第616話 楽しみにしていた催し

 旅館の庭の景色を眺めながら日光を浴びてのんびりしていると、不意に後頭部に強烈な衝撃が走った。


 結構いい音が鳴ったようで、周囲にいた皆が驚いてこちらに顔を向けている。

 何のことは無い。『自律幻形オートドリュージョン』の幻が私に意識を戻すように通達しに来ただけの話である。デンケンの用事が片付いたのだ。

 なお、幻が私の後頭部を叩いた際に結構な衝撃波が発生したのだが、この部屋や庭に影響を与えないように予め防護は掛けてある。その辺りに抜かりはない。


 〈びっくりしたー。大きな音が出たから何事かと思ったよ……〉

 〈くぅう~ん……。ご主人がご主人を叩いてる……〉

 〈おひいさま、いかがなさいましたか!?〉


 そういえば、こうして皆に『自律幻形』を用いた通達の光景を見せるのは今回が初めてか。私自身とは言え私を殴る光景を見たのは、皆にとってかなり衝撃的だったのかもしれない。


 「心配する必要は無いよ。まったりするのに夢中になっていたから、大事な要件を忘れないように幻に通達してもらっただけだから」

 「キュウ…‥。姫様、これから何処かへ行くんですか?」

 「ああ、デンケンの手が空いたからね。顔を見に行くんだ。それから、彼が楽しもうとしているであろう催しにも参加させてもらおうかと考えてる。皆も来る?」


 あのデンケンが楽しみにしていた催しなのだ。面白そうなのでぜひ参加させてもらいたいのだ。

 皆にも参加するかどうか聞いてみたのだが、ものの見事に断られてしまった。

 人間の催しよりも、この部屋の居心地の良さの方が上回っているらしい。


 これは家に帰ったら何としても畳張りの部屋を制作しなくてはならないな。原料となる植物を回収し、ラフマンデーに育ててもらうところから始めてみよう。


 それと、皆がこの部屋に留まっているのは畳張りの部屋だけが原因ではない。

 この部屋から眺められる庭の景色や降り注ぐ日光の心地良さも原因になっている。

 日光はともかく、この部屋から見える庭に勝るとも劣らない庭を再現したいところだな。


 それにしても、庭そのものを観賞物にしてしまうとは……。私の頭には庭というものは体を動かす場所だという認識があったため、こういった発想は出てこなかった。まったく、人間の発想力にはいつも頭が下がる思いである。

 おかげで、私も同じように鑑賞用の庭を生み出し楽しめる可能性が出てきたのだ。ありがたいことこの上ない。


 皆がついて来てくれないのは残念だが、デンケンと会うのは私の中では決定事項だ。早速会いに行くとしよう。



 仕事の片付いたデンケンは早速楽しみにしていた催しが行われている場所へと向かうためにそれまで仕事をしていた建物から出て一直線に目的地まで向かおうとしていた。

 もしも催しが開かれている場所に入場許可が必要な場合、私単独で向かっても高級宿の時のように顔パスで通してもらえるかわからない。デンケンが目的地に到着する前に合流することにした。


 「随分と急いでいるみたいだね。そんなに楽しみにしていたの?」

 「うおっ!?ひ、『姫君』様かよ……。まったく、心臓に悪ぃぜ……」

 「それは済まなかった。だけど、貴方が楽しみにしていた催し、私も同行させてもらえるという話だったからね」

 「おっと、ソイツは済まなかったな!まさか『姫君』様がそこまで楽しみにしてくれてたとは思わなかったぜ」


 デンケンからは私はあまり彼の参加したがっていた催しを楽しみにしていたとは思われていなかったようだ。社交辞令程度に捉えていたのだろうか?

 しかし、私は口約束だろうと約束を違えることは好まない。それはデンケンも知っている筈なのだがな。

 まぁ、意外そうにしてはいるが拒絶されているわけでは無いのだ。同行できるのだから話を蒸し返すのは良しとしよう。


 「で、来るのは『姫君』様1人なのか?」

 「うん、私1人だ。他の皆は部屋でのんびりしているのに忙しいみたいでね。とても良い部屋を用意してくれてありがとう」

 「用意したのは俺じゃねぇから、この街の代表にでも伝えてくれや。が、相当に気に入ってもらえたようだな。ソイツは建設課連中も必死になって建設した甲斐があるってもんだな!」


 デンケンに確認してみれば、突貫工事というわけでは無いが、やはり他の仕事を後回しにしてでもあの旅館の感性を急がせていたようだ。

 となると、あの旅館はやはり私のために用意したということで合っているのだろうか?建設の完了するタイミングと私がこの大陸に来たタイミングが合致しているから、そう考えてしまえるのだ。


 「おうよ!これ以上ないぐらいの歓迎をってことでな!『姫君』様は世界中の文化を見て回りてぇって情報は俺達の耳にも入って来てたからよ、ウチの国の文化で一番のキレイどころを参考にして用意したってわけよ!」


 確かに、この街の図書館でもスーレーンの歴史書の中にあの庭と似たような構成をした景色が確認できた。

 あの庭の光景は、まさしくスーレーンを代表する文化の最たるものだったというわけだ。

 スーレーンは私をそうまでして喜ばせたかったらしい。私だけでなくウチの子達やリガロウまでも喜ばせてくれたのだから、返礼は相応に気合が入るというものだ。



 会話をしながらデンケンが向かいたかった目的地まで到着すると、下手な宿よりも大きな施設の扉の前まで到着した。

 扉には目元を黒い布で隠した体格のいい2人の男性が立ちふさがっており、明らかに入場には許可がいるといった雰囲気だ。

 立ちふさがる男性達も、一般人が見れば威圧感を感じるような佇まいで容易に知被けないような雰囲気を醸し出している。


 そんな男性達に、デンケンは胸元から鎖が通ったカードを見せながら気軽に声を掛けた。


 「よぉ、お勤めご苦労さん。今回は『姫君』様も一緒だが、問題ねぇな?」

 「勿論です。どうぞ、お通り下さい」


 デンケンに同行して正解だったな。

 先程彼が見せた鎖が通ったカードはほぼ間違いなく通行許可証のような物だ。男性達の視線が2人してカードに向けられていた。

 そう。彼等は目隠しをしているが、その実、視界は非常に良好だったりするのだ。あの目隠しは魔術具なのである。

 

 それにしても面白い目隠しだな。

 見る側からは相手の顔が正確に分からないようになっているというのに、目隠しを付けている方はちゃんと視界を確保できているのだ。それどころか、あの目隠しには『解析アプレイザ』に類似した機能まで搭載されているようだ。その機能によってカードの照合と本人確認を行っていた。

 従業員の素性を隠しながら相手の素性を探る。何とも都合の良い道具だな。

 まぁ、私には何の効果も無いので彼等の素性もハッキリしているのだが。


 尤も、彼等の素性が分かったところで私には何の関係もないので、このまま扉をくぐらせてもらうとしよう。

 さて、扉の先には何があるのかな?


 扉をくぐり少し歩いて開けた場所まで出ると、そこには初めて見る煌びやかな光景が広がっていた。

 金貨や銀貨と言った通常の貨幣とはまた違うコインを用いて様々な賭博を行っているようだ。


 このような賭博場は、確かカジノと言ったか。ティゼミアの図書館で目にしたことがある。

 賭博という行為自体が人を自堕落にする可能性が高いためティゼム王国ではあまり大々的に賭博場が設立されていなかったが、スーレーンでは違うようだな。中には飲酒を行いながら賭博行為を行っている者も見受けられる。

 酒が入ると人間の場合判断力が鈍るから、賭け事には向かないと思うのだが……。酔いという高揚状態での賭け事は、それはそれで盛り上がるのだろうな。

 まさか、デンケンも飲酒を行いながら賭け事を行うのだろうか?


 「ワリィが『姫君』様。ココでは酒は無しだ。俺は勝ちに来てるからな!『姫君』様の運気、アテにさせてもらうぜ?」

 「私自身は運が良いとは思うけどね。その影響が貴方にも出るかは分からないよ?」


 今しがた語ったように、私は自分の運は結構良い方だと思っている。

 確かに行く先々でトラブルに見舞われてはいるが、それは対処可能なトラブルだし、何よりそんなトラブルよりも得られた多幸感の方が圧倒的に大きいのだ。

 だとしたら、自分を不幸だなどとは言えないだろう。物事は前向きに考えるのだ。


 そもそも、見た限り賭博の内容はどれも完全に運任せの内容というわけでは無いようだ。

 賭博の内容はそれぞれ違う絵や数字が描かれたカードの役を揃え、より強力とされる役を揃える遊びだったり高速で回転する絵柄を目押しで止めて揃えるスロットと呼ばれる機械だったりと、記憶力や反射神経が物を言う類の遊びもあったりする。


 私は、見ているだけに徹した方が良さそうだな。内容を見ていて負ける気がしないのだ。

 まずカードの役を揃える遊びだが、コレは完全に意味がない。

 私にはどうやってもカードの裏側が分かってしまうからだ。負けそうになれば降りれば良いし、次にくるカードも分かっているので仮に相手が不正をしようとすればすぐに分かるのだ。

 スロットも似たようなものだ。私の動体視力ならば絵柄の回転速度は止まっているも同然だからな。好きなだけ絵を揃えられるのだ。これでは賭け事にならない。


 他の賭け事の中には賭博の中には魔物同士を戦わせどちらが勝つのかを決めるものや騎獣によるレースで着順を決める賭け事も行われていたのだが、これも百発百中で的中させられる自信がある。

 勝てそうな者の気配が一目見れば分かるのだ。八百長でもない限り、私が正解を外すことは無いだろう。

 

 私はこの賭博場の賭け事を楽しめそうにないが、それでも雰囲気を楽しんだり賭け事に対する熱意を感じ取ることはできる。

 カジノは別の街にもあるそうで、首都にあるカジノには完全に運任せな内容もあるそうなので、そちらに期待しておくとしよう。

 というわけで、今回はデンケンが賭け事を行う様子を黙って見守るに徹するのだ。


 ああ、酒や軽食を客人に配り歩いている特殊な格好をした給仕がいるので、遠慮なくいただくことにした。

 なかなかに奇抜な格好ではあるが、不思議とカジノの雰囲気に合っていたりする。


 私が着ても似合うだろうか?今度フレミーやフウカに作ってもらうとしよう。着て見せて感想を聞かせてもらうのだ。

 ……若干肌の露出が多い服なので、シンシア達には見せないようにしておこう。また小言を言われてしまいそうだ。


 デンケンはまずカードの役を揃える遊びを行うようだ。彼にとってはコレがカジノの定番らしく、どんな時でも最低1回。最初にこの遊びを行うのだとか。


 「言っておくけどデンケン、私はあくまで傍にいるだけだ。アドバイスなどはしないからそのつもりで」

 「おう!元よりそのつもりよ!……って『姫君』様、ひょっとしてカードの内容とか全部わかるとか?」

 「うん、分かる。手札の内容も山札の内容も全部ね。だから私は遊ばないし何も言わない。賭け事にならないからね。だからデンケン。貴方言う、首都のカジノにある完全に運任せな賭け事とやらには期待させてもらうよ?」

 「へへ、コイツァ責任重大だ!だが、期待してくれて良いぜ!アレばっかりは技術だのなんだのじゃどうにもならねぇからな!」


 デンケンがそこまで言うのなら、私も楽しめそうな内容のようだな。ならば、この話は一旦ここで終わりにして、デンケンの勝負を見守るとしよう。


 酒と軽食を彼の目の前で楽しみながらな!

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