第617話 私のカジノでの楽しみ方

 デンケンがカードでの勝負を始めてから30分が経過した。今のところ、収支は少しだけプラスになっている。


 正直なところ、私が傍にいるからと言ってデンケンの運気が上がっているようには見えないな。彼の収支がプラスになっているのは、単純に彼が引き際を見極めて分の悪い賭けを避けているからだ。

 ローリスク・ローリターンと言うヤツだな。それに、毎回勝てているというわけでもない。総合的に見て勝てているというだけの話である。


 賭け事を楽しみにしていたというからもっと派手に勝負を仕掛けるかと思っていたのだが、デンケンはかなり慎重な人物のようだ。


 「いいか、『姫君』様。こういうのはな、熱くなったら負けだぜ?まだまだ勝負は始まってすらいない。勝機を見だして一気に決める。それまではじっくりと絶える。それが俺のやり方だ」


 つまるところ、最初に配られたカードで最上の役が出来上がっている、もしくは確実に役を造れるような状況でもなければ大きく勝負に出ないということだな。

 まさか、その時が来るまでこの遊びを続けるのだろうか?かなり時間が掛かるだろうし、最悪の場合この遊びで1日中が経過することになりそうだが……。


 「そういう時は迷わず撤退だ。先を見越すのが船乗りだぜ?」

 「なら、勝負を仕掛ける時が来そうなの?」

 「おう!必ず来る!俺のカンがそう告げていやがるぜ!」


 妙に自信たっぷりではあるが、その自信の根拠は何なのだろうか?

 とりあえず、給仕から酒と軽食の追加を貰ってデンケンの勝負の行く末を見守るとしよう。



 あれから1時間が経過した。デンケンの現在の収支は少しマイナスである。

 彼の言う勝機とやらは、未だに来ていない。

 ただ、マイナスとは言ってもほんの僅かだ。勝っては負け、負けては勝ちを繰り返している。今はちょうど直前の勝負で負けてしまったのがマイナスの原因だ。


 この様子だと、デンケンはまだまだ耐え続けるのだろうな。

 今は問題無く勝負ができているが、この状態が今後も続くかと聞かれれば、私は首を横に振る。

 カードの予測をするにも集中力や神経を消耗しているのだ。当然、それらが消耗され続ければ、正常な判断はできなくなる。撤退するかどうかの判断もだ。


 「舐めるなよ?これぐらいの持久戦、嵐を耐え忍ぶ時に比べりゃ何のことねぇぜ。必ず勝機はやって来る!俺ぁ、まだまだイケるぜぇ!」

 「ああ、お代わりをもらえる?今度はチェリーが入ってるの」

 「かしこまりました~♪」

 「って聞けよ!」


 そうは言われてもな。

 私はカードの状況が全て把握できているから、表情に出さないためにもデンケンの言葉には碌に反応できないのである。

 それと、カジノで振る舞われている酒も軽食のバリエーションが豊富なため、ついついお代わりを要求してしまうのだ。

 この90分で結構な量の酒と軽食を楽しませてもらったが、未だにコンプリートできる気配がない。


 もしも街のカジノによって振る舞われている飲食物の種類が異なっているというのなら、それが私のカジノでの楽しみになりそうだな。

 今回私がもらった酒は、グラスの中に小さな果実が入っている。丁寧にも、果実から種子は取り除かれているようだ。まぁ、種子が入ったままでも一向に構わんが。

 食べてしまって問題無いようだが、どのタイミングで食べようか?


 それにしても、酒にそのまま果実を淹れるとは……。ウチの酒好きが知ったら絶対に試したがるだろうな。

 とは言え、ホーディ抜きで楽しむわけにはいかないだろうし、家に帰るまではお預けかな?


 結局、チェリーは酒を飲み終わった最後のタイミングで食べることにした。うん、酒に浸かっていたこともあってか僅かに酒精を感じられてなかなか楽しい感触だ。

 ついでに酒を飲んでいる最中に軽食ももらっておいた。給仕が頻繁に私の元まで来てくれるので、探したり呼んだりする手間が省けてありがたい。

 一口サイズにカットされた固めのパンに、様々なトッピングが乗せられている。

 種類が非常に豊富で、しかも片手で食べられるため、つい手が出てしまうのだ。

 

 特に気に入ったのは、トマトとチーズを使ったトッピングだな。加熱した料理というわけでは無いので、ピッツァとはまた違った味わいだ。

 チーズ特有のまろやかさとトマトの酸味と甘みがまた非常にマッチしているうえ、そこに固めのパンのサクサクした食感が加わり、実に美味かった。このトッピングだけで10個も食べさせてもらった。


 食い意地が張っているとは言わないでほしい。未だに勝機を狙い耐え忍び続けているデンケンが悪いのだ。食べているのはこの料理だけではないしな。


 おっ?デンケンの表情が見るからに変わったな。彼の手札は現在最上位の役一歩手前。これまで捨てられた手札と現在山札に残っているカードを考え、勝機があると見だしたようだ。


 「来たぁ!!!ついに来たぜ!この時がよぉ!!!」


 声を掛けてやりたいところだが、その一声でデンケンの判断を狂わせてしまう可能性がある以上、声を掛けるべきではないだろうな。大人しく給仕から料理を受け取って勝負の行く末を見守るとしよう。今度は一口サイズのスイーツだ。


 なお、私はデンケンがこの後どうなるかは理解している。全てのカードの裏側が分かっているからな。

 これまでカードを配っている者が不正を働いたことは一度もないため、私が予想した通りの結果となるだろう。

 ただし、私は何も言わないし表情も変えずに酒を飲み軽食を楽しみながら彼の様子を見守るだけだ。発言をしたり表情を変えたらそこからカードの内容を予想されかねないから、仕方がないのだ。


 勝利を信じ、用意したコインのほぼすべてを今回の勝負に投入するようだ。全額ではないところにデンケンらしさがあるな。

 と思ったら投入できるコインには上限があるらしい。上限が無ければ全額投入していたようだ。


 それだけ自信があるのだろう。不要な手札を1枚捨て、新たに配られたカードを受け取り、その絵柄を見た瞬間――。


 「ぬぅあああああんでだぁあああああ!!!!!」


 デンケンは空を仰ぎ、絶叫した。

 配られたカードに掛かれていた絵柄は、彼が望んだ絵柄では無かったのだ。つまり、盛大に負けたのである。

 一通り絶叫した後、彼は机に突っ伏してしまった。


 「どうする?新しくコインを購入してこの遊び続ける?」

 「ク…ククク……!容赦ねぇなぁ『姫君』様。盛大にスって傷心した俺に掛ける言葉がソレかよ……」

 「そうは言うけど、デンケンの所持金的にまだ余裕あるよね?他の賭け事で取り返したりするのかと思ってね」


 デンケンの所持金は非常に多い。そして先程まで用意していたコインは、彼の所持金を全て使用したわけでは無かったのだ。

 それに、最初にデンケンは語っていた。最初はこのカードから始める、と。

 それはつまり、他の賭け事も遊ぶつもりだということだ。


 突っ伏した状態から勢いよく顔を上げ、デンケンは答える。


 「ったりめぇよ!この程度の損失で終わってたまるかってんだ!次に行くぞ次に!」


 デンケンの闘志は失われるどころかより強くなっている。

 この様子だと、このカジノの賭け事全てを遊びそうだな。まぁ、カードの結果で一喜一憂するデンケンの様子を見るのはつまらなくなかったし、配られている軽食や酒も美味かったから私も私なりに楽しませてもらうとしよう。

 勿論、今後もアドバイスなどは行わない。デンケン自身の運気と引き際を見極める判断力を見せてもらうとしよう。



 3時間後。そろそろ旅館で昼食が振る舞われる頃だ。しかし残念なことにデンケンはまだカジノの賭け事に夢中である。収支はカードで盛大に負けた部分を除けば相変わらず大した変化がない。


 デンケンには悪いが、彼に一日中付き合ってやるわけにはいかない。旅館で提供される料理が気になるし、ウチの子達やリガロウと一緒に食べたいからな。そろそろ旅館に戻らなくては。


 『幻実影』の幻をデンケンの傍に置いて私は旅館に移動するでも構わないのだが、幻とは言え私が一度に複数の場所に存在できる事実はまだ人間達に大々的に教えるつもりはないのだ。

 悪いとは思うが、私はカジノから抜けさせてもらうとしよう。


 「すまないね。旅館の料理が気になるんだ。多分だが、新鮮な魚を振る舞ってもらえる気がする」

 「おお?もうそんな時間か?ちっとばかし熱中し過ぎちまったか……。だがここで終わるのは……」

 「私のことは気にせず引き続き賭け事を楽しんだらどうだろう?私なら貴女のいる場所を把握するのは容易いし、私が昼食を終えてまだ賭け事を楽しんでいるようなら、またこの場に来させてもらうよ。入れてもらえればの話だけどね」


 入場に許可証やそれに類似した何かが必要だった場合、私は単独でカジノに入れない可能性がある。

 転移魔術等でカジノの内部に入ってしまえば問題は解決するが、それはズルだからやめておく。そんなことをするぐらいならもっと確実な方法があるのだ。


 「今更『姫君』様の入場を断るようなこたぁねぇとは思うがなぁ……」

 「こういった場所はルールに厳しいのだろう?だからもしも単独で入る必要があるならもっと確実な方法で入れるようにしておくよ」


 方法は私ならばそれほど難しい話ではない。

 カジノの責任者に会って許可をもらってしまえばいいのだ。責任者の居場所も把握している。

 このカジノの内部にはいないようだが、別にやましい人物ではないのも確認済みだ。

 このカジノという施設、他の国ではともかく、スーレーンでは国が経営している施設のようだからな。

 給仕が頻繁に私の元に来たのも、私をもてなし、カジノを通してこの国に良い印象を持たれたかったからなのかもしれない。


 だとするのならその策略は大成功と言って良いだろう。私はカジノでのもてなしにかなり満足している。カジノでの感想も責任者にしっかりと伝えるつもりだし、このカジノを去る際に私の元に酒と軽食を頻繁に届けてくれた給仕には相応の礼を行う。

 早速私の元に給仕が軽食を届けに来てくれたので、受け取ると同時に礼を給仕が持っているトレーに乗せるしよう。


 「ありがとう。そろそろ昼食の時間だから一度旅館に戻るよ。これは今までのお礼だよ」

 「こ、これ私ですか!?あ、ありがとうございます!」


 給仕に渡したのは貨幣ではない。高級宿で支払ったチップ同様、高額過ぎれば何かと問題が起こりそうだと感じたからだ。

 ならば高級宿で支払ったチップ同様銅貨1枚程度渡せばいいのではと感じるかもしれないが、私が得た給仕のもてなしは決して銅貨1枚程度で済むような内容ではない。酒も軽食も、存分に楽しませてもらったのだ。


 そこで、今回はデンケンの賭け事を傍観している最中に作った、給仕を模したとても小さなぬいぐるみを渡すことにした。素材はベルベット生地とまでは行かないが高級素材を使用している。

 トレーを片手ににこやかな表情で歩く様子を模させてもらった。奇抜な衣装だったからか、作っていてなかなか楽しかったな。


 受け取った給仕からの評価も上々だ。素直に感謝してくれている。念のため防護も施してあるため、何かの拍子で汚れたり破損してしまうようなこともないだろう。

 さて、やることも済んだし旅館へ移動するとしよう。


 皆と一緒に昼食を堪能させてもらうのだ。

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