第193話 遥か上空と地下深くにて振る舞われる紅茶

 オリヴィエとリオリオンのやり取りを見る限り、二人の関係は良好、というよりもリオリオンからはオリヴィエに対する、確かな愛情を感じ取る事が出来る。

 少なくとも、リオリオンはオリヴィエを嫌ってはいない筈だ。


 二人のやり取りは見ていて微笑ましいのは間違いないのでこのまま見ていたいものだが、それは現状ファングダムが抱えている問題を片付けてからの方が良いだろう。


 「話を遮って済まないけど、私達がこの研究所に来た目的を果たさしてもらってもいいかな?」

 「ん?おう、そうだったな。俺達の研究に協力してくれるんだって?」

 「条件付きではあるけどね。」


 日常茶飯事に大爆発を起こすような実験を行うようでは流石に実験の主導を任せられない。

 周囲の迷惑もさることながら、オリヴィエは大きな音が苦手なのだ。

 というか、爆発するという事は少なからず魔術具も破損してしまうのだから、その分損失になってしまう。魔術具は総じて高価なのだ。


 爆発の前兆を見極めて事前に魔術具を停止しなければ、どれだけ予算があっても足りなくなってしまうぞ?


 「条件ってのは?」

 「こっちに来る前にコンバにも話したのだけどね―――」


 一通り条件を説明すると、流石にリオリオンは難色を示した。


 「そうは言うがよぉ、コッチだって長年魔術具をいじり続けて長いんだぜ?言い方は悪ぃが、素人に口出しされる事には、良い反応は出来ねぇなぁ…。」

 「だろうね。長年魔術具に携わって来ただろうし、誇りもあると思う。私の要求は、貴方からしたら非常に失礼なものだという事は自覚しているよ。」


 お互いに譲れないものがある。それ故に、ここからどう互いに妥協し合うかを話し合う事になると思っていたのだが、此処でオリヴィエが動いた。


 リオリオンに声を掛けると、『格納』から紙束を取り出したのだ。


 「大叔父様。」

 「うん?どした?」

 「此方に目を通していただけますか?半年前に発刊された新聞記事の一部を切り取り、まとめた資料です。」

 「お、おう…。」


 そうリオリオンに告げるオリヴィエの声色と視線は非常に冷たい。さしものリオリオンも、その空気に押されてたじろいでいる。

 困惑しながら紙束を受け取り目を通せば、反応はすぐに現れた。


 「う゛っ…。」


 リオリオンの表情は非常に弱り切っている。こっそりと視界を共有させた透明の幻を彼の背後に出現させてオリヴィエの言う切り取られた新聞記事を覗き込んでみれば、そこに記されていたのは―――



 《魔術具研究所、またも大爆発!?》

 《連日の騒音、苦情絶えず。》

 《爆発の振動により食器が破損!今月の被害総額は金貨百枚超え!?》

 《近隣住民、またも深夜に叩き起こされ不眠を訴える!》

 《魔術具研究所へのデモ決行!2000人の住民が集まる!》



 とまぁ、見出しを見ただけでも苦情の数々が記載されていた。

 最初の一枚だけでコレである。おそらく、あの紙束には全て似たような見出しの記事が乗せられているのだろう。


 オリヴィエは半年前の、と言っていた。それはつまり、魔術具研究所に対してオリヴィエが辛辣である事から、魔術具研究所に対する苦情の記事はあれだけでは無い、という事だろう。


 どうやらその予測は当たっているようだ。

 オリヴィエが更に『格納』から紙束を取り出してリオリオンの目の前に次々と重ねていく。


 「大叔父様が今手にしていただいているのはほんの一例に過ぎません。その資料の前にも後にも、毎月同じような記事が毎日のように記載されています。私の『格納』空間には似たような記事がまだまだ沢山ありますよ?いっその事、すべてこの場に出しましょうか?大叔父様は、他のファングダムの都市からレオスがどのように呼ばれているか、ご存知でしょうか?ご存知ですよね?爆発都市、爆音都市、騒音都市、眠れずの都市、振動と騒音の街、人工的な地震の絶えない街等々、非常に多彩な呼ばれ方をしていただいております。たった一つの施設の活動によって、です。そもそも魔術具研究所は―――」


 凄いな。よくもまあ、あんな長いセリフを閊える事なく淡々と、そして口早にハッキリと喋る事が出来るものだ。

 矢継ぎ早に言葉が繰り出されていくため、リオリオンが何も言えないでいる。


 これは、少し長い話になるだろうか?二人の話が長くなるようなら、紅茶でも淹れておこう。

 特にオリヴィエは、あんなに立て続けに喋り続けていたら、確実に喉が渇いてしまうだろうからな。



 そうだ。折角だから、ルイーゼの分も用意してあげよう。彼女が紅茶を嗜むかどうかは分からないが。


 確認しておくか。


 「ルイーゼ、紅茶飲む?」

 「あら?気が利くじゃない。嬉しいけど、私紅茶にはうるさいわよ?」

 「人間が飲んで美味いと思える味なら、大丈夫じゃないかな?下手な貴族よりは上手く淹れられるみたいだし。」

 「そう?ならいただくわ。」


 ルイーゼも紅茶を嗜むようなので、幻を用いて普段から『収納』に入れてある茶葉で紅茶を淹れる。

 ただし所長室の外で、だ。オリヴィエ達の会話を邪魔するわけにはいかないからな。『幻実影ファンタマイマス』を用いればこれぐらいの事は造作も無い事である。


 紅茶を淹れたら、一度『収納』へ仕舞い、幻から本物へと受け渡し、尻尾カバーにカップを乗せ、両腕を開放したルイーゼへと渡す。

 どれ、私も一口。うん、まぁまぁの出来かな?


 今更だが、この『収納』と『幻実影』を併用した道具の受け渡し、荷物の運搬に非常に便利だな、コレ。

 ちなみに、今のルイーゼは腰に左腕を回して抱きかかえている。


 「どうぞ。私好みの味にしたから、口に会うかはわ分からないけど。」

 「ん。良い香りよ…。味は…あら、良いじゃない。普通に飲めるわ。」

 「それは良かった。」


 普段から紅茶を飲んでいるというルイーゼから少なくとも及第点以上の評価をもらえた事に内心気分を良くしていると、ヨームズオームも紅茶に興味を持ったようだ。


 紅茶の香りを感じ取って自分も欲しいと言い出した。


 ―なになにー?飲み物ー?僕も飲みたーい。―

 「えっ?ちょっと、どうすんのよ、興味持っちゃったわよ?アイツが満足出来るだけの量なんて、用意出来るの?」

 「少しズルイかもしれないけど、問題無いよ。ヨームズオーム、今から君の目の前に同じ物を用意するから、好きなだけ飲むと良いよ。」

 ―わーい!ノアー、ありがとー!―


 素直に感情を表してくれるヨームズオームは可愛いなぁ。あの子の喜びがハッキリと伝わってくる。


 さて、ヨームズオームに提供する紅茶だが、先程ルイーゼにも言ったようにちょっとズルをする。

 今私が手にしているカップの中身、紅茶に『増幅』の魔法を掛けて、味も温度もそのままに、量だけを増やすのだ。


 「ええぇ…何コレェ…紅茶でお風呂が出来ちゃうじゃない…。」


 そうしてルイーゼの言った通り、風呂屋の浴槽並みの量となった紅茶を『液体制御』の魔術で捜査してヨームズオームの目の前に差し出す。

 そう言えばこの子は蛇だが、熱い飲み物は大丈夫なのだろうか?


 ―良い匂いだねー。いただきまーす!…チロチロ…不思議な味ー。でも嫌じゃないよー。おいしー!チロチロ…。―


 特に問題は無いようだ。懸命に細長い舌を動かして紅茶を飲み、そのたびに美味しそうに目を細めるヨームズオームが本当に可愛らしい。


 傍によって顔を撫でてあげたいのだが、この子は私の姿を視界に収めておきたいようで、私が近づこうとするとあの子も首を動かしてしまうのだ。


 「君も気に入ってくれたようで良かったよ。おかわりが欲しかったら、遠慮せずに言ってね?いくらでも用意してあげられるから。」

 「ええぇ…。反則なんてもんじゃないわね…。実質、紅茶が飲み放題じゃない…。っていうか紅茶どころの話じゃないわよね、ソレ…?」


 呆れながらも羨ましそうにルイーゼが感想を述べる。確かに、『増加』の魔法はあらゆる物質を増幅させることが出来るからな。

 尤も、それをやるつもりはあまりない。それはきっと、とてもつまらない生活になってしまうと思うからだ。


 さて、紅茶で喉を潤しながらもヨームズオームの話はまだまだ続く。そろそろオリヴィエ達に意識を戻そうか。



 何とオリヴィエ達の先程のやり取り、まだ続いているのだ。


 「―――そのために地下にこれほどの研究施設を設けたというのに、これでは意味がありません。大叔父様。王都に暮らす者として、何より王族の一員として、大叔父様はこの事実をどのように思われますか?」


 懇々と言及という名の糾弾が続く中、ようやく発言を許可されたリオリオンがしどろもどろになりながら、絞るように質問に答える。


 「に、賑やかで、良いんじゃないかなぁ・・・。」


 リオリオン…今のオリヴィエにそれは駄目だ。それと、目をそらしながら答えたのも拙い。それでは今の発言が本心ではなく言い訳であると言っているようなものだ。


 オリヴィエの冷たい視線が更に冷たくなり、例え溶けた鉄だろうと一瞬で凍結させてしまうかと錯覚させるほどの冷たさとなる。


 「なるほど。大叔父様、良くお聞きください?騒音という言葉は、誉め言葉に使うものではありません。間違っても賑やかなどと言う肯定的な言葉で表す事が出来る言葉では無い、と私は考えています。ファングダムの至る都市でレオスが騒音という言葉で呼ばれているのですよ?大叔父様?目を逸らさないでください?会話をする相手に対して失礼ですよ?」

 「……う、うむ…。」


 これは、先程自分の過去を暴露された事への意表返しも含まれているな。リオリオンも新聞を読まないというわけでは無いだろうし、ファングダムの国民から魔術具研究所がどのように思われているのか多少は知っているとは思うし、その事に対して罪悪感もあるようだ。

 それ故に彼はオリヴィエに対して強く出る事が出来ない。彼女の言葉は、彼自身も承知している事だからだ。


 オリヴィエの言及は続く。


 「大叔父様?」

 「お、おぅ…。」

 「魔術具を爆発させるのは、楽しいですか?」

 「あったりめぇよぉっ!!あの全身に伝わる爆音と振動を味わうためにこの職に就いたといっても過言じゃねぇからなぁっ!!オリヴィエェ、爆発は良いぞぉ!!?」


 とんでもない暴露をしだしたな。オリヴィエの質問に、つい本音が出てしまったようだ。


 その言葉を耳にした途端、オリヴィエの口元だけがとてもにこやかになる。そして相変わらず視線は冷え切っている。


 「つまり、大叔父様は毎日意図的に魔術具を爆発させていた、という事でよろしいのですね?」

 「おうよっ!今じゃあどれぐらい負荷を魔術具に掛ければどんだけの規模で爆発するかは、大体把握出来るようになっちまったぜ!…って、あ゛っ…。」


 そこまで言って、ようやく自分が墓穴を掘った、というよりも自爆していた事に気が付いたようだ。大きく口を開けたまま固まり、大量の冷や汗を流している。


 「大叔父様?」

 「……はい……。」

 「来期の魔術具研究所の所長は、別の方が就任するものと思ってくださいね?」

 「ま、ままま待ってくれぃ!結果は、結果は必ず出すから!爆発させる頻度も落とすから!だから頼む!それだけは勘弁してくれぃ!この通りだ!」


 強い。言葉だけでオリヴィエよりも遥かに体格の良い、それも大叔父であるリオリオンを容赦無く平伏させてしまった。


 今はこの国の財務に関わっていないとは言え、オリヴィエの立場は相も変わらず国の重鎮である。

 彼女が財務大臣や国王であり父親であるレオナルドに今回の件を説明すれば、所長の変更も問題無く行えてしまうのだろう。


 それを理解しているからか、必死になって頭を下げるリオリオン。最初に見た時はとても覇気のある人物に見えたのだが、こうなってしまうともはや形無しだな。

 彼の背中からは哀愁を感じ、少し可哀そうにすら思えてくる。


 そうまでして魔術具を爆発させたいのか。彼にとって、魔術具の爆発というのは、とても魅力的な物なのだろう。

 尤も、それで他の人々に迷惑をかけて良い理由にはならないが。


 「結果、出せそうなのですか?」

 「う…た、確かに魔力量の問題で詰まっちゃいるが…だが!ノアが協力してくれればその問題も解決できそうなんだ!二人とも、頼む!俺達の研究に協力してくれ!ノアもファングダムの事情を知っているのなら、今俺達の行っている研究が、この国を救う事に繋がるって分かる筈だ!」


 勿論理解しているとも。だからこそ私もオリヴィエもここに来ているのだし。


 「私達としては、協力する事自体は吝かでは無いよ?」

 「最初にお話しした条件を受け入れてくれれば、です。」

 「う゛っ…だ、だがよぉ…。」

 「安心して欲しい。これでも魔力の流れを見る事は得意なんだ。当然、負荷のかかり具合もね。爆発を起こす前に正確に止めて見せよう。」


 それぐらいの事ならお安い御用だ。何なら爆発したとしても力技で爆発を押さえつけてしまう事だって私には出来る。騒音など決して起こさせはしないさ。


 「いや、だから渋ってるんであってだな…。」

 「大叔父様?もう一度最初から説明が必要ですか?」

 「いえ…何でもないです…ハイ…。」


 小声で本音を口にしていたが、聴力の優れたオリヴィエがそれを聞き逃す筈が無い。目だけ笑っていない笑顔で再び先程の糾弾を行うとリオリオンに告げ出した。

 流石にリオリオンも堪ったものではなかったのだろう。姪孫であるオリヴィエに対して敬語まで使っている始末である。


 「では、此方の条件を飲んでいただけるという事で、よろしいですね?」

 「あぁ、分かった、分かったよ。降参だ。だが、操作は此方でさせてもらうぞ?危険性のある大規模な魔術具の操作には資格が必要な物もあるからな。」


 オリヴィエがリオリオンに確認を取れば、両手を上げて了承する。その言葉を聞いたオリヴィエは満面の笑みをこちらに向けてくれた。

 本当に先程までリオリオンを糾弾していた人物と同一人物なのだろうかと疑ってしまうほどに雰囲気が別人である。


 「では、大叔父様。今後、結果を残せるよう、お互い頑張りましょう。よろしくお願いいたしますね?分かっているとは思いますが、私の事は公の場ではリビアと及び下さいませ。」

 「お、おう…。ふぅ…強くなったなぁ、オリヴィエ…。」


 とりあえず話はまとまったようだな。オリヴィエの成長に、リオリオンが感銘を受けている。そこに先程までの哀愁漂う初老の男性の姿は無い。今の彼は、肉親の成長を心から喜ぶ一人の先達である。


 さて、休憩も兼ねて先程入れて『収納』に仕舞っておいた紅茶を提出しよう。


 「話はまとまったようだね。早速実験に、と行きたいところかもしれないけど、まずは休憩にしない?二人が話をしている間に紅茶を入れさせてもらったんだ。」

 「まぁ!お気遣いありがとうございます!ちょうど、少し喉が渇いたと思っていたところなんです!」

 「いつの間にそんな事してたんだよ…アンタ、ずっとここにいたよな…?ああ、さっきの幻使って外で入れてたってのか?便利過ぎるにもほどがあんだろ…。」


 リオリオンが理不尽なものを見る目で私を見るが、気にしないでおこう。こんな事はこれからもしょっちゅうあるだろうからな。


 以前の私ならば居心地が悪くなっていただろうが、今はそうでもない。耐性が付いたからな。私だって日々成長しているのだ。


 さて、休憩が終わったらいよいよ人口魔石の製造実験だ。心して取り組もう。

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