第197話 ドラゴンにも色々

 魔術の使用方法さえ覚えてしまえばやはり後は早かった。それほど時間を掛けずにヨームズオームは治癒魔術も習得してしまったのである。

 更に嬉しい事に、この子が今まで使用していた毒の魔術に浄化魔術と治癒魔術が上書きされたらしく、無意識の内に毒を周囲にまき散らす事も無くなったようだ。


 少なくとも今は興奮した場合でも周囲に治癒魔術と浄化魔術の効果がやや高出力で放出されるだけであり、毒は放出されていない。


 この子が負の感情を持って激しい感情を露わにした時にどうなるかはまだ分からないが、一先ずは毒の心配は無くなったと考えて良いだろう。


 そして、ヨームズオームの成長は外観にも現れた。

 鱗の色が、鈍い紫色から白みがかった淡い緑色に変化したのだ。優しい色合いをしていて、私としては此方の方が好感が持てる。


 ルイーゼとしても、今のヨームズオームの体色の方が好みらしい。


 「まさか鱗の色が変わっちゃうなんてねぇ…。属性そのものが変わったのかしら?ま、綺麗な色だし、悪くはないんじゃない?」

 「魔力色自体に変化はないみたいだね。魔力を使うベクトルが変わったからかもしれないね。その気になれば、私達も体毛を変色できるんじゃないかな?」

 「やる意味ないでしょ、それ…。」


 そうだろうか?変装なんかに仕えると思うのだが、まぁ、変装自体する意味が無いと言われればそれまでか。仮に必要になったとしても、魔術や魔術具でどうとでもなりそうだしな。


 そんな事は良いか。魔術に関しても、毒に関しても、この子が生活する上での心配は無くなったのだ。

 後はより快適に生活できるようにするために縮小化を覚えてもらい、あわよくば重量も軽くなってもらうだけだ。…それが一番難しそうではあるのだが。


 「ヨームズオーム、私達とより快適に暮らせるようになるために、君の体を小さくしてもらいたいのだけど、出来そうかな?」

 「いや、流石にそれは無理でしょ…。」

 「そう?ヴィルガレッドは出来てたし、私の家に住んでる大きな子も出来ないか試してるから、この子にだってきっとできると思うんだけどなぁ…。」

 ―ちっちゃくなるのって、引っ込めるのとは違うのー?―

 「だって。身体のサイズを理解できてないみたいよ?」


 ああ、そういう事か。この子の判断材料は何をするにも魔力頼りだったのか。

 おそらくは肉体の大きさも魔力の大きさとさほど変わらなかったから、魔力を抑えた時点で、この子は自分の体が小さくなっていると思っているのだ。


 そうなると、やはりやり方を知っている者、ヴィルガレッドに直接方法を聞いた方が良さそうだ。

 ヴィルガレッドに『通話コール』を掛けよう。時間が時間だから迷惑にならなければ良いのだが…。


 ヴィルガレッドの反応は……それらしい魔力は僅かに感じられるが、本体には届かないな。


 ならば、まずは彼の本体の魔力を感知できる場所に幻を出現させて、そこから『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用すれば、問題無く彼の魔力を把握できる筈だ。


 現在の私の感知範囲の最も遠い場所に『幻実影ファンタマイマス』の幻を出現させる。が、少し早まってしまったかもしれない。


 こんな時間だというのに、ヴィルガレッドが根城にしている大魔境、"ドラゴンズホール"に生息しているドラゴン達は、就寝する事なく誰も彼もが活発に活動していたのである。


 突如として現れた私の反応を感じ取ったドラゴン達が3体、私の元まで近づき降り立ってきた。


 〈おうコラァッ!!ココをどこだと思ってやがるっ!!俺達純粋なドラゴンの巣窟、"ドラゴンズホール"だぞっ!!〉

 〈"混じり者"風情がおいそれと足を踏み入れていい場所じゃねぇぞっ!!さっさと人間達の街に帰るんだなっ!!〉

 〈この辺りには俺達よりも遥かに巨大な力を持ったドラゴンが、大勢いるんだからナァッ!!そんな連中に見つかったら、ただじゃあ済まんぞっ!!〉


 …一応、忠告しに来てくれたみたいだ。言葉遣いのせいで誤解を受けそうな連中である。それとも、こういう言葉遣いがドラゴンとしては普通なのだろうか?

 とにかく、彼等は私が襲われないよう親切心で声を掛けに来てくれたようだ。


 驚いた事に、彼等に戦闘の意思は感じられない。"楽園"にちょっかいを掛けてきた連中とは大違いである。

 彼等の様なドラゴンが"楽園"に遊びに来るというのなら、歓迎しないでもないのだがなぁ…。


 「忠告ありがとう。でもまぁ、大丈夫だよ。コレは実体のように見えて幻だから。本物は、もっと離れた場所にいるんだ。」


 私が幻の事を説明すると、三体とも顔を見合わせて困惑した表情をしている。

 その表情に少し愛嬌を感じてしまうのは、私がドラゴンだからだろうか?


 〈マジかよ…。〉

 〈妙な気配だとは思ったが…え、ちょい待ち?お前、その魔力量で幻なのか?それじゃあ、本物の魔力は…?〉

 〈なぁ、お前、何しにこんなところに幻を出したんだ?興味本位でこんなとこに来たら、力だけはあるアホ共に絡まれるぞ?〉


 ああ、やはりドラゴンにも多種多様な思考を持った者達がいるんだな。

 つまるところ、私達の胃袋へと消えて行ったあの連中は、彼等の言う力だけはあるアホ共の一員だったという事だ。

 尤も、ここにいる3体の方が以前のドラゴン共よりも遥かに強力な力を持っているようだが。


 私を只者では無いと判断したためか、1体のドラゴンが今度は比較的優しく忠告をしてくれたのだが、どうやらその忠告、身をもって知る事になるらしい。


 更に4体のドラゴンが、殺気を纏ってこちらに近づいてきたのだ。


 〈おうおうおうおうおうっ!!"混じり者"風情が、この"ドラゴンズホール"に何の用だぁ!?俺達の仲間にでもなりに来たかよっ!?〉

 〈ギャハハハハハッ!無理無理!"混じり者"如きが俺達の仲間になれるわきゃあねぇだろうが!〉

 〈ケッ!甘ちゃん共がっ!ソイツを逃がしてやろうとしたんだろうが、そうはいかんよなぁ!〉

 〈かるるるるる……っ!〉


 おおぅ…なるほど…。同族であるにも関わらず、力だけはあるアホ共と貶すのも納得の振る舞いだ。


 何とも頭の悪いセリフ回しである。

 驚くべき事に、彼等は種族としては全く同じドラゴンだ。よくもまぁ、ここまで思考に差が出たものだ。後から来た内の一体など、知性すら殆ど無いぞ。


 一々対応していたら時間の無駄だ。だが、余計な軋轢を生まないためにも、一応確認は取っておこうか。


 忠告してくれたドラゴンを手で招いて、顔を近づけてもらう。


 〈どした?〉

 〈"ドラゴンズホール"って、特別な掟とかルールってある?具体的に言ったら、自然の掟力が全ては適用される?〉

 〈お、おう。えっ?何?あのアホ共シメるの?大丈夫か?アホとは言え、ドラゴンなのは変んねぇぞ?〉


 ふむ。力技で解決しても問題無しと。なら、遠慮はいらないな。

 態々小声でやり取りしてくれたのは嬉しかったのだが、後から来たドラゴン共は良い聴力をしていたようだ。


 〈聞こえてんだよゴラァッ!!誰がアホだよっ!?あぁっ!?〉

 〈覚悟は出来てんだろうなぁ…。楽に死ねると思うんじゃねぇぞ。〉

 〈"混じり者"の後はテメェ等だ!ヘタレの甘ちゃん共が、調子に乗った事を後悔させてやるぜ…。〉

 〈かふぅーーーっ!!きゃしゃーーーっ!!〉


 どうしよう。この連中の台詞が小説に出て来るやられ役のソレ過ぎて、流石に何も言えなくなってしまう。


 だが、一応この場所は彼等の住処なのだから、殺さないでおくか。

 あの連中の名分としては、侵入者の排除に来ただけなのだ。この場合、どちらかというと非があるのは私の方である。


 尻尾カバーに『不殺コロサズ』と『不懐コワサズ』の魔法を施し、伸ばした尻尾で後から来た4体のドラゴン共の頭を、順番に頭上からはたいて地面に向かって叩き落していく。


 〈ホゲッ!?〉〈メギャッ!?〉〈ガハァッ!?〉〈きゃうんっ!?〉

 〈〈〈ええぇー…。〉〉〉


 何の対応も出来ずに4体とも頭を上から叩き落され、綺麗に地面に埋まってしまっている。これでしばらくは静かになるだろう。


 「私がここに幻を出したのは、ある反応を探すためなんだ。反応を見つけたら幻は消しておくよ。」

 〈お、おう…。〉


 我ながら失敗したな。

 幻を出現させる前に『隠蔽』を使用しておくべきだっただろうし、『広域探知』をさっさと使用してヴィルガレッドの反応を認識しておくべきだった。


 改めて『広域探知』を使用してヴィルガレッドの反応を探す。

 彼は普段"ドラゴンズホール"の最下層にいるらしいから、下層部に向けて意識を集中すれば感知する事が可能な筈だ。


 見つけた。まったく、地下100㎞の場所に住処があるとか、地上への行き来が不便すぎるだろう。


 とは言え、彼は地上に出て来る気は無いらしいし、自分の存在を世界中に知らせるつもりも無いらしい。

 それに最下層の魔力が定期的に不安定になるとも言っていたからな。だとしたら、地中深くに居住を構える事は色々と都合が良いのだろう。


 まぁ、そんな事よりも今はヴィルガレッドとの『通話』だ。

 感知した反応を考えるに、今も起きてはいるようだが、果たしてどういった反応をするだろうか…。


 〈む…。この反応は…ノアか?何用だ。〉

 〈やぁ、ヴィルガレッド、久しぶり。ちょっと貴方に教えて欲しい事があるんだけど、今いいかな?〉

 〈む?そなたが余に教えを乞うのか?まぁ、暇というわけでは無いが、会話ぐらいならば問題あるまい。して、何が知りたいのだ。〉


 以前、ヴィルガレッドと戦った後に話をして分かった事だが、彼は平時はドラゴンとしては非常に温厚な部類に入ると思う。


 今も彼はなにやら作業をしている最中のようだが、いきなり話しかけて来た私に対しても無下に扱わずに対応しようとしてくれているのだ。


 それが私の力を認めてくれているからなのか、同じく原初のオリジンドラゴンだからなのかは分からないが、とにかく有り難い事である。


 〈うん。以前私と戦った時に貴方が見せてくれた、体を縮小させる方法を教えて欲しくてね。〉

 〈そなたがそれを知ってどうするというのだ。アレは余のようのな巨体を持つ者が小さな身に強大な力を宿した者に対応するために編み出した術。そなたには必要なかろうが。〉

 〈私が使うんじゃなくて、私の身内が使うんだよ。身体が大きすぎる子達に、私と同じぐらいの大きさになってもらった方が、コミュニケーションも取りやすいだろう?それに、体を縮められれば、何時かは一緒に人間達の国へ遊びに往けるだろうからね。〉


 隠す理由も無いので正直にヴィルガレッドに説明をする。彼の事だから、正直に事情を話せば教えてくれると思うのだ。


 そしてその予測は当たっていたようだ。


 〈なるほどな。良かろう。教えようではないか。だがノアよ、教える代わりと言っては何だが、一つ頼まれ事をしてくれぬか?〉

 〈貴方が私に?構わないよ。その頼み事というのは?〉


 ヴィルガレッドはやはり気前の良いドラゴンだ。気前良く自分の技術を教えてくれるらしい。

 彼は彼で私に頼みたい事があるようだが、他ならぬヴィルガレッドの頼みなのだ。勿論引き受けよう。


 〈うむ。遥か昔、今はファングダムという人間達の国の地下にだな…。〉

 〈とても大きな蛇がいるから、その子の面倒を見て欲しいとか?〉


 やはりヴィルガレッドもヨームズオームの事を知っていたし、気にもかけていたようだ。それならばお安い御用、というよりも既に面倒を見ているというか、これでもかというほど可愛がっている真っ最中である。


 私の反応にヴィルガレッドは驚きを隠せないようだ。


 〈なんじゃ、知っておったのか!?で、まぁ、余の頼みというのは、その不憫な坊を目に掛けてやって欲しいというものなのだがな。知っておると言う事は、既に知己を得ておるという事か?〉

 〈うん。色々と事情があって、今は上空30㎞の場所にいるんだけど、あの子の身体を小さくしたいんだ。ついでに、体重も見た目通りに軽くしたいね。〉

 〈クカカッ!その様子ではそなた、あの坊の事を余程気に入ったようだな?思念越しでも、あの坊を甘やかして可愛がっている事が、手に取るように分かるぞ?〉


 何と。あの子とのやり取りに関しては特に何も言っていないというのに、私が甘やかしているという事を見抜かれてしまった。流石だ。


 だが、私もそれは同じである。ヴィルガレッド、絶対ヨームズオームの事を可愛がりたくて仕方が無いと思う。私があの子を可愛がっている事を知って、嬉しそうにしているしな。


 〈そうは言うけど、貴方だって私と同じ立場なら、あの子の事を可愛がって甘やかそうとするんじゃない?〉

 〈むぅ!?む…さての。坊がここまで来るとは思えぬ故、分からぬな。〉


 ほう?そんな風に取り繕うという事は、私の前で誰かを可愛がる姿を見られたくないのかな?

 甘いね。貴方の位置は把握したんだ。中継は挟む事になるが、問題無く転移で訪れる事が出来るとも。


 〈さて、既に貴方の頼み事は聞いているようなものなのだし、勿論縮小化の方法を教えてくれるよね?〉

 〈分かっておる。そう急かすな。というかだな。重量も見た目通りに縮小させるのであれば、そう難しい事ではない。身体を縮めながらも重量や魔力を変動させないからこそ労力を使うのだ。魔力は消費するゆえ、そなたが酒を進めてきた時には出来なんだがな。〉

 〈あ、そうなんだ。なら、今度会いに行くときは期待していてよ。色々と酒を持って行くからさ。それに、貴方には是非口にしてもらいたい物があるしね。〉

 〈ほう、期待していようではないか。では、教えるとしようかの。〉


 ヨームズオームが縮小化できるようになったら、ルイーゼとあの子を連れて、彼の前まで連れてこよう。

 ルイーゼは怖がってしまうかもしれないが、まぁ大丈夫だろう。

 それで、ヴィルガレッド、ヨームズオーム、ルイーゼには、あの果実を食べてもらうのだ。


 あれ以上に美味い果実を、未だに私は知らないのだ。

 きっと気に入ってくれると思うのだ。ついだから、あの果実に正式な名前も付けてもらおう。やっぱりアレは"死者の実"などと言う不穏な名前で呼びたくない。



 ヴィルガレッドに重量を含めた縮小化の方法を教えてもらったので、そのまま内容をヨームズオームに伝えれば、この子はすぐにそれを実行して見せてくれた。


 とても物覚えの良い子だ。この事実にルイーゼも驚愕している。


 「ノアはまぁ、論外だけど、ヨームズオームも大概ね…。この調子なら数日で人間と生活できるぐらいまで小さくなれるんじゃない?」

 ―ぼく、小さくなれてるのー?よく分かんないよー?―

 「大丈夫。ちゃんと小さくなれているよ。もっと沢山練習すれば、今度は私達が大きく見えるようになるから、頑張ってみよう。」


 縮小規模は1割にも満たないが実行できたという事に意味があるのだ。後は規模を増やしていけば良いだけなのだから。


 ルイーゼが何やら私に対して失礼な事を言っている気がしないでもないが、気にしないでおく。それよりも、彼女の言う通り数日もすれば体調1~2mほどの小さな蛇になれそうなのだ。


 ―ノアの体より小さくなれたら、ノアに乗っかっていーいー?―

 「勿論だとも!私も君と沢山触れ合いたいんだ。」

 ―分かったー!ぼく、頑張るねー!―


 ヨームズオームは本当に良い子だなぁ。この子がいち早く縮小化できるように、私も全力でフォローしてあげよう。


 それは良いのだが、流石にルイーゼを拘束しすぎていたようだ。当たり前の疑問をぶつけられてしまった。むしろ、今までよく我慢していたものだ。


 「ねぇ、ところでノア?私って、いつまでこのままなのかしら?」

 「ん?まだしばらくは一緒にいてもらうよ。」

 「あ、そう…。いいわ…好きにしてちょうだい…。」


 そんなに拗ねないで欲しいな。いやまぁ、理不尽な事をしているとは思うが、ルイーゼと別れてしまったら、当分は直接会話が出来ないと思うのだ。

 色々と聞きたい事もあるし、まだしばらくは一緒にいてもらおう。


 後であの果実を渡したら、機嫌を直してくれないだろうか?

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