第369話 皆で着飾ろう!

 火の精霊やドルコが食事を堪能している間、私は調理場を片付けて料理に使用した包丁、"黒龍烹こくりゅうほう"を眺めていた。


 思った以上に使い心地がよかったな。実にしっくりとくる。

 キレ味が良いのは勿論のこと、持ち手を握っていると、この包丁にドルコが込めた思いが伝わってくるのだ。


 私が食材を切る際は、この包丁のみで事足りさせる。この包丁のみを使用して欲しい。この"黒龍烹"であらゆる食材を調理して、私に様々な料理を作って欲しい。そんな思いが伝わってきた。


 魔力は込められていないし、付与などもされていない。だが、"黒龍烹"に込められた思いは、私の制作意欲を確かに沸き上がらせたのだ。


 手に持つと精神を支配され、何かを切らずにはいられなくなるような危険な刃物、武器がある。妖刀、呪具、カースドウェポンなど、呼ばれ方は様々だ。

 この"黒龍烹"も効果は違うとはいえ、精神に作用するという点では同じ部類に入るだろう。


 精神に作用する武具の全てが悪いというわけではない。先程述べたものは行き過ぎたものだしな。


 中には戦意を向上させたり勇気を奮い立たせたりする武具も存在しているのだ。まぁ、その辺りの効果は魔術の付与でも実現可能ではあるが。


 とにかく、この包丁"黒龍烹"は良いものだ。今後、この包丁で様々な料理を作っていくことになるだろう。

 その料理を多くの者達に振る舞う時が楽しみである。


 ドルコが食事を終えたようだ。作業場へと足を運んでみれば、彼は黙って跪き、頭を下げていた。


 「料理の味はどうだった?事前に貴方の好みを聞いていたのだけど」

 「至福の時間でございました。よもや、酒を飲まずともこれほど食事が進むとは、夢にも思っていませんでした」


 それは、彼なりの最大級の賛辞なのかもしれないな。

 窟人ドヴァークは、個人差はあるが全体的に酒を好む種族だ。そして他の種族と比べて酒に酔い辛い種族だ。それ故に、好きな者は朝食でも昼食でも酒を飲む。

 むしろ酒が主食と語る者までいるほどである。ドルコもその類の人間だな。


 そんなドルコが酒を飲まずに料理を平らげたと語ってくれたのだ。誉め言葉としては手放しに褒められていると言っていいだろう。料理を振る舞った甲斐があるというものだ。


 「気に入ってくれたようで良かったよ。それじゃあ、"黒龍烹"の料金を支払わせてもらうよ」

 「っ!……謹んで、頂戴いたします…」


 なにやら料金を支払うと言った際に戸惑いが感じられたが、予め金貨1000枚を支払うと互いに話し合って決めているのだ。戸惑う理由が分からないな。


 「料金に不満がある?」

 「い、いえ…!『姫君』様からこうして至高の料理を振る舞っていただいたので…。この上で料金をいただくのはいささか気が引けると申しますか…」


 なんと。ドルコは私が振る舞った料理に満足して、料金は受け取らないつもりでいたとでも言うのか?

 それは良くないな。私の気が済まない。それに、そんなことをしてしまったら、大赤字だなんてものではないだろう。


 なんとかドルコに料金を受け取ってもらうよう、説得しなくては。


 「言っただろう?料金を支払うのは当然として、私の気持ちを伝えたいと。この料理は、あくまでも気持ちというヤツだよ。食材に掛かった費用も、"黒龍烹"の料金からしてみれば誤差にもならない金額だ。気後れする必要など何もないよ」

 「…敵いませんな…。改めて、"黒龍烹"の料金、謹んで頂戴いたします」


 良かった。割とあっさりと納得してくれたようだ。私の我儘を押し通したと捕えられなくもないが、とにかく料金を受け取ってもらえて良かった。



 ドルコに"黒龍烹"の料金を支払い終えたら、今度は私達の昼食だ。

 彼に振る舞う料理を作るついでに、私達が食べる料理も作っていたのである。食事会場に到着したら、すぐにでも食べられる。


 フーテンに思念を送り、食事会場で合流するように伝えておこう。場所はエンカフの工房だ。

 午後はエンカフに劇場を、演劇を紹介してもらうからな。彼の住まいで食事を取るのが妥当だと思ったのだ。


 このまま私達の昼食といきたいところだが、その前にまずはリガロウの食事だ。

 ドルコが昼食を食べ終える時間には、既にいつもリガロウに食事を与える時間となっていたのだ。

 私達の昼食が終わってからでは腹を空かせてしまうかもしれないからな。先に食事を与えておくのだ。


 アジーもスーヤも完成した"黒龍烹"がどれほどの出来栄えか気になっているようだが、いちいち見せびらかすものでもないだろう。まぁ、機会があれば見せるのもやぶさかではないが。

 だが、おそらくその機会は今回の旅行ではもう訪れることはないだろう。


 ニスマ王国に着いて早々1ヶ月間も修業をしていたからな。そのうえ千尋の研究資料の解析に2週間も時間を費やした。更にいうのであれば、ティゼム王国にも1週間滞在していたのだ。

 流石に旅行の時間が長すぎる気がする。


 この国で見ていないものはまだまだあるのかもしれないが、私が知りたいものは知れたのだ。絵画を描き、王都へ訪れ、リナーシェと顔を合わせて数日間過ごしたら、そろそろ家に帰ろうと思う。


 リナーシェに振る舞おうと思っているショートケーキも既に出来上がっているので、これから私が家に帰るまでの間に料理を振る舞う機会が無いのだ。その辺りの予定も、今回の昼食の間に説明しておこう。


 ティシア達と合流し、エンカフの工房で食事を取りながら、今後の予定と私が家に帰る時期が近いことを伝えると、ティシアは少し不安げに尋ねて来た。


 「私達って、ちゃんとノア様を案内できてましたかね…?」

 「できていたと思うよ?少なくとも、私が元々この国に来た目的は達成できたんだ。そのうえ、今後旅行をする際の同行者を得ることもできた。少し早いけれど、改めて礼を言っておくよ。ありがとう」


 今回の旅行では、本当に得るものが沢山あった。

 染料の製法だけでなく、異世界を含めた様々な料理のレシピに錬金術のノウハウ。"魔導鎧機マギフレーム"を始めとした、私の知らない様々な魔術具。

 そして何と言っても、彼等のおかげでリガロウという旅の供を得られた。


 更には、これから演劇というものを私に紹介してくれるのだ。彼等は、十分に私の要望に応えてくれたと言っていい。


 素直に感謝の気持ちを述べたら、慌てた様子で謙遜されてしまった。


 「これから観賞することになる演劇に関しても、とても期待している。案内をよろしく頼むね」

 「お任せください!必ずや、『姫君』様を演劇の魅力をお伝えし、演劇の世界にのめり込ませて見せましょう!」


 のめり込むかどうかは演劇の内容次第だな。他のメンバーはそれほど興味があるわけでもないようだし、好みがあるのだろう。

 だが、珍しい素材以外では冷静なエンカフがここまで嵌っているのだ。人によっては大きな魅力があるのは間違いない。


 むしろ、何故他のメンバーはあまり関心が無いのだろうか?


 「や~、劇場って元々貴族向けの娯楽でしてね?エンカフが好んでいくような劇場って、それなり以上のドレスコードを求められるんですよ…」

 「しかも入場料だけでもやたら高いんス…」

 「ま、金持ちの道楽だよねー」

 「劇を見る時間があるなら、魔術具を弄ってたいです…」


 とのことだ。彼等からしたら、大金を用意してまで観るものではない、と言うことなのだろう。


 逆説的に言えば、金銭的な余裕があるのなら、十分楽しめると言うことでもあるんじゃないだろうか?

 つまり、私ならば問題無く楽しめるのでは?


 期待が膨らむな。午後の案内を楽しみにさせてもらおう。


 そう思っていたところでアジーが挙手をした。

 何か聞きたいことがあるようだ。


 「あのー…エンカフが案内する演劇って、アタシ等も一緒に行くんスか…?」

 「?当然だろう?どうせなのだから、皆で楽しもう」

 「や、ああいう場所に合った服とか、アタシ等ほとんど持って無いっス…」

 「私が一昨日受け取った服を貸そう。あの手の服なら問題ないだろう。サイズが異なるけれど、その程度はどうとでもなる」

 「マジっすか…」


 アジーとココナナは、劇場に着ていく服がないことを理由に同行を拒もうとしていたようだが、その問題は私が解決する。

 彼女達には私が一昨日の撮影で訪れた店から受け取った、これから向かう劇場に相応しい服を貸そうと思っている。あの時の店で扱っていた衣服は、そういう系統の服だったからな。

 少々狡いだろうが、服のサイズなどは魔法でどうとでもなってしまうのだ。


 2人とも、この手の衣服は着慣れていないため遠慮がちではあったが、観念して着用してもらおう。


 「ティシアはどうする?私の持ってる服を貸そうか?」

 「いえいえ!私も同じ店でノア様が着用した服と同じ物を報酬として貰ってますからね!それを着て行きますよ!見せびらかしてやります!」


 ティシアは手に入った衣服を着る機会が早速訪れたようで、とても嬉しそうにしている。

 意気込んでいるところ悪いが、彼女が多くの注目を浴びることはないだろう。


 私も相応の服を身に纏うからな。

 流石にフウカの最高傑作である『黒龍の姫君様へ』を着用する気はないが、彼女が手掛けた作品の中でも特に良いものを着ていくつもりである。

 彼女と共にマーグの店に顔を出した際に着て行った、白を基調としたマーメイドドレスだ。


 加えて、その時にマーグから献上された七色の宝石を埋め込まれた首飾りも付けていく。偶には姫らしい姿を見せておかないとな。


 それに、これだけ派手な格好をしておけば、アジーやココナナも目立たなくなるだろう。

 ティシア曰く、2人とも人間の美的感覚で言えば器量が良い方になるだろうから、全員が同じような服装でいると注目を集めそうなのだ。


 彼女達は普段の格好ならまだしも、この手の格好で注目を浴びることに慣れていないようだからな。

 気後れさせないためにも私が率先して目立ってしまおうという魂胆だ。


 「エンカフは通い詰めているから大丈夫だとは思うけど、スーヤはそういった服はある?」

 「無いことはないですけど、結構前の奴ですからねぇ…」

 「じゃあエンカフ、スーヤに合いそうなデザインの服を貸してあげて。サイズが合わなかったら、私が一時的に何とかするから」

 「承知しました。ちょうど良い服がありますので、スーヤにはそれを着てもらいましょう」

 「うわぁ…。ノア様に掛かったら大抵の問題は解決できちゃうから、言い訳や言い逃れができない…」


 その通り。彼等は私の案内をしてくれると申し出てくれたのだ。だったら多少我儘を言ってでも付き合ってもらうとも。

 私の要望の妨げになる要素は、魔法を使用してでも解決させてしまうのだ。



 昼食を終え、男女部屋を分かれて着替えを行う。

 アジーとココナナに貸し出す服は、私の方で似合いそうな服を勝手に選ばせてもらった。

 アジーには髪の色に合わせて、なるべく動きやすい赤いドレスを。ココナナには、彼女の魔力色に合わせた黄色のドレスだ。


 「うん。2人ともよく似合っているよ」

 「そ、そうッスか?なんか、変じゃないっスか?」

 「ほ、本当にピッタリになってる…。何がどうなってるんだ…」


 アジーはこの手の格好をしたことがこれまで殆どなかったのだろうな。非常にぎこちない様子だ。

 そしてココナナはと言うと、私の体に合ったサイズの服が自分にピッタリになってしまったことにとても驚いている。そちらに意識が言っているためか、アジーほどのぎこちなさは感じられないな。


 「どう?フーテン、今の私ってばキレイでしょ?」

 〈いつもより動き辛そうな服装をしていますね。そういう服を着ないと、劇場とやらには入れないのですか?それと、姫様の方が断然美しいです〉

 「そうね。これから行く劇場には、こういう格好をしないと入れないわよ。それと、ノア様を比較対象にするのはやめなさい。勝てっこないから」


 ティシアが一昨日私が撮影した際に着用したものと同じ、光沢のある水色のドレスを着て、フーテンに見せびらかしている。

 フーテンは写真撮影の3日間、毎回私の姿に魅了されていたようだが、あの子が魅了されたのは私の服装ではなかったようだな。

 勿論、服装も影響しているだろうが、大部分は私がとったポーズに魅了されていたようだ。


 そういえば、私もティシアもフーテンと一緒に劇場に向かうつもりでいるが、この子は劇場に入場できるのだろうか?


 聞いてみれば、契約者から距離を取れない、鳴き声を発する事ができない等の制約を受けることにはなるが問題無く劇場に入れるとのこと。ならばフーテンと一緒に演劇初体験といこうか。


 それはそれとして、3人とも私の姿を見て固まってしまっている。劇場に向かう服装としては派手過ぎたのだろうか?


 「いや、何て言うか、そうしていると正真正銘の姫様なんだなぁって…」

 「リナーシェ様が服装でノア様の雰囲気が凄く変わるって仰ってましたけど、こうまで変わるものなんですねぇ…」

 「ふぁー…」


 派手過ぎる、と言うことはないようだが、今の私の姿は私の想定通りかなりの注目を浴びる姿となっているようだ。

 ココナナなど、言葉を失って感嘆の声をあげてしまっている。


 こうなると、男性陣がどういった反応をするか、少し楽しみだ。


 着替えを終えてエンカフ達と合流してみれば、2人とも既に準備できていたようだ。スーヤがエンカフに恨みがましい視線を送っている。


 それと言うのも、彼の服は子供用の服なのだ。しかも髪型までそれに合わせてセットされている。

 成人しているのに子供の服装でいることに、スーヤは羞恥を覚えているようだ。

 以前アリドヴィルで逃げたことへの落とし前をつけるとエンカフが語っていたが、こういうことらしい。


 「へぇええー、イイじゃん。似合ってるぜぇ、スーヤ。頭撫でさせろよ」

 「ちょっ、やめてよ。っていうか、みんながしっかりした服装なのにボクだけ子供服って、何の罰ゲームなのさ!」

 「矮人ペティームだから違和感ないし、問題無いわよ?たまには、そういう可愛い恰好も良いんじゃない?」

 「むしろ大人の服装の方が違和感出るんじゃないか?」


 女性陣からはスーヤの今の格好は好評のようだ。思いのほかアジーに一番受けが良かったようで、彼の首に腕を回して頭を撫でまわそうとしている。


 先程から静かにしているエンカフはと言うと、私の姿を目にした瞬間、我を忘れて呆然と立ち尽くしてしまっていた。

 結果、何故か手にしていた目元だけを隠す仮面を、床に落としてしまっている。勿論、彼はそのことにも気付けていない。


 「うっはぁあああ…!一昨日のドレス姿もメッチャ凄かったけど、今回の服はもっと凄いや!ええぇ…その格好、大丈夫なんですか…?綺麗すぎて、みんな劇どころじゃなくなったりしません?」


 スーヤは特に我を忘れるようなことはないようだ。アジーに頭を撫でられながら、手放しで私の姿を褒めちぎっている。

 ところで、今の彼の首にはアジーの腕が回っているのだが、分かっているのだろうか?


 アジーは嫉妬深い女性だ。自分の交際相手が自分以外の女性に目を奪われていたらどういう反応をするのか、その答えはすぐに知ることになった。


 「はぐっ…!ちょっ!アジー!絞まってる…!首が絞まってる…!」

 「絞めてんだよ…!」


 修業の間、何度も見た光景なので、特に何かを言うつもりは無い。他のメンバーにとってもいつものことのようなので、特に反応もしていないようだ。


 しかし、今回のスーヤは髪型をわざわざセットしているのだ。

 いつものようなやり取りをしていたら、折角のセットが台無しになってしまう。程々で終わらせてあげよう。


 さて、これで演劇を観る準備は整った。


 エンカフの意識を戻したら、劇場に向かうとしよう!

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