


 「しょ、所長っ!や、やりました!!魔石、出来上がっています!!」

 「見せてくれっ!」


 研究員が急いで出来立ての魔石を製造機から取り出してリオリオンに受け渡す。


 魔石を受け取ったリオリオンは、受け取った直後こそ非常に嬉しそうな顔をしていたが、次第に表情を曇らせて行った。


 「確かに魔石が出来上がっているが、使用した魔力に対して魔石の大きさが小さすぎるな…。何故だ?それに、生成が完了する時間も想定より遥かに速い。」


 その答えを私は知っているし、リオリオンもそう感じたのだろう。原因を私に訊ねてきた。


 「ノア、製造機を停止するように言ったって事は、アンタには既に魔石が生成されていた事が分かったんだよな?」

 「ああ。言っただろう?魔力の動きを見るのも、負荷のかかり具合を見るのも得意だって。ちなみに、後10秒ほど圧力をかけ続けていたら、その魔石は砕けて爆発を起こしていたよ。」

 「何だってぇ!!?魔石って、砕けるものなのか!?」

 「その様子だと、どうして爆発が起きるのかは分からなかったみたいだね。」


 求められればその原因も説明してしまおう。どの道、魔石を生成するには大量の魔力が必要なのだ。知識があったところで、元手が無ければ魔石は作れない。


 「アンタは知ってるんだな!?頼む!教えてくれっ!このままじゃあ、折角魔石が作れたとしても、効率が悪すぎて使い物にならんっ!」

 「良いよ。少し話が長くなるけど、構わないね?」

 「ああ!この際だ、とことんまで教えてもらうぜ!」


 教えを乞うリオリオンの表情は真剣そのものだ。彼は彼なりに国の未来を想っているのだろう。面子やプライドなどはこの際二の次にしているようだ。


 ならば、その想いに応えよう。リオリオンの質問に答えられるだけ答えよう。

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