第223話 色鉛筆と『補助腕』
『収納』からこの部屋に来る途中に描いたオリヴィエとリナーシェが談笑している絵を取り出し、レーネリアとネフィアスナに手渡す。
「ネフィアスナと違って色の付いていない、白黒の絵だから、ネフィアスナの絵画と比べたら見劣りするかもだけど・・・どうかな?」
「「………っ!!?」」
ネフィアスナが紙を受け取り、そこに描かれた絵を鑑賞する二人に言葉は無い。ただ、目を見開き驚愕しているのは間違いない。
「う…っ!ぐず…っ!ネフィ―、ハンカチ、あるかしら…?」
「此方を、どうぞ…っ!すん…っ!」
しばらくしたら、二人とも涙を流し始めてしまった。
紙をテーブルに下ろして両手が空いたネフィアスナが、自分の涙を片手でハンカチで拭いながら、もう片方の手で別のハンカチをレーネリアの顔にあてがっている。
その涙には、どういった意味があるのだろうか?
「なんて…!なんて素敵な光景なのかしら…!私達が思い描いていた理想の光景が、この絵にはあるわ…!」
「こんなに楽しそうにしている二人を見たのは…!初めてです…!ああ、何て尊いのでしょう…!」
「…気に入ってくれたようでなによりだよ。」
良かった。二人ともとても気に入ってくれたようだ。
カンナが得意げになっていたのは、二人があの絵を気に入る事が分かっていたかららしい。非常に満足気に頷いている。
それにしても、色が無いのは何とも寂しいものがるな。今度何処かで画材を見て回るのも良いかもしれない。
レオスに取り扱っている店が無いのであれば、オリヴィエに取り扱っている店がファングダムにないか聞いてみよう。
それにしても、ここまで結構な騒ぎになっていると言うのに、尚も心地よさそうにレーネリアの胸で眠り続けるカインには、本当に感心しかないな。この子は将来大物になりそうだ。
10分ほど経過して二人の母親が落ち着いた時、二人同時に私に絵画の依頼を出してきた。
「ノアちゃん!他の子!レオンとカインも一緒になっている絵を描いてもらえないかしら!?報酬は勿論出すし弾むわよっ!?」
「「私からもお願いしますっ!一同揃って幸せそうにしているあの子達の顔を、是非とも見てみたいのです!私には…!私には母として恥ずべき事に、あの子達が揃って幸せそうな顔をしているところを、思い浮かべる事が出来ないのです…っ!どうか!どうかお願いできないでしょうか…!」
子供達が幸せそうにしている顔を想像できない、か。ネフィアスナが子供達をどう思っているかをまだ聞いていなかったが、彼女は彼女なりに子供達の母親であろうとしているのだろう。
少なくとも、どの子供達にも悪感情は抱いていないようだ。
喜んでくれているようだし、要望の絵を描く事はやぶさかではない。
ただ、私の所持している画材は『
そうだ。報酬を渡してくれると言うのなら、画材を要求してみようか。ネフィアスナが日頃絵を描いていると言うのならば、常用している画材があるんじゃないだろうか?それを少し融通してもらおう。
「それなら、報酬は、画材を提供して欲しいかな。私の画材はコレしかなくてね。色彩のある絵を描く事が出来ないんだ。」
「まぁ!そうだったのね!それならいいのがあるわ!カインのお絵かき用の色鉛筆に予備があるから、それを使ってちょうだい!それと、報酬は別にちゃんとした物を用意させてもらうわ!この絵だけでも私達、すっごく感動させてもらったのだもの!」
「ええ、本当に、本当に素敵な絵です…。それに、不思議です…。ノア様ならば、この絵の光景を、きっと現実にして下さる気がするのです。少々お待ちください。今、色鉛筆を取ってまいります。」
ネフィアスナが絵の光景を実現してほしそうに期待の眼差しで此方を見ている。
そして、色鉛筆なる画材を取りに、再び先程の部屋へと移動してしまった。
いや、まぁ、確かにその絵画は私がそうなって欲しいという願望を絵にしたものだし、その光景を実現させたいとは思っているが、そうまで期待を寄せられると、少し気負ってしまうな。
さて、色鉛筆とは何なのだろう。鉛筆と言うのは、確か筆記用具の一種だったな。私の所持する炭素棒をより細くしたものを芯として、木材や紙などを軸として挟み、持ちやすく、そして書きやすくした物の筈だ。
そこに色と言う言葉が付くのなら、色鉛筆とは色彩を持った鉛筆、という事で良いのだろう。
それは、物凄く絵を描き易いんじゃないのか?レーネリアは報酬はちゃんとした物を渡すと言ってくれたが、私にとっては色鉛筆だけでも十分すぎる報酬の様な気がしてきた。
いや、待てよ?二人はひょっとして、今しがた渡したオリヴィエとリナーシェの絵を私から受け取ったものと考えているのだろうか?
有り得るな…。その報酬という事で色鉛筆を渡してくれると言うのなら、とても気に入ってくれたみたいだし、まぁ、良いか。快く絵画を譲り、色鉛筆を受け取ろう。
渡した絵画を手元に置いておきたいのなら、もう一度書けばいいだけなのだ。
ネフィアスナが部屋から戻ってきたようだ。手には30×20㎝の薄い長方形の箱を大事そうに持っている。
「お待たせしました、どうぞお使いください。」
私に手渡してくれた箱の中身は、本で見た鉛筆の形状に様々な色彩が施されたものだった。その数なんと36色。基本色12色に明るい色から暗い色をそれぞれ3色ずつ用意してあるようだ。
至れり尽くせりだな。コレをふんだんに使用して絵を描かせてもらえるのか。これほどのものを渡してくれると言うのなら、良い物を仕上げないわけにはいかないな。
「有り難く使わせてもらうよ。ああ、その前にレーネリア。カインを良く見せてもらって良いかな?」
「勿論よ。どうぞ。何なら抱きかかえてみる?暖かいわよ?」
非常に魅力的な提案だが、辞退させてもらった。正直、カインを抱きかかえたら、そのまましばらく抱きかかえたままになってしまいそうだったからだ。
まだ午後8時前ではあるが、あまりこちらで過ごし過ぎていると、今も宴会を楽しんでいる魔術具研究所にいる者達に申し訳ない。
そもそも、宴会をやると言いだしたのは私なのだ。言い出しっぺが現場におらず幻を置いていると言うのは、あまりにも不誠実だ。
「カインを抱きかかえるのはまたの機会にしておこう。私が抱きかかえたら起きてしまいそうだし、そのまま手放せなくなってしまいそうだ。」
「あら、それは困るわ。ああ、でもノアちゃんがカインのお嫁さんになるなら、悪くないのかも…?」
冗談で言っているのは分かるが、無理だろう。私は人間の生活圏で永住する気は無いし、もしカインを私の番とするならカインに私の家まで来てもらう事になる。
そうなれば、確実にカインは"楽園最奥"の魔力に当てられて死んでしまう。
そもそも、私は今のところ番を得る気が無いのだ。
「レーネリア、分かってると思うけど。」
「ふふ、勿論冗談よ。ノアちゃんが誰かと結婚したら、物凄い騒ぎになっちゃうでしょうねぇ。」
「そもそも、今のところその気が無いよ。」
未だ心地良く眠るカインの姿を細かく確認しながら、レーネリアに答える。どうにも、彼女は恋愛関係の話に興味が尽きないようだ。
いや、こういった話は彼女に限らず女性ならば普通なのか?確か、"コイバナ"とか言ったか。人間の女性はそのコイバナとやらで大いに盛り上がるらしい。
「さて、そろそろ始めるとしようか。色彩画を描くのは初めてだから、少し掛かるかもしれないよ。」
「あら、今から描いてくれるの?てっきり今度皆で話をする時に持ってきてくれると思ったのだけど。」
なんと。ああいや、そうか。普通は絵画を描くとなれば長時間時間を掛けて描き上げるらしいからな。
だが、私ならば問題なく短時間で描き上げられるとも。魔術も使用させてもらうとしよう。
フウカが複数の針と糸を自在に操作しているのを見て、私なりに複数の作業が可能になる魔術を開発していたのだ。
その名も『
効果は非常に単純明快。自身の周囲に意のままに操る事が出来る、魔力で成形された腕を生み出す魔術だ。
限定的に触れる事の出来る幻を生み出す、低燃費『幻実影』とも言える魔術だな。マコトやエネミネアならば、一本ぐらいは使用出来そうだ。
慣れれば自分から離れた場所にも腕を発現させる事も出来るだろう。あまり意味があるとは思えないが。
紙と板を『収納』から取り出し、適当な台座に板と紙を固定する。
さぁ、思いっきり絵を描こう。10の『補助腕』を発現させて、私の両腕も含めた全部で12の腕でそれぞれ基本色となる色鉛筆を3本ずつ手に取り、固定した紙に色鉛筆を走らせる。
「あらまぁ…随分と便利そうな魔術ねぇ…。」
「な、何て凄まじい…。」
「流石はノア様です…。」
紙に色鉛筆を走らせている様子を見ていた三人が、思い思いにその光景の感想を述べている。10の魔術を同時に発動しているわけだが、3人ともその事に関しては気にしないようにしたようだ。もしかしたら単純に気付いていないだけかもしれないが。
多分だが、この3人は例え10の魔術を同時に使用している事がどういう事か理解していたとしても、あまり気にしないと思う。それよりも私が描き上げる絵画の方が気になるのだろう。
私が紙の正面に立ち、全部で12本の腕が激しく動いているため、描かれている絵画の内容を3人は確認することが出来ないでいる。
3人とも非常にもどかしそうにしていて、私の背後で何とか絵画の途中経過を確認できないか体を左右に振っている。結局見えていないが。
「物凄い光景ねぇ…。これは、ネフィーに迫るわね…。」
「何言ってるんですかレーネさん。私なんて足元にも及びませんよ。これは、もうこの動作自体が芸術の域に達しています…。」
「ネフィーは自分を過小評価しすぎよ?あの制作方法は貴女にしか出来ないでしょうから。私から見れば、アレ自体が物凄い芸術なのよ?」
「…もう…レーネさんったら…。」
レーネリアはネフィアスナが絵を描くところを見た事があるらしい。彼女の言い分だとネフィアスナも相当特殊な絵の描き方をしているようだな。非常に興味深い。
今更だが、レーネリアとネフィアスナは年齢が10歳以上は慣れている筈だと言うのに、非常に良好な関係を築けているようだ。親同士の関係で心配する必要は無さそうだな。
「レーネリアがそこまで言うのなら、今度ネフィアスナが絵画を制作するところを見てみたいね。」
「私の制作方法など、ノア様の今の風景からすれば大した事など無いですよ?」
「貴女がそう言ってもレーネリアがそう思っていない以上、一度この目で見てみたいのさ。きっと、素晴らしいものだと思うから。」
「さっすがノアちゃん!分かってるわねぇ~!ネフィーの制作方法もそれはもう凄いんだから!」
流石に今日見せてもらうには、時間が掛かり過ぎるだろうな。そもそも、先程ネフィアスナが絵画を完成させた時は結構な消耗をしていたのだ。
子供を宿している身に無理をさせたくはない。彼女の制作風景は日を改めて見せてもらうとしよう。
そうこうしている内に私の絵画も完成した。
「出来たよ。」
その場から横にずれて、終始私の背後でもどかしそうにしていた3人の目に、一枚の絵画が映る。
絵画の内容は、左から順にオリヴィエ、レオンハルト、リナーシェが並び立ち、レオンハルトが楽し気にしているカインをややおぼつかない様子で抱きかかえている、と言ったものだ。
レオンハルトはカインから慕われていたようだが、レーネリアが言うには彼自身は年の離れた弟とどう接したらいいか分からない様子だったらしいから、嬉しそうにしながらもやや戸惑い気味に抱きかかえている表情にしている。
そんなレオンハルトに対してからかい気味な笑顔を向けるリナーシェと、愛おしそうにカインを見つめるオリヴィエと言った構図にしてある。
服装はオリヴィエ以外は今日彼等が来ていた服装にしてある。レオンハルトは爆発によって衣服が葉損していたため、元のデザインを想像しながら描かせてもらった。
オリヴィエに関しては、ティゼミアで着ていた服の中で一番違和感の無い服を描いている。流石に今のリビアの服装で描くわけにはいかないからな。
カインの表情は直接見た事が無いのでやや難しかったが、私がこれまで出会った天真爛漫な子供達の笑顔を参考に、カインの顔の造形を元に、現実でもこんな感じで笑って欲しいと思いながら描いた。
我ながらなかなか良い出来栄えだとは思うが、3人の反応はどうだろうか?
「……かふっ!」
「うぁああああん!良かったねぇ!みんなぁ!良かったねぇ~!」
「……。」
ネフィアスナは胸を押さえてその場で蹲り、レーネリアは跪き、涙を流しながら絵画の中の四人に語り掛けている。兄弟が幸せそうにしている光景が、心から嬉しいのだろう。
カンナに至っては白目をむいて後ろに倒れてしまっている。とても幸せそうな表情をしているので、喜んでくれたという事は分かる。
「3人とも?出来ればちゃんと起き上がって?」
「むりぃ…っ。こんなの、こんなの泣かずにはいられないわぁ…!」
「ノア様…。心より感謝いたします。例え絵画の中とは言え、子供達がこんなにも幸せそうにしている光景を見る事が出来て、私、感無量です…!」
「…仰げば、尊死、我が主の、恩…。」
レーネリアは感極まり過ぎて再び涙を流し続けている。器用にも涙や鼻水はカインには掛かっていないようだ。
私に礼を述べながら、レーネリアの涙や鼻水をネフィアスナが拭っている。まともな状態なのはネフィアスナだけのようだな。
カンナに至っては仰向けになりながら意味不明な言葉を口走っているので、意識から離しておくことにした。しばらくしたら正常な思考を取り戻すだろう。
「思った以上に気に入ってくれたようだね。此方としても描いた甲斐があるというものだよ。それに、色鉛筆も使っていてとても楽しかった。どうもありがとう。」
ネフィアスナはまともな状態とは言っていたが、それでも感極まっている事に変わりは無い。3人が落ち着くのは少し時間が掛かる事だろう。
20分ほどして、ようやく3人とも落ち着きを取り戻したようで、母親二人は私が部屋に入った時と同じようにソファーに腰かけ、カンナも立ち上がり私の後ろに控え直した。
そして落ち着いたところでおもむろにレーネリアが宣言する。
「家宝にしましょう!」
「名案で御座います!」
「異議はありません。きっとレオナルド様も賛成してくださいます。」
どうやら落ち着いたと思っていたのは思い違いだったようだ。
「3人とも?まず絵画に描かれた4人から賛同を得てからにしようね?」
リナーシェやレオンハルトはともかく、オリヴィエやカインが何と言うか分からない、と言うか、オリヴィエは確実に恥ずかしがるぞ。
それはそれとして、そろそろネフィアスナが子供達をどう思っているのか聞いておきたいのだが…。
いや、今更だな。彼女が子供達の幸せを、私が描いた光景を望んでいる事は聞くまでも無いのだ。
彼女が私に礼を述べていた時の感情に嘘偽りは感じられなかった。私は自分の感性を信じる事にしよう。
後はカインの意見を聞ければいいのだが、流石に心地良く眠っている幼い子供を無理に起こすのは気が引ける。
カインと会話をしたのはほんの少しではあるが、純粋で素直な子供だと感じられた。それならばオリヴィエに対して悪感情を持っているいう事は無いだろう。
城での私の目的も果たせたと言っていいだろう。そろそろお暇させてもらい、私も宴会に参加するとしよう。
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