第171話 ノアの謁見用装備"楽園最奥"仕様

 自分の住まいに風呂を作る。その為に私は足繁く風呂屋に通っていたと言っても良いだろう。

 全てはこの時のためだ。風呂の設備を解析して、どのような仕組みになっているかは既に把握済みなのだ。


 無論、風呂上がりのフルーツミルクも忘れない。冷却用の魔術具は無いが、魔術で冷やしてしまえばいい。

 そうだ、どうせ私の家なのだ。ここは奮発して、家の周りの果実を使ってみよう。


 皆がミルクを飲めるかどうか少し疑問に思ったが、チーズを問題無く食べる事が出来ているのだから、ミルクも多分問題無いだろう。万が一調子を悪くした場合は、すぐに魔法で治療しよう。


 皆の体の大きさに合わせた浴槽を『我地也ガジヤ』で作り、そこに魔術でお湯を注いでいく。お湯の温度はそれぞれの体温を少し上回る程度にしておこう。そうでなければ、暖かいと感じる事が出来ないだろうからな。


 後は、洗い場も設ける必要があるか。なにせ皆の体毛を洗髪料を使ってツヤツヤのフサフサにしなければならないからな!私には『幻実影ファンタマイマス』があるのだ。巨大なホーディやゴドファンスの体だろうと、数人がかりで洗えば直ぐに終わるさ。


 更には、この時を想定して王都で毛並みを整えるための櫛を、全員に合わせて購入しているのだ。皆の体を乾かしながら、丁寧にブラッシングさせてもらおう!

 ブラッシングが終わった後の皆の毛並みがどれほどのものになっているか、これもまた実に楽しみである!




 風呂自体は皆に非常に好評ではあったのだが、風呂上がりのフルーツミルクは、ホーディ以外からはそこまで好評価を得る事が出来なかった。

 それと言うのも、アレが快感を齎す理由は、は冷えた液体を一気に体に流し込むからなのだ。

 一気飲みが出来る体の構造をしているホーディ以外の皆では、堪能する事が出来なかったのである。

 そしてそのホーディからも、一杯の量が少ないため、このままでは満足できないと言われてしまった。


 ただ、あの果実を用いたフルーツミルク自体は、皆美味いと言ってくれたのがせめてもの救いだったな。


 〈すっごく美味しんだけどね。ボクはこれ、普通に飲みたいかな。〉

 〈体が火照っていますので、瓶に触れていると、気持ちが良いのは確かですね。一度に飲めないのが残念です。〉

 〈主が気に入る理由も分かるのだが、我が主のように楽しむ場合、もっと量が欲しいな。〉

 〈う~ん、私はフルーツミルクよりも、お風呂に入ってる時にお酒を飲んでみたかったかなぁ。きっと凄く美味しいと思うんだ。〉


 確かに風呂に入りながら酒を飲む文化もあるらしいけど、本当にフレミーは酒が好きだな。酒精の良さが分からない私からすると、正直羨ましい。良さが分かるという事は、楽しめるという事なのだからな。

 

 それはそれとして、ブラッシングが終わった後の皆の毛並みは、私が思っていた通り、いや、それ以上にツヤツヤのサラサラになっている!実に素晴らしい!

 試しにゴドファンスを軽く撫でてみたのだが、彼の毛並みすら柔らかさを得ていたのだ!引っかかる事なくサラサラとした感触は見事なもので、思わずその場で抱きついてしまったほどである。


 我儘を言って、今日も皆と一緒に寝る事となったのは言うまでもない。今まで以上の素晴らしい皆の毛並みの肌触りは、昨日以上に迅速に私をまどろませて眠りにつかせてしまった。




 それから2日ほどして、いよいよ"楽園最奥"と"深部"の住民達が私の家の広場に訪れる事となった。

 この2ヶ所を住まいにしている者達は個別に生きている者が多いが、同族の者達はその中で最も強い者を決め、最も強かった者が代表となって私に会いに来ていた。

 一応、"深部"にも集落を築いて生活している者達もいるので、そういった者達はそのまま集落の代表が私の所まで来るようだ。


 私は私で、この2日間で彼等に対応する準備をしていた。と言っても、やる事は彼等の前に姿を現す際の衣装や装飾品を用意する事だが。


 まずは尻尾カバーを新しく製作する事にした。"最奥"の豊富な魔力で育った花をいくつかホーディとゴドファンスに取って来てもらい、私はまだまだ大量に余っている木材から鞘を作る。

 基本的に木製の鞘に蔦を巻き付ける作りは変わらないのだが、今回は蔦を巻き付ける前に果実の外果皮を全体に貼り付けてみようと思う。

 私にとって"最奥"の植物と言えば、毎日口にしているあの果実だからな。"最奥"の素材を使用するというのであれば、コレは外せない素材である。ついでに蔦もこの樹木のものを使用させてもらうとしよう。


 しかし、あの果実にもそろそろちゃんとした名前が欲しところだな。かと言って私が付けるというのも、何か違うような気がする。

 ここは、魔王かヴィルガレッドあたりに果実を口にしてもらって、名前を考えてもらうとしよう。


 私の見立てでは、どちらも自力で果実を食べられるだろうからな。


 鰭剣を用いて綺麗に外果皮を剥き、隙間なく鞘の形状にした木材に張り付けた後、魔法によって外果皮の合わせ目を結合させる。

 この果実の性質上、魔力を吸収されて効果を発揮しないかもしれないと思ったが、嬉しい事に問題無く魔法は効果を発揮して外果皮はしっかりと接合したようだ。


 ホーディとゴドファンスが採取してきた花は、私が彼等に見せた尻尾カバーを参考に、同じように鮮やかな色合いのものと淡い色合いのものを、計七色採取して来てくれた。

 少し派手になってしまうような気もしたが、彼ら曰く、私の魔力色数を表現するため、絶対に外せないとの事。

 拘り過ぎな気がしないでもないが、まぁ仕方が無い、派手になり過ぎないようにバランスよく並べて鞘に巻き付けた蔦に接合しよう。


 それはそうと、彼等が採取してきた花はどれもとてもいい香りを放っている。

 良質な蜜が取れそうなのだ。折角だから、広場に植えて花畑を作るのも良いかもしれないな。イスティエスタからティゼミアへ向かうまでの間に目にした花畑は実に見事だったのだ。

 広さは十分に足りている。行く行くは、あの花畑にも劣らない光景をこの広場に齎してみたい。


 そんなわけで、彼等が採取して来た花の種子を回収しておいた。ついでだ。いつもの果実の種子も回収して、コレも育ててみるとしよう。

 勿論、ただそのまま植えて育てるだけではない。それでは周辺に生えている樹木と変わらないからな。広場に植える果実の趣旨にはゆっくりと私の七色の魔力を馴染ませてから植えるつもりだ。


 将来的に、城と同じくこの広場の目印になってくれれば嬉しい限りだ。


 

 尻尾カバーが完成した後は私の衣服だ。"姫"らしく、という事で煌びやかな衣装をフレミーが用意してくれた。

 彼女はフウカの最高傑作である『黒龍の姫君様へ』にかなり感銘を受けたらしく、彼女なりにその衣装を"楽園"仕様に仕立て上げたようだ。


 その出来栄えはまさしく豪華絢爛そのものであり、黒を基調として緑と紫の光沢を放つのは勿論、所々に金と銀の細かい刺繍が施されている。

 この金と銀の刺繍、どうやら以前フレミーに渡した銀貨と金貨を食べて、糸に含ませたらしいのだ。彼女の糸と一つになっているからか、ただの金属の糸ではなく、金属の性質持った彼女の糸、と言った方が良いだろう。当然、粘性を持たせる事も可能なのだとか。


 彼女曰く、既に金も銀もその性質を理解したから、いくらでも同じ糸を出せるとの事。人間達が聞いたら卒倒間違いなしの話だな。



 後は装飾品なのだが、これはマーグが献上してくれた7つの石の首飾りをつけようとして、ここでもゴドファンスから待ったが入った。

 どうも彼は"楽園"で威を示す際には"楽園最奥"の素材、または自分達で生み出した物を使用して欲しいらしく、装飾品も自分達で用意すると言いだし、ホーディとラビックを呼び事情を説明しだしたのだ。

 ホーディもラビックもゴドファンスの意見に賛同したようで、三体とも張り切って『我地也』を用い、装飾品を作り上げてしまったのだ。


 ゴドファンス達が製作した装飾品はマーグが献上してくれた首飾りと違い、大粒の宝石が一つ、金と銀の台座にはめ込まれた物だった。ただ、その石が凄まじいものとなっている。


 大きさもさることながら、常時7色の輝きを放っているのである。

 どうやらマーグが献上した7つの宝石を生み出しただけでなく、それらを融合させてしまったようなのだ。カッティングも問題無いどころか非常に精密であり、優しい光を放ちながらも極めて強い存在感を放っている。


 レイブランとヤタールに見せたらまた固まってしまいそうだな。・・・ってあ、やっぱり固まった。ならば存分にモフモフしよう。



 そんなこんなで此方の準備も整ってたので、"最奥"と"深部"の住民達を城に迎え入れる事にしたのだ。私は最上階の玉座で待機する事になった。


 それにしてもいい眺めだ。窓の先は見渡す限り樹葉の緑で覆われている。


 "住民達の"案内役はホーディだ。ゴドファンスでも良かったのだけど、彼は私の玉座の傍に控えておきたいらしい。

 それに、ホーディは私が生まれるまで"楽園"で最強の存在として周囲に知れ渡っていたらしいし、そういった意味でも私の力を教えるという意味で適任と言える。




 で、私の姿を確認した"最奥"と"深部"の住民達の反応なんだが・・・。うん、正直、やり過ぎた感が否めない。


 昇降機が到着し、私がウルミラ達と出会った日に目にした、数種類の魔物や魔獣達が玉座の間に辿り着けば、そこで深々と頭を地面につけたのだ。

 四足動物ならば"伏せ"の体制、人間で言うなら土下座の姿勢を取っている。最敬礼、というやつだな。


 それはいい。ゴドファンスも彼等の態度に満足しているしな。問題は、そこから彼等がピクリとも動く気配が無いのである。私達が声を掛けるのを待っていたようでもあるのだが、それよりも皆して体を震わせてしまっている。

 昇降機で移動している最中は誰も彼も、期待に満ちた魔力を感じ取れたというのに、いつの間にやらとても怯えてしまっているのだ。


 今の私は、完全に魔力を抑えているわけでは無く、謁見の間を覆うぐらいには魔力を解放している。その魔力を感じ取ってしまったのだろう。怯えてしまった彼等を宥めるのには、相応の苦労もさせられた。


 その後、私が彼等の顔を、そして種族を覚え、ここまで来た事への労いの言葉をかければ、彼らはとても喜んでいた。

 強力な力を持った存在とコネをが出来るという事が、彼等にとってとても重要な事なのだろう。この辺りの考え、はマーグやフウカと似たようなものだろうな。


 そしてホーディ以外の家の皆は、私の玉座の周囲に伏せている。挨拶に来た住民から見れば、この子達は所謂側近に当たる存在なのだろうな。心なしか、皆は誇らしげにしているようにも見えた。



 この日はそんなやり取りを数回に分けて行っていたのだ。コレが数日続く事になるだろう。だが、当然それで終わりではない。

 数日間掛けて私の元まで来たのは、"最奥"と"深部"の住民達なのだ。彼等の挨拶が終わった後は、"中部"の住民達がひっきりなしに訪れる事になるだろう。


 "楽園"は奥へと向かうにつれてその範囲が狭まっていく。つまり、"最奥"よりも"深部"の、"深部"の住民達よりも"中部"の住民達の方が圧倒的に数が多いのだ。


 種族の差があるから全員いっぺんに到着するという事は無いだろうけど、それでも混雑する事は間違いないだろうな。このままでは案内役はホーディだけでは足りなくはなってしまう。

 と思っていたらフレミーとラビックも案内役を申し出てくれた。正直、物凄く有り難かった。




 "深部"の住民達が軒並み挨拶を終えた後、"中部"の住民達が来るまで一週間ほどの開きがあったので、その間に各々やりたい事をして過ごしていた。


 私は主にやり残していた"ヘンなの"の解析である。そのおかげで魔術具に対する理解が大幅に深まった。

 とは言え、私は基本的に魔術や魔法、更には真言によって大抵の事は出来てしまうのだ。魔術具による知識を披露するのは、人間達と関わる時になる。

 尤も、"ヘンなの"には情報漏洩を防ぐためか、まるで文章を暗号化させているかのようにプロテクトが掛けられていたので、コレを解除するのに手間取っているのが現状だ。全てを解析し終えるのは、他の子達との付き合いもあるので、月末ぐらいまでは掛かるだろうな。


 フレミーは新作の服を新たに作るし、レイブランとヤタールは自分の生活スペースに装飾品を並べて日課の巡回を終わらせたら、夕食の時までじっと装飾品を眺めていたし、ウルミラは相変わらずファニール君と一日中遊び続けていた。


 そしてラビックは人間達の武術の本で得た知識を試すために、ホーディと共に稽古を行っている。勿論、私も二体を相手取り動きに不備が無いか、そして二体の1ヶ月での成長を確認させてもらった。


 なお、ホーディはラビックと稽古をする中で魔力を抑える術を享受している。ある日を境にホーディの魔力が目に見えて小さくなったのである。


 これには私だけでなく他の家の皆もとても驚いた。レイブランとヤタールはホーディが病気になってしまったのではないかと心配したほどである。


 そこまでできるようになれば後は早いだろう。研鑽を重ねれば、私がファングダムから帰ってくる頃には十分に魔力を抑えられるようになっているかもしれない。


 そうなれば、ホーディの次の目標は後は体の縮小となる。それが叶えば、いつか私が自身の正体を公表した際に、ホーディを連れて人間達の生活圏へ行けるようになるだろう。


 魔力を抑える事や体の縮小はゴドファンスも出来るようになりたがっていたため、途中から彼も稽古に混ざるようになっていた。


 意外な事に、ゴドファンスの方がホーディよりも魔力を抑える事が上手いようだ。ホーディよりも短い時間で、ある程度魔力を抑えられるようになったのである。

 これには皆して驚かされた。そしてレイブランとヤタールも魔力を抑える術に興味を持ち始めたようだ。


 とてもいい傾向だと思う。この調子で皆で魔力を抑えられるようになって、将来皆で"楽園"の外へ旅行に行けたらとても楽しいに違いない。今から楽しみだ。




 さて、少しの時が過ぎ、"中部"の住民達がいよいよ私の広場に訪れ始めてきた。

 流石に"深部"の住民達と同様、種族ごとに代表を決めて訪れたようだが、それでも"深部"の住民よりも遥かに数が多かった。


 だが、そこで活躍したのが城である。

 ティゼム王国の王城を遥かに上回る全高500mの超巨大建造物なのだ。客間として扱えそうなスペースは山ほどあるし、実際"中部"の住民達を問題無く宿泊させる事が出来た。


 そう、宿泊だ。

 "中部"の住民達にとって、"深部"、そして"最奥"はやはり厳しい環境だったのだろう。それに彼等自身が良質な魔力を大量に含んでいるのだ。


 "深部"の住民からすれば上質な御馳走に見えてもおかしくは無いだろう。ここまで来るのはさぞ怖い思いをしながら進んできたと思う。広場に着く頃には大分消耗していただろうし、そもそも周囲が暗くなってから到着した者達までいたのだ。


 そんな中で謁見をさせるわけにもいかないので、体を休めるとともに日を改めてもらうために、城の空きスペースで宿泊してもらったというわけだ。


 そして謁見の際にここまで来るのに大変だったかを彼等に聞いてみれば、意外にも"深部"や"最奥"の住民達から襲われるような事は一度も無く、それどころか親切に広場までの道を案内してもらったようなのだ。拍子抜けしたとともに困惑してしまったそうだ。


 どうやら"深部"や"最奥"の住民達は、私と直接会った事で"楽園"に住む者達全員に対して、強い仲間意識を持ったらしい。

 自分達よりも力の劣るより浅い者達の事を年下の兄弟、もしくは後輩の様な感覚で接していたようなのだ。何とも微笑ましいものである。


 なお、"中部"の住民達の私に対する反応は、もはや"姫"を通り越して神に近い扱いをしだすようになってしまったので、くれぐれも私の事を神扱いしないように釘を刺しておいた。



 そんな感じで"中部"の住民達の対応が終わったわけだが、やはり"浅部"の住民達は私の元まで来る事は無いようだ。

 "浅部"に詳しい"中部"の者が言うには、私に謁見する事がそもそも恐れ多くて近づけないとの事。


 まぁ、実際のところ、"浅部"の住民達が私達を前にした場合、種族によってはあまりの魔力差の圧によって命を落とす危険があるのだ。

 やはり"浅部"の住民達に関しては、レイブランとヤタールに代表者を必要に応じて連れて来てもらうのが一番だろう。




 そうしてのんびりと皆との平穏で快適な日々を過ごして猿の月の29日。


 "ヘンなの"の解析も終え、十分に私の7色の魔力を浸透させた果実を城の裏手に植え、さらにその周囲を耕して"楽園"用尻尾カバーに用いた花の種を植え終えた。

 翌日は月が代わり亀の月1日となる。


 そろそろ、ファングダムへ向かい、オリヴィエとの約束を果たしに行こう。


 彼女を、彼女の国を助けに行くのだ。

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