第196話 姉馬鹿と言わば言え

 ヨームズオームには魔術の知識を、リオリオンには魔石の知識を答えている最中、遂に夕食の時間となってしまった。


 魔術具研究所はギルドなどと違い、業務を修了するという事は無く、1日30時間常時活動中である。リオリオンも研究所で生活しているらしく、所長室は彼の寝室とも繋がっていた。

 さらに、研究所には食堂もあるらしく、食事も研究所内で摂っているらしい。


 だが、私達は既に宿を取っている。今回は長居する事になると思い5日間の契約にしたのだ。まだまだ質問したりないリオリオンには悪いが、多くの生物は食事を取らなければ生きてはいけない。

 という事で私達は一度食事を取るために宿に戻る事にした。


 そして食事が必要なのは魔王であるルイーゼも同じようだ。

 昼食を挟まずにずっと話をしていたからか、空腹を訴えてきた。今日はちょっと多めに料理を注文しておこう。


 「人間の料理で良ければ提供できるよ?それでいい?」

 「構わないわ。私、好き嫌いはしないの。けど、味にはうるさいわよ?」

 ―食べ物ー?どんなのー?ぼくも食べていーい?―


 ヨームズオームは食事を私と同じく食事を必要としない類の魔物だとは思うが、紅茶を飲んだ時に反応を見せたように味覚自体はあるようなのだ。

 勝手な想像だが、この子はあまり食事をした経験が無いと思うのだ。まずは何でもいいから食べ物を食べさせてあげようと思う。


 ふと、ここでサウレッジ近辺で仕留めた番のワイバーンを冒険者ギルドに卸していない事を思い出した。

 後で冒険者ギルドに卸しても構わないかもしれないが、別に金に困っているわけでは無いのだ。一体分ぐらいはこの子に与えてしまっても問題無いだろう。


 「良かったら、コレ、食べるかい?」


 『収納』からワイバーンの肉を取り出して、ヨームズオームの眼前に差し出してみる。食べてくれるだろうか?


 ―くれるのー?ありがとー!いただきまーす!・・・おいしー!―


 問題無く食べられたし、味覚もあるようだ。紅茶の時と同じく美味そうに目を細めている。気に入ってくれたようでなによりだ。


 それはそうと、ワイバーンの肉の状態を見てルイーゼが感心した声を上げる。ワイバーンの血が一切付着していない事に疑問をぶつけてくる。


 「ワイバーン?随分と綺麗に解体されてるわね?肉に血がまったく付いて無いじゃない。どうなってるの?」

 「ああ、魔術で血液とその他を分別したんだ。ルイーゼも使えると思うよ。使う機会があるかどうかはまた別だろうけど。こういうの。」


 『血液除去ブラヅェムバル』の構築陣をその場で展開して、血がまったく付着していない理由を説明する。ルイーゼならば構築陣を見ただけで今後使用できるかもしれない。


 「…いらないわ。貴女の言った通り、使う機会が無いもの。」

 「そう言うと思った。」


 構築陣を見て、特に興味なさげに突っぱねられてしまった。が、それは想定していた事だ。

 魔王が冒険者のような事をするとは思えないしな。それに、ルイーゼならばもっと効率的な魔術を知っていてもおかしくはない。


 「で?もしかして、アレが私達の夕食だったりするのかしら?」


 ルイーゼはヨームズオームが美味そうにワイバーンの肉を食べている様子を見て、自分も同じ物を食べさせられると思ったらしい。

 不満を隠さずに私に訊ねてきた。


 「違うとも。人間の料理だと言ったろう?まだ出来上がっていないから、もう少し待っていてくれる?」

 「はい?どういう事なのよ?さっきの紅茶みたいに、『収納』空間に料理が入ってるんじゃないの?」


 あー、しまった。そういえばルイーゼにはファングダムの現在の状況も『幻実影ファンタマイマス』の事も教えてなかった。

 幻を二体、ヨームズオームとルイーゼの眼前に出現させて、ちゃんと事情を説明しておこう。


 「はぁっ!?えっ!?ちょっ!?ええぇっ!?」

 ―ふぉおお~…!ノアが三人になったー!すごいすごいー!―

 「コレと同じ幻が現在ファングダムで活動中でね。今は宿で夕食を注文している最中だよ。」


 説明している間に料理が運ばれてきたようだ。料理を受け取り、それらを『収納』に仕舞った後に本物側の『収納』から料理を取り出し、幻に持たせてルイーゼの前に提供する。食器は返却する必要があるので自前の物を用意する。


 「お待たせ。遠慮なく食べて良いよ。」

 「ええぇ…。なんなのよその魔術…。触れるし、見えるし、聞こえるって事…?アンタ、存在そのものが反則みたいな存在なのに、その上で反則じみた魔術まで習得しちゃってるの…?」

 「しちゃってるねぇ…。まぁ、平穏無事に旅行が出来ていたならこんな魔術を開発する理由も無かったんだけどね…。」


 そうだな。いい機会だから、食事がてら『幻実影』を習得する経緯をルイーゼに説明しておくか。


 そう思ったのだが、話をする前にヨームズオームが私達の料理の匂いに興味を持ったようだ。

 当然だな。ワイバーンの肉には血液がまったくないからあまり強い匂いはしなかっただろうし、しっかりと味付けした料理の匂いを嗅いでしまえば、興味を持たない筈が無いのだ。


 ―ねーねー、それ良い匂いするー。ぼくも食べていーいー?―

 「良いよ。ちょっと待っててね。」

 「え?アンタまさか…液体だけじゃなくて個体にもあの魔法使えるの!?」


 使えるんだよ。液体よりも少し調整が必要だけど。私が食べる料理に『増幅』の魔法を掛ける。


 私の器に盛りつけられているのはミートソースのパスタだ。『増幅』の効果によって皿から面が伸びていき、更に太さも増していく。勿論、ソースに『増幅』を掛ける事も忘れない。

 パスタだけでも噛み続ければ甘味が出て

 きて美味いのだが、やはりソースも一緒に食べてこそだろう。


 増幅させたパスタとミートソースを絡めて球状にさせたものを6つ、ヨームズオームの眼前に用意する。この子にとっては一口サイズだ。


 「さぁ、召し上がれ。お代わりが欲しかったらまだ用意するからね。」

 ―ありがとー!いただきまーす!……おいしー!さっきのお肉もおいししかったけど、こっちもおいしーよー!いろんな味がするのー!―


 ヨームズオームの味覚は普通の蛇とは違うらしい。人間の料理も問題味わうことが出来ている。

 ワイバーンの肉をそのまま食べるよりも美味いらしい。気に入ってくれたようでなによりだ。


 ルイーゼも今回提供した料理の味には不満が無いようだ。行儀よく料理を口にしている。流石魔王だ。マナーだのなんだのと言った作法は学んでいるのだろう。

 だが、私の魔法に関しては不満があるらしい。呆れながら私の魔法について言及してきた。


 「もう何でもアリね…。資源に困らなそうで羨ましいわ…。」

 「何にでもこの魔法を使うつもりは無いよ。家の皆にもよく言われてるけど、甘やかしは良くないんだ。」

 「いや、今やってるのは甘やかしじゃないの…?」


 魔法によって料理や飲料物、資源や貨幣を増やす手段は、可能な限り避けるつもりでいる。正直、ズルをしている気しかしないのだ。


 それというのも、例えば人間が一生懸命作った製作物を、魔力を当てるだけであっという間に増やせるなど、製作者にしてみれば理不尽にも程があると思うのだ。

 職人達の作品に対して、侮辱や冒涜をしているような気がしてならない。


 それに、『増幅』の魔法を用いれば確かにルイーゼの言う通り資源に困る事は無くなるだろうが、それを頼りにされても困るのだ。

 それはただの甘えだろうし、仮に魔法の恩恵を受けた者は、確実に堕落してしまうだろうからな。


 だが、今しがた私がヨームズオームに行っている行為も紛れもない甘やかしのため、流石にルイーゼからツッコミが入ってしまった。


 「この子は良いじゃないか。ルイーゼだってこの子が今まで不憫だったことは分かるだろう?甘やかしたっていいじゃないか。」

 「いや、まぁ、分かるけどさぁ…アンタねぇ…。」


 仕方がないじゃないか。ヨームズオームは生まれてからずっと生命と触れ合うことが出来なかったんだ。そのうえ、相手からは恐れられ、怯えられ、挙句恨まれていたのだ。

 この子自身には全くそんなつもりは無かったし、それどころか仲良くしたかったというのに。

 お互いの思いが伝わらないせいで理解し合う事が出来ないままこの子は永い眠りについてしまったのだ。


 あまりにも不憫である。これまで報われなかった分、眠りにつく前に体験できなかった事を思う存分体験して欲しいのだ。

 勿論、それは私の我儘だ。その自覚はあるし、理不尽でもあるとは思っている。ルイーゼも呆れているしな。


 だが、それでも私の気持ちは変わらない。何故だかは分からないが、この子の事は他人事とは思えないのだ。


 ―ノアー、もっと食べたーい!たべていーいー?―

 「勿論だよ。すぐ用意するね。」


 ヨームズオームからお代わりを要求されたので、今度は倍の12個の巨大パスタボールを用意する。

 一つ球体が出来上がっていくたびにこの子が嬉しそうにして良くのが良く分かる。瞳が輝いているだけでなく、首が楽し気に動いているのだ。

 食べようとしないのは、私が食べて良いと言うのを待っているからだろうか?


 「お待たせ。存分に食べると良いよ。」

 ―わーい!ありがとー!―

 「……姉馬鹿?」


 何とでも言うがいいさ。私がヨームズオームの事を弟の様に思っている事はルイーゼにも見抜かれてしまっているようだ。まぁ、別に構わないが。


 12個の巨大パスタボールを作り終わり、食べても良いと伝えれば、待ちかねていたかのように早速一つ目のパスタボールを丸呑みにしてしまう。まだ追加で作った方が良いだろうか?

 とは思ったが、今度は味わって食べるつもりなのか、すぐに次のパスタボールを食べるつもりは無いようだ。


 話が途切れてしまったが、ルイーゼに『幻実影』を習得する事になった経緯を話すとしよう。



 時間は午後8時。普段よりも夕食を終えるのが遅くなってしまったが、ファングダムにいる私の幻は、オリヴィエを連れて再び魔術具研究所だ。


 ちなみに、地上での食事の風景に関してはティゼム王国でオリヴィエと昼食を取った時の様に周囲には幻を見せている。


 リオリオンは研究熱心な性格らしく、一度火が付くと寝る間も食べる間も惜しんで研究に没頭してしまうらしい。

 食事が終わったら再び自分の元に来て欲しいと懇願されてしまったのだ。


 「ノア!魔力浸透を防ぐ処置の施し方なんだが、これでどうだ!?」

 「見せてもらうね?」


 そう言ってリオリオンは自信が考案した方法を記した紙束を私に渡して来る。


 さて、彼の疑問に答えてはいるのだが、ただ答えを教えるような事はしていなかったりする。研究に時間が掛かっているのはそのためである。


 以前オリヴィエともゴルゴラドで話をしていた通り、私の知識をそのまま研究者や技術者、職人などに提供した場合、ほぼ確実に外部の者達が黙っていないからだ。

 そのため、直接答えを教えるのではなく答えに辿り着けるようなヒントを提供するようにしている。


 オリヴィエが言うにはそれだけでも十分危うい行為らしいが、そんな事を言ってしまったら何もできなくなってしまう。


 多少の嫉妬ややっかみは甘受してもらうしかないだろう。

 ある意味では、それがリオリオンが私に知識を要求する対価になる。そしてそれは彼も承知の上のようだ。


 紙束に記された内容に不備が無いかを確認し、あれば指摘する。

 改善方法は直接伝えず、すぐに実験で検証可能な質問をリオリオンにして、その検証結果から改善点を導き出させるという、かなり回りくどい事をしている。


 今回もやはり内容に不備があり、検証実験を行う事になりそうだ。


 これまで通り問題点をリオリオンに指摘して検証可能な質問をすれば、彼はすぐさま先程まで籠っていたであろう実験室へと戻って行った。

 実験の様子を確認するためにも、私達もついてく。無茶な検証実験を行わないように監視するためだ。

 実験の規模は小さいから大丈夫だとは思うが、万一に備えて、というやつである。


 理想の魔石製造機の完成にはまだしばらく時間が掛かるだろうな。理論が出来上がったとしても、今度は実物を製造するのにも時間が掛かるだろうから。



 ところ変わってファングダムの遥か上空。『幻実影』の習得する経緯を説明するうちに、結局私のこれまでの経緯をざっくりとではあるがルイーゼに説明する事になってしまった。


 なお、ヨームズオームは頑張って魔術の習得中である。私の幻をこの子の近くに出現させて魔術の発動方法をつきっきりで説明中だ。


 「アンタって結構な世話焼きねぇ…。今はまだ良いかもだけど、そんな生き方してたら将来的に絶対面倒な事になるわよ…?」


 呆れられるとともに忠告されてしまった。一応は私の事を心配してくれているのだろうか?


 私もルイーゼの忠告は尤もだと思うし、極力面倒事は避けたいとは思うのだが、多分無理だ。親しくなった者が切実に助けを求めてきたら放っておける自信がない。


 それに、今しがたルイーゼにも話した事だが、ヨームズオームを目覚めさせた元凶のローブの女性の事もある。彼女が今後は悪意を持った活動をしないなど有り得ないだろう。しばらくはゆったりと旅行をする事は諦めた方が良いかもしれない。


 「こればっかりは性分だからなぁ…。なんともならないんじゃないかな?せめて、ルイーゼの国に行った時は平穏に過ごさせてもらいたいね。」

 「問題を抱え込んでこなけりゃ、歓迎するわよ。」

 「私に問題がるんじゃなくて、旅行先に問題があるんだけどなぁ…。」


 いずれ魔族の国にも旅行へ行きたい事を告げれば、それなりに歓迎の意を示してくれた。多少は仲良くなれた、という事で良いのだろうか?


 だが待って欲しい。私は厄介事に巻き込まれてはいるが、自分自身で厄介事になった覚えはないぞ?本を読んで一般常識を学んだ後は極力問題を起こさないようにもしているしな。

 私がトラブルメーカーのような言い方は止めてもらいたいな。


 「だって、アンタ確実にそのローブの女とやらに敵対されるでしょ?ソイツ、確実に何らかの組織に所属してるはずよ?アンタの事を知ってたって事は、新聞にだって目を通してるだろうから、アンタが生きてる事もすぐに把握するだろうし、ファングダムが滅びてないのもアンタの仕業だってすぐに分かる筈よ。」

 「まいったな…。ルイーゼは何か心当たり無いの?」


 ルイーゼの言う事も尤もだ。ただでさえあの女性は私の事を自分にとっての障害として見ていたからな。

 私の生存とファングダムの無事を知ったのならば間違いなくどうあっても排除したくなるだろうな。

 彼女はいったい何者なのだろうか?ルイーゼに心当たりはないか訊ねてみた。


 「…忌々しい事に、いくつか心当たりがあるのよねぇ…。」

 「ええぇ…。それって、強力な力を持った反社会的な組織が複数存在してるって事じゃないか…。」

 「そうよ?ノア、アンタが思ってる以上に、この世界って物騒なのよ?」


 なんてこった。そう言った組織がある以上、私がのんびりと旅行を楽しむ事は難しそうだ。それが人間による組織だった場合、見つけ次第排除してしまっても良いのだろうか?後でルグナツァリオに確認してみよう。



 すっかり遅い時間になり、オリヴィエはそろそろ風呂に入り就寝する時間だ。

 リオリオンにも就寝するよう、強めに伝えて宿に戻る事にした。そうでもしないと夜通し検証実験や研究に没頭してそうだったからである。


 さて、転移魔術を習得する際に『幻実影』も改良した事によって幻に出来ない事は、もはや飲食のみといって良いだろう。つまり、風呂も幻で楽しめるのだ。

 そして流石王都の高級宿である。これまで訪れたどのファングダムの街のスイートルームよりも豪勢な造りだ。当然浴室も広い。

 何より、私達が宿泊する部屋よりも更に豪勢な部屋が同じ宿にある事が本当に驚きである。


 浴室が広いのだから当然オリヴィエと共に風呂に入った。その際にやはり幻でも風呂を楽しめるのかを聞かれたので、問題無く楽しめると答えたら、何とも言えない表情をされてしまった。


 風呂上がりには私はオリヴィエの尻尾を、オリヴィエは私の髪をブラッシングしていたわけだが、やはりここでも幻にブラッシングをする事に意味はあるのかと聞かれたので、櫛を入れられた感触は分かるからやって欲しいと頼んでおいた。

 なんだかんだでオリヴィエに髪を梳いてもらうのは心地良いのである。



 さて、オリヴィエが就寝するのは良いが、私は就寝するつもりが無い。

 ヨームズオームの面倒を見る必要があるからだ。幸いな事にルイーゼも眠そうにはしていない。このまま付き合ってもらうとしよう。


 そうして日付が代わり午前2時過ぎ。遂にヨームズオームが常時発動型の浄化魔術を習得、無意識でも使用できるようになった。


 この子に関しては、ここまで来ればあと一息だ。この調子で治癒魔術も習得してもらい、身体縮小化も習得してもらおう。


 だからルイーゼ。もうちょっと私の我儘に付き合ってもらうよ。


 ヨームズオームが縮小化を覚えたら行きたい所があるんだ。

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