第307話 美術品を飾ろう!

 頭を突かれて角が引っ張られる感覚。久しぶりだな。これは紛う事なくレイブランとヤタールによるものだ。


 彼女達に声を掛けられる前に体を起こしてみれば、やはり他の皆は既に起床して家の外へと出てしまっている。少しだけ寂しい。


 分かっていたことではあるが、ほんの僅かな至福の感覚の後、私の意識はあっという間に微睡み眠りに陥ってしまったのだ。

 眠っていた時の感覚があったと言うわけでも無く、私としては至福の時間があっという間に消失してしまったという現実だけである。とても悲しい。


 私としては、皆の毛並みをフレミーの布の感触と共にもっと堪能したいのだ。にも拘わらず、私の意識は私の望みとは対照的にすぐさま微睡んでしまう。

 ベッドや寝床で横にならなければ睡眠を必要としない筈だと言うのに、まったくもって解せない。


 とにかく、私を起こしてくれた2羽に目覚めの挨拶をしておこう。


 「おはよう、レイブラン、ヤタール。今日も起こしてくれてありがとう」

 〈おはようなのよ!いつものことなのよ!〉〈声をかける前に起きてくれたのよ!おはようなのよ!〉


 彼女達は非常に有り難い事に、私が旅行中でも『通話コール』を用いて私を目覚めさせてくれているのだ。

 彼女達の助けが無ければ、私の旅行はこうもスムーズにはいかなかったし、結構な頻度で落胆を味わっていただろう。

 何の自慢にもならないが、外的要因が無ければ私は何日も眠り続ける事ができてしまうのだ。


 下手をしたら、美術コンテストやオークションに参加できずに寝過ごしていたかもしれないと考えると、レイブランとヤタールには感謝しかないのだ。


 『広域ウィディア探知サーチェクション』で周囲の状況を確認してみれば、皆それほど遠い場所に出ているわけではないようだ。

 家の外へ出て皆に顔を出すとしよう。


 外へ出た私を最初に出迎えたのは、ゴドファンスとラビックだ。この2体は、扉の前で私が出て来るのを待っていたのだ。

 それならば、家の中で私が目を覚ますのを待ってくれていても良かった気がするのだが、そこは何と言うか、こだわりのようなものがあるらしい。


 私の両肩に止まっているレイブランとヤタールも含めて4体にオーカムヅミの果実を切り分けて渡しておこう。

 勿論、他の皆にも渡すつもりなので、あの子達の分も切り分けておく。少ししたら他の子達も匂いに釣られてこの場に集まって来るだろう。


 「ゴドファンス、ラビック、おはよう。はい、どうぞ」

 〈おはようございます、おひいさま。本日も至高の果実を儂等に恵んで下さり、感謝いたします〉

 〈おはようございます、姫様。姫様からのオーカムヅミ、ありがたく頂戴いたします〉

 〈久しぶりのオーカムヅミよ!〉〈とっても嬉しいのよ!〉


 昨日はオーカドリアの果実を少しだけ渡しただけだったからな。皆待ち遠しかったようだ。

 味としては昨日のオーカドリアの方が上だとは思うが、それでもオーカムヅミが美味い果実だという事実に変わりはないだ。


 そういうわけだから、私もオーカムヅミを一口。

 うん、やはり美味い!そして匂いに釣られて他の皆も集まってきたようだ。

 挨拶を交わすとともに渡していこう。


 そうだ。オーカドリアだってこの広場の住民なのだ。あの子にも挨拶しておこう。

 ちなみに、先程『広域探知』をした際に分かったのだが、あの子は早速大量の果実を実らせてくれたようだ。


 あれだけの力を持った果実をたった一晩で大量に実らせるとは…。私が思っていた以上にオーカドリアは強力な力を持っているのかもしれない。

 とりあえず、幹に触れて挨拶しておこう。


 おはよう。早速沢山の果実を実らせてくれたんだね。ありがとう。


      おはよう  好きな時に好きなだけ採って行って良いよ


 気前がいいなんてものじゃないだろう。味も効能も昨日食べたものと遜色ないようだし、本当にとんでもない子がここに住む事になったな。


 そういえば、オーカドリアを切り分けていて不思議に思った事がある。

 果実に種子が無かったのだ。果実を真っ二つに切り分けたら、中身は全て果肉だったのである。


 嬉しいことは嬉しいのだが、これでは子孫を残せない。良いのだろうか?

 いやまぁ、オーカドリアは何千年と生き続けそうだが、それでもいつかは寿命が来ると思うし、その時はどうするのだろう?


    大丈夫だよ  必要になったら 種子のある果実を実らせるから


 そうか。ある程度自由に果実や花を生み出せるのなら、種子の有無にも自由が利くのか。有り難いことこの上ないな。


 レイブランとヤタールがオーカドリアの実がなっていることを確認すると、大はしゃぎで果実の元へと向かって行った。


 〈すごいのよ!昨日の凄いのがいっぱい実ってるのよ!〉〈取り放題よ!毎日食べられるのよ!〉

 〈あの果実、すっごく美味しいのはそうなんだけど、一日に食べる量は決めとかないとヤバそう…〉


 意外な事に、ウルミラが冷静な意見を述べてくれた。

 オーカドリアの果実を口にした時の皆は、今まで見たことがない状態になっていたからな。皆のあんな表情、どんな料理を食べても、どんな酒を飲ませても見た事が無かった。


 制限無く食べさせたら、その日は何もできなくなってしまうかもしれないし、あの果実以外を口にしなくなってしまうかもしれない。


 それはあまり嬉しくない。面白くないとも言える。やはりオーカドリアの果実を食べる量は制限を掛けるべきだな。

 レイブランとヤタール、好きなだけ果実を採っているな。戻って来たら、ちゃんと食べる量に制限を設ける事を伝えておこう。


 レイブランとヤタールは食べ放題だと思っていただけに非常にガッカリした様子ではあったが、オーカドリアの果実を食べた時の状態を『投影プロジェクション』で見せたら、思いのほか素直に応じてくれた。


 〈私達だらしない顔してるわ!〉〈ショックだわ!〉

 〈こ、これは…酷い絵面ですな…。このような光景を見せられては、アレを何度も口にするのは憚れますぞ…〉

 〈姫様の前で醜態をさらすわけにはいきませんからね…。お恥ずかしい限りです〉

 〈我、あの時このような顔をしていたのだな…〉


 なんてこった。レイブランとヤタールを説得させるために見せた映像だったのだが、思いの他皆にも精神的なダメージになってしまっているようだ。

 まぁ、オーカドリアの果実を食べた瞬間、皆して泥酔したような状態になってしまったので、仕方が無いのかもしれないな。


 特に危険な成分が含まれているわけではない筈なんだがなぁ…。

 折角果実を実らせてくれたオーカドリアに悪いし、食べる事は食べよう。食べ続けていたらその内だらしない表情もしなくなるかもしれないしな。


 ちなみに、表情筋が無いフレミーも表情に出ていないだけでかなりだらしのないことになっていたらしい。どのような酒を飲んでもあんなことになった事は無いそうなのだ。


 〈びっくりしたよ。あの果実でお酒作ったら、間違いなくそれしか飲めなくなっちゃう自信があるよ!〉


 とのことだ。フレミーはオーカムヅミの果実でも酒を造ってみたいと言っていたので、オーカドリアの果実でも酒を造るつもりでいたのだろう。


 ラフマンデーはどうなったのか分からないが、巣で果実を食べはしたそうだ。

 ただ、食べた後の記憶がないそうなので、やはり一度に大量に食べさせるわけにはいかないのだろう。


 一日に食べる量は昨日と同じく皆で一個だな。それ以上は危険な気がする。

 済まない、オーカドリア。沢山実らせてくれたと言うのに、あまり沢山は食べられそうにない。


          大丈夫だよ  腐らせたりしないし

           実らせる量も 抑えられるから


 なんと。自分と繋がっている間はそんな事すらできてしまうのか。

 なんて都合の良い。精霊とは、それほどまでに万能な存在なのだな。


 では、レイブランとヤタールが採取して来た果実は私の『収納』空間に仕舞い、無くなり次第再び採取して来てもらうとしよう。



 さて、朝の挨拶も終わったところで今日の予定をこなしていこう。

 まずは旅行中はやりようがなかった訓練及び修行だな。1ヶ月以上行っていなかったから、力の制御が甘くなっているかもしれない。


 と思っていたのだが、意外な事にまるで問題が無かった。それどころか、今まで以上に力加減も魔力の制御もできている。これも肉体が進化した影響だろうか?

 なんにせよ、今後も続けていくとしよう。


 朝の日課が終わったら城へと移動だ。今日は城の昇降機を改良したり、城に美術品を設置していくのだ。


 参考にすべき"ホテル・チックタック"の昇降機は既に解析済みだ。指定した階層で自動的に停止する機能を追加する改造作業は、すぐに完了した。


 問題は、効果を確かめようとして動作確認をしていた時のことだな。

 機能的に問題が無いのは分かったのだが、何故か皆楽しくなってしまったようで、午前中の間何度も作動し続けていたのである。


 おかげで動作に関しては完璧と言えるほどに問題がないことが分かったのだが、今日は後はもう、美術品を設置するだけで一日が終了してしまいそうだ。


 私としては可能ならば、キッチンも改良したかったのだが…。

 まぁ、明日以降にしよう。今の私は時間に追われているわけではないのだから。


 美術品の設置なのだが、結局のところ皆で設置していく事となった。ゴドファンスの背に乗り、ラビックを抱きかかえる事は変わらなかったが。

 変わった事と言えば、私の体にヨームズオームが絡みつき、フレミーは私の膝の上に乗り、両肩にレイブランとヤタールが止まったことぐらいか。

 ホーディとウルミラはゴドファンスの隣を歩き、ラフマンデーは私の傍を飛んでいる。

 モフモフ、フワフワ、モコモコ、サラサラに囲まれて幸せである。


 ホーディは仕方がないとして、ウルミラもゴドファンスの背に乗っても文句を言われる事は無いと思うのだが、彼女は自分の足で移動したいらしい。


 美術品を設置するのにちょうどいいスペースを見つけては、『我地也ガジヤ』によって展示用の台を生み出し、美術品を設置していく。下の階層ほど価値が低く、上層になるにつれて高価な美術品を設置していった。


 最上階の一つ前の階層には、美術コンテストで優勝したエミールの作品。を、私が再現した絵画と、私が再び制作した立体模型を展示した。


 なお、ネフィアスナから受け取った私の絵画は、家に飾ってある。

 城の私の絵画や立体模型の位置も、ネフィアスナの描いた私の絵画の位置も、皆の要望である。


 普段は城に用事が無いからな。いつも目にしたいものは普段生活する場所に置いておきたかったのだろう。


 〈やはりファングダムでおひいさまが受け取った絵画は一際優れた作品のようですな。アレからはおひいさまに対する強い感謝と敬意が感じられます〉

 〈うむ。今回主が再現した絵画も見事ではあるが、家に飾ってある主の絵画には敵わぬな。アレは、イイものだ〉

 〈今回姫様が持ち帰ってきた美術品も、悪いものではないようですが…。やはり優劣をつけるとなれば、仕方のないことでしょうね〉


 ヨームズオームを除いた男性陣が、美術品について熱く語り合っている。君達、美術品に興味があったのか…。


 〈姫様が私達に齎して下さった書物には、様々な美術品の知識がありましたからね。実際にこの目で見てみたいと、毎日のように話し合っておりました〉

 〈実際にこの目で見て、我等は感動を覚えている。書物に記載されていた事は、間違いではなかった、とな〉

 〈改めて、書物という存在の素晴らしさを教えられた気分ですぞ?〉


 彼等が書物や美術品の素晴らしさを理解してくれることをとても嬉しく思う。

 対して、女性陣はどうだろうか?


 〈コレって触っちゃダメなの?〉

 〈キラキラしていないわ〉〈ツヤツヤしてないわね〉

 〈ねぇ、ノア様、美術品の中には衣服は無かったの?〉

 〈妾にはよくわからない世界ですね…〉


 ラフマンデーはあまり書物に触れていなかったためか、美術品に対してもそれほど感動を覚えなかったようだし、ウルミラは触ったり咥えたりしたくて仕方がないようだ。

 レイブランとヤタールは光物が好きな反面、光が反射しないような美術品にはあまり興味がないらしい。

 そしてフレミーからは、私も抱いた事のない疑問をぶつけられてしまった。私ではその考えには至らなかった。


 いや、だって衣服を美術品として展示するのは違わないか?衣服というのは着用してこそ意味があるのでは?


 〈でもノア様は持ってこなかったけど、剣や盾、鎧や兜は美術品として扱われているんでしょ?だったら衣服も美術品として扱われてもおかしくないと思うの〉


 なんてこった!まったくもってその通りじゃないか!

 指摘されたら気になって仕方が無くなったぞ?どうして衣服は美術コンテストに出品されていなかったんだ?

 コンテストだけじゃない。モーダンには数多くの美術品を扱ってはいたが、衣服が美術品として扱われていることは全く無かった。


 ここはやはり詳しい者に聞くのが一番だな。

 近い内にティゼム王国へと向かうのだから、その時にフウカに聞くとしよう。


 思った通り、購入した美術品を全て設置し終わる頃には日は沈み切って外は真っ暗である。


 今日も風呂に入って寝るとしよう。

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