第618話 緊急事態発生
旅館に戻ってきた私を、従業員達が総出で出迎えてくれた。
利用している者が少ないというのも理由なのだろうが、それだけ私を重要人物として扱ってくれているのだろう。嬉しい限りだ。
「お帰りなさいませ。昼食の準備が整っております。お部屋にお持ち致しますか?」
「ああ、それで頼むよ。皆と一緒に食べたいからね」
旅館にも食事のための食堂が用意されていてそこで食事を取ることも可能なのだが、生憎と旅館は貸し切りというわけでは無い。一応ではあるが、利用客がいないわけでは無いのだ。
外国の様々な客と対峙している外交官ですらウチの子達に対して怯えの感情を隠せないのだから、この旅館の利用客がウチの子達と鉢合わせた場合、下手をしたら気絶してしまう恐れがある。
この旅館は利用者に安らぎや癒しを与えるのが目的のようでもあるし、そういった効果を求めて来た客に余計な心労を与えるのは気が進まない。
庭を眺めながら食事を楽しみたいという思いもあるため、食事は部屋でいただくことにする。
「お連れの方々のお食事の器は変更した方がよろしいでしょうか?」
「いや、そのままで大丈夫だよ。……皆こういう魔術が使えるからね」
従業員はリガロウはともかく、ウチの子達が人間用の食器で食事を取る姿が想像できなかったようで、食器を変更しようかという提案をされた。これも一種の気遣いなのだろうな。
しかし、心配は無用である。『
この程度の手の動きぐらいならば皆魔術で実現できると伝えるためだ。
「こ…これは……!?ち、頂戴いたします!食器の件、承知いたしました!それではすぐに部屋までお持ち致します!」
折り紙を渡したのは少し軽率だっただろうか?妙に感激されたような気がする。
まぁ、感激してもらえたのなら喜ばせたのだから少しはこの旅館を用意してくれたことへの感謝となっただろう。気にしないようにしておこう。
私が部屋に戻ると、その約5分後に食事が部屋まで運ばれてきた。皆は行儀よく並んで待機している。
その光景を見て料理を運んで来た従業員が驚いてしまった。
「お食事をお持ちしま……!?……した……」
「ありがとう。皆の前に置いてもらえるかな?」
「は、はい!ただいま!」
扉を開けた際にウチの子達とリガロウの視線を一斉に向けられてしまったからか、かなり緊張してしまっているな。
勿論、視線に意思や力などは一切込められていない。込められてはいないが、それでも圧倒的強者から視線を向けられれば緊張もしてしまうのは、人間も人外も変わらないのだろうな。
ウチの子達から一斉に視線を向けられてしまったら、リガロウだって委縮してしまうのだ。
さて、配膳された料理だが、見事の一言に尽きるな。
港街というだけあってやはり新鮮な魚がふんだんに使用されていて特に刺身が多く用意されている。やはりこの大陸、この国でも刺身で食べる文化があったのだ。
どの魚も脂が乗っているというのに身はしっかりと引き締まっていて実に美味そうだ。カジノで結構な量の軽食をいただきはしたが、まったく問題は無い。全て美味しくいただくとしよう。
いやぁ、堪能した。最上級の宿泊施設というだけあって料理の質も最上級だったというわけだ。これだけの魚料理を提供してくれる店が、世界中を探してどれだけ見つけられるだろうか?
少なくとも、イスティエスタでダンダードが紹介してくれたあの店と同等以上の料理であったのは間違いないな。
まぁ、魚そのものの質もあるので、一概に料理人の腕だけの問題ではないのだが。
そしてこの旅館ではなんと炊いた白米も出てきたのだ。私が普段好んで食べているあの白米と同じ味だった。
なんでもわざわざ魔大陸から輸入した上質な米を利用しているとのことだ。
コレは私個人の意見なのだが、脂の乗った食べ物に米は非常に相性がいい。非常に食が進むのだ。
その感性はウチの子達やリガロウも同じで、皆喋ることも忘れて美味そうに料理を口に運んでいた。
1つだけ残念な点があるとしたら、食べることに夢中になり過ぎて庭の景色をのんびりと眺めながら料理を楽しむという目的が果たせなかったという1点だけだろう。夕食ではあまり食べることに夢中になり過ぎないように気を付けよう。
とりあえず、この大陸でも美味い食事には困ることは無さそうだ。ならば、オルディナン大陸中の美味い食べ物や料理を堪能させてもらおうじゃないか。
尤も、私は既にカジノで美味い料理をそれなりに堪能させてもらっているのだがな。
だが、カジノで提供された料理だけがオルディナン大陸の料理のすべてではない。この大陸の職の探求はまだまだ始まったばかりなのだ。
〈そういえば、部屋に戻って来たご主人からお酒と食べ物の匂いがしたよね。何か食べてきたの?嗅いだことのない匂いだったよ?〉
「うん、デンケンが行きたかった場所で酒と軽食を提供されてね。かなり楽しませてもらったよ」
昼食が終わり、畳の感触を楽しみながらくつろいでいると、ふと思い出したかのようにウルミラからカジノで口にした飲食物について質問された。
正直に私が午前中に経験したことと感想を伝えると、レイブランとヤタールから何やら抗議を訴える視線を感じた。
酒はともかく私が美味いと感じた食べ物を自分達も食べたいと思ったのだろう。
「それなら、今度は君達も一緒に来る?デンケンはまだカジノで賭け事を楽しんでいる最中だから、あの中に行けばまだ軽食を提供してもらえるよ?」
〈美味しい料理には興味があるけど行かないわ!〉〈うるさそうな場所だから行かないのよ!〉
まぁ、確かに非常に賑やかな場所ではあるから、場合によってはやかましいと感じる者もいるだろうな。
音に敏感なウルミラやラビックは間違いなくやかましいと感じるだろう。そして意外なことにレイブランとヤタールも賑やか過ぎるのは好きではないのだ。
今回も私1人で行動することになるかと思ったのだが、今回は同行してくれる者がいた。
フレミーである。
〈カジノって言う場所に行くなら私もついて行っていい?ノア様が言う奇抜な衣装っていうのに興味があるの〉
「勿論、歓迎するよ。一緒に行こう」
やはり私の友達は最高だな。フレミーを右肩に乗せて早速移動を開始しよう。
とはいえ、カジノに直行するわけでは無いのだが。
まずはカジノの責任者の元に向かい、入場許可を貰いに行くのだ。
責任者がいる場所は私がデンケンと別れた時から変わっていない。別件で顔を出しておこうと思っていた場所でもあったためちょうどいい。
フレミーには少しだけ煩わしい思いをさせることになってしまうが、温厚な彼女のことだ。過激なことはしないと信じよう。
目的地は、冒険者ギルドだ。この街のカジノの責任者は、冒険者ギルドのギルドマスターを兼業しているのである。
冒険者ギルドに立ち入れば、思っていた通り施設に足を踏み入れた瞬間に冒険者達から一斉に視線を向けられることとなった。
今更人間達の視線で私がどうこうなるわけでは無いが、今回はフレミーも一緒にいる。彼女が自分に対して興味の視線を向ける人間達にどういった感情を抱くだろうか?
〈人間って蜘蛛の魔物を見るとその蜘蛛が出す糸に興味が湧くんだよね?この場で出そうか?〉
〈いや、その必要は無いよ。大騒ぎになってしまうのが目に見えているからね。煩わしいと感じたら遠慮なく知らせてね?〉
〈ありがと。でも平気だよ。このコ達、多分リガロウに睨まれただけでも動けなくなりそうだし〉
この場にいる冒険者達は誰も彼もランクが低い。少なくとも"
しかし、冒険者という職業をする人間というのは、毎日仕事をするわけでは無い。最近分かったことだが、高ランクの冒険者はマコトやジョージのような人間でなければ1つ依頼をこなしたら数日は休むという者も少なくないのだ。
それだけ依頼の難易度が高いということだし、報酬も破格ということなのだろう。
そもそも、冒険者が冒険者ギルドに集まるのは大体が早朝と夕方だ。この時間に毎日真面目に依頼をこなす冒険者はあまりいないと見て良いのかもしれない。
私達に視線を送り続けている冒険者達をよそに、入り口から最も近かった受付のカウンターへ向かい、用件を伝える。
「こんにちは。私向けに依頼が発注されてたりする?魔大陸では大抵図書館から指名依頼が発注されてたのだけど」
「は、はい!いらっしゃいませ!来ています!図書館から指名依頼、来てます!」
やはり私が本を複製できるという情報は世界中に伝わっているようだ。それならば、この街の図書館の書物は見て回ったがもう一度図書館に足を運ぶとしよう。
こんなことならば先に冒険者ギルドへ足を運んでおけばよかったのかもしれないが、私は自分の興味を優先する。冒険者ギルドへの興味はあまりなかったのだ。
本の複製はすぐに終わる。依頼をこなしてギルド証を更新したらギルドマスターの元へ行くとしよう。船旅の期間が2ヶ月以上掛かっていたため、少しだけ焦っていたのは秘密だ。まぁ、それでもイスティエスタで依頼をこなしてギルド証を更新していたので1月近く余裕はあったのだが。
ちなみに、同じく"上級"冒険者であるジョージもこの街で依頼を受注する予定だ。というか、アイラが冒険者ギルドへジョージに対して護衛依頼を発注する手筈になっている。
マコトの指示でジョージはアイラ達の護衛に就いているわけだが、その依頼主はアイラだったりするのだ。そして護衛期間はティゼム王国からモーダンまでで一度区切られ、モーダンに到着してから今度はスーレーンに到着するまでの間に護衛依頼を発注。更にここから約3ヶ月間護衛依頼を発注するのだ。
なぜそのような回りくどいことをするのかというと、ギルドでの規則で"上級"までの冒険者を護衛に雇う場合、雇用期間の上限があるのだ。
上限期間は85日間。中途半端なのは、きっちり3ヶ月間にしてしまった場合、ギルド証の更新ができなくなってしまう可能性があるためだ。少し余裕を持たせているのである。
勿論、護衛依頼をこなしている最中にも別の依頼を受注してギルド証を更新することは可能だが、護衛対象を意識しながら依頼をこなす必要があるだろうから余程実力に自信がある者でなければこの手法は行わないだろう。
指名依頼の受注手続きを済ませたらさっさと図書館へ移動して依頼を片付けよう。私の本来の目的はカジノにいるデンケンなのだ。そしてフレミーが付いて来てくれた理由はカジノにいる奇抜な格好の給仕なのだ。
つまり、図書館からの依頼もギルドマスターへの面会も通過点に過ぎないのだ。時間を浪費するつもりはないのである。
だというのに、だ。
何故、私が冒険者ギルドを出ようとしたところで面倒事が降りかかってくるのだろうな?
今、ギルドの入り口は1つの冒険者パーティによって塞がれてしまっている。彼等が内包している魔力量からして推定"
彼等は私の前で膝麻づいてそこから動く気配がない。
彼等は
というか、彼等は私に助けを求めているようだ。
「私に何か用なの?」
「は!我等は"三ツ星"冒険者パーティ"ヴィステラモーニャ"!『黒龍の姫君』様に正式に指名依頼を発注したく存じます!」
「貴女様の行く手を阻むような愚行を行うこと、なにとぞお許しください!」
「貴女様の力がどうしても必要なのです!」
彼らほどの冒険者達が私に助力を願うのだから、人間では対処が困難な問題が発生したのだろうな。彼等"ヴィステラモーニャ"から感じられる焦燥感からもそれは予測できる。
私が彼等を助けてこの街に戻ってくる頃には、デンケンはカジノから出てしまっているかもしれないが、こうまで必死に私に助けを懇願するのならばそれを無下になどできない。目覚めが悪いからな。
〈フレミー、少し面倒事に付き合ってもらうよ?〉
〈ノア様もお人よしだね。勿論良いよ。なんなら、私がやろうか?〉
〈彼等が抱えている問題によるね〉
私の行動が阻害されたことに、少なからずフレミーが気を悪くしている。
問題を持ち込んで来た"ヴィステラモーニャ"達に直接不満がある訳ではないが、その問題自体には不満をぶつけたい様子だ。
「貴方達ほどの実力者がそれほど必死に願うのなら、相当な緊急事態なのだろうね。すぐに受付に依頼を発注すると良い。引き受けよう」
「あ……!ありがとうございます……!!」
「い、一体何があったというのですか!?」
高ランクの冒険者パーティが他者に助力を必死に請うことなど滅多にない。受付もそれを理解しているためか、私達のやり取りを目にした直後、カウンターから出て直接事情を聞きに来た。
「ま、魔境の主が……我々人間に宣戦布告をしてきたのだ!」
「「「っ!!?」」」
ことは私が想定していた状況よりも遥かに大問題だったようだ。
詳細を聞かせてもらうとしよう。
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