第170話 "楽園"の住民達

 お土産も渡し終った事だし、そろそろ私が留守にしていた間の"楽園"の様子を聞かせてもらうとしよう。

 以前ゴドファンスから聞いた話では"楽園"中から住民が私に合いたがっているようなのだ。詳細を聞かせてもらうとしよう。


 「ところで、私が家に帰って来た時、"楽園"中から歓喜の感情が乗った魔力を感じていたのだけど、"楽園"の住民達は基本的に"楽園"の住民達は私に対して好印象を抱いてくれているって事で良いのかな?」

 〈勿論に御座います。これまで存在しなかった"楽園"の主が明確に理解できたのです。人間達が魔境と呼ぶような、魔力が豊富な広大な土地に置いて、主の有無は非常に大きな意味を持つのです。〉

 〈魔境に該当するような場所において、主とはその場所の象徴とも言うべき存在だ。存在するだけでそこに住む者達に大きな影響を与えるのだ。〉

 「それは、身体能力や魔力の上昇だったりする?」

 〈いえいえ、そういった影響は確認されておりませぬ。ですが、主が存在する事によってその場所には統一感や連帯感、時には一体感と言った感覚を得ると言われております。〉

 〈明確に個体として強化されるわけでは無いが、そういった感覚によって、集団で活動する者達はより巧みな連携を取る事が出来るようになるだろうし、個々で生きる者達は無用な争いを避けようとするだろうな。〉


 なるほど?つまり、いつぞや見たような縄張り争いがあまり行われなくなる、という事だろうか?

 どうやらそれで合っているらしい。


 〈絶対的な存在が自分達を庇護してくれているのだから、縄張りを持つ意味が薄れていくのだ。〉

 〈実際のところ、縄張り争いをする理由は無いからの。特に、"楽園"の住民達はおひいさまが"楽園浅部"にすら気に掛けて下さる御方だと知り得ておりますでな。〉

 「蜥蜴人リザードマン達への助力であったり、"ヘンなの"の排除だったりの事だね?」

 〈左様に御座います。皆、おひいさまが慈悲深き御方であり、"楽園"を慈しんでおられると理解したのです。〉

 〈初めは只々膨大な、それこそ命に関わってしまうほどの膨大な魔力を持った者が突如として現れたのだ。皆、訳も分からずに驚いて逃げ出してしまったな。〉

 「あー、やっぱり魔力を抑えていない状態だと、他の子達にとって私の魔力は危ないんだ。」

 〈うむ。主も漠然と理解しているかもしれんが、我等ですら主が魔力を抑えなかった場合、長時間同じ場所にいる事は難しい。問題無いのは我とフレミーだけだな。〉


 やっぱりかー。そんな気はしていた。今後も魔力は抑えた状態で活動する必要があるか。


 〈おひいさまに負担を掛けさせてしまっている現状、我等も納得はしておりませぬ。それ故、研鑽を重ね、成長し、おひいさまの魔力の中でも活動が出来るように日々邁進しております。どうか、今しばらく御辛抱下され。〉

 「そっか。私のために頑張ってくれているんだね。ありがとう。だけど、無理をしてはいけないよ?私が人間達の元へ行く場合はどの道魔力を抑えなければならないし、それほど負担だとも思っていないのだからね。」


 まぁ、そうは言ってみたが、きっと皆ペースを落とすような事はしないんだろうなぁ・・・。

 何だかんだで皆自分が"楽園"の中で特別な存在だっていう自覚があるみたいだし、私の傍にいられるという事が一種のステータスとして認識されてるんだろうな。


 〈御意。ですが、儂等は儂等自身がおひいさまのお傍にいたいからこそ自己を研鑽し、鍛え、力をつけるので御座います。〉


 うん、知ってた。まぁ、ほどほどにね?私としては、私のためにこうまで頑張ってくれる子達にあまり強く言えないのである。



 さて、話が私の魔力の事になってしまったが、私が話したかったのは"楽園"の住民達の私への対応である。

 結局のところ、どれぐらいの種族が私の元まで顔を出そうとするのだろう?


 「私が"楽園"の主だと"楽園"の住民が認識してくれているのは理解したよ。それで、そんな住民達が、私に会いたい、と言うか庇護を求めているんだよね?」

 〈まぁ、そう言ったところだな。庇護を求めているのは、外部と接触する機会が多い"浅部"の者達のみではあるが。〉

 〈先程申し上げました通り、住民同士で争う事が無くなりました故に。〉

 〈加えて主が"楽園"全体を覆うほどの結界を張ったのだ。"中部"以降の住民達は庇護を強く求めてはおらぬのだ。〉

 「でも、"楽園"民たちは全員等しく私と会いたがっているみたいだけど?」


 ううむ。庇護は必要としていないのに会いたいのか。となると、単純に私に会いたいだけだったり、顔を覚えてもらうのが目的だったりするのかな?


 〈うむ。会いたがっているぞ?何せ"中部"の連中はともかく、"深部"や"最奥"の連中は一目散に主から逃げ出したのだからな。主が住民達と触れ合いたいと知った今、会いたがるのは当然の事だな。〉

 〈皆と触れ合いたいおひいさまから逃げ出してしまった、という負い目もあります故、おひいさまから逃げ出した連中の大半は、まず逃げ出した事への謝罪から始まる、と言うのが儂等の予想で御座います。〉

 「なるほどね。それにしても、もどかしい話だね。私と関係を持ちたいのはどちらかと言うと"浅部"の子達だというのに、その"浅部"の子達は容易に此処まで来れそうにないんだよねぇ・・・。いっそのこと、この広場までの道でも作る?」

 〈止めた方がよろしいでしょう。それを利用するのは"中部"は勿論の事、"深部"や"最奥"の者達も間違いなく使用しますでな。そういった者達のためにはならぬでしょう。甘やかして堕落する事を、おひいさまは良しとはなさらぬのではありませぬか?〉

 「そうだね。そう言うのは好きじゃない。"浅部"に住んでいる子達は、どうしても必要なら蜥蜴人達の時みたく、代表者をレイブランとヤタールに連れて来てもらうとしようか。」

 〈それがよろしいかと。〉

 〈うむ。賛成である。あの2羽には負担になるだろうが、その程度の事では負担とは思わぬだろうな。〉


 レイブランとヤタールはああ見えてかなりの膂力がある。例え相手が巨大で重量があろうとも、彼女達ならば"浅部"の住民達を持ち上げて移動する事ぐらいは容易に出来るのだ。その辺りの心配はいらないだろう。


 なら、後はここまで来れる子達について聞いておくか。


 「やっぱり、"深部"や"最奥"の子達は明日辺りには来そうかな?」

 〈どうでしょうなぁ・・・。儂等やおひいさまからすれば大した距離では無いとは言え、他の連中もそうとは限りませぬ故。〉

 〈既に移動を開始しているのは間違いないだろうな。だが、明日までに到着できるだけの者達がどれくらいいるか、だな。〉


 うーん。そんなものなのか。いや、コレは私や皆の感覚で物事を考えていた、私のミスだな。皆は"楽園"の中でも非常に強力な力を持っているのだ。他の住民達に家の皆と同じ能力を求めるのは流石に良くないな。


 〈時にお伺いしますが、やはりおひいさまは、再び人間達の国へと向かわれるのですかな?〉


  そんな事を考えていたらゴドファンスから質問が来た。

 そうか。私が色々な国へ行ってみたいというのは皆にはまだ伝えていなかったか。この際だから今後の予定も伝えておこうかな。


 「ああ、今回とは別の国に行こうと思っているよ。世界は広いし、沢山の国があるからね。様々な場所に訪れてみようと思っているよ。」

 〈やはり、お一人で、で御座いますか?〉

 「そうだね。君達の魔力は、人間達には刺激が強すぎるからね。いや、ウルミラやフレミー、ラビックみたく、魔力を抑える事が出来る子達なら問題は無いかもしれないけど、とても目立つからねぇ・・・。」

 〈む?そうなのか?フレミーはともかく、ウルミラもラビックもそこまで目立つような体毛では無いと思うのだが・・・。そもそも、ウルミラは透明になれるのだぞ?むしろ目立たないと思うのだが。〉

 「ああ、ごめん。言い方が悪かったね。正確には、とても珍しいから知りたがろうとするんだよ。人間達には、正体不明の対象を解析して情報を共有できる、『鑑定アプレイザ』っていう魔術があるからね。あの子達を見かけたら、誰も彼もがその魔術を使用すると思うよ。」

 〈むぅ・・・。確かに、それは煩わしいな。話を聞くだけでも辟易としてきそうだ。ウルミラは特に不快に思うだろうな。それにしても情報を共有する魔術とは・・・。人間と言うのは、本当に面白い。〉


 私も同意見だが、仮にウルミラに『鑑定』が殺到した場合は、透明化して街から居なくなってしまうだろうな。

 世にも珍しい狼の魔獣が忽然と姿を消したら、それだけで困惑して騒ぎになるのは目に見えている。


 「まぁ、それ以前に、私は人間のフリをして人間達の国へ往ってるからね。今はあまり騒ぎを起こしたくないんだ。」

 〈今は、で御座いますか?〉

 〈つまり、将来的には違う、と?〉


 2体に私が十分な知識と技術を得たら、世界中に私が人間ではなく"楽園"の魔力から産まれた原種のドラゴンである事。そして"楽園"の主でもある事を伝える予定だと説明する。


 〈ふむ。そうなれば、主の配下であるウルミラ達が不快な思いをするような行為を行う者も滅多な事では現れなくなるか。〉

 「なんだったら、他の皆も魔力を抑えられるようになればいい。そうすれば、皆で一緒に人間の国を観光できる。」

 〈ほう!それは良いな!ならば、我はラビックに魔力を抑える術を習うとしよう!ついでだ。人間達の国で快適に生活するためにも、体を縮小させる手段も身に付けてみるか!〉


 何かがホーディの琴線に触れたようだ。珍しく戦う事以外でやる気を出しているし、テンションも高くなっている。

 私としてはホーディの体が小さくなったら全身でモフモフを堪能できなくなるので、あまり小さくなって欲しくないんだが・・・小さくならないと、人間の生活圏ではとても不便そうだからなぁ・・・。


 〈ふぅむ。おひいさまと共に人間達の国を巡るというのは、実に楽しそうですな。儂もホーディに倣って、身体を縮める術を身に付けてみようかと思います。〉

 「2体とも、かなり軽いノリで言ってるけど、そんなに簡単に体を小さくする事って出来るの?体を小さくするのって、結構労力がいるって聞いたけど?」

 〈ほう。主は体を縮める術を持った者を知っているのか!〉

 〈可能であれば方法を伝授してもらいたいのう。〉

 「あー、それについては皆と一緒に話すとしようか。一応、旅行中での出来事だったからね。」


 そう言って他の子達の様子に意識を向けてみれば、相変わらずの状態だ。

 ウルミラはファニール君を凄まじい速度で移動しながら『入れ替えリィプレスム』による疑似転移を行っているし、レイブランとヤタールは相変わらず装飾品を眺めて固まったままだ。

 フレミーとラビックも非常に集中して読書をしているためか、私に対してかなり反応が薄い。


 それなりの時間が経っているというのに、相も変わらずのあの子達の様子に、ゴドファンスが少し呆れてしまっている。


 〈あ奴等・・・。〉

 〈まぁ、そう言ってやるな。一月ぶりに会えた主から、個別の贈り物なのだ。存分に堪能してくれた方が、主も嬉しいのではないか?〉

 「うん。皆とても気に入ってくれたみたいで、私はとても嬉しいよ。何なら、君達も今からお酒を飲むかい?遠慮する必要は無いんだよ?」

 〈む・・・。いや、そうしたいのは山々なのだが、この場で栓を開けるとなるとな・・・。〉

 〈酒と言う単語を耳にした直後にあの反応だったからのう・・・。十中八九駆けつけて来てねだられるの・・・。〉


 どうやらフレミーの酒に対する執着は、私の想像を遥かに超えているようだ。

 先程の"酒"という単語を聞きつけた際の尋常じゃない速度もそうだが、以前『通話』で聞いた彼女の荒げた声の事を考えると、ホーディとゴドファンスは酒に関する事でフレミーに苦手意識を持ったのかもしれないな。何が起きたのかは分からないし、聞くつもりも無いが。


 その後もある程度他の子達がお土産に満足して再び私に意識が向いてくれるまで、ホーディとゴドファンスの2体といろいろな事を話した。

 先程ポロリと口に出した私の種族的な意味での正体だったり、外すのを忘れていた尻尾カバーの事だったり。

 意外な事に尻尾カバーに関しては"最奥"の素材で作ったものを用意すべきだと2体から強く願われてしまったな。衣服と共々、私の威を示すのにとても効果的だと言うのだ。


 そうまで言うのなら、空いている時間に森に入って素材を探してこよう。明日は"楽園"で生活する用の尻尾カバーを作る事になりそうだ。



 日が傾き始めて、ようやく皆の意識が私に向いたころに私は夕食の準備を始める事にした。それほどに結構な時間が経っていたのだ。


 ウルミラはよっぽどファニール君が気に入ったのか、ファニール君に込めた魔力が消えるたびに魔力を注ぎ直して再び遊び始めていた。


 レイブランとヤタールは、日が傾き始めて装飾品に夕日が差し込んだ事で、ようやく我に返ったようだ。その間ずっと固まっていたので、思う存分フワフワな羽毛を堪能させてもらったとも。


 フレミーは本を読み終わってすぐに衣服を制作を始めてしまった。自身の糸で衣服を凄まじい速度で仕立て始めたのだ。

 まさか、フウカ以上の速さで布を、それもベルベット生地が出来上がっていく様を見る事が出来るとは思わなかった。どんな服が出来上がるか楽しみだ。


 そしてラビックは日が傾き始めるまで、ずっと本を読み続けていた。

 渡した本の量が結構な量だったからな。ラビック自身も皆と比べたら本を読む速度がそこまで早いわけでは無いのだ。本の内容を試すのは、明日以降になるだろうな。

 夕食を取りながら、私の人間の国での話をしたら、多分、話が終わる頃にはラビックは寝る時間になりそうだし。



 で、皆がそうしてお土産に夢中になっている間に、城の1階でそこそこのスペースがある場所に『我地也ガジヤ』で調理設備を制作して、実際に使用してみたのである。


 作ったのは、玉子焼きとピッツァと呼ばれるチーズを用いた料理だ。ホーディとゴドファンス、そして私で試食をしてみたが、実に良い出来栄えだった。流石に私が宿泊した宿の料理ほどでは無かったが。


 本で読んだ限りでは玉子焼きは簡単に作れる分、料理の腕が大きく反映されると書いてあったし、ピッツァは生地をこねる際にこねすぎないように注意が必要、と書かれていたので、上手くできるか少々不安だったが、問題無く作れたようだ。


 結果、私の振る舞った料理はかなりの好評を得る事が出来た。皆の喜ぶ顔が見れて、大変満足である。


 食事と一緒に私が人間達の国でどのような事をしてきたのかを伝えれば、新たな魔術を色々と作った事や、風呂の存在、そしてヴィルガレッドとの戦いに特に興味を持たれた。


 魔術は私が触れる幻を出した時点で皆驚いていたし、ヴィルガレッドに関しては魔力色数を制限していたとは言え、初めて私が全力で戦った相手だからな。皆驚愕していた。


 そして風呂だ。やはり暖かい水に浸かるという発想は、人間ならではのものなのだろう。皆興味津々だった。


 そして風呂と言えば、髪がツヤツヤのサラサラになる洗髪料である。

 抜かりはない。カンディーに少し無理を言って、大量に購入させてもらったとも。


 これで皆の毛並みもツヤツヤのサラサラ間違いなしだ!今日は昨日よりも素晴らしい毛並みを堪能しながら眠れるに違いない!


 『我地也』でパパっと浴槽を作って、皆で風呂を楽しむとしよう!

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