第126話 願いの対価
確かに、マクシミリアンの妻や娘の置かれている状況を考えれば、あの二人に厄介事が舞い込む可能性は否定できない。それは昨日の時点で考えていた事だ。
仕方が無い。腹を括って詳細をマックスから聞き出そう。
「詳しく、説明してくれる?」
「ええ、まずはカークス団長のご家族について説明させてもらいます。」
と言っても、私は既に妻には合っているのだがね。
直接名乗られたわけでは無いが、彼女がマクシミリアンの妻で間違いないだろう。
「奥様のお名前はアイラ。アイラ=カークス様です。貴族街に住居を構え、亡き夫、カークス団長に代わって貴族としての執務をこなしています。実を言うと、この宿はアイラ様がご結婚なさる前から利用していたようで、今もごく稀に訪れる事があるようです。」
やっぱりか。
マクシミリアンのロケット・ペンダントに描かれていた娘の姿と、よく似ていたからな。年齢的に考えれば、彼女がマクシミリアンの妻だという事は容易に想像出来たのだ。
「彼女になら、既に昨日会っているよ。どういう偶然かは分からないけど、一緒に夕食を取ったんだ。」
「何とっ!?既にお二人はお知り合いでしたかっ!?」
「ああ、なかなか楽しい時を過ごす事が出来たよ。少しだが、娘さんの話も聞かせてもらったしね。それも、貴方が私にこの宿を紹介してくれたおかげだよ。本当に面白い巡り合わせだ。貴方も、こうなると思ったからこの宿を私に紹介したわけでは無かったのだろう?」
「当然です。あの時は純粋に貴女の要望を叶えるために行動しただけでしたから。その日にアイラ様と出会うだなんて、思ってもいませんでしたよ。」
だろうな。もし、私とアイラが出会う事を期待してこの宿を紹介していたと言うのなら、マックスは相当な策士だったという事になる。
だが、アイラの方はそうではなかったようだな。彼女は初めから私に会うつもりで昨日この宿に食事を取りに来ていたようだった。
「彼女は私と食事をする前から私の事を耳にしていたようだよ?多分だが、貴方の報告を何らかの手段で耳にしたんだと思う。元とは言え、騎士団長の妻だからね。騎士との繋がりもある筈だ。」
「確かに・・・ええ、仰る通りです。アイラ様は男女問わず、多くの騎士に慕われていますから。ノアさんの事も私が報告をした後、すぐにアイラ様の耳に入ったと思われます。」
状況が整理できたのは良いとして、問題はここからだ。アイラやその娘に禄でも無い事が起こると言うのであれば、思い当たるのはアイラの実家が関わってくるんじゃないだろうか。
マクシミリアンはアイラの実家の人間達を徹底的に叩きのめしたそうだからな。かなり恨みを買われている筈だ。
マクシミリアンが亡くなったとなれば、何か良からぬ事を考えていても何ら不思議ではない。
「それで、アイラやその娘を気に掛けて欲しいと願うという事は、何か彼女達に良からぬ事が起きるんじゃないか、と貴方は危惧しているんだよね?」
「はい・・・。アイラ様は勿論、特にそのご息女たるシャーリィ様に目を付けている者がいるようなのです。」
「アイラから聞いたのだけど、娘さん、シャーリィは今は全寮制の学校に通っているんだよね?流石に警備がしっかりしているからそう簡単にちょっかいを出すことが出来るとは思えないんだけど・・・。」
貴族の子供が通うような学校の警備が、
学校にいる間は安全は守られていると思って良いのではないだろうか?
マックスの表情を見るに、どうやらその考えは甘いようだ。
「残念ながら、貴族だからこそ危険なのです。強い権力を持った者と言うのは、それだけ自分の我儘を通す事の出来る存在ですから。」
「権力に物を言わせてどうとでもなる、と言ったところかな?」
「はい・・・。お恥ずかしい話、それは今に始まった事では御座いません。」
よもや以前小説で読んだような内容そのままの話を聞かされる事になるとはな。いや、現実で起きていた事だから小説の題材に使われたのか。
確か、[事実は小説よりも奇なり]、という言葉があったな。
今、正しく小説以上に予期せぬ出来事が起きようとしているわけだ。
そして、学校だけが危険、というわけでもないようだ。
「それに、学校から出たら出たで危険にさらされる事は間違いありません。私達巡回騎士は、貴族街で活動する事が出来ませんので・・・。」
「貴族街の巡回は別の騎士団が担当している、という事かな?」
「はい。高位貴族出身の者達で団員を固められた、ナウシス騎士団が全域を担当しています。」
初めて聞く名前だな。私は騎士や貴族関係の書物にはまだあまり手を出していないせいか、その辺りの情報には疎い。
ただ、マックスが渋い顔をしている以上、あまり良い評判を持った騎士団ではなさそうな気がする。
「彼等は高位貴族の出身な事もあって、選民思想が強い傾向にあるんです。騎士であるのは間違いないのですが、どうにも彼等は一般市民や自分達以外の騎士を見下しているように感じてしまうんですよね・・・。」
「それは何というか・・・関わる事の無い平民はともかく、他の騎士達からはあまり良く思われていなさそうだね・・・。」
「実際、思われていません。騎士である以上、最低限の実力はありますが、基礎能力検査ではナウシス騎士団の者達は晩年最下位ですからね。足りない能力は高位貴族特有の高価な魔術具によって補っているんです。」
なるほど。それで他の騎士団とも渡り合えている、と。
しかし、こう言っては何だが、道具に頼らないとまともに他の同僚と肩を並べられないと言う事実に対して、そのナウシス騎士団とやらは自分達に対して不甲斐なさを感じないのだろうか?
それとも、対等な条件になる事は決してない、という自信でもあるのか・・・?
まぁ、それはいい。今はシャーリィが学校を出た後に危険が及ぶかどうかの話だからな。ナウシス騎士団とやらがしっかりと職務を全うしてシャーリィに危害が及ばなければ私としては問題無い。
「で、そのナウシス騎士団とやらの勤務態度は、貴方から見てどうなのかな?」
「そこはまぁ、流石に騎士ですからね。何事も無ければ問題無く職務をこなしてくれますよ。ええ、何事も無ければ。」
「つまり、仕事をこなさなくなる何かがある、という事だね?やっぱり、貴族がらみかな?」
「ええ、良くも悪くも彼等は貴族なのです。自分達よりも地位の高い貴族に逆らえないんですよ。」
何とも、面倒臭い事だな。
そしてそれは、シャーリィに危害を加えようとしている人物が、かなり地位の高い貴族だと言っているようなものじゃないか。
ただでさえナウシス騎士団とやらは高位貴族の出身者達なのだろう?
そんな連中が逆らえないような地位だと言うのなら、その貴族は間違いなく侯爵以上の存在だろう。
この件に関わると言うのなら、まったくもってとんでもない厄介事だ。
「で、実際のところ、アイラやシャーリィに危害を加えようとしているのはどこの誰なんだい?貴方の説明からして、間違いなく高位貴族である事は間違いないのだろうけど。」
「それが、非常に厄介な事に、一つの貴族家の企み事では無いのです・・・。」
うわぁ・・・。どうやら私が思っていた以上の厄介事のようだな。
マックスから、彼や彼と同じ志を持つ者達が危惧している高位貴族について教えてもらう。
まったく、マックスは一体何を考えて、"
いや、まぁ、協力するけどさぁ・・・。
今の状況、マクシミリアンが亡くなった事が原因で起きた事だと言うのなら、その責任の一端は私にもある。
旅に出る前から決めていた事なんだ。もしも彼の家族に会うような事があるのなら、少しは彼の愛した家族の助けになってやろう、と。
大きなお世話かもしれないが、それが、私がマクシミリアンの日記を読んで彼に敬意を払った事へ対する、私なりの手向けだ。
「で、マックス。貴方は私に彼女達を気に掛けてやって欲しいと言うけれど、具体的に私はどうすればいいのかな?知っての通り私は"中級"冒険者だ。その程度の身分の者が好き勝手に貴族街に入って良いとは思えないんだけど?」
「はい。貴族街へ自由に出入りできるのは、貴族かもしくは"
ある程度出入りする事が出来ます。じゃないよ。
マックスは私に今から"星付き"になれ、とでも言うつもりかっ!?流石にそこまで気の遠くなるような事はしたくないぞ!?
「ああ、いえ、何もノアさんにこれから"星付き"になって欲しいとは言いません!"星付き"になるには、最低でも3年以上"
うわ。知りたくなかった事実だ。つまり、最低でも3年間の間は定期的に3ケ月以内に冒険者ギルドのある場所へ行き、依頼をこなす必要があるという事か。
本当に、ままならないものだな。私の理想はまだまだ遠そうだ。
冒険者の昇級に例外は無いと言うからな。その辺りは諦めて素直に従おう。
さて、"星付き"になって貴族街に立ち入りアイラやシャーリィを見守る、という事が出来ないのならば、どうすればいいのか?
その辺り、マックスは考えているのだろうか?
「拙いかもしれませんが、計画はありますよ。」
「へぇ、聞かせてもらおうか?」
良かった。今日思いついた事とは言え、マックスには何か考えがあるようだ。
もしもそれが杜撰とすら言えないようなお粗末な物であったのなら、文句の一つでも言ってやろう。
「先程、ノアさんにお願いした
「うん?まさか、大勢の騎士達の前で竜人の騎士を下すだけの実力を持っている事を見せつけて、その信頼で持って私に学校の臨時教師でもさせるつもりかい?」
何だか似たような内容を小説で読んだ事があるぞ?
出来ない話では無いだろうが、"中級"冒険者がやったところで不審に思われるだけじゃないか?
私の質問に対して、マックスは頭をかきながら爽やかな笑顔で答えた。
「いやはや、先程の御願い事を見抜かれた時と言い、本当にノアさんの御慧眼には恐れ入ります。大丈夫です!ノアさんならばあの竜人を下す事は勿論、学校でも全く問題無く教師をこなせますよ!」
「簡単に言ってくれるがね、いくら多くの騎士に実力を認めらるからと言って、高々"中級"冒険者風情が貴族の子供が通うような学校に教師として入れるわけが無いだろう。」
「ええ、ですので、こんな事を頼むのはノアさんに非常に申し訳が無いのですが、最低限の信用を学校や貴族に得てもらうためにも、出来るだけ早く"上級"に昇級していただきたいのです。」
「・・・・・・・・・。」
「どうか、お願いできますでしょうか・・・?この通りです・・・!」
マックスは頭をテーブルにつけて必死に懇願している
ちょっと、狡いと思ったのは、私が我儘だからだろうか?
元々彼女達の助けになってやろうと思っていたとは言え、そんな風に願われてその願いを無下にする事など、私には出来ない。
両目を右手で覆い、深いため息をつく。
「はぁー・・・王都では、イスティエスタの時と違ってのんびり出来ると思ってたんだけどなぁ・・・。」
「ノ、ノアさん・・・。」
「良いよ。やってやろうじゃないか。どの道、私がやらないと不味い事になりそうだしね。」
相手が相手だ。例えマコトが対応しようとしても、今の彼の立場では完璧に対応出来るとは思えない。
冒険者として動くには、今のマコトはあまりにも多忙な身過ぎるのだ。
正直、冒険者として派手に動くとマコトに多大な負担が掛かるのであまりやりたくは無かったのだが、そうも言っていられない状況だ。
マコトには事情を説明して誠心誠意謝っておこう。
だが、ここまでの面倒事を私に頼むんだ。マックスには、それなりの覚悟を、そして相応の対価を支払ってもらおう。
「言っておくけど、対価はかなり高くつくよ?」
「あ、ありがとうございますっ!私に支払えるものであれば、何でも支払わせてもらいますっ!」
マックス、そのセリフは駄目だ。そのセリフは貴方の人生が終わってしまいかねない。しっかりと注意をしておこう。
「マックス。何でもする、とか何でも払う、だなんて言葉は使っちゃいけない。結果的に貴方だけでなく貴方の周りの者も悲惨な目に遭いかねない言葉だ。」
「私はっ!今回の事が叶えばっ!」
「その願いがそのまま覆る事だって有り得る言葉なんだよ。」
「っ!?」
何でも、という言葉は本当に厄介だ。
それこそ、今回の件で例えるならアイラやシャーリィを狙う高位貴族を何とかしたとして、似たような考えを持った貴族達に彼女達を明け渡す。などと言う下劣極まりない行為にすら応えなければならなくなるのだ。
常識的に言ってそんな要求は呑む事など出来はしないが、言質を取る、というのはそう言う事だ。
「貴方の言った言葉はそういう言葉だ。世の中には、言質を取って悪辣な事を要求する輩も少なくないのだろう?私の事を信用しての発言かもしれないが、気を付けてくれ。」
「すみません。軽率でした・・・。」
分かってくれたようで嬉しい。
尤も、私がマックスに支払ってもらう対価も、大概ではあるんだがね。
「さて、対価として支払う物は、貴方にとって大した物ではないかもしれないし、とんでもなく理不尽な物であったりもする。」
「それは・・・どういう事でしょうか・・・?」
「貴方とて、私がタダの竜人では無い事ぐらい、承知していると思う。」
「ええ、まぁ・・・でなければこのような事を頼みませんし・・・。」
「マコト、王都の冒険者ギルドマスターにも言ってあるけどね、時期が来たら私は自分の素性を世界中に公表するつもりでいる。で、だ。それ以降はもう、誰にも私に無茶な要求はさせない。私の好きなように活動させてもらう。」
「それは・・・世界中に対して、ですか・・・?」
魔力を、私が張った境に限定して放出する。これでマックスにのみ私の力の一端が理解できるだろう。
「そうだよ?好きな時に好きな場所へ往き、好きなように活動する。当然な話、よほど理不尽でも無ければ国によって定められた法律には従うし、横暴を働くつもりも無いよ?だけど、私のその時の目的を邪魔したり、自由なひと時に水を差すような輩には一切の容赦はしない。その時は身の破滅を覚悟してもらうつもりさ。」
「ノアさん・・・。あ、貴女は一体・・・・・・。」
魔力を感じ取ったマックスが委縮しながらも私に訊ねる。
今、彼が感じている魔力量は人間では到底所持する事の出来ない魔力量、イスティエスタの魔術師ギルドのギルドマスター、エネミネアのざっと5倍ほどだ。
「何者か、かい?その答えを一番知りたいのは私自身なのだけどね。貴方には言っておこうか。世界中に対して、今の言葉が本気で言えるような力を持った存在だ、という事だよ。」
説明している間にマックスの額に魔力を当てて、『誓約』の意思を込める。
ともかく、これで対価は払ってもらった。
自分でも相当非道い対価だとは思うが、私に対してここまで無茶を言ったのだから、此方も相応の無茶な対価を強制的に払ってもらった。
「対価はしっかりといただいたよ。」
「えっ?」
「私が自分自身を世界中に公表した後の予定を話したのは、貴方にだけだ。この事はマコトも、シセラも知らない。だが、私が私の事を公表するまで他言に無用でいてもらう。誰かに伝えようとした場合、その時点でここでの出来事の記憶を消去するように『魔法』を施した。当然、この『魔法』の情報についても、伝えようとした時点で記憶を消去させてもらう。言葉だけでは無いよ?伝えようとする意志でその魔法は発動する。」
「まっ!?」
「マックス。時期が来たら、と言ったがそれは結構先の話だ。少なくとも、私が"星付き"となってしばらくした後の話になるだろう。他の国にも旅行へ往ってみたいからね。だから、貴方にはその間、誰にもこの事を話す事は出来ない。ただ一人、私という全人類に対して喧嘩を売る事が出来る存在が、将来的にあらゆる国で好き勝手に行動すると言う事実を、心に留めておかなければならない。それは、この上なく不安な事だろう?それが、私への対価だ。」
「あ、貴女は、悪魔か何かですか・・・!?」
「さてね?さっきも言ったが、私の正体、本質を知りたいのは私自身だ。何、私に対してよからぬ事を企まなければ、人類は至って平和に過ごせるとも。その点は保障するよ。」
まぁ、こう言いはしたが、単に好きな時に好きな国に赴いて食べたい物を食べ、見たい物を見るだけだ。その国で暴れまわるわけじゃない。その点は安心して欲しい。
ただし、何もしてこなければ、の話だ。
ただまぁ、この事実。一介の巡回騎士が抱える内容としてはあまりにも重い内容だと思うのだ。せいぜい苦悩して欲しい。
その苦悩こそが、私へ無茶な要求をした事への対価だ。
「おや、まさか一瓶開けてしまうとはね・・・。食事も一通り済んだ事だし、今日はこの辺りで解散としておこうか。」
「・・・分かりました・・・。指名依頼に関しましては、またいずれ・・・。」
お互いに食事の飲料物に私の用意した酒を用いていたためか、1リットルあったマスター・マークがすっかり空になってしまった。
終始酒の良さを純粋に楽しむ事は出来なかったが、少なくとも食事をしながら違和感無く飲めたのだから、美味い酒であったのは間違いない。
今日通った酒屋にはまた後日訪れ、今度は皆のお土産として、それなりの量購入させてもらうとしよう。
さて、マックスとの食事もお開きにして、この後は図書館だ。
閉館までじっくり読書を楽しんだら風呂に行って体を温め、ベッドでぐっすりと眠るとしよう。
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