第615話 逆鱗の判定

 披露した紅茶の反応は、感心して喜ぶ者と思っていた味とは違い首をかしげる者とで、見事なまでに2つに別れた。

 アイラとオスカーは普段とは違った紅茶の香りを楽しみ、シャーリィとジョージは求めていた味とは違いガッカリした気配が感じられる。

 予めどのような紅茶なのかを説明していたから、後者の2人は酒を飲めるとでも思ったのだろうか?


 「先生、コレ本当にお酒入れました?」

 「言っておくけどシャーリィ、酒を入れたと言っても数滴程度だ。味が変わるのではなく、新たに加わった香りを楽しむ飲み方だよ」

 「お酒が飲めると思ったのにー」

 「なるほど、香りをね……」


 そんなに飲みたかったのか、酒……。

 いや、酒の楽しみ方を理解できるようになった今の私ならば素直に酒は良い物だと言えるのだが、シャーリィの抱いている酒への興味は酒の良さを知っている者の期待ではないからなぁ……。


 単純に、大人が皆して美味そうに飲んでいる飲み物を自分も飲んでみたいと思っているだけなのだ。

 アイラと初めて出会った時、彼女はシャーリィにも酒の味を教える日が近いと言っていたが、あの様子ではまだ飲ませていそうにないな。


 ジョージに関しては楽しみ方が違っていたと分かると素直に紅茶の香りを楽しむようにしたようだ。

 彼の前世は飲酒が認められていない年齢だったし、今世でも皇子だった頃はまだ未成年だったため酒を飲んだ経験が無いようだ。そのため、シャーリィと同じく酒が飲めるかもしれないと期待を抱いたのだろう。

 とはいえ、彼女ほどの期待を抱いていたわけではなく、[あわよくば酒を味わえるかもしれない]程度の期待だったようだ。


 そもそも、この場にいる人間で酒が満足に飲めるのはアイラぐらいしかいないのでは?

 肉体がまだ酒精を受け付けられる状態になり切っていないため、無理に酒を摂取したら変な酔い癖が付いてしまいそうだ。

 生まれたての私が言うのも何だが、ジョージ達が本格的に酒を飲むのはもう少し先にした方が良いだろう。


 さて、美味い紅茶には当然美味い茶菓子がつきものだ。勿論用意させてもらっているとも。

 今回用意した菓子はラム酒を用いている。ラム酒を加えたケーキ生地でバタークリームを挟んだ一品だ。

 敢えてケーキ生地は崩れやすくしてあり、口に入れた際ケーキ生地がバタークリームと共に溶けるように口の中で広がるような食感となっている。

 濃厚ではあるが胸焼けするほど甘いというわけでもなく、だが確かな甘さがある菓子だ。甘さで紅茶の味が分からなくなることもない自慢の一品である。


 甘い茶菓子を出されたことで、先程まで不機嫌気味だったシャーリィもすぐに機嫌を直した。


 「わはーっ!不思議な香りのするお菓子ですねー!」

 「ラム酒と呼ばれる酒を使っているよ。その紅茶よりも酒精はあるんじゃないかな?」


 まぁ、無いことは無いといった程度なのだが。

 あまり酒精が強い菓子の場合、酒を飲んでいるのと変わらなくなってしまうからな。

 それでも数を食べれば酔ってしまうだろうから、あまり量は出さない。


 私が提供した茶菓子はかなり好評だった。

 ジョージ達年少組は勿論、アイラにも忖度抜きで気に入ってもらえたのだ。


 「甘過ぎずしつこすぎず、それでいて口の中で濃厚なミルクの味わいとラム酒の甘味と香りが生地と共に溶けて広がる食感が堪りませんね……」


 同じ感想を、フレミーからも聞いたことがある。

 何を隠そう、ラム酒を調理に使用して彼女を発狂させかけた料理というのがこの菓子なのだ。

 あれほどまでに慌てた様子のフレミーを見たのは、過去に見たことが無かった。

 なにせ全力で『真・黒雷炎』を使用してキッチンごと私達を攻撃しようとまでしていたからな。それほどまでに酒を飲まずに料理に使用する行為が衝撃的で認められなかったのだろう。

 

 だが、仄かに残るラム酒の酒精と香りはフレミーを大いに満足させ、今では彼女の大好物となっている。ついでに紅茶も今までよりも好きになってくれたようだ。というよりも、この菓子に合う紅茶を求めるようになったというべきか。どちらにせよ、フレミーが紅茶を飲む機会が増えたのは間違いない。


 今度ルイーゼに会ったら、彼女にも同じ物を振る舞うつもりだ。

 ラム酒はルイーゼも問題無く飲める酒だったからな。どんな反応が返って来るか楽しみだ。それだけではなく、彼女にはラム酒だけではなくオーカムヅミの酒を利用した菓子も振る舞ってみようと思う。


 

 紅茶と茶菓子を食べながら互いに今後の方針について語り合った結果、アイラ達は明後日にはスーレーンの首都へ移動して国の代表達と合流、彼等と共にオルディナン大陸中の代表者達が集まる場所へと向かうようだ。

 向かう場所は特定の国ではなく、今回のために専用に建設された場所があるようだ。特定の国で歓待を行えば、当然その国の発言力や影響力が強くなってしまうからな。

 なんでも、オルディナン大陸中の文化を1つにまとめた施設らしい。各国が費用を出し合って建設しただけあって相当豪華な作りとなっているとのことだ。

 そこでアイラ達を歓待して大陸の要望を伝えるのが本来の目的なのだが、その目的である私との接触は既に済んでしまっている。というか目的である私の来訪が既に達成させられてしまっている。

 既にオルディナン大陸中に私もアイラ達と共にこの大陸に来訪したという情報が拡散しているだろうし、スーレーンの代表は歓迎パーティに変更されると考えているようだ。


 それで話が済めばいいのだがな。

 スーレーンが単独でオルディナン大陸中を欺いたのは間違いないからな。下手をすれば、他の国から顰蹙を買う可能性が無いわけではないのだ。


 それにしても、文化を1つに集めた施設とはまた興味深い施設だ。アイラ達とタイミングが重なるかどうかは分からないが、私もその施設を訪れてみたいものだな。

 彼女達には申し訳ないが、私はアイラ達と行動を共にするつもりはない。旅館の部屋を満足するまで堪能するからだ。1週間はこの街にいさせてもらう。

 尤も、私達の移動速度は人間が出せる速度を遥かに超えている。

 図書館で得た情報によると、この街から首都まで通常の馬車で移動しようとすると10日は掛かるそうだからな。私の方が先にスーレーンの代表に会う可能性も十分にあり得るのだ。

 というか、デンケンからの要望もあることだし、実際にアイラ達よりも先にスーレーンの代表に会っておこうと思っている。その際にはデンケンも一緒に連れて行くつもりだ。

 リガロウはデンケンを自分の背に乗せたがらないだろうが、そこは問題無い。ウチの子達がいるからな。


 別にウチの子達にデンケンを背に乗せるようリガロウを説得してもらうというわけでは無い。ウチの子達は皆あの子よりも速く移動できるのだから、ウチの子達に運んでもらえばいいというだけの話である。

 適任はウルミラかゴドファンスだろうな。移動速度が速過ぎて振り落とされるという可能性はフレミーの糸で縛ってもらい解消させる。風圧は私が防護すればいい。まぁ、そんなことをせずともウルミラもゴドファンスも自分から防護を掛けてくれそうではあるが。


 私が1週間近くこの街に留まると聞いてシャーリィはその理由である旅館に興味を持ったようだ。

 その答えである絵は既に用意してあるため、この場にいる全員に見せればイネスと同じようにウチの子達が部屋でくつろいでいる様子に釘付けとなっていた。


 「こうして見る分には、ただの可愛い動物の筈なのになぁ……」

 「まぁ、あのリガロウがモロに敬意を払ってる相手だからな。間違いなくヤバイ動物なんだろうな。で、なんであんなヤバイ連中連れてきちゃったんです?」

 「私があの子達と世界中を見てみたいからだけど?」


 それが何か問題か?

 魔王国ではウチの子達は普通に受け入れられていたから、人間達がああもウチの子達を避けたり怖がったりする方が私は釈然としない。

 いやまぁ、リガロウが敬意を払っている相手の時点で人知を超えた存在だと知れ渡っているからのようだが、別に敵意を抱いているわけでは無いのだ。もう少し興味を持ってもらっても良いと思う。


 「興味自体はあると思いますよ?ただ……」

 「先生を前にしてそんな態度を出せる人はなかなかいないと言いますか……」

 「……その興味って魔物の素材的な興味だったりしない?」


 人間は未知の魔物や魔獣を確認すると何かしらの素材にしたがるらしいからな。中にはウチの子達をそういった目で見る者達もいるだろうな。

 それは別にいい。人間とはそういうものだという認識が私にはある。


 だが、だからと言って実際にあの子達に危害を加えようとした場合、私が黙っているかと聞かれれば……愚問だとしか言いようがないが。

 危害を加えようとしてそれがあの子達に通用するかどうかは関係ない。危害を加えようとしたという行動が私にとっての逆鱗となるのだ。我ながら身内のことに関してはかなり甘いし狭量だと思っている。


 「お、お仕置きするなら当事者だけにして下さいよ!?」

 「そうだね。周囲の被害は最小限に留まるように努力はするよ」

 「周囲にデカい被害が出そうなくらい怒るんですね……」


 怒るのだ。

 実際に怒りの感情を抱いたことは無いが、想像するだけでもかなり気性が荒くなるからな。実際に行動を起こされたらどれだけ怒るのか私にも想像がつかない。

 実際に私が激怒した際に、どれだけ理性を保てていられるかが分からない以上、周囲に被害を出さないという確約ができないのだ。

 まぁ、実際には行動を起こされる前に私が止めるかあの子達が勝手に動くだろうから、怒るような機会はそれほどないとは思うが。



 アイラ達の様子見と今後の方針も知れたので、私は一度旅館の部屋まで戻ることにした。

 このままデンケンの元に顔を出すでも良かったのだが、彼はまだ時間が空いているわけでは無いようだからな。

 外交官達への説教は終わっていたが、今は私が知る権力者たち同様、執務室で書類と格闘をしているのだ。


 手伝ってやりたいのは山々だが、書類の内容はタスクの時とは違いどれもデンケン自身が目を通す必要のある書類のようだ。

 その分量もそれほどあるというわけでは無いので、彼の手が空くまで大人しく部屋で待っていようかと思ったのだ。


 しかしあの部屋は私にとって時間泥棒とも言えるほどにまったりできる空間であり、いつの間にか夜になっている可能性すら考えられる。

 そこで、今回は『自律幻形オートドリュージョン』を使用してデンケンの手が空いたら即座に知らせるように設定しておこう。

 本来は修業のために開発した魔術なのだが、この魔術は時計のような使い方ばかりしているような気がする。


 勿論気のせいである。他者のあずかり知らぬ場所で私は『亜空部屋アナザールーム』内で『幻実影ファンタマイマス』の幻を使用して『自律幻形』の幻を相手に組手をし続けているからな。

 『自律幻形』の設定には時間が掛かったが、一度設定ができてしまえば後は組手をし放題だ。非常に助かっている。


 それでは、デンケンの用事が片付くまで部屋でのんびりしているとしよう。

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